Fate/guardian of zero 作:kozuzu
風が吹く。風が、乾いた風が。
これは夢だ。夢と認識できる夢、すなわち明晰夢。
(……これは、あの時か)
夢の主は、独白した。
それと同時に、視界を得た。
乾いた大地に染み込む紅。そしてそれが、空に昇っていったかのような、真っ赤な夕暮れ。
その手には、赤子の遺骸を抱き、身じろぎ一つせずに己が成した事象を認識する。
己が腕の中には、人間という生物の要素を抉られ、吹き飛ばされた赤子の遺骸。周囲にはそれと同程度かそれ以上に人間という概念から外れた存在が散乱していた。
頭部に矢が一矢だけ貫通しているだけの比較的綺麗なソレもあれば、四肢が非対称に抉れて骨か筋肉がむき出しになっているソレ。
完全に異様で、異常で、誰一人既視感など覚えないであろう光景だが、ソレらには共通点があった。
一つ。元は人間という、霊長目人科人属の生物であったという点。
二つ。ソレらはもう、息をしていないという点。
三つ。
―――――全て、霊長の種に仇名す存在であり、この世界の守護者に命を刈り取られたという点。
(これが、きっかけだったのかもしれんな)
正義の味方でありたい。誰もが幸せに笑いあえるように。
その志は、元は養父、衛宮切嗣のものだった。だが、次第にその願いを、自身の糧、いや、自分自身だと錯覚させ、前に進み続けた。
その過程で多くを失い、多くを得た。だが、とある事件で自分自身の力だけではこれ以上進めないと判断を下した私は、
「契約しよう。我が死後を預ける。その報酬を、ここに貰い受けたい」
世界と契約し、英霊の力を得た。
新たに得た力を用いて正義の味方を突き通し、理不尽な暴力に晒された人々を救い出した。自分の力だけで救えなかった多くの命を助けることが出来た。
救われた民に笑顔を向けられ、ただ一言、「ありがとう」と告げられた時、
――――ああ、あの時の選択は正しかった。やっと自分は、正義の味方になれた。
その時に伝えられた言葉に、何と返したのかは、もう覚えてはいない。
だが、その時に自分を駆り立てる「人の役に立たなければ」という獣性にも似た焦燥感が、一瞬だけなりをひそめた。
だが、ほどなくして自分は処刑された。無実の罪ではあったが、特に抵抗はしなかった。自分の身によって助かる誰かがいるのであれば、本望であるし、世界との契約によって死後も人の役に立てるのだからと、私は笑いながら死んでいった。
今思えば、死に際に笑みを浮かべている自分を処刑人は不気味に思ったことだろう。「こいつは本当に自分たちと同じ人間なのか?」と。
肉体を失い、魂だけの存在となった私は、英霊の座という新たな器に収められ、守護者としての仕事が始まった。
――――そして、私が思い描いていた青写真が幻想であると知った。
守護者だ英霊などと聞こえはいいものの、その役目は人類の自滅を防ぐために、世界にとって不都合な人間たちを殺して回る、体のいい掃除屋だった。
男を殺して、女を殺して、老人を殺して、子供を殺した。
殺して、殺して、殺して、殺した。
そこに、人間としての意志はなく、私の意識のみが点在した。
これがお前の選んだ道だ、選んだ道であるとばかりに、世界は守りたかった人々を自らの手で惨殺する光景と感触を、私に見せ続けた。
そして人類への奉仕をこなしている間、不定期に私の意志が僅かだが戻り、事を成した後に少しの行動を赦される時があった。
それが、この夢。
痩せた地に、痩せこけた人間。
腕には己が弓で吹き飛ばした赤子の残骸。
悲しかった。悔しかった。苦しかった。
だが、泣くことは許されなかった。
それは世界にという意味でもあり、同時にこの選択肢を選び取った自身への責任でもある。
泣くことは許されない。だが、この赤子のあったかもしれない未来を、夢想するぐらいの権利は――――いや、ない。あるはずがない。
(そう、この時からだ。私の心に亀裂が生じたのは)
そこから先は、早かった。
それを何度も繰り返すうち、心は摩耗し、元々壊れていた自身の心は砕け散ることさえ出来なかった。
引き返す道を何度も探し、挫折した。
だから、
(私は私を殺そうとした。これ以上私のような存在を世界に創造させないために。だが、)
『俺はなくさない。愚かでも引き返すことなんてしない。この
結果だけ見れば失敗。
だが、そこでやっと探していたものの答えを得た。
そう、だからこそ、
(今更だな……解っているさ。ああ、
始めは、危惧した。それは、自分と同じような目をしていた。
故にいつか、不相応な自分の理想に、その身と精神を圧殺されるのではないかと。
しかし、彼女には彼女なりの芯があり、志がある。
だからこそ、自分と一緒にいるべきではない。いや、いてはならない。
(私は、早く
確か、ルイズに教授された使い魔の知識によれば、使い魔が死に至った場合、契約のルーンは消え、新規に使い魔を召喚できるようになるらしい。
であれば、死せずともルーンが消え、契約が切れれば、彼女は再度使い魔の召喚と契約が可能になるはずだ。理論上は、だが。
そんな契約に対しての不都合な思考を広げていると、夢の中であるはずなのに頭に鈍痛が走ったので、契約に関しての負の思考を頭の片隅に追いやった。
追いやってしまったろころで、これ以上夢で何かを考えても無駄であると判断し、この明晰夢の目覚めをじっと待つ。
(…………)
赤子を腕に抱いた男の背中をただただ、眺める。
すると何の脈絡もなく、夢での視界が暗転する。
(目覚め、か?)
夢がぶつ切りにされ、視界が暗転したことから、目覚めが近いのか、と推察した。
だが、そんな時だった。
―――――う――――ていい――に――――ように
(…誰だ!?)
夢に、異物が入り込むのを感知した。
やさ―――――ち――――って―――
―――――る――を作って―――
声が聞こえてくる。
だが、言語として認識することが出来ない。
あたた―――――やかな―――
―せを―――――すように
この言葉を最後に、夢は終わりを迎えた。