響になった僕は人の温もりを知る   作:緒兎

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 僕が悪夢を見たので響ちゃんにも悪夢を見てもらいます。

 いやそれにしても叫びながら目が覚めるほどの悪夢は恐ろしかった。


悪夢

 ここは・・・?

 

 目が覚めると僕は布団に包まれて横になっていた。周りには同じように布団にくるまって寝ている子供たちがおり、雑魚寝のように一部屋に大人数が密集して寝ていることがわかる。

 

 のそりと寝起きの怠さを感じながら体を起こすと周りをキョロキョロと見渡す。

 するとここが何処なのか理解した。

 

 「孤児院」

 

 ここは孤児院だった。

 

 何故孤児院にいるのか分からない。僕は確か鎮守府で、司令官と執務室で書類仕事をしていたはず。なのにどうしてここに居るの?

 

 もう一度周りを見渡す。すると前世で僕を虐めていた少年達の姿が見える。

 

 「え」

 

 気が付くと体が震えていた。

 

 「う、嘘・・・」

 

 それと同時に考えたくない事実が頭の中を駆け巡る。

 

 夢・・・だったの?もしかして今までのこと、全部、夢だった・・・?首を吊って死んだのも、生まれ変わって艦娘になって司令官と出会ったのも、全部嘘だったの?

 嫌だ。嫌だ嫌だ!こんなとこ居たくない!

 

 のそり、と周囲の虐めっ子達が起き上がる。

 

 「ひっ」

 

 小さく悲鳴をあげながら虐めっ子達の方を向くと、虐めっ子達も丁度こっちを向いたようで、ニヤリと笑いかけてきた。

 

 虐めっ子達は完全に立ち上がると、ゆっくり僕の方へと近づいて来る。

 

 「や、やっ、来ないで」

 

 ハハハと虐めっ子達の嗤う声が聴こえてくる。僕の惨めな姿を見て笑っているのだろう。でも僕にはこうすることしか出来ない。彼らに逆らうことは長年の虐めで思考レベルで出来なくなってしまっていた。

 

 男にしては少し長い肩辺りまで伸びた髪を鷲掴みにされ顔を無理矢理持ち上げられる。

 

 すると嫌でも僕を嘲笑う顔が見える。

 

 「うっ・・・!?」

 

 バチンッと勢いよく殴られる。キーンと耳鳴りのような音が聴こえ、同時に頬にとてつもない痛みが込み上げてくる。

 殴られたと理解したときにはもう一発、もう一発と殴られる。痛い、止めてと声も出せないぐらいに殴られ続ける。やがて髪から手を離し、僕を地面へと横たえると他の虐めっ子も参加して蹴る殴るをしてくる。

 

 しかし僕は泣きながら耐えることしか出来ない。早く終わってと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 どれくらい殴られ続けただろうか。もう身体中の感覚が麻痺して、力も入らない。

 

 子供ながらに手加減された暴力は、切れて血が出ることは無いけど精神的にダメージを与えてくる。それに例え外傷は無くとも内出血しているところは多々あって紫色に変色してしまっている。

 

 「どーせ、お前の事を愛してくれる人なんかいないんだ」

 

 一人の虐めっ子が言う。

 

 ──そんなはずない。司令官は、暁ちゃんや雷ちゃん、電ちゃんは僕の事を愛してくれた。

 

 「そんなものお前の妄想に過ぎない」

 

 違う。そんなことない。

 

 「本当にそうか?」

 

 「っ!?」

 

 唐突に虐めっこの声が変わる。まだ可愛らしさの残る少年の声から、少し渋味を含んだ青年の声へと。それはとても温かく優しい声色。そして僕が聞きなれた声。

 

 「しれいかん」

 

 思わずといった風に顔を見上げる。するとそこには司令官がいた。

 ああ、やっぱり夢じゃなかったんだ。司令官が・・・司令官がそこにいる。

 

 僕は這いつくばって司令官の元へ赴く。いつの間にか景色は真っ暗な暗闇になっており距離感が掴めない。

 

 「響」

 

 なに?

 

 「お前は幸せか?」

 

 うん。司令官と、皆と出会えて僕は幸せだよ。

 

 「楽しいか?」

 

 毎日、新鮮な事ばかりで飽きることはないよ。それに暁ちゃんが面白いことしてくれるから。

 

 「・・・」

 

 這いつくばっていた僕はすぐに司令官の元へ辿り着いた。意外と近かったようだ。

 司令官の目の前に来た僕はボロボロの体に鞭を打ち、何とか立つことに成功する。しかし、足がふらふらですぐに司令官の方へと倒れ込んでしまう。

 

 そんな僕を司令官は優しく受け止めてくれる。

 

 「しれ・・・かん」

 

 「響」

 

 僕が司令官を見上げると、司令官も見つめ返してくれる。優しい瞳。僕に向けられる瞳は虐めっ子たちとはまるで違う、穏やかな瞳だった。

──だった。

 

 どんっ。

 

 「え」

 

 突然僕は司令官に突き飛ばされた。

 

 何故急に突き飛ばされたのか分からず固まってしまう僕を、司令官は嘲笑を浮かべながら見下ろしている。

 

 「勘違いするな」

 

 かん、ちがい・・・?

 

 「お前など誰も愛していない」

 

 え・・・?

 

 「お前に優しくなんてしていない」

 

 「本当はお前など誰も見ていない」

 

 「お前が愛されることを拒絶したから」

 

 ち、違うの!僕は・・・皆優しいから、僕の事優しく見てくれるもん!!愛されることを拒絶なんてしないよ!だってずっと酷いことされてたから、愛してくれる人なんか誰も居なかったから。司令官達と出会えて、嬉しかったんだから。

 虐めっ子達と違って・・・優しくしてくれる皆が、僕は好きだもん。

 

 「虐めっ子が愛をくれてたじゃないか」

 

 酷いことしてきたのに・・・?

 

 「アレが愛だよ」

 

 違う

 

 「響、お前は優しくされちゃいけないんだ。お前は皆に嫌われて、愛をもらわなくちゃいけないんだ」

 

 違うもん。嫌われたら愛してくれる人、居なくなっちゃうよ。嫌われなかったら、酷いことする人居なくなるもん。

 

 「だがお前が望んだことだぞ?」

 

 望んでなんかいない。誰が好き好んで暴力を振るわれて嬉しいもんか!僕は優しくしてほしいんだ!

 

 「だが孤児院に来たときは誰も虐めてこなかっただろう?」

 

 それは初対面だから、見ず知らずの人をいきなり虐める人なんていないよ!

 

 「だとしたら何で仲良くしようとしなかった?」

 

 だって怖かったもん。いきなりお母さんに捨てられて、かと思えば孤児院に入れられて。そしたら人が一杯いて。皆仲良さそうだし、僕だけ知らない世界に来たみたいで、怖かった!

 

 「話し掛けてくれる人を拒んだのは誰だ?」

 

 知らない!

 

 「嘘をつけ。皆お前と仲良くしようと話し掛けていたぞ?」

 

 そんなの知らないもん!嘘つかないで!

 

 「逃げたのはお前だ。せっかく仲良くなれるチャンスだったのに」

 

 うるさい!

 

 「結局、お前は愛に餓えていたんじゃなく、愛を拒んだ間抜けだったんだ」

 

 「こうなったのは自業自得」

 

 「俺もお前の事なんて最初から嫌いだったんだ」

 

 嫌だ

 

 「だから今日からまたお前はこの世界で虐めっ子達と仲良く過ごしてもらう事にした」

 

 嫌だ!!

 

 「さようならだ。響」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───嫌だ!

 

 

 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

 

 「っ!響!?」

 

 「・・・」

 

 意識がぼやける。何だか夢を見ているみたいだ。司令官が心配そうに駆け寄ってくる。ああ、何で夢はこんなに穏やかなのに、現実はあんなに地獄なんだ。もう、帰りたくない。

 

 「大丈夫か響?」

 

 「大丈夫じゃ・・・ないよ」

 

 「どうした?恐い夢でもみたのか?」

 

 夢?ああ、夢は此方だよ司令官。僕は皆の嫌われものだから、こんなに優しくされることなんて有り得ないんだ。

 だから───頭、撫でないでよ。

 

 「よしよし、怖くないぞ」

 

 そんなに優しくされたら僕、次あっちに行ったとき壊れちゃうよ。

 

 でも、この優しさをもっと欲しい。感じていたい。あの世界に戻る前に、司令官に思いっきり甘えたい。ギュッて抱き締めて欲しい。

 

 「よっぽど恐い夢をみたんだな・・・」

 

 「司令官」

 

 「ん?どうした?」

 

 「ギュッてして」

 

 「・・・こうか?」

 

 司令官は僕を優しく抱き締める。僕が満足するまで離さないといった気持ちが伝わってくるそれは、とても温かく、心安らぐものだった。

 

 

 

 

 ────ッ

 

 途端に意識が覚醒していく。

 

 「へあっ!?」

 

 「え!?なに?」

 

 僕は吃驚して司令官を突き飛ばしてしまう。見ると司令官も僕の突然の暴挙に驚いた様子で、格好いい顔が可笑しくなってる。

 

 けど僕には知ったことじゃない。何で、起きたら司令官に抱き締められてるの!?意味が分からないよ!あっ・・・もしかして、襲おうとしてた?

 

 「へ、変態・・・」

 

 「はぁっ!?」

 

 僕の言葉に司令官は驚いた声を上げ、慌てる。

 

 「お、お前が抱き締めて欲しいって言ったんだろ!?」

 

 「へ!?」

 

 しかし司令官の言葉に今度は僕が驚かされる。そんなこと言った記憶がまるでない。嘘か?いやでもそんな嘘つく?

 

 「どういうこと・・・?」

 

 いけない、混乱してきた。起きたら司令官に抱き締められてて、何でかと思えば言った覚えもないのにどうやら僕がお願いしたみたい。駄目だ。全然分からない。

 

 「はぁ・・・」

 

 すると司令官が落ち着くようにため息を溢す。

 

 「さっきまでのこと、何も覚えてないのか?」

 

 「さっきまで?」

 

 「ああ。目が覚めたと思ったら酷く怯えた様子でな、泣きながら体が震えていたよ」

 

 「うん?僕が目覚めたのって今だよね?」

 

 「いや、俺を突き飛ばす10分前くらいから起きてたぞ」

 

 全然思い出せない。司令官が言うには僕は悪夢を見ていたようで、酷く怯えていたようだけど、夢も見た覚えがないし僕の認識では起きたのはたった今だし。

 

 って!仕事終わってないのに寝ちゃってた!!?

 

 「し、司令官!仕事!」

 

 仕事中に眠ってしまっていたという事実に漸く気がついた僕は慌てて司令官に詰め寄る。

 

 「落ち着け落ち着け。仕事は俺がやっといたから慌てるなって」

 

 「ほ、ほんと!?あっ、でも・・・」

 

 「まぁ、気にすんな。俺も響に慣れない仕事押し付けすぎたからおあいこだ。もうちょっと響の体のこと考えていれば良かったな」

 

 「ごめんなさい・・・」

 

 「だから気にするなって。響は響に出来る範囲で秘書官の勤めを果たしてくれたらいいからさ」

 

 そう言って項垂れる僕の頭にポンと手を置く司令官。寝ている間に帽子が落ちてしまっていたようで、頭に直接司令官の手を感じられ、とても心地よくなってしまう。

 

 「ううぅ」

 

 あまりの心地よさにもっと撫でてと司令官にすり寄る。

 

 「よーしよしよし」

 

 「ふにゃぁ・・・」

 

 気持ちいい・・・。

 

 気持ちよすぎて体に力が入らない僕は司令官へと倒れ込む。司令官の手が僕を支えようと撫でるのを止めようとしたので、引っ込めようとした手を僕が掴んで留める。

 

 「おっと、偉い甘えん坊さんだな」

 

 「うにゅ~」

 

 「しょうがないか。今日はもう休みにして、暫くは甘やかしてやろう。猫みたいで可愛いし」

 

 そう呟いた司令官は言葉通り小一時間ほど甘えモードに入った僕を撫で続けてくれた。

 

 ああ、幸せだなぁ~。




 誤字、脱字等があれば宜しくお願いします。

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