ファイアーエムブレムIF 運命の姫君    作:ティツァーノ

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戦いの傷跡

 圧倒的だった。

 タクミ隊の獅子奮迅の戦いぶりの前には、さしものノスフェラトゥ共でさえ手も足も出なかった。彼らが駆けつけた途端、劣勢に傾きつつあった戦場も、あっという間に制圧してしまった。

 

「すごい……」

 

 今が戦の只中であることを忘れ、ルキナは感嘆の息を漏らしていた。最早、自分の出る幕はない。心の底からそう思わされた。

 それ程までに一方的な手際であった。特にオボロとヒナタ。一目見たときから彼らが只者ではないという予感はあったが、二人の戦い間近で目撃してからそれが確信に変わっていくのをルキナは実感していた。実に惚れ惚れとするような手際で、ノスフェラトゥの群を切り崩し、兵士たちに的確な指示を飛ばすことを忘れない。攻守共に隙のない連携をみせ、敵を追い詰めていった。

 

(見事)

 

 これにはルキナも内心舌を巻かずにはいられなかった。やはり自分の目に狂いはなかったようだ。

 かつてイーリスが率いていたクロム自警団も精鋭揃いではあった。兵士の練度もそう大差ないだろう。違いがあるとすれば兵士たちの士気だろう。イーリスでは屍兵に家族を殺されているせいか、自分の身を省みるどころか、命を投げ打つ覚悟で戦う者たちが多かった。

 だがその一方で、ギムレーという巨大な脅威に怯えている者が多かったのも事実だ。尽きぬことなき屍兵の軍勢。終わりの見えない戦い。明日があるかどうかも分からぬ戦いに身を投じていたのだから、それも当然だった。

 ルキナがざっと見渡してみた限り、白夜の兵士達の顔触れは、血色の良い肌と、健康的な顔色をしている者ばかりが目についた。国が豊かな証拠である。イーリスでは三食ありつくことはおろか、まともに寝つけぬことも多かった。その点、白夜とイーリスでは、置かれている状況が根底から違った。唯一、共通しているものがあるとすれば守るべき国があるという点だろう。平穏を守るためならば、誰もが必死になる。

 そして戦いは華々しいことばかりではない。戦が終わった後には、いつも何かしらの傷が残る。今回はあのモズメという村娘がそうだった。家族を目の前で殺され、住む場所さえも奪われた。彼女をどうするか。その事後処理が問題だった。

 木の陰にうずくまるモズメに、スズカゼは気の毒そうな目を向けながら、言った。

 

「モズメさんは近隣の村に受け入れられるでしょう。……受け入れ先があれば、の話ですが」

 

 ノスフェラトゥに襲われて身寄りをなくした者達は、別の村に移り住むことが多いのだという。だが、これには難色を示す者が多い。暗夜の襲撃が日常茶飯事になりつつある今、身寄りのない者たちが白夜には溢れかえっていた。どこの村や集落も難民を受け入れるだけの経済的余裕はなかった。人間一人といえど、食い扶持が増えるのは大きい。男ならまだしも女だというのが問題だった。労働力という点では、女は遥かに劣る。いかにも古臭い思考だが、そんな考えが未だに根付いているのだという。モズメの運命は前途多難もよいところであった。

 しかし当の本人はというと、別の道に光明を見出したようだった。

 

「あたい……お母と村のみんなの仇を討ちたい」

 

 モズメの浮かべた表情に、ルキナはぞっとなった。

 彼女はそれを知っている。親を屍兵に殺され、復讐にとりつかれた者の目。イーリスでは、兵士に志願する者たちの大半は怨恨が理由だった。闘争こそが己の生きがいだと信じ、敵を一人でも多く殲滅することに快楽を覚える、狂戦士たち。モズメの表情は、彼らとまるっきり同じだったのだ。戦争によって人生を狂わされた今、彼女を生かすのもまた戦争しかなかった。

 

「なあ……お願いだから、あたいも連れて行って」

 

 モズメの申し出に、白夜兵たちの目に戸惑いの色が浮かんだ。モズメはただの村人だ。兵士の素養どころか、武器を握ったことすらない。そんな者を一から育て上げるための労力と、それに費やされる時間と費用を鑑みれば、割に合わない。兵士を育てるのも簡単な話ではないのだ。いざ戦場に送り出したところで、すぐおっ死ぬに決まっている。この村娘は足手まといに他ならなかった。

 

「足手まといにならんよう頑張るから。だから、な……お願い」

 

 曖昧な笑みを浮かべてごまかす者もいれば、あからさまに目を合わせないようにしている者もいる。この聞き分けのない哀れな小娘をどう扱えばいいか、みな図りかねていた。

 

(こんなの、見ていられません)

 

 思わず前に出て行こうとするルキナの肩を、スズカゼが押し留めた。

 

「いけません。マルスさん」

「スズカゼさん。離して下さい」

「モズメさんをどうするというのですか?」

「そんなのは……」

 

 言葉に詰まった。モズメをどうするのか、特に考えていなかった。だが、それが何だというのだろう。今の彼女は助けを必要としている。お父様であれば迷うことなく助けていただろう。ならば迷ってなどいられない。助けを必要とする弱者にこそ、救いの手を差し伸べられるべきだ。そうでなければ聖王の名が廃るというものだ。

 スズカゼの手を振り払おうとしたそのとき、

 

「では、マルスさん。お聞きしますが、あなたに何が出来るのですか?」

 

 決まっています。そう答えようとして――はっとなった。

 自分にはもう何も残されてい。今さらのようにその事実に気づかされた。

 聖王。それが何だというのだろう。守るべき国も、民もいない。ここでは聖王という肩書きも紙切れ程度の価値すらない。ここにはいにしえの英雄王もいない。それよりも遥か昔の、白夜と暗夜が睨みあう時代。

 見知らぬ世界で、ひとりぼっちなのだ。

 そんな自分に何が出来るというのだろう?

 国ひとつ守ることが出来なかった自分に、モズメを助けられるのだろうか。

 助けられるだけの力もないのに、そんなことをされても迷惑だろう。

 そんなものはただの偽善だ。

 

「心中、お察しいたします」

 

 そういうスズカゼ自身も辛そうな顔をしていた。痛みに耐えるような表情だ。何故、そんな顔をするのか。彼もまた守るべき者を守れなかったことがあったのだろうか。そのときどんな思いを抱いたのだろうか。そう聞いてみたい衝動に駆られた。

 そんなときだった。

 

「いいわよ」

 

 オボロがモズメの前に進み出た。泥だらけのモズメの手の平を優しく包み込んだ。モズメが顔を上げた。

 

「おいおい、そんなに安請け合いしていいのか。オボロ」

 

 頭を掻きながらヒナタは顔をしかめている。そんなヒナタを無視して、オボロは続けた。

 

「私もね、幼い頃、暗夜に両親を殺されたの。だからあなたのやり場のない思いは分かるつもりよ」

 

 はっとモズメは息を呑んだ。

 

「だけど、兵士は生半可な覚悟じゃ勤まらないわ。ここで助かった命をわざわざ不意にすることはないのよ。今日は無事でも、明日には命を落としているかもしれない。……想い人に自分の気持ちを伝えることなく骸を晒すことがあるかもしれないわ」

 

 つい、とオボロの目が逸れた。その視線の先にはたくさんの兵士がいるため、その対象が誰であるかは分からずじまいではあったが。白夜に属する誰かに恋をしているのは明白であった。

 

「兵士になるっていうのはそういうことよ。それでも最前線に立つ覚悟はある?」

 

 自分を拾い上げようとしてくれる相手を、まじまじと見つめ返しながら、モズメは頷いた。存外に力強い頷き方であった。

 

「私のしごきは辛いわよ」

 

 ぱしっとモズメの肩を叩きながら、穏やかな微笑を浮かべた。

 

「その前に、あなたの汚れた服を着替えなくちゃね。私がいくつか持ってるから貸して上げる。きっとあなたに似合うものばかりよ」

「単純にお前が着せたいだけじゃねえのか?」

 

 からからとヒナタが笑うと、オボロがむっとした声で言った。

 

「あー、ヤダヤダ。ヒナタみたいな野蛮な男には洒落っ気が分からないみたいね」

「おいおい、心外だな。俺だってかっこよくなりたいとは思ってるんだぜ。タクミ様みたいに髪型を整えたりしてな」

「無理ね。髪型だけを真似たところでタクミ様に近づけるわけがないじゃない」

「く、くそう。ダメか……」

 

 ヒナタは何だかんだ言いながらも、彼自身、モズメを受け入れることに異論はないようだ。

 

「一件落着、ですね」

 

 あの二人ならばモズメを任せても問題ないだろう。ルキナは安堵した、そんなときだった。こちらをじっと見ている男がいることに気づいた。

 いつから見ていたのだろう。

 それは今まで静観を決め込んでいた男――タクミだった。疑り深い眼差しをルキナに向けながら、臣下達の制止の声を振り切って、ゆっくりとこちらに近づいてきた。オボロとヒナタが怪訝そうな顔で、タクミとルキナを交互に見守っている。

 

「あんた、名を何という?」

「マルス、といいます」

 

 ほとんど無意識にそう答えていた。すでに偽名を名乗る意味などないというのに。変なところで律儀だと自分でも思う。

 

「……嘘だな」

 

 刹那、矢のような殺気が全身を駆け抜けた。

 ファルシオンを構える暇さえなかった。気づいたときには、タクミがルキナに向けて弓矢を向けていた。

 

「「「タクミ様!?」」」

 

 臣下達の驚愕に満ちた声が響き渡った。




第一章終了。これからどんどん捲いて行きます。
本当に書きたいシーンはこの先にあるので。

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