恋雨~重装護衛艦『倭』~   作:CFA-44

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 出来た!と言う訳で早速投稿DA!前回は7500~8000文字以内だったので、今回は18458文字の大容量でお届けいたします。つーかタイトル詐欺になりそうだな今回は………
 倭も充分リア充になりつつある、のか? なら爆発するのか……
9/27(日)誤字修正しました!
9/28(月)誤字修正しました!ご指摘ありがとうございました!


開発と揺るがぬ心と死神と(後編)

「あ、悪いけど俺は並行世界から飛ばされた軍艦だから適用させるってこの前の演習後の会議で久遠総長が言ってなかったっけ?それを知らんアンタの方がよっぽど田舎者だと思うが。」

売り言葉に買い言葉。それを実行に移した理由はただただ単純に『時雨に対して良からぬ事を企んでいる。』と確信し、この男の本性を暴く必要があると判断したからだ。

暴けたのであれば、隠れている時雨にもどんな男に言い寄られたのか知る事が出来るだろう。尤も、既に今までの会話が聞こえているので、答えは明白であるが。

「き、貴様……私を舐めるな!」ヒュッッ

「っ!」

アッサリと言い返された事に腹が立ったのか、蛇城は手元にあった腰下げの短刀で倭を斬り付けた。僅かな筋肉の動きと表情から読み取れた殺意がどんな行動を起こすか即座に判断出来た為、素早く短刀の射程から逃れる事が出来たが僅かに掠めたようで、左頬に生暖かい感触を感じて触れてみれば案の定白い手袋は紅く染まっていた。

「クソッ!小賢しい真似で逃げおって!」

「舞鶴で問題行動を金で揉み消しているアンタより俺の方が万倍マシだと思うが?」

「な、何を根拠にそんな事を言ってるんだ!」

「俺が何の情報も無しに横須賀で自由に動けるわけ無いだろう?しっかり読ませてもらったよ。アンタが向こうとあちらこちらでやった事全部、な。」

福本中将の事で“艦娘更生施設”という施設の実態を調べていた時に東山中将から貰った施設経営資金提供者と施設に艦娘を派遣もとい売り飛ばして経営資金還元を行っていた者のリストを倭は極秘に受け取っており、それらの情報の中に蛇城の名前が記載されていた事を覚えている。それも一番上に近い部分に載っているのだから致し方ないだろう。

 そして余り気が進まなかったが、施設に送り込まれてしまった艦娘達のリストも確認していくとその中に『時雨改二受領』と書かれた所で何故か暫らく読み進めなかった。彼女がどうなったかは言わずとも理解出来てしまったからだ。

 我がトラック泊地所属の時雨はその改二の一歩手前であり、改装後の容姿等については知らないが、改装前と変わらぬ性格だと推測は出来た。そんな彼女と同じ人物が、いや人が簡単に売買される事などあってはならない。例え貧困極まっていたとしてもそこから脱出する術を探さず、大事にしていたであろう艦娘達を売ろうなどと思い切ったのかと憤りたくなった。

 そしてリストにあった『時雨改二』を施設と売買した張本人が、今自分を斬り付けて自分勝手に怒り狂う蛇城なのだ。

「そうそう、一応施設に売却されてしまった艦娘達の名簿もこっちでしっかり抑えてるからアンタが何故時雨を欲するのか分かったよ。どの道改二とやらにしたら即座に淫行に走るつもりだったんだろう?そして、飽きれば売り捌いてまた別の鎮守部から時雨を引き抜いてまた飽きたら売る。の繰り返しをやってるのが名簿にきっちり残ってるよ。」

こういう輩を何と言うべきだろうか?俺はその答えが分かっていながら敢えて言わないが。

「…………そ、それがどうした?!艦娘など道具ではないか!!それを私の自由に使おうが、」

2人しか居ないと思い込んでいる蛇城は短刀を正中の位置に構えて走り出した。咄嗟に右脚を少し引いて右拳を捻じる様に身体に引き寄せーーー

「貴様なんぞに関係あるか!!」

短刀が左手に突き刺さるように防いで強引に右拳を叩き込むコースを作り出す。目標は憎悪に歪んだ蛇城少将の顔面。

「大アリだ。」

吐き捨てるように言い放ちながら捻られた右脚、腰、右腕、右拳の順に捻りを解きながら強烈な攻撃を繰り出す。それは“コークスクリューブロー”。艦としての力を使えば人間など跡形も残らず人肉ミンチになるだろうが、流石にそこまでやると他の提督達と管理者に大迷惑千万確定なので“ちょっと”顔の骨が折れる程度の力に抑えて殴り飛ばした。

「げばらっ!」

何とも奇妙な声を上げて壁に叩きつけられた蛇城。ようやく騒ぎを聞き付けて走って来た憲兵に囲まれて取り押さえられる前に降参を意味して両手を上げる。但し、倭の左手には短刀が思いっきり突き刺さっており、どちらが事を荒げたのか一目で分かるようになっていた。

 ただ、艦息が上官でもある提督に手を上げた事で少々不味い事になりそうだと思っていた倭だが、何の御咎めも無く済んだ事に派閥同士のいがみ合いか何かあると思っていた。時雨から怪我の手当てを受けている最中に久遠総長が東山中将と錦少将を引き連れてやって来て(仕事を他の奴に押し付けたとも言う)説明をしてくれた。

「いやはや君が居てくれて助かった。横須賀鎮守府並びに軍令部を代表して礼を言わせて欲しい。本当にありがとう。」

「俺は奴が気に食わなかっただけですから。そこまでしていただかなくても。」

「まぁまぁ。君もそう邪険にしてあげないでくれ。我々も感謝をしているのは本当だぞ?」

「分かってますがね……それで、例の施設で……何かあったか?」

「……非常に申し訳ないのだが、蛇城の奴が根回ししたらしく、福本の指揮下に居た艦娘は全て施設送りになって居たようでね…………」

「え……」

何とも言えぬ暗い顔で話し出す錦少将。そこで倭も合点がいった。

「手遅れだった、と。」

「そう、なるね。我々の編成した陸戦隊が踏み込んだ時にはもう誰一人としてまともに喋れる子は居なかったよ………」

「そ、そんな……そんな事あって良いわけないよ…………」

部隊員が到着した時には全てが手遅れであった。福本の直轄に居た艦娘達は蛇城と他の提督達の根回しによって全員が更生施設に送り込まれ、最早人として、艦娘としての人生を絶たれてしまった。その事を話す錦少将は相当追い詰められてしまっていた。

「私は、私は何の為に今まで生きてきたんだっ!誰一人として救えていないままだっ!倭君すまないっ!君に謝って許してもらえるとは思っていないが!折角君が作ってくれたあの子達の希望の光を私はっ、私は絶望の光に変えてしまった!私は何も出来なかったんだ………許してくれ………」

「………全てを、見たのか?」

倭に対して懺悔し続ける錦を見て倭は彼が何を見たのか、それがどんな状況であったのかを瞬時に察する事が出来た。そして、彼女達の末路も…………

「……彼は施設突入部隊の前線指揮官として現場に直接赴いていたのだ。彼に責任は無い。彼に突入指示を出した私こそ、君からしかるべき処罰を…「そんな事してはいない。」む?」

「俺がやったのは希望の光を齎すとかそんな事じゃない。あの時の俺がやったのは徹底的な破壊をやっただけだ。それに俺が貴方がたに処罰を課す資格も処罰を課せられる責任も何も無い。それよりも“真に処断されるべき人物”を問い詰めて関係筋も含めた罪を明らかにして再発防止をして欲しい。それが彼女達への償いなんじゃないのか?」

この言葉は彼なりの気遣いなのだと久遠達3人は確信していた。

 

 

 倭自身の傷は大した事は無く、手の骨と骨の間を貫通させて短刀を受け止めていた。軍医さんの話だと、後数分応急処置が遅れていたら手の神経に多大な障害を及ぼす所だったらしいけどね。

「無茶しすぎだよ倭。幾らあの子達の為だからって。」

「……彼女達の為じゃない。君の為だ。」

「へ?」

突然、あの演習で戦った彼女達の為ではなく僕の為だって言われても困惑するしかなかった。

「実は…その、な。蛇城が君に言い寄った時に食堂に居たんだ。偶々、な。」

「い、居たんだ……ってそれなら声を掛けてくれても良かったのに。」

「…………本当に偶々だと言ってるだろう?」

「本音は?」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「…………言い寄られた君がどんな反応をするのか物凄く気になって出るに出れなくなってしまっていた。」

(それを嫉妬って言うんだけどどうして気付かないのかねぇ~)ニヤニヤ

(そりゃもうあの倭さんと時雨ですからねぇ~)ニヤニヤ

時雨に凄まれて萎縮した上に本音を聞き出されてしまう超戦艦に対して心の中でニヤつきながらツッコミを入れる白露と村雨。因みに夕立は既にベッドで夢の世界へと旅立っていたので今回の騒動には気付いていない。

「言い寄った蛇城に対して殺気が湧いたんだが何故かは分からん。無性に腹が立った事が印象的だったが、多分一時の気の迷いか何かだろうな。」ワハハハ

(((何でそうなるのぉ?!)))ガーン

全く以って自分が嫉妬しているという事に気付きもしない上にそれが何なのかすら理解せずに一時の気の迷いと片付けてしまおうとする倭に少なからずショックを受ける白露、時雨、村雨の3人。

 翌日から補給船団襲撃阻止作戦の中核を担う呉2個艦隊の前衛艦隊として倭、衣笠、白露、時雨、村雨、夕立、春雨、五月雨の8隻は補給艦隊が通過する予定の八丈島近海にまで進出していた。殆ど遊撃艦隊としての活動を許可されているので割と自由であった為、衣笠等は、倭へ遊びに来ていた。どの道目的は海軍カレー(激辛)なのだが、どうも察するに調理中の倭を見に来ている様子。

 勿論白露達も倭へやって来ていたが、時雨は特に倭の行く所必ず時雨在りと言わんばかりに斜め後ろにくっ付いて行動していた。普通の男性であれば彼女が自分に好意を抱いてくれているのかと思う。だが相手は“普通を超越した男”である。そして『超弩級鈍感戦艦』(命名者:村雨)の肩書き通り、

(何故こんな油臭い所にまで付いて来てるんだ?)

と、真逆の考えに到っていた。

 補給船団と第1呉艦隊と第2呉艦隊の到着時刻までまだ大分余裕があったのだが、倭の艦橋最上部の測距儀に取り付けられた電探Ⅵ型は既に接近する補給船団を捕捉していた。まだ深海棲艦が来ていない事に安堵しつつ彼女達が自艦に戻った事を確認してすぐに機関出力を上げ、呉艦隊が何時来ても良い様に備えて待つ事1時間。倭の電探Ⅵ型が新たな目標を捉えた。

(戦艦2隻、軽空母1隻、重巡ないし軽巡が1隻、後は駆逐艦が2隻か。どの道戦艦の射程圏内に納められたら補給船団にはまず勝ち目など無い。護衛艦が睦月型ならば尚更脆弱だ……俺だけでも行くか。)

「艦隊各艦良く聞け。現在補給船団に向けて深海棲艦と思しき目標が戦艦2、軽空母1、重巡ないし軽巡1、駆逐2が移動中。俺が単艦で突撃を行う間に各艦は呉艦隊に合流して現状を報告せよ。尚、増援は結構。と伝えておいてくれ。」

『い、今から行って間に合うの?!いやそもそも間に合ったとしても補給船団が助かる保障はあるの?!』

「此処からそう遠くない位置に居るから然して問題はない。それに俺の火力を見誤るな。俺がそんじょそこらの戦艦とは少し違う事を奴等に教えてやるまでさ。」

『えぇ~……』

「兎に角呉艦隊との合流を急げ。足の遅い艦隊が到着するまでどう足掻いても時間は掛かるし戦況すら掴めてないのが現状だ。君達は合流でき次第艦隊を先導してきてくれ。位置と方位は常時此方から自動で発信し続ける。」

「さて、本格的な水上戦闘ですな。最近は対潜ミサイルに出番を持って行かれっ放しですからウチの部署(主砲指揮所)が興奮して『出番はまだか!出番はまだか!』と騒いでまして。」

どうやら我が艦で1番血気盛んで危険な部署が騒ぎ出したらしく、砲術長が苦笑いを見せる。艦全体の射撃指揮を総轄する立場にある彼も自称艦内一の情報通で有名で、普段の生活は御世辞にも良いとは言えないが、有事の際には下手な軍人より毅然とした戦闘員となる。何せ艦内でコッソリ特潜隊を組んでいた経験の持ち主だからである。

そんな彼の相棒達でもある副長と航海長もいざという時は銃を片手に敵艦へ乗り込む事だってあった猛者でもある。尤も、妖精にデフォルメされた今となっては無駄に可愛らしく見えるのがオチだが。

「出番はもうそろそろだと言ってやれ。機関出力最大、全推進装置稼動。全速前進!」

「機関出力最大!最大出力時の安定値を維持。」

「推進装置全機稼動!」

一気にトップスピードの122.8ノットを叩き出して艦隊を急速に離脱していく。本来であれば、水の抵抗によって急加速は陸よりスムーズには出来ない。何よりそんな事をすれば船体に多大な負荷が掛かり、破孔を生じる可能性もあるからだ。だが倭の船体は120ノット前後の急加速と急減速に耐えられるだけの船体強度の設計と全速航行時に主砲射撃を実行しても何ら問題ないレベルで艦の安定性を保つ為の新技術がありったけ盛り込まれている為に出来た芸当であり、その特殊技術が船体全てを覆っておりそれに伴って防御性も向上し、破格ともいえるほどの強靭さを手にした。代償として船体重量は倍増したがやらぬよりマシだったと言ってしまえばそれまでである。

「はっや………」

「島風が見たらどうなるのかしら、ねぇ?」

あっという間に水平線の彼方へ消えて行こうとする倭の背中は“そんな事は知らん”と言っている様にも見えた。

 艦隊を抜けて一路輸送船団の方角ヘ突っ走る倭の艦内では兵装の弾薬装填などの作業が進められていた。勿論主砲も例外ではなく、三式通常弾を装填して待機していた。

「敵艦隊まで距離4万を切りました。輸送船団がもう間も無く見える頃です。」

「輸送船団に合流後、艦を敵艦隊と輸送船団との間に入る様に並走させる。」

水平線上に輸送船団と護衛の睦月型駆逐艦らしきマストを確認し、すぐに通信を入れる。一応予定通りであれば船団側に俺の事は伝わっているはずだと思うが。

「此方トラック泊地第2艦隊旗艦『倭』。輸送船団応答されたし。」

「此方高速油槽艦『あばしり』。本隊は重油8万トン、航空機用ガソリン6万トン、ボーキサイト5万トン、鋼材10万トンを各4艦に割り当てて航行中。何か問題が?」

問題もクソもあるかと叫びたかったが、並走している船団と護衛艦隊にはマトモな電探も、対空兵装も無いのだ。あるのは精々対艦兵装の12cm単装砲と61cm3連装魚雷程度。それでよく此処まで来れたなと逆に関心してしまった。

「此方の電探には既に輸送船団に接近しつつある敵艦隊を捕捉している。後1~2時間もすれば敵艦隊に補足され、空襲と砲撃に晒される事になるぞ。何とか艦隊速度を上げられないか?せめて40、いや35ノットは欲しいが。」

「無茶言わんでくれよ……こっちはガソリン積載船『ふらの』と鋼材運搬船の『くしろ』が機関不調で25ノットが限界なんだ……」

そういう事か、と倭は思った。どうりで高速輸送船団だと聞いていたわりには遅いと感じていたし、何より呉艦隊が遅いのはこの事を知っていたからだ、と。呉艦隊の集結の遅れは予定位置で敵を待ち伏せていれば良いという慢心によるものであり、その前に襲撃を受ける事を予測していなかった為に火力、防御力共に乏しい睦月型に護衛をさせていたのが裏目に出ていた。

 取り敢えず敵艦隊襲撃前に船団に合流できただけでも良しとするべきだろう。そもそもの話、船団護衛と船団襲撃阻止作戦をやるならもっとマシなやり方は無かったのだろうかと思う。

「まさかとは思うが……」

「輸送船団を囮にするつもりだった、と副長はお考えで?」

「恐らくな。だが、貴重な資源を満載して此処まで必死に戻ってきてくれた連中に対して恥ずかしいと思わんのか。同じ人間として恥ずかしく思うぞ。」

「我々は“元”人間の“現”妖精ですよ。」

「だまらっしゃい!兎に角、艦長は呉艦隊に期待してないんでしょう?」

「今お前等が話していたのと同じ考えだ。そもそも高速戦艦を含んだ軽快艦隊で出てきても良いのに伊勢型や長門型を混ぜた意図が分からん。大方慰めの言葉でも掛けるつもりだったのかも知れんな。まあ“ワザと船団護衛に失敗させて”までやる意味は無い。というかぶっちゃけ呉艦隊(足の遅い連中)なんてもうどうでも良い。」

「足の遅い奴は門前払いですか……“このビッグセブンを侮辱する気か!”って言われそうですがね。」

とんでもない発言ばかりが吐き出される第1艦橋だが、倭が特大の爆弾発言をやらかした事は皆の秘密でもある。

「ハッ!41cm45口径連装4基8門じゃ豆鉄砲も良い所だ。その程度じゃ俺に致命弾は与えられんよ。一番薄くても対46cm60口径用の装甲だ。その程度の砲で食い破れたら御手製のメダルを授与してやりたい。」

「ははは……」

最早乾いた笑みしか出なくなった副長達とは別に、電探員と目視索敵を続けていた見張り員は遂に敵の索敵機を捉える。

「見張りより報告!『4時方向、敵影1認ム!』」

『電探より第1艦橋!方位156及び方位180に敵影各1を確認!』

2箇所から敵が迫っている。その事を倭も理解はしていたが、敢えて此方から見て一番近い敵を叩く事を優先した。

「先に方位156の敵艦隊を叩く。軽空母が居るのなら空襲は必至だ!」

「もし、方位180の敵が正規空母ヲ級を主力にした機動艦隊だった場合はどうなさいますか?」

「今優先すべきは輸送船団の無事だ。俺の事など二の次三の次で構わん。どんな相手でも叩き潰すまでだ。」

最悪超重力砲弾の使用も止む無しだろうと考え、いやそこは対空ミサイルも活用すべきだと再考していたが上空に張り付かれた今となっては撃墜する事すら面倒になってきていた。

「この際敵に位置を知らせるようなものだが構いはしない!3番主砲左舷側対空ミサイルVLSハッチ開放!目標、方位180の敵偵察機!」

3番主砲の左舷側に設置されたVLSのハッチが1つだけ開放され、内蔵されたロングレンジの槍が準備されていた。

「ロック完了!」

「発射!」

「ファイア!」

ハッチ内から僅かに煙が噴き出した瞬間、音速を超える槍が目標目掛けてすっ飛んでいく。傍から見れば何を飛ばしたんだと言われるが、倭にはどうでも良かった。兎に角来るべき空襲に備えて主砲、副砲、両用砲、機銃群が空を睨む。

「面舵15度。艦隊から少し距離を取る。ミサイル命中後、主砲を斉射する。」

そして、方位156より敵と思しき黒点が多数現れた。軽空母とはいえ、それなりの数の艦載機を抱えているのだから当然といえよう。だが、相手が悪かった事だけは確実だった。

「対空ミサイル、敵偵察機を撃墜!」

「発砲ブザー鳴らします!甲板要員は直ちに艦内へ退避せよ!」

「全主砲、斉射!」

「斉射!」

敵機の大群に向けられた61cm60口径3連装砲4基12門がほぼ同時に三式通常弾を撃ち出す。その時発生した爆風と爆圧がモーゼの奇跡よろしく海面を大きく抉り、反対側で距離を取っていた筈の輸送船団にもその衝撃が大きく響き渡り、激しく揺さぶる。

 敵編隊目掛けて飛翔を続ける三式弾が炸裂するまでに素早く再装填と再照準を済ませるが、これらの動作は僅か5秒で済まされている事を留意しておいて欲しい。その気になれば1秒で再装填を済ませて射撃を行う事も不可能では無いが、装填装置と昇降機のレールに異常負荷が掛かる為、自動で安全装置が働き、装填速度を20秒にまで大幅低下させられるので実質高速連射可能時間は5~10秒以内である。

 副砲、両用砲は小型軽量な事もあって主砲程すぐに安全装置は働かないが、主砲同様に連射によって発生する砲身の異常加熱という問題はどう足掻いても免れなかった。これによって冷却完了までの間は無防備になる、といった弱点もあるが、それを補う為に大量の機銃が配備されている。無論爆弾等で機銃座が一掃されて的にされる恐れもあるが。

 兎に角、遥か遠距離に見えていた敵編隊の前方で炸裂した三式弾は、一瞬で20機もの敵機を破壊、若しくは損傷に追い込む。その頃には、更なる追撃が敵編隊に襲い掛かろうとしていた。

 

 

 最初から順調に進むはずだった輸送船団攻撃計画は、たった1隻の戦艦によって大きく狂わされた。軽空母ヌ級の攻撃隊による撹乱攻撃で輸送船団を掻き回している間に忍び寄った自分達戦艦ル級と空母ヲ級による波状攻撃で殲滅出来る。そう信じていた筈の作戦が突然現れた戦艦に妨害された。

 これは空母ヲ級3隻を護衛する事に不満を持っていた戦艦ル級と雷巡チ級率いる水雷戦隊にとって望外の楽しみが舞い降りた。ただでさえやる事のない護衛任務が変わり、現れた敵戦艦1隻を撃沈せよとの司令が届いたからである。

 それでも無作為に突撃する事は無く、水雷戦隊を前方に出して前進を続ける攻撃艦隊だったが、突如ヌ級を護衛していた筈のタ級と連絡が取れなくなった。此方の索敵機は発進した機全てが未帰還であり、生存は絶望的とされていたが変わりに3隻のヲ級から全ての攻撃隊が飛び立っているのだ。その数は300機にものぼる航空戦力であり、これによって敵戦艦を叩き潰そうと画策していた。

 ヌ級側の偵察機からの情報によれば、敵戦艦は大和型に後部砲1基を追加しただけの火力重視の戦艦だと判断していたが、彼女達も大きな勘違いをしていたし、伝達ミスもあった。そう、“高角砲が1基も見当たらぬ代わりに大量の砲と機銃がある。”という事を伝え忘れていたうえ、倭を『大和型戦艦』と誤認していたのだ。

 程無くして接敵する筈だった攻撃機隊との連絡が途絶し、艦隊は不安と焦燥感に包まれていた。

「300機モノ攻撃機隊ガ一瞬デ消エル訳無イダロウ!モット良ク確認シロ!」

『ダガ全滅シタノハ間違イ無イ。此方ノレーダーカラ一瞬デ消エタンダ。』

「クッ……モウ空母共ハ引ッ込ンデイロ!我々ダケデ片付ケテクレル!」

そう意気込んで進もうとした矢先、突然周辺の海面が少量ずつ攻撃隊の向かった方へ吸い上げられて行き、僅かながらル級の船体が軽く引き上げられた気がした。

(何ダコノ嫌ナ空気ハ……)

即座に危険と判断したル級だが、言いだしっぺの自分が退くわけにも行かず、尚も前進を続けた。

 

 

「取り敢えず方位156方面の敵は殲滅出来ましたね。」

「あの程度なら三式弾と通常榴弾の10連バーストで十分だ。」

「まだ来ます!今度は方位180より敵機接近!」

「数は!」

「約300機です!」

戦艦2、軽空母1、軽巡1、駆逐2の敵艦隊は倭の精確な三式弾による対空弾幕と超長距離射撃によって成す術も無く壊滅させられ、大破漂流し続ける駆逐イ級1隻が残ったのみだった。

(ニミッツ級でも湧いてるのか?だとしたら先に航空機を始末するしかないな。取り敢えず機種さえ判明したら良いが……)

「見張り、機種は分かるか?」

『機種は……SBDドーントレス急降下爆撃機及びTBFアベンジャー雷撃機です!』

その言葉を聞いて倭は不思議に思う。何故直掩機が居ないのかと。その疑問を口に出したのは副長だった。

「直掩機はどうか?」

『直掩機は見当たりません!』

「そんな訳ないだろう!もっと良く探すんだ!まぁ居ないなら居ないで機銃掃射を受けるリスクはある程度避けられるから良いがな!」

(直掩機が0だと?制空権を奪回しに来られたら不味いのは連中とて承知の筈だ。だが、直掩が居なくても良いのは敵に空母が居ないと分かっている時くらい……ああそういう事か。成程、俺を含めて囮にして自分達の戦果稼ぎと言う訳か。)

この時倭の電探には輸送船団の進行方向より接近する味方航空機のブリップ。これが何を意味するのか。これは敵に制空権を取らせておいて、離れた位置から戦闘機隊による奇襲攻撃を行う、といった余り宜しくない戦術だ。

 確かに制空権も取れるし味方も守れて一石二鳥だと思えるが実際の所、味方との相互連携が欠かせない戦術でもあり、少しのミスでどちらかがやられるといったリスクもある難しいものだ。そして此方は援軍は要らないと言っておいたのはせめて呉艦隊の位置が敵に悟られないようにする為でもあったし、そもそも呉艦隊が空母を連れてくるとは聞いていないからである。

 どれだけ自分が敵を作ってしまったのか理解出来たが、それに従わされる艦娘達は並々ならぬ苦労を強いられているのだろうと思う。勿論倭がそのような事で同情するわけ無いのだが。

 味方を囮に利用して戦果を稼ぎ、都合が悪ければ誰かに責任を全て押し付ける。そんな奴ほど普段から威張り散らしていながら窮地に陥ると助けを求めて騒ぎ出すのだから余計に性質が悪い。恐らく呉から来た艦隊指揮官もそんな奴だろうと推測を立てた倭だが、ある事を思いつく。

(足の引っ張り合いはやるつもりは無いが鼻っ柱をへし折っても問題なかろう。どの道出世欲が溢れていそうな連中には少々痛い目を見てもらうか。)

「超重力砲弾装填。味方機到着までに敵攻撃隊を殲滅する。」

「わー殲滅ですかー容赦無いですねー(棒読み)」

「で、遅れてきた友軍機はどうします?」

「何、上の連中にはもう1つ任務がある。輸送船団の上空警護の任務が、な。これを放り出して帰艦したなら任務放棄で嫌でも責任追及を受ける事になる。それを避ける為にも必ず上空警護に就くしか残された選択肢は無いよ。さぁ砲術長、やってしまえ。」

「あいあいさー」

全く以って規律が守られていない倭の艦内だが『やる時はやる。それ以外は自由。』を地で行っている上、やるべき時にやる事をきっちりやり遂げたならそれで良いと倭本人が言い切ったので誰も文句を言わず、寧ろ嬉々と艦長の意思に従っているわけだ。が、その感情すら微塵も感じさせぬ乗員の機敏な動きによって艦の統制は保たれていた。

 巨大な主砲に巨大な超重力砲弾が装填され、発射の時を待つが、機銃班は先程から1発も撃てない事に不満が溜まっていた。

 そこで、倭は信管を自ら自動調整し、指令起爆が何時でも出来るように細工を施した超重力砲弾を装填させる。要するに運良く引力に引き込まれず、生き残った敵機に対して機銃群が攻撃出来るようにしたのだ。

 轟音と振動を伴って撃ち出された超重力砲弾は敵編隊の後方で倭からの指令起爆信号を受信し、凶悪なまでの引力を持ったマイクロブラックホール達を解き放って敵機を吸い込んでいく。懸命に逃れようとしていた敵機に対しては待ち構えていた針鼠の様に備えられた機銃群がミシン縫いの如く弾丸を叩き込んでいく。

「右11度、仰角32度、修正射。」

修正射を行う度に次々に火を噴いて海へ叩き落される敵機。そして今だ生き残って逃げようとした機には開放されたVLSから対空ミサイルがこれでもかと襲い掛かる。その光景を見ていた見張り兵長がついついこぼしてしまう。

「艦長、少々やりすぎではありませんか?」

「何がだ?」

「何がって、たかだか敵1機に対して6発もミサイルをぶち込まなくても良いじゃないですか。もし敵機がミサイルの対処法に気付いたらどうなさるんですか?」

「その時は、また別の策で乗り越えるまでだ。何の為に脳味噌があると思ってるんだ兵長。」

その言葉が発せられると同時に最後の敵機がミサイルと35mmCIWSによって消滅し対空戦闘は終結する。

「もうどうなっても知りませんからね……」

あまりのアバウトさに呆れ返ってしまう兵長だが、その言葉とは裏腹にしっかり残敵を確認する任務を全うしていた。

「ん?何だアレ?」

「どうした?」

「マスト……艦長、電探に確認願います。方位180、敵艦影の捜索を。」

「ん。聞いていたな電探。」

『電探電探言わんで下さい。ちゃんと聞こえてますって……方位180、戦艦2、軽巡1、駆逐5。その後方に空母3。戦艦と水雷戦隊を前衛に高速接近中。主砲射程ですが如何しますか?』

暗に電探射撃でタコ殴りに出来るぞと知らせてくる電探班。やるなら先に戦艦を倒しておいて損は無い。寧ろ先に沈めるべき相手だ。

「電探照準による主砲射撃を許可する。電探班は引き続き敵が居ないか周囲を探ってくれ。主砲班、そちらは砲塔に内蔵した電探で敵艦を捕捉、射撃を実行せよ。尚、目標はこちらで指定する。」

『何を装填しましょうか?』

「先ずは戦艦から狙う。APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)を装填。」

『了解!APFSDSを装填!』

「上空の味方機はどうします?さっき『如何すれば良いか?』と通信が来ましたが。」

「上空の航空機に関してはどうせ敵戦闘機が来なければただ制空戦闘機(役立たず共)だから放っておけ。と良いたいが妖精達にまで罪は無い。一先ず非爆装機は輸送船団の上空警護に就き、爆装した機には敵空母に攻撃を加えろと伝えておいてくれ。勿論ーーー」

「敵艦の弾幕射撃に十分注意して必ず生還せよ、ですね。分かってますよ。」

「頼んだぞ。」

輸送船団に先に艦隊と合流するように指示を出すが、やはり機関トラブルが直らないままである為、相変わらず25ノットで北上していくしかなかった。が、良い頃合いで衣笠率いるトラック泊地水雷戦隊が此方にやってきたので通信を繋ぐ。

「こちら倭。随分遅かったな。流石は本土で温まり続けている連中、といったところか?」

『こちら衣笠。まぁそんな所ね。倭さんが派手に暴れた所為で戦果が上げられなくなったとか言ってこっちが八つ当たりされちゃったわ。』

「済まない。ちょっとやり過ぎたみたいだな。君等に迷惑を掛けた詫びは間宮で我慢してくれ。」

『お菓子で釣ろうだなんて卑怯な…でもそのお礼だけは衣笠さん喜んで受け取らせてもらうわね♪』

一応戦闘中、なのだが何時もこんな感じで戦ってきたらしい衣笠達は、気を抜いているようで気を抜いていなかったりする。何せ、佐世保艦隊との演習でのキルレシオ6:1と馬鹿げているのだから相当手強い。

「21:00以降は駄目だぞ。」

『ふぇ?何で?』

「……体重計がエライ事になっても俺は責任取れない。」

『『『『『『『わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?乙女の敵が此処に居たぁぁぁぁぁぁぁ!!』』』』』』』

戦闘中でもおふざけが絶えないトラック泊地艦隊。それにつられたのか、輸送船団からも笑い声が聴こえて来た。

「さて、おふざけはここまでにしよう。現状を報告する。現在までに敵2艦隊のうち方位156の敵艦隊と交戦し。戦艦2、軽空母1、軽巡1、駆逐1を撃沈。その辺にもう1隻駆逐イ級が大破漂流している筈だ。そいつの始末は任せる。」

『もう1つの艦隊は?』

「残りは方位180に居る敵艦隊だ。こちらは戦艦2、空母3、軽巡1、駆逐5で構成されている強力な艦隊だ。一応航空攻撃の心配は無いと思うが念の為、警戒を怠るな。」

『航空攻撃の心配は無いってどういう事ですか?』

「………」

「正直に言うべきでしょうな。」

副長の言うとおりだが、彼女達は今来たばかりで俺自身の対空戦闘を目の当たりにした訳ではない為、空母4隻分の航空戦力を自前で全滅させた事を言うのは少々気が引けた。が、正直に言っておいても損は無いだろうと思い、結果を話す。

「4隻分の航空攻撃は俺が全滅させた。ただそれだけの事だ。」

『…………』

静まり返った無線に対して彼は何の興味も示さなかった。

「君等は敵水雷戦隊を叩いてくれ。それと、敵戦艦は俺が相手をしよう。」

『え、2対1でですか?!無茶ですよ?!』

『五月雨、大丈夫さ。倭は強いから。』

(強い?俺が?俺は………全然強くないよ………)

時雨自身、倭は強いから大丈夫だと五月雨に言い聞かせてはいるが正直言って倭の砲撃がどれほどの物かは未知数だと思っている。彼女が見たのはあくまで対空戦闘ぐらい。あの演習では何が起きているのか全く分からなかったのだ。

「取舵一杯。全速前進。」

巨大な船体ほど小回りが効かないのだが、倭は補助装置によってそういった欠点を解消していた為、舵の効き具合は駆逐艦以上の反応速度を誇る。その為、傍から見れば異様に小さい旋回半径で艦の向きを変えている様に見える。が、これらは艦首と艦尾に設置されたスラスターによる急旋回によって出来た事である。

 そんな状態でも122.8ノットもの速力を極力殺さずに旋回出来ているのでまあ良しとしておくべきだろう。

「主砲目標前方右側の敵戦艦。第1、第2主砲、斉射!」

「斉射!」

倭から見て右側に見える敵戦艦ル級に向けて6発分のAPFSDSを発射する。発生した轟音は地鳴りよりも深く激しい振動となって周辺の空気を震わせ、後方に居る衣笠達の艦橋や計器類のガラスをその振動によって全て粉砕していた。その時の轟音を『まるで得体の知れないナニカが咆哮したかのような音で腹に深く響いた。』と衣笠は後に提出する艦隊日誌に装書き込んでいる。

 30kmもの距離など造作もないとばかりにカッ飛んできた6発のAPFSDSは戦艦ル級の錨鎖甲板、前部主砲2基、艦橋左舷側甲板、前部マスト、前部艦橋の順に命中し、装甲・非装甲関係なく次々に食い破ってル級の機関室と缶室の床に刺さった後、起爆。

 機関室、缶室、弾薬庫で大爆発が発生し轟音と共に巨大な火柱を上げ一瞬で船体を二つに叩き折られたル級の1隻が黄泉の世界への坂道を転がり落ちていく。

 もう1隻居たル級から砲撃が行われるが、時速227kmで移動する戦艦にとっては、ル級の行動全てが止まって見えた。

「残念だ。お前達がここまで鈍重だとは思わなかったぞ。」

再び発射される主砲。またしてもAPFSDSが撃ち出され、攻撃する暇すら与えずに艦橋を含む艦上構造物を手早く瓦礫の山へと変貌させられたル級は動く事も、主砲を撃つ事もなく沈黙するが止めとして倭の主砲が巨弾を見舞い、ル級は何もせずに波間に消えた。

 

 

「来たわね。あら~雷巡が居るじゃないの。仕方ないわね…あいつは私が仕留めますか。全艦魚雷戦用意!1番2番連管のみを使用して!」

『了解!』

「引き付けて、引き付けて……発射!」シャキン

万が一にと笹川が渡してきた61cm4連装酸素魚雷発射管2基から2本ずつ、計4本が飛び出して行き、それに併せて白露達も魚雷を発射していく。

「全艦取舵180!一斉回頭!」

発射後は急いで反転離脱しないと反撃を受ける恐れがあった。が、雷巡が居る以上、敵艦隊も魚雷戦に持ち込んでくる。

「敵艦隊より魚雷複数接近!」

「あちゃ~やっぱり来たか~。各艦、衝突に注意しつつ敵魚雷を回避せよ!後部主砲、雷巡に向けて砲撃開始!」

「艦長!魚雷4、直撃コースです!」

「えっ?!」

確かに4本の魚雷がどちらに舵を切っても確実に命中する距離まで迫っていた。被雷し、沈没する未来が一瞬脳裏に浮かんだが当たるはずの魚雷は、横合いから来た巨大な影に阻まれて衣笠には届かなかった。

『油断するな衣笠。』

「あははは……ごめんなさい…でもここは衣笠さん達に任せて!皆、ちゃちゃっと片付けてトラックに戻りましょ!」

『いっけぇー!』

『僕と倭の素敵な時間を邪魔しないで!』

『村雨のちょっと良い所見せてあげる!』

『最っ高に素敵なパーティーを始めましょ!』

『誰一人としてやらせません!』

『やぁーっ!』

倭が両用砲で雷巡チ級を含む4隻を集中攻撃している間に、魚雷の再装填を終え、目晦ましになっていた水柱に向けて全員で魚雷を叩き込む。

水柱が消えると同時に突入してきた酸素魚雷に対応する暇も、時間も深海棲艦達には無かった。今度は魚雷が命中した水柱でチ級達が包まれ、水柱が崩れ落ちた後には、深海側の水雷戦隊と思われる残骸が幾つか浮いているだけだった。

『敵水雷戦隊殲滅完了。残りは空母だけか。副長、爆戦の連中はどうだ?……了解した。後は俺達で片付けると返信してくれ。』

「どうしたの?」

『敵空母3隻がまだ残っている。確かヲ級といったな。たかが30ノットでまだ逃げ回っているらしい。そこで止めを刺しに行く。』

『じゃあ僕達も…『その必要は無い。』え?』

残った空母ヲ級を撃沈する為に動こうとする衣笠達に倭が待ったを掛ける。それは、良い意味で味方の損害を減らすという建前があり、悪い意味で『お前らは邪魔』と言われた様にも聞こえてしまった。

『この場から今直ぐ攻撃を仕掛けられるのは俺だけだ。魚雷を使っても良いだろうが敵空母はもう魚雷の射程内にはいない。それに、幾ら弾速が速くても確実に当てられる自信がどれだけある?』

『そ、それは……』

『答えられないなら尚更俺がやった方が確実だ。…新型超音速魚雷でもあれば別の話だがな。』

聞いた事のない魚雷の名前が出てくるが、それを聞くよりも早く倭が主砲を動かし、攻撃の準備を進める。

『弾種、通常榴弾。弾着予測地点に対して2斉射。発砲ブザー鳴らせ。』

けたたましいサイレンと共に61cm砲の砲身が最大まで持ち上がり、発射の瞬間を待つ。

『調定完了……第1斉射、撃て!』

61cmの巨弾を吐き出した直後、砲塔内部では、元の位置に戻ろうとしている砲身基部に合わせて弾薬庫から砲弾と薬嚢が給弾されてくる。自動装填装置γの働きもあって砲身仰角が最大の状態でありながら自動で尾栓が開き、それに合わせて給弾機が角度を合わせて素早く装填を済ませる。この時、装填した砲弾と薬嚢が落ちないように上下左右から鉄板が突き出して押さえている間に尾栓が閉じて再装填を終了する。これを僅か5秒で済ませるのだから相当に速い装填速度である。

 続いて第2斉射が行われ、60kmもの彼方へ飛んでいく。弾着までの時間計測をしていた砲術長が報告を行う。

『第1斉射12発の弾着まで後30秒。第2斉射12発の弾着まで後35秒。第3斉射準備、完了しています。』

『晴嵐改3機が回り込んでいた筈だ。報告を待とう。』

次弾を装填したまま待機を続ける倭の主砲とは別に、衣笠艦内の電探には接近してくる艦隊が確認されていた。

「艦長、電探に感あり。後方より呉艦隊接近中。」

「今更?」

『幾らなんでも遅過ぎるっぽい!』

「まぁ落ち着きなさいな夕立ちゃん。それで?編成とか分かる?」

「そこまでは分かりませんが、先刻戦況報告を伝えに行ったこちらの水偵からの編成情報で間違い無いかと。」

「ありがと。」

艦長席に座って足をぶらぶらさせながら衣笠は今回の呉艦隊の編成と補給船団襲撃阻止作戦についてもう一度考え直していた。

『弾着報告します。24発中21発命中。3発が至近弾。敵レキシントン級航空母艦は全艦撃沈しました。』

『報告ご苦労。各員、警戒態勢。手隙の者は今の内に飯を食べろ。応急班は急いで各銃座の補修、点検作業に入ってくれ。』

聞こえて来た無線の内容は、作戦成功を意味するものだったが、ある事を思い出しつつ艦橋内を見回す。何時も以上に肌寒く感じたのは艦橋に取り付けてあった窓ガラスが全て割れてしまったから。それだけではなく、計器類も全て御釈迦にされてしまっている。それもこれも全て倭の主砲発射の際に発生した振動の所為である。

「ていうかこれ全部倭さんの所為よね?」

「航行にも大分支障が出てきてますね。さっきの敵魚雷の前に出てしまったのもその所為ですな。」

「はは…皆被害状況を教えて頂戴。」

『こちら白露。特に被害は無しだけどガラス類は全滅です~。』

『こちら時雨。僕もガラス類は全滅だよ。航海用のコンパスまでやられてる。』

『村雨です。私も窓ガラスとか計器類は全部ダメね。』

『夕立もコンパスがやられちゃったから如何しようもないっぽいぃ……』

『は、春雨です。私も窓ガラスが割れちゃって大変です。はい。』

『五月雨です。こちらも計器とかが全滅してて何も使えませ~ん!』

「全滅でしたね。」

「はぁ、提督に言うしかないわよね………」

若干憂鬱になりながらも、割った張本人に通信回線を開く。

『如何した?』

「如何した?じゃないわよ……貴方がバカスカ主砲撃っちゃうから窓ガラスと計器類が全滅したじゃない……」

『その対策くらい講じておくのが普通じゃないのか?』

61cm砲の圧力対策何て出来るか、と突っ込みたかった衣笠だが明石なら出来るかもしれないと思ってしまったので諦める。

「普通無理でしょ。」

『……呉第1、第2艦隊より入電。第1艦隊からの電文を先に読み上げる。『貴官等ガ取ッタ行為ハ明ラカニ軍内部ノ統率ヲ乱シタ。他艦隊トノ連携作戦ヲ知ラヌ貴官ハ実ニ凡愚ナリ。軍法会議ニ処サレルガ良イ。』だとさ。足の遅い連中が何をほざくかと思えば実に下らんな。』

「あ~呉第1は練度が高いけど風紀は乱れまくってるからね~指揮官の質は低いらしいわ。」

「質もそうですが性質も悪いと言うべきでは?」

『最後に第2艦隊からの電文を読むぞ。『出撃時ノ不手際ニヨリ到着ガ遅レタ事ヲ謝ス。実ニ申シ訳ナイ。ソノ際ノ迅速ナ行動ハ我等第二艦隊一同皆感嘆シタ。先程向カワセタ航空隊ヲ上手ク使ッテ空母攻撃ヲ行ウトハ実ニ見事ナリ!コレカラ貴艦隊ニ世話ニナル事モアルダロウ。ソノ時ハ宜シク頼ム。尚、作戦終了ニ伴イ、貴艦隊ハトラック泊地ヘ帰投許可ガ出テイル。道中気ヲ緩メズ注意セヨ。』……第1艦隊とはえらく違うな。』

「第2艦隊は優秀かつ老練な御仁が居るからね。第1艦隊のへっぽこエリートとは違うって訳。」

 来るのが遅れた上、その事を棚に上げてこちらを罵った第1艦隊司令と遅れた事を詫びただけでなく、自分達の独断専行を賞賛した第2艦隊司令との差に倭が少々驚いていたが、数々の鎮守府と演習をやってきた衣笠達はある程度各鎮守府の雰囲気と指揮官の態度や性格を見てきたので特に驚く事は無かった。

 更に言うと、呉第2艦隊司令の光部厳慈大将協力の下でトラック艦隊は練度向上の為の演習を何度も行い今の練度を確立したと言っても過言ではなかった。

ともあれ、倭達トラック艦隊は一路トラックへ戻る事になったが、問題が発生した。帰りの分の燃料である。燃料の制約が無い原子力を搭載する倭とは違い衣笠以下水雷戦隊は重油を搭載し、行動に制約がある通常動力なのだ。帰りの分の燃料も無い上に、横須賀まで戻る事も出来ない。だが、倭が意外な所から助け舟を出してくれた。

『要るか?』

「え?」

『だから、燃料だ。此処からトラックまで十分な量を持ってきているが如何する?』

「何で持ってきてるのよ?」

『潜水艦隊支援任務に就いていたからな。その時大鯨と各潜水艦が本土まで確実に往復出来る分を持って行く様に提督から指示された。』

「提督ナイス!」ビシッ!

『原子炉に積み替えた時に空いたスペースを寄せ集めたら元々あった燃料タンクと合わせて大和型戦艦1.5隻分の燃料タンクが出来上がったんだ。』

『あっ……(察し』

この時点でトラック鎮守府に居る遠征艦隊の面々が資源回収に走り回っているであろう事と燃え尽きたであろう笹川の姿を察した衣笠達だった。

 

 

‐トラック泊地‐

「あの野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!泊地の燃料ありったけタンクに積めて持って行きやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「司令落ち着いて!!帰って来たら残った分を返すように言っておきますから!!落ち着いて下さい!!燃料が枯渇しています!全遠征艦隊は直ちに出港願います!!」

この指示を聞いた第1遠征艦隊旗艦天龍と第3艦隊所属の摩耶は苦笑いするしかなかった。

「やっぱこうなったか。めんどくせェけど行くか……」ハハハ…

「倭の兄貴ならやると思った。…気ぃ付けてな……」ハハハ…

「おう。」

彼女達は倭が出撃前に燃料を泊地からゴッソリ持ち出したのを見ていて聞いてみたのである。「そんなに持って行って如何するつもりだ?」と。そして倭が出した答えは「潜水艦隊補給分と衣笠達の分だ。どの道襲撃阻止作戦に参加させられるみたいだし燃料が枯渇したら元も子もなかろう。それに、これは“提督の指示で”やっている事だ。故に燃料を満載していくのは当たり前だ。(キリッ」で抜け道をしていたのだ。勿論2人とも唖然となったが、その間にタンクを満タンにして倭は出港して行ったのである。

それを今更言い出す気にもなれず、もう黙っておいた方が自身の身の為だと判断したのだった。

 

 

 トラックで笹川が発狂しているとも知らない倭と衣笠達は倭の電探と音探によって周囲の安全が確保されている八丈島のすぐ傍で給油を行っていた。既に白露達の燃料給油は済んでおり、最後に給油を受けているのは衣笠だった。

 駆逐艦よりも大型である重巡洋艦の衣笠への補給には多少時間が掛かる為、対潜哨戒も兼ねて動きやすく、燃料補給も容易い駆逐艦を優先した為、必然的に衣笠は最後になった。

「一番最後で済まないな。」

『別に衣笠さんは気にしてないわよ?まあ対潜哨戒は必要だから私が最後なのも納得出来るわ。』

「そうか。各艦、燃料補給が後少しで終わる。完了次第トラックへ戻るぞ。」

『了解!』

(何か大事な事忘れてる気がするんだが……何だっけ?まぁ後で考えるとするか。)

何か忘れているような気がしたが後回しにして衣笠への給油を済ませる。給油ホースを格納してから衣笠が離れた事を確認して機関出力を上げる。

「微速前進。」

「微速前進ようそろ。」

「これよりトラックへ戻る。針路をトラックへ。」

「了解。針路をトラックに取ります。」

巨大な戦艦を中心にして夜の海を進む8隻の鋼鉄達。目指すは母港のトラック泊地だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ倭さん。』

「ん?」

『そういえば潜水艦隊支援任務ってどうなったの?』

「あ。」

白露に言われてようやく思い出した。タウイタウイ泊地に潜水艦隊ごと大鯨を預かってもらっている事を。

「どうすっかな……」

『いやそこは迎えに行かないと。』

「トラックに着いたら折り返してタウイタウイに俺が1人で行くから良いか。」

『わーお。なんて投げやりな発言ですこと。』

「気にしたら負けだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

‐一方のタウイタウイ泊地‐

「や、倭さぁ~ん!早く迎えにきてくださぁ~い!潜水艦の子達がお腹空かせてますぅ~!貴方に予備の魚雷とか積んでるの忘れないでぇ~!」ウワーン!!

「お腹すいたでち……」

「イクもうやばいかもなの~」

「我慢……」

「ライ麦パン食べたい……」

「………」←燃料さえあれば地球1週半出来るから特に空腹にならない子

 

1週間近くタウイタウイに置き去りにされてしまった大鯨達潜水艦隊の嘆きが響き渡っていたとかいなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまで来れば後は情報を伝えに我等の基地へ戻るだけだ。先の戦闘で大破漂流していた駆逐イ級だが、戦闘の際に何とか這う這うの体で戦場から離脱していた。人類側に新型戦艦が参入した事を伝える為に。

 

 

 

 

 

 

 




 はい、後編だからと開発回まで期待してりした人達ごめんなさい開発回は次回へすっ飛ばします。殴った理由?全鎮守府の時雨提督の代わりで殴らせてもらいましたε-(´∀` )
そして倭のエゲつなさが発覚しますが火力と61cm砲は正義だっ!(キリッ
 倭は深海棲艦の艦載機よりも元居た世界のニブニブちゃんを一番恐れてます。あいつは敵だっ!(クワッ でも作者はハリマやムスペルヘイム、ヴィント姉妹が大好きです(笑)だって双胴戦艦とかトリマラン航空戦艦とか浪漫過ぎて鼻から鮮血が吹き出そう…… そして大鯨達潜水艦隊は放置プレイ入りました~(後できっちり回収)
 蛇足ですが倭の正式な肩書きは『重武装型装甲護衛艦』です。そして今回の倭の暴れっぷりを書いてて思いました。「あれ?こいつの肩書きはもう『超高速原子力戦艦』で良くない?」と。皆さん如何思いますかこの作者のアホっぷり(笑)

では次回お会いしましょ~ノシノシ

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