Fate/guardian of zero 作:kozuzu
今後暫く寝食を共にする相棒、錆びついた名剣デルフリンガーとの喜劇的な出会いから一、二時間ほど経った。
武器屋を出てい以降、相棒(笑)を背に、アーチャーは己の主人であるルイズと共に、市場を散策していた。
ルイズは明日は授業があるので、直ぐに学院に帰ろうと提案したが、市場調査をどうしてもこの機に終えておきたかったアーチャーは、日が暮れるまでには帰還するという条件の下、市場の散策へ乗り出したのだった。
「ねえ、アーチャー?」
「どうかしたのかね? ルイズ」
はぐれやすい為に横一列に並び歩いていたルイズは、視線を今もあちらこちらへ走らせているアーチャーに歩みは止めずに尋ねた。
「あんた、これのどこが楽しいの……?」
「ふむ…。どこが楽しい、か。訊かずともわかることだが……ルイズは退屈なのかね?」
「ええ、とっっっっても‼ だって、あんたさっきから屋台に立ち寄っても売り物を買いもしないで商人と話してばっかじゃない。それのどこが楽しいって言うのよ?」
ルイズにしてみれば、それは本当に何がしたいのかわからなかった。
市場を見て回りたいと言うからてっきり、何か買いたいものがあるのかと思えば、立ち寄った店では商品は買わず、それが何なのか、何でできているのか、何のために使うのか、果ては商人はどこから来たのか、などと意味不明な事ばかりを訪ねて回っているのだ。
使い魔の好奇心に付き合ってやるのも主人の務めであると、そう自分に言い聞かせ、何も言わずに黙ってアーチャーについて回っていたが、もう限界だった。
だがしかし、その怒りが使い魔に伝わることはなく、アーチャーはいつもの飄々とした態度で応対した。
「せっかくの休日に退屈を味あわせてしまって悪いが、私は未知というものに敏感な性分でね。本で知識を知りはしたが、実物を見てそれについての個人の見解を聞く機会と言うのは、思いの外貴重なものなのだよ。……解っていただけたかな?」
「……意義は解ったけど、納得はできない」
「……ふむ。難しい問題だな」
ルイズはこの状況が退屈であり不服であるとアーチャーにそれとなく伝えたが、アーチャーが意に介した様子は全くない。
(はあ……こんなの事なら、あの時さっさと帰る!って言っておけばよかったわ…)
心中で溜息と愚痴をこぼすルイズ。
その表情を横目でさりげなく確認したアーチャーは、
(歩幅を合わせていたから、身体に疲れはないはずだが、精神のほうはそうはいかなかったか。予定していたよりも早めになるが、仕方ない…一旦、休憩を取るのが無難か)
貴重な情報収集の機会であったが、ご主人様の機嫌が斜めになっては後々面倒なことになることがこの数日で明らかになっているので、ここらで休憩を挟むが吉か、とアーチャーは考察し、ふと歩みを止めた。
アーチャーが急に立ち止まったせいで、ルイズはアーチャーの数歩先で立ち止まり、後ろを振り返った。
「どうしたの?」
「そろそろ昼食の時間だ、と腹の虫が騒いでいてね。露店で何かを買って食べるか、はたまたどこか食堂に入るのが吉かと思い悩んでいるところさ」
ルイズは唐突な提案に、きょとんとした表情を作ったが、意味を理解するとパアァと擬音がつきそうなほど綺麗な笑顔を咲かせた。
余程退屈だったと見える。
眩しく輝く笑顔を自覚したのか、急にいつものすまし顔に戻り、昼食についてなんてことないような体で語ろうとしているが、言葉の端々には隠しきれない喜の色がにじみ出ていた。
「そ、そうね! もうお昼時だものね!!……ランチといったら、レストランかここらへんだと、あんまり貴族用のレストランとかはなかったし、何より虚無の曜日に予約なしで入れるところなんて……あるのかしら?」
最初は嬉々として語っていたルイズだが、周囲を見渡し、食事をとる場所を探るが、結果は芳しくはなかった。
また、貴族用のレストランはその殆どが予約制である。なので、休日である虚無の曜日には予約が目いっぱい入っていることだろう。
それを聞いたアーチャーは、妥協案としてある程度品質が保証された場所での食事を提案した。
「……ここは、ある程度質の良い平民用の食堂で食事をとるべきではないか?……それに、懐もそこまで豊かというわけではないのだろう?」
「……はあ。そうね、今日のところはそれで我慢しておきましょう」
平民用、という部分に一瞬眉をひそめたルイズだったが、あまり懐事情が芳しくない事を慮った結果、アーチャーの妥協案に同意したのだった。
……同時刻、ルイズとアーチャーを尾行していたキュルケとタバサはアーチャーが剣を購入していった店で、キュルケが自慢のばでぇを駆使して、あの迷剣を金貨千枚で買い叩き、それを嘆いた店主がやけ酒に溺れたのは閑話である。
時は、アーチャーが召喚され、結界の暴走で寝込んでいたところまで
「……はぁ…最近は土くれ騒動のおかげさまで、稼ぎが悪くっていけねぇなあ…」
「んだな。全く、土くれの奴め。一人でいい夢見やがって。……話に聞いた数だけでもやつぁ、十は貴族の屋敷から宝物を盗み出したそうじゃねぇか」
「マジかよ、それ。……俺だけだったら遊んで暮らせるレベルの金が手に入ってんじゃねえか?」
「ああ、毎日ふわっふわのパンと、あったけぇ具だくさんのスープが三食欠かさず食えるだろうな」
「ちげぇねえ」
とある洞窟の中、粗雑で粗野なボロボロの皮やら布やらを体に巻き付けた男達が、最近の稼ぎの悪さを嘆いていた。
彼らの手元には焼かれてから数時間か数日は経過したのか、少々黒ずみ始め、固くなっているパンと、野生動物と野草が乱雑に煮込まれてはいるが、殆ど水だけのスープがあった。
それを男たちは対してうまそうにもせずに、ただただ、咀嚼して胃袋に放り込んでいた。
「んで、こっからはお仕事の話だ。……お前ら、耳穴かっぽじりな。聞き逃して事の最中に味方から矢を尻の穴にぶち込まれたくなかったら、せいぜい意地汚くはしゃいでろ」
洞窟の奥で、何かの大型動物から剥ぎ取った毛皮を床に敷き、胡坐をかいたてじっとうつむいていた男が、普段と変わらぬ口調で話し始める。低く、獣が唸るような声だったが、それは洞窟中に広がった。
瞬間、洞窟内の空気が変わる。
「なんだおめえら。別に聞いてなくてもいいんだぜ? さっきみたいにわんやわんやしてればいいじゃねえか」
「親方……そりゃねえぜ?」
「ああ、あんたの話を聞かねぇようなオマヌケは、ここにはいやしねぇさ」
「そうかい」
親方、と呼ばれた男は、興味なさげに吐き捨てると、俯いていたその顔を上げた。
その男の顔は、一言で表すなら精悍。
身体は巌から削り出したかのように重厚な筋肉で覆われ、岩に苔が蒸すかのように剛毛がその身を覆う。
身体には動きを阻害せぬようにと、最低限の皮の鎧とズボンを纏い、まるで野獣のような様相を呈していた。
彼らを人は、こう呼ぶ。
荒くれものの狩人集団「渡り獣」。
構成員はおよそ三百人。
その内、五人ほどがメイジである。
その五人の内、トップに立つのが、今言葉を吐き捨てた男、ガロルド・ル・グザーレである。
その名から解るように、彼は没落貴族である。
元々家は名のある貴族であったが、何者かの謀略に嵌り家が取り潰しになった。
権謀術中が飛び交う貴族社会ではよくある出来事である。
そして、そういった没落貴族のたどる道と言えば、殆ど相場が決まっている。
養子にとられ、他の家に引き取られるか。
奴隷として、売り飛ばされるか。
邪魔ものと判断され、その場で殺されるか、そうならない為に平民として隠居するか。
はたまた―――野党や傭兵、盗賊に身をやつすか、である。
男の場合、最後者。
貴族の中では特に学のあるほうではなく、見た目にも品が良いとは言えないその相貌。
だが幸いにして、身体は丈夫であり、体格に恵まれた。
そして、あまりうまいとは言えなかったが、魔法も行使することが出来た。
なので、彼は荒くれ者たちを力と貴族社会で培ったその学で従えた。
「親方の作戦は、ほぼ外れたことがねぇ。なんせ、あんのいけすけねぇ貴族の馬車でさえも攻め落としたほどだ!」
「ああ、あんときゃスカッとしたぜ! それに、貴族の子供がいたおかげで身代金をがっぽりと儲けられたしな!」
「ああ、あれで女だったら文句なしだったんだけどな!」
「おいおい、貴族の女だったらヤれねぇだろ。そりゃ人質として使い物になんなくなっちまう」
そう、彼らは強く、更に賢かった。ガロルドは、貴族としては大成することはなかったが、敵を奇襲し、殲滅することにたけていた。貴族として一生を終えたのでは、決して花開くことがなかったであろう才である。
故に、ありとあらゆる相手にその猛威を振るった。
貴族、商人、旅人。
時には、傭兵として雇われたことさえあった。
その度に数多くの戦績と被害をまき散らした。
これだけの害が振りまかれれば、討伐隊が結成され、国に滅ぼされてしまっても別段何も不思議はない。
だが、不思議なことに彼らは生き残った。
何故か?
「大丈夫だよ! 先っぽだけ、先っぽだけだから!!」
「お前、そういってこの前売るはずだった女一人ダメにしただろうが!!」
「ああ!? しゃあねえだろ? 目の前に肉があったら、食わねえわけにはいかねえだろ?」
「お前は待ても出来ねえのか? いぬっころでももうちょっとは利口だぜ? 次の狩場まであと少しだったじゃねえか」
「へっ! 俺らは元々汚ねえ野良犬以下の
「ちげえね!」
どわっはっはっはと、野蛮な笑いが洞窟に広まる。
そう、彼らはそこらの盗賊やらとは違い、仕事が終わればさっさと退散し、いなくなった場所には麦の殻一つ落とさない。
それを揶揄し、誰かが言ったのか、獲物を取ったら即退散。まるで渡り鳥のような狩人集団。だから、「渡り獣」。
暫くやれ、この仕事の時は何が刺激的だった、だの。この時の女は良い味だった、だとかの話に花が咲いた。だがしかし、
「……仕事だ。――――切り替えろ」
ガロルドが声を荒げずに言を吐くと、洞窟内に静寂が訪れる。
この切り替えの早さこそ、彼らの真骨頂だった。
「よし。じゃあ、次の仕事だが――――」
「親方!!」
と、静まり返ったところで、かなり焦燥の混じった声がガロルドの言葉を遮った。
一体、親方の言葉を遮るような愚か者は、どこのどいつだ?とばかりに男たちは声の主へと苛立ちの籠った視線を向ける。
そこにいたのは新入りの証であるこげ茶のバンダナを巻いたニュービーの姿であった。
確か新入り達と、数人のベテランは外の離れた場所でで見張りをしており、異常があれば逐一本部であるこの洞窟に知らせる、ということになっている。
「敵襲です!」
「……討伐隊か?」
「いいえ、違います!!」
「そいつらは、人間か?」
「解りません……あれは、本当に人間なのか…」
新入りの尋常ではない焦燥に、男たちは目の色を変えた。
「数は? 構成員の兵科は?……メイジか?」
「か、数は一。兵科は多分、槍兵。……メイジ、ではないと思われます」
「多分、思われますって! てめぇ、ふざけてんのか!? それも一人如きに、何好きにやらせてんだ! オ〇ってる時にでも襲われたのかこの間抜けが!」
「ち、違います!! 違うんです!! あいつは、アレは、そういうものじゃ――――」
必死に弁解を試みている新入りだが、その弁解が続くことはなかった。
何故なら、その新入りの喉を、血も褪せてしまうような真紅の槍が貫いたからだ。
そして、吹き上がる鮮血。
槍の貫いた箇所から、まるで華が咲くかのように鮮血が周囲に飛び散る。
どこか幻想的なその光景に硬直する男達。
しかして、喉を貫かれた新入りの唇が、微かにうごめく。「にげろ」と。
見計らったかのように、槍が引き抜かれ、新入りが地に崩れ落ちる。
槍の主は、その真紅の槍に付着した
その槍の主は、見たこともないような珍妙な格好を、月明かりをバックライトに男達に魅せ付ける。
全身に張り付くかのような黒い革のタイツには、四肢に絡みつかかのような青白く発光する筋のような模様。
首付近には、毛先だけが濃紺で、その他は雪のように白い動物の毛皮を、スカーフのように身に纏う。
そして、その髪は毛先の色と同様に濃紺。
顔は、口と鼻以外は身体のタイツのような仮面が張り付いていた。
「な、何だてめ―――」
威勢よく片手剣を構えようとした男の声が遮られる。
確認すれば、男は槍で、その心の臓を貫かれ、既に絶命していた。
「てめえら!! 敵襲だ、武器を取れ!」
一人が怒鳴り散らす。
すると、まるでスイッチが入った自動人形のように全ての男達の手に武器が取られ、既に陣形まで組まれている。
「敵は一人だ! 囲んで押し潰せッ!!」
血を吐くように命令を飛ばす一人のメイジ。
その杖先には既に炎球が宿っており、既に飛ばすだけになっている。
やれ!と、誰かが叫ぶ。
その次の瞬きを、男たちはすることが出来なかった。
――――この日、