Fate/guardian of zero 作:kozuzu
日が傾き始め、徐々に朱く色づき始めた空。
そして、徐々に濃くなり始めた闇を森の木々が、自身の影でもってそれを助長する。
「結局、何もなかったわね」
「……」
森に馬足を踏み入れる前、少々の問答をしたのを思い返し、半馬身ほど前を走る赤い外套に向けて、ルイズは言葉を飛ばした。
森は既に中間を抜け、あと半刻もあれば開けた街道へ出るだろう。
やはり、自分の感覚は正しかったのだろう、とアーチャーの懸念を杞憂だったのだと、胸中でルイズは断じた。
当のアーチャーは口を開かず、森の入口から変わらぬ姿勢で手綱を操っていた。
常に正面を向き、ルイズの前方を走っている為、彼が今どんな顔をしているのかはルイズには確認できなかった。
いや、そもそもルイズにそんな余裕はなく自身の選択が間違いでなかったことにほっと胸をなでおろしていた。
だから、彼が別に何も言葉を発さなくても、ルイズは特に気に留めることはなかったし、気をとめる余裕もなかった。
すると、突然アーチャーが右手だけを手綱から離し、腰に佩いていた例のインテリジェンスソードの柄に、右手を掛けた。
そして、
「――――、」
何事か呟いた。
他人に聞かせるものではなかったのだろう。発した声のボリュームは小さく、言葉は風に流されてしまった。
ルイズは訝しげに首をひねり、「何?何か言った?」とアーチャーに声を掛けようと口を開き、
――――その口腔を、大気が蹂躙した。
「!??!??!!??」
堪らずにルイズは声にならない叫びを上げた。
視界はぐるんぐるんと意味のない方向へ焦点を散りばめてしまっており、自身の状況を確認する術にはなり得ず、聴覚も轟音に埋められこちらも役に立たない。
唯一残る感覚は触覚。
自分の腹に回された、温かくも雄々しき腕の感触。
その腕の感触を頼りに、なんとか視線を真上に向けると、正面へ鷹の如き鋭い眼光を放つアーチャーの相貌が見えた。
眼光はそのままに、アーチャーは顔をルイズの耳元へ寄せ、
「そのまま、口を開けたまま着地するまで何も喋るな」
その言葉で、ルイズは初めて自分がアーチャーの腕の中で宙を跳んでいるという事象を認識した。
何が起きたのは解らない。
取り敢えず、今理解できたのは自分がアーチャーの腕の中で空を飛んでいること、ということだけだった。
そして、その現状でさえもザッという大地を踏みしめる感触でそれが終わりを迎えたのだと悟った。
「よお、完全に落ちたと思ったんだがなぁ」
そんな自身の理解が追い付かない状況の中、前(方向感覚が狂っている為、多分だが)から声がした。
焦点が合わず、どこかピンボケした視界でそちらを向くと、そこには獣がいた。
喰われる。
脳裏によぎる言葉。未だ焦点が合わず、声の主はよく見えない。
そこにあるのは、貴族である前に自分が人間であると自覚した己が能だけ。
そして、その奇妙な感覚を最後に、ルイズは意識を手放した。