Fate/guardian of zero   作:kozuzu

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第四話 誘惑と驚愕 その十一

 拝啓、お父様、お母様へ、お姉さま方へ。

 

 

 雪が融け、落とした葉の数より多くの芽吹きを迎える今日この季節、いかがお過ごしでしょうか?

 私は、何事もなく壮健に毎日を過ごしております。これも、お母様とお父様に私を丈夫に産んでいただいたからに他ありません。

 今日、この手紙をしたためたのには、一つ大きな話題があるからなのです。

 そう、学年昇級試験でもあり、メイジにとって一生の付き合いになる使い魔を召喚する儀式、サモンサーヴァントの儀。その結果についてです。

 率直に申しまして、私はサモンサーヴァントの儀を滞りなく完遂いたしました。

 ですが、結果は些か異例の事態となってしまいました。

 と、申しますのも、周囲の学友が順調にバグベアーや、フクロウ、などの使い魔を呼び出す中、私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、人間の。それも、傭兵らしき平民の使い魔を召喚してしまいました。

 名を、アーチャー、と言います。

 当初は困惑し、自身の力量の無さを嘆きましたが、今日、何やらグラモン元帥のご子息であるギーシュ・ド・グラモンを決闘ににて圧倒的な力量と技量で下して見せました。

 本当に、あの時の光景をお見せ出来ないのが残念で仕方ありません。

 そして、その後彼は私に教えを請い、ものの数時間で言語をマスターし、更にはハルケギニアの歴史までもその脳内に掌握いたしました。

 彼は、優秀な使い魔です。

 ですから、どうか心配なさらぬよう。

 ルイズは、壮健です。

 

 

 

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がりの草原を、二頭の馬が並走していた。

 人々が往来し、車輪や人々の足跡が地を踏み固め、自然と形成された馬車道をカッポカッポと二頭の馬が蹄を鳴らして駆けていた。

 一方は、ピンクブロンドの髪と王立魔法学院の生徒の証である黒いマントを風に流し、その道を駆け。

 もう一方は、処女雪のような真っ白な髪、そして戦場の血を啜ったかのような紅の外套を同じく風に靡かせ、同道を行く。

 町を出て、一時間半ほど。

 道が森に入り組む直前まで、二人は会話もなくただただ馬を進めていたが、突然白髪の男、アーチャーが口を開いた。

 

 

「……ルイズ、まずいことになりそうだ」

 

「え?」

 

 

 ふとしたアーチャーの提案に、ピンクブロンドの髪の少女、ルイズが反応する。

 馬上での会話は舌を噛みやすく、あまり褒められたことではないのだが、馬術に秀でたルイズ、生前に生き抜く術として馬術を学んだアーチャーには、特例というものが適用されるのだろう。

 そんな馬上での会話に、疑問を持ったルイズはすかさずアーチャーに質問する。

 

 

「どうかしたの?」

 

「いや何、どうやら厄介ごとが目の前で起きようとしているみたいでね。……猛獣の口内に、態々(わざわざ)飛び込みに行く必要もあるまい。いや、観方を変えれば、既に舌上にいるのかもしれんな」

 

 

 眼前に広がる森を睨みつけるかのように、アーチャーは若干馬の速度を落としながら質問に答えた。

 だが、質問したは良いが、答えは「何かまずそう。いや、もしかしたら手遅れかも」という意の言葉のみ。

 応えが答えになってないじゃない、とルイズは若干苛立ちを込めた言葉で、風を切って平原を往く馬上から再度問いを投げた。

 

 

「だから、何があるのよ?」

 

「まあ端的に言えばだが……悪意ある誰かに見られている」

 

「な!?……はわ、っとと!」

 

 

 思いもよらぬ回答に、意図せずルイズは手綱を引き、馬の足を止める。

 突然手綱を引き寄せられ、急停止を余儀なくされた馬は一瞬ブヒィンと(いなな)きを上げるが、そこは学院管理の馬。嘶きを上げるだけで、騎乗主を振り落さぬよう、二、三歩たたらを踏むとそれで停止した。

 そして、そんな馬とは裏腹に、ルイズは焦燥に駆られ、慌てて周囲を見回すが、不審な人影や使い魔の影はない。

 不審に思ったルイズは、急停止したル彼女の行動を咎めるでもなく数歩先で同じく馬の歩みを止めているアーチャーに、事実を端的に伝えた。訝しそうな視線と共に。

 

 

「悪意ある誰かって? 誰もいないじゃない。……っていうか、なんでそんな事が分かるのよ?」

 

「誰かに見られている、という懸念に関しては私の経験からくる説明の出来ない感覚だ。こればかりは私の経験を信じてもらうしかあるまい」

 

「何よそれ……」

 

 

 毅然と前を向き、応えるアーチャー。だがしかし、先程から質問の応えが答えになっていない。

 はぐらかされている、としか形容できないこの状況に、そろそろルイズは堪忍袋の緒が切れそうだった。

 そんなルイズの思考を先読みするかのように、アーチャーは言葉を継ぎたした。

 

 

「ああいや、別にはぐらかしているわけではない。戦場に立ったことがあるものなら、何度か感じるものなのだよ、この感覚は。だが、それを知らない者にコレを説明するのは難しいというだけさ」

 

「……分かった。じゃあ、ひとまずアンタのソレは信じる。信じるけど……見られているとして、誰に、どこから?」

 

「さてね。まあ、少なくとも友好的な誰かではなく、かつこの平原ではない高見だろう」

 

「結局、何もわからないワケね」

 

「だがまあ……警告する、マスター。この先の森を抜けるのは止めた方が良い」

 

 

 警告。

 町で、彼は言っていた「本当に拙いと思ったら、警告を飛ばす」と。

 だが、ここで森を迂回すれば、学院に到着する頃には日は落ち、二つの月との逢瀬を交わすことになるだろう。

 ルイズは黙考する。

 己の使い魔感覚を取るか、それとも、自分の目と耳を信じてこのまま進むか。

 しかるのち、ルイズは決断した。

 

 

「森を抜けるわ。だって、感覚といっても何か根拠があるわけじゃないんでしょう?」

 

 

 この時、ルイズは慢心していたのだ。

 何故なら、ここは比較的大きな街道。森といっても、定期的に森の調査団が組まれ、盗賊や魔物がいればたちまち討伐隊によって駆除される。

 だから、安全だろう。そう、ルイズは慢心した。

 一瞬、アーチャーは何かを諦めたような表情を浮かべたが、ルイズが瞬きを一つするまでにはその表情は消え、真剣な表情がみてとれた。

 

 

「……分かった。だが、一つ頼み(、、)がある。私の後ろから絶対に出ないでくれ」

 

「わかった。それじゃあ、行きましょう」

 

 

 そう言い、二人は森へと馬を走らせた。

 手綱を弾ませ、馬が地を蹴りあげる。蹴りあげたことにより土煙が舞い、二人の後方を煙幕のように覆った。

 幕が上がり、土煙が消えたその時、

 

 

 

 ―――――ゴウゥウン!!

 

 

 

 森の入口。街へと至る街道が、獣が食いちぎるかのように突然陥没した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、勘づかれるとはな」

 

 

 獣は、地中でマジックアイテム、遠見水晶を横目に独白した。

 振り上げていた杖を下ろし、短く指令を飛ばす。

 

 

「やれ」

 

 

 と。

 森は、今は彼ら領域。

 あの二人組が町へ出かけているその僅かな間に、彼らは森の地中に蟻のコロニーのようなトンネルを開通させていた。

 獣―――ガロルドは、本来ならば日の目を見ることが出来ないメイジだ。

 メイジの魔法は術者の精神力によって発動される。

 だから、魔法を使いすぎれば精神が疲弊し、気絶する。

 メイジならばそこに例外はない。

 だが、ガロルドはその精神力を異常なまでに保有していた。

 メイジが全力全開で魔法を行使できるのは、三十分から一時間であれば優秀であるとされ、二時間持てば天才と謳われる。

 まあ、実際は魔法の威力を調節し、精神力に見合ったものを行使し、行動を継続するため、精神力切れで失神するようなメイジは、二流にも劣る三流とされている。

 

 

 だが、ガロルドは一時間でも、二時間でも、一日魔法を使い続けても失神することがなかった。

 

 

 異常。超常。家の人らは彼を持て囃したが、しかし、それは一瞬で収まる。

 

 

 地面に穴を穿つか、地面を隆起させる。

 彼に行使できる魔法はこれだけだった。

 

 

 土のメイジでありながら、錬金の一つもできず、出来るのは土竜の真似事だけ。

 彼の両親はそんな子の痴態を嘆き、ガロルドがメイジであることを世間に秘匿し、杖も護身用にと使い古した簡素なものしか与えなかった。

 ガロルドは己の無力を悔い、勉学に励んだ。だが、その結果も芳しくない。

 戦略を読み解き、構築すること以外は。

 日に日に彼の体は大きくなっていった。

 大して運動もしていない骨格は頑健に。

 同じく、本を読み、戦術を学ぶことのみをしていたが、筋肉は膨れていった。

 そう、まるで戦場を経験した戦士のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構遅くなっちゃったけど、それでも案外早く帰ってこれたわ。ありがと、タバサ。あなたのおかげよ」

 

「そう…」

 

 

 赤と青の凸凹メイジコンビは、賭場での一稼ぎを終え、学院へ帰還していた。

 赤髪のメイジ、キュルケの用事が思いの外早く終了し、持て余した時間を賭場で費やした結果、町を出る予定の時間よりも、遅くなってしまっていた。

 なので、これは拙いか?とキュルケがタバサとその使い魔、風竜のシルフィードに帰路を急かし、町を出た時間は予定より遅れたが、学院に着いた時刻はキュルケが決めた帰還時間より一時間は早くなっていた。

 だから、持て余した時間を、キュルケはその礼も含めて中庭でタバサとシルフィードに馳走を振舞っていた。

「何でも好きなのを奢ってあげる」と言ったのに、はしばみ草というとても苦みが強く、大人でも顔を顰めてしまうような山菜のサラダを頼み、それをおかずに本を読んでいるあたり、タバサらしい。

 そんなゆったりとした午後のブレイクタイムは、使い魔のシルフィードによって破られた。

 

 

「キュイ! キュイイ!!」

 

「……どうしたの?」

 

 

 突然にシルフィードがタバサの服の裾を咥え、急かすように引っ張る。

 

 

「ねえ、どこかに行きたがってるんじゃないの? あなたの使い魔。まだ時間はあるし、行って来たら?」

 

「……そう」

 

 

 頷き、青の髪のメイジ、タバサは服の裾を咥えるシルフィードの頭を一撫でし、了解の意を伝えた。

 

 

「……いこう」

 

「キュイ!」

 

 

 

 

 

 何の因果だろうか。

 当初の予定通り、剣を見つくろい、そのまま学院に帰還していれば、彼女はこの時首を縦に振らなかっただろう。

 いや、予定とは未だ未定であるから予定なのだ。

 運命(Fate)の歯車は、動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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