Fate/guardian of zero   作:kozuzu

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第一章 契約の制約
第四話 誘惑と驚愕 その一


「……朝、か」

 

 

まだ日も昇らぬ時間帯に目を覚ましたアーチャーは、感慨深げに呟いた。

アーチャーの朝は早い。

といっても、ここ数日間の朝に限定された話だが。

何故ならば、英霊になってから睡眠や食欲、性欲といった基本的欲求から解放されていたので、一日、という概念は彼の中には失せて久しいものであった。

藁が敷き詰められた、簡易的な寝床から、アーチャーは身体を起こした。

眠気はその時には既にすっきりと消えており、稼働し始めた頭から、朝のスケジュールを引っ張り出す。

まずは、固まった筋肉のストレッチからだ。

先も述べたように、今の彼は受肉している状態である。

よって、常に彼の体がベストコンディションになっていることは、あり得ない。

 

 

(自己管理、か。世界に管理されていた私には、二度と縁のない言葉だと思っていたのだが……)

 

 

中々に皮肉が利いているな、と一人苦笑を漏らした。

ストレッチが一通り終わった次は、肉体の点検だ。

 

 

――――解析、開始(トレース・オン)

 

 

―――魔術回路二十七本確認―――

 

 

 ―――動作可能回路二十七本正常―――

 

 

――――魔力量、正常――――

 

 

―――――身体機能、問題なし――――

 

 

――――神経、内臓等正常――――

 

 

警告1

 

 

左手甲に解析不能のルーン魔術を確認。これにより、固有結界の変質有―――

 

 

 

(……まあ、一部を除いて、身体は問題ない……)

 

 

 

そこに居座る、最新の同居人に一瞬目をやり、その刻印に関わる記憶が頭に呼び起こされ、アーチャーは昨日の昼から夜まで続いた、ルイズとの個人レッスンを思い出していた。

 

 

 

(昨日、ルイズの熱心(、、)な指導のおかげで、言語自体はすぐに……というか、教授を受けてすぐにネイティブのような読み書きが出来るようになったな……原因は……まあ、またどうせこいつか)

 

 

最近、理解不能な事象は全て刻印のせいにして、自身は思考停止に陥っているのではないかと、アーチャーは危惧した。

だが、なにはともあれ言語習得がかなったおかげで、本からの情報収集が可能になった。

予想以上に早く言語レッスンを終えたアーチャーに、ルイズは驚いていたが、まあ、アーチャーだし。と勝手に自己完結していたが、それならそれで教えることは沢山あると余計意気込み、ハルケギニアの歴史、国の構成、果てはアーチャーには使えないと解っている魔法の基礎知識までもを叩き込まれた。

その結果、普通の平民以上の教養を身に付けたアーチャー。

しかし、それによって自分の身に起こった事象への疑問は何一つ消えることはなく、それどころか、こちらの世界の魔法の知識という判断材料が増えたため、余計に疑問が増えてしまった。

 

 

(やめよう……私の悪い癖だな、これは)

 

 

答えの出ない問題を、判断材料も手がかりもないのにしてしまう、という癖。

案外、これは自分の根の深い部分から来ているものなのかもしれない。

 

 

(さて、庭には誰もいない……)

 

 

持ち前の視力の良さでもって、庭を見渡したアーチャーは、人影がないのを確認し、庭へ降り立った。

何をするのかと言えば、それは、

 

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

――――創造理念、鑑定――――

 

 

――――基本骨子、想定――――

 

 

――――仮定完了。投影、開始――――

 

 

小さく呟いた彼の両手には、既に陰と陽を具現化したかのような中華双剣の宝具、干将・莫耶(かんしょう・ばくや)が握られていた。

宝具。それは、人の幻想を骨子に作り上げられた武装。

それは、それこそ彼が今持っているような剣のような形状でもあれば、盾、布、鞘、実体のない能力そのもの、なんてものまで存在する。

そして、それら全ての共通点といえば、人智を超えた奇跡を、この世に具現化する。

いわば宝具とは、奇跡を具現化した武装なのである。

 

 

(……宝具の投影。成功したか。外見も中身も、問題はない。……実験は成功か)

 

 

己の投影品である、その双剣、いやその成り立ちから夫婦剣と呼んだ方が正しいだろう。それを魔術的な観点と、肉眼からの評価を付ける。

昨日、とある貴族との戦闘と呼ぶのもおこがましい行為のなか、通常の剣は投影に成功した。

だが、前記の通り、通常兵器と宝具では、どんなに低級なものでも、石ころと、金塊ぐらいの価値の差があり、また投影への負担も段違いだった。

なので、目撃者の誰もいないこの時間を狙い、アーチャーは実験を行った。

この十分な面積のある庭なら、仮に暴走しても、結界から溢れた剣によるが、被害は最低限で済むからだ。

実験の第一段階は成功した。

次は、

 

 

(ルーンの発動は……していないか。昨日の状況から(かんが)みるに、発動の条件は剣を握ることだと推理していたのだが……)

 

 

自身に刻まれた、謎だらけのルーン。

現状で推測されている効果は、ぜんぶで三つ。

一つ、言語についての補助

二つ、肉体の獲得

三つ、固有結界の変質と、戦闘時の身体能力の底上げ

内三つめの効果は、発動した状況が戦闘時、しかも投影後に剣を握った瞬間であった為、剣を握るという行為がトリガーであると確信していたのだが、結果は否。

 

 

(まあ、いい。比較的負担の軽い宝具だが、投影が成功した、というこの結果は大きい)

 

 

正直、あのセイバー並の五感とバーサーカー並みの膂力は喉から手が出るほど欲しいものだったが、無い物をねだっても仕方ない。

そして、アーチャーはその他の些事を頭の隅に追いやり、夫婦剣を握った腕を、だらりと重力に任せおろした。

無形の構え、というやつだ。

そこから、

 

 

「ふっ!」

 

 

左の陰、干将を左から切り上げる。切り上げた直後腕を返し、今度は袈裟懸け。

間髪入れず、空いた空間に右の陽、莫耶を突き込み、突き通した瞬間には、既に剣は右に薙いでいる。

片方が斬撃を放ち、終わった瞬間に出来た隙間に、さらにもう片方を滑り込ませる。

傍目には、アーチャーがまるで踊っているかのような状態に見えたことだろう。天才だ、と持て囃したことだろう。

だが、達人クラスの人間が見れば、その剣技に才能など欠片もなく、ただただ、素朴に、純粋に努力と研鑽のみで構成された、美しくも泥臭い、そんな感想を抱いたことだろう。

自己流の型、のようなものがひと段落し、アーチャーは一つ、息を吐く。

 

 

「すぅ……はぁ――――ッ!!」

 

 

そして、その瞬間アーチャーの雰囲気が変わる。

目の前に仮想の敵を脳内で再現し、彼は戦闘の用意を整えた。

その時だった。

 

 

警告

 

謎のルーン魔術の発動を確認。

 

 

再び、世界がアーチャーに置き去りにされ、その速度を忘れる。

 

 

(……!? なんだ……? 発動した? 何故、いや、そうか!)

 

 

その時、アーチャーはルーンの発動の条件。それを完全に理解した。

トリガー(引き金)だと思っていた、剣を握るというアクションは、その実、一つのファクター(安全装置)に過ぎなかった。真の撃鉄は、自身の心。

敵を前に、己を変えずして、変えるもの……すなわち、戦意である。

考えてみれば、あの時も、いかに動きがとろくかったとはいえ、相手は武器を持っていた。

であれば、戦意が沸くのも当然。

 

 

(こういうのを、棚から牡丹餅というのか?……いや、状況的には一石二鳥を狙ったのだから、問題はない……のだろうか)

 

 

 

剣を振るいながらも、そんな余裕が沸いた。

さて、意図せずして恩恵の一つを手中に収めたアーチャー。

これだけなら、別に悲観すべき点は何もないのだが、いかんせん、タイミングが悪かった。

 

 

「……!」

 

 

庭の端、しかもはたからは死角の場所でそれを行っていたはずなのだが、

 

 

「す、すごい……!!」

 

 

拡張された五感が、その呟きを拾った。

首と眼球が瞬時に動き、対象を目視にて認識する。

そこには、濃紺のワンピースと、白いエプロンを掛け合わせた仕事着、俗にいうメイド服を纏った、黒髪黒目の少女がいた。

少女は、文字通りすごいものを見てしまった、という表情を顔に貼り付け、立ち尽くしていた。

 

 

(しまった……脳内であの狗相手にハイスコアを叩きだして、いい気になっていたとはいえ、気を抜きすぎた)

 

 

そう、ルーンの恩恵で仮想の戦闘相手であるかの青い槍兵に、互角以上の戦いを繰り広げ、調子に乗っていた。

空いたソースを、近辺への警戒ではなく、くだらない皮肉に費やしていたことも、一因。

気抜かり、慢心、色々呼び方はあるが、

 

 

(うっかりしていた……)

 

 

アーチャーは、自身の未熟さを思い知った。

 

 

 

 

 

 


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