ファイアーエムブレムIF 運命の姫君    作:ティツァーノ

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忍び寄る影

「マルスさん。着きました」

 

 夕陽も沈みかけようという頃、ルキナたちはスズカゼの知り合いが住むという村へとたどり着いた。

 

「スズカゼさん。あれは何ですか?」

 

 ルキナが民家を指差した。屋根には黒光りする石が敷き詰められているのが、とりわけ彼女の目を惹き付けて止まない。

 

「あれは(かわら)というものです。白夜では屋根()きなどに用いられる建材の一つです。もちろん民家だけでなく寺院などにも使われております」

 

 イーリスの住居といえば煉瓦造りが主流だったが、それとはまた違う材質が使われているのだろうか。はしたないとは分かっていてもきょろきょろと見渡してしまうのを止められない。さすが神話の世界というべきか。行く手に広がる何もかもが、ルキナにとっては目新しく映った。

 そんなルキナを、スズカゼが微笑ましいものでも見るような目で見守っている。

 

「炎の部族……ここはそう呼ばれる者たちが住まう村です」

「炎?」

 

 ふいに胸がざわついた。

 どことなく炎の台座を連想させられて、なんだか落ち着かない。

 

「彼らがそう呼ばれるのは、文字通り、炎を操る力を持っているからです」

 

「へぇ、面白そうな方たちですね」

 

 飛躍しかけていた思考を落ち着かせる。何の関連性もないではないか。

 

「実際に会って見ればお分かり頂けるかと思います」

 

 突如、鉄を叩く音が響いた。一心不乱に何かを打ちつけるように、その音が繰り返される。

 ただ聞いているだけなのに、こちらの身体まで揺さぶられるような衝撃がやって来た。鐘の音を間近で聞いたときと同じ感覚である。

 

「あれは何の音ですか?」

「ああ、あれは鉄を叩く音でしょう」

「何か造っているのですか?」

「炉や(jくわ)をはじめとした農具があそこで造られております。それだけではなく、白夜王国の武具のほとんどが、炎の部族の手によるものです。火の力を司る、彼らならではの生活の知恵です」

 

 鍛冶(jかじ)。ようやくルキナにとっても馴染みのある単語が出てきた。熱した金属を金槌で叩いて形を整える。主に鉄を使った製品の鍛造のことを指し示す。鍛冶師なくしては兵隊はおろか、国が成り立たない。炎の部族が白夜を支えていると言ってもほとんど差し支えがなかった。

 もちろんそれは白夜王国だけに限った話ではない。屍兵との相次ぐ戦闘によって武器の消耗が激しかったイーリスでも、鍛冶職人というものは貴重で有り難がられる職業だった。馴染み深いとはいっても、元の世界では戦いが日常茶飯事であったため、武器が造られる製造工程をルキナはお目にかかったことはない。だからこそ、

 

「見学してきてもよろしいでしょうか?」

 

 ルキナは好奇心からそんなことをつい口走っていた。

 しかし、これにはスズカゼも難色を示した。

 

「いけません。彼らの許可なくして工房に立ち入るのは禁じられております。とりわけ武具の製造現場に至っては部族以外の人間が見ることを許されてはいません」

「そうなんですか……」

 

 ちょっと残念だったが、わがままを言ってもしょうがない。部外者にはおいそれと見られたくないような一子相伝の技が使われているのならば、尚更そうだ。一族の秘中の秘を覗き見られたら誰だって良い顔をしないだろう。

 自分にそう言い聞かせて心を切り替える。

 

「おい」

 

 そんなとき、鋭い眼光で睨まれた。

 女が行く手を遮っていた。くっきりと浮かび上がる腹筋が、ただ者でないことを暗に告げている。

 

「あたし達の村に何の用だ」

 

 さながら山猫が唸り声を上げながら威嚇しているようであった。今にも飛び掛らんばかりの危うい雰囲気である。女の手には棒状の物体が握られていた。すり鉢のように細長く、その周囲にはトゲのようなも突起物が生えているのだ。

 

「お久しぶりです。リンカさん」

 

 おもむろにスズカゼが口を開いた。親しい友人に声をかけるような気安さで。

 

「お前……スズカゼか。久しぶりだな。こんなところまで何をしに来た」

 リンカ――そう呼ばれた女は驚きに目を見開いた。

 

「訳あって私達は暗夜に向かっております。この方に数日分の食料と、衣類を分けてもらえませんか?」

「……暗夜に向かうだと?」

 

 あからさまに疑いの目を向けてくる。成る程、たしかに気難しい感じではある。こんな山奥に住んでいる時点でもそうだとルキナは思った。さて、何と説明をしたらいいものか。ここは嘘を言って余計な不信感を抱かせるより、正直に告げるのがいいだろう。

 

「それはですね……」

 

 ルキナが口を開こうとしたそのとき、

 

「いや。いい」

 

 リンカが遮った。

 

「お前、絶対にそこから動くなよ」

「え?」

 

 リンカの全身に殺気がみなぎっていく。

 

「おらぁっ!」

 

 手に握られていた棒が投げられた。ルキナに直撃するかと思われた。だが、ルキナの脳天すれすれのところを通過すると背後の大木に突き刺さった。

 

(……外したのでしょうか?)

 

 かと思うと、信じられないことが起こった。

 そこから炎が燃え広がり、木がたちまち火柱に包まれた。

 そのときだった。

 熱さに耐えかねたのか、木の枝から飛び降りる影が見えた。

 人影だ。

 それも二つ。

 

「尾行に気づかないだなんてあんたらしくないな。スズカゼ」

 

 その言葉でルキナはようやく事態を飲み込んだ。どうやらリンカはそいつらを狙っていたらしい。苦虫を噛み潰したような顔でスズカゼが言った。

 

「どうやら、いつの間にか後をつけられていたようですね」

「御託は後だ。来るぞ!」

 

 人影が、ルキナたちに襲い掛かってきた。

 空中に飛び上がると、頭上から何かを投擲してきた。十字の形をした刃物のようなものである。速い。だが、目で追うことは出来る。ぎりぎりまで引き付けてから叩き落せばいい。

 飛んでくる全てをファルシオンで払い落とそうとして――身の毛が震えた。

 

「避けてください。マルスさん!」

 

 スズカゼの叱咤の声。

 ルキナは咄嗟にその場から飛び退いていた。

 地面に十字の形をした刃が突き刺さった。見慣れぬ武器である。形状が奇妙であることを覗けば、それ自体は何の変哲もない武器に思える。

 そのとき、得体の知れない不気味な光を放ったことにルキナは気づいた。目を凝らしてみれば、刃にぬらぬらとした緑色の液体が塗りつけられているのだった。

 

「それは”手裏剣”と呼ばれる忍の武器です。刃の部分には相手を弱らせる毒が塗られております。死に至るほどの致死性はありませんが、身体から力が抜けていきます。ご注意を」

 

 成る程。悪寒の正体は毒であったか。もしファルシオンで受けきっていたら毒が降りかかっていただろう。致死性がないとはいえ、毒は毒。用心しなければ。

 

「マルスさん。ここは私に任せてお下がりください」

 

 何を思ったのか、スズカゼが前に歩み出た。

 

「スズカゼさん?」

「御心配なく。忍の業は熟知しております。相手が同じ忍である限り、私が遅れを取ることなど有り得ません」

「しかし……」

 

 相手は二人。それもかなりの手練れだ。スズカゼ一人に任せるのは偲びない。前に出て行こうとするルキナだが、すぐに片手で遮られた。リンカだった。

 

「リンカさん……」

「あいつが一人でいいと言ってるんだ。そこで黙って見てろ」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 忍たちが、スズカゼに向かって一斉に手裏剣を投げ放つ。

 スズカゼはそれ以上に素早い身のこなしで避けていく。

 瞬くような動きであった。

 忍が苦無(くない)を片手に構えながら飛び掛ってきた。

 スズカゼは背後に飛び退きながら、すかさず手裏剣を放って牽制している。

 もう一人の忍が、その背後に回り込んで小太刀で斬りかかろうとしている。

 

(まずい。挟み撃ちにする気か)

 

 慌ててルキナも助太刀に入ろうとするが、もう遅かった。

 忍がスズカゼの背中を斬りつける――ように思われた。

 しかし、そこには真っ二つに切られた紙切れがあっただけだった。

 

「身代わりだと!? 小癪な!」

 

 咄嗟の出来事に、忍の反応が一瞬遅れた。いつの間にかその背後にスズカゼが現れた。

 忍が狼狽しながら振り返る。

 だが、わずかに遅い。スズカゼはがら空きとなった腹部に膝蹴りを叩き込んだ。ぐぇっと忍が身をよじる。スズカゼはその隙を突いて相手の身体を背負い投げた。忍は受身を取ることすら叶わず、頭から地面に勢いよく叩きつけられる。苦しげな呻き声を漏らしながら、力なく地面に倒れ伏した。

 

「ちっ!」

 

 舌打ち。多勢に無勢。不利を悟り、もう一人の忍が逃げ出した。

 

「待て!」

 

 ルキナはその後を追おうとする。

 

「マルスさん。追わないで下さい」

 

 スズカゼに止められる。

 

「逃げに徹した忍ほど厄介な者はありません。捕らえるのは至難の業でしょう。そんな労力を払うくらいなら、そこの方から話を聞きだす方がよっぽど手間が省けましょう」

 

 スズカゼは横たわる忍へと視線を移した。

 

「さて、見たところあなた方はフウマ公国の忍のようですが、何故このような真似をしたのか、その理由をお聞かせ下さい」

「お前たちに話すことなど何もない」

「忍として秘密を守ろうとするその志は見上げたものだと言わせてもらいましょう。ですが、しらばっくれても無駄ですよ。何の理由もなく、忍が動くはずがありませんからね。今回の一件、誰の指示があってのことですか」

 

 詰問するようなスズカゼの言葉に、

 

「お前……スズカゼといったか。あの五代目サイゾウの弟だな」

 

 忍は全く別のことを言った。かと思えば突然、不敵な笑みを見せた。

 

「何が可笑しいのですか?」

 

 スズカゼは眉間に眉を寄せる。

 

「奴の弟なだけあって腕は立つようだ。だが、安心したよ。その腕では、あの御方には指一本とて触れることすら叶わまい」

「意味不明です。私たちに、分かるようにおっしゃってくれませんか?」

「そうだろう。そうであろう」

 

 可笑しくてたまらないというふうに、くくっと笑った。

 しびれをきらしたリンカが怒鳴り声を上げる。

 

「おい。お前、自分の立場を分かってるのか。ふざけたことばかり言ってると、どうなるか分かってるんだろうな!」

 

 その反応を面白がるように、忍はますます大きな笑い声を上げた。

 

「そうだな……サイゾウの弟に免じて一つだけ教えてやろう。もうすぐ白夜と暗夜の戦争が再び勃発する」

「何?」

「言葉通りの意味だ。どちらかが倒れるまで戦争は終わらないだろう」

「それはどういう意味だ?」

「所詮、俺は下っ端にすぎぬ身の上。詳しくは知らされておらぬ。だが、今は分からずとも、じき分かるときが来る。そう遠くない内に、な」

「お前、さっきから無茶苦茶なこと言ってんじゃねぇ」

 

 リンカが怒りにまかせて忍の胸倉を掴んだそのとき、ぴたりと笑い声が止んだ。ぜんまいが切れた人形のように力なく、ことりと首がもたげた。

 

「な、なんだ。急に黙り込んで気味が悪い奴だな。おい、何とか言ったらどうだ」

 

 忍の身体を揺さぶった。だが、何の反応もない。

 ようやくリンカが異変に気づいた。すでに息をしていなかった。

 

「こ、こいつ死んでる!?」

 

 驚きのあまり忍の身体を取り落としていた。

 

「どうやら舌を噛み切って自害したようですね。機密保持のために自ら命を絶ったのでしょう」

「言いたいことだけ言って勝手に逝くとはな。くそっ、後味が悪いったらありゃしない」

 

 ルキナはただただ呆気に取られていた。

 いまいち状況を飲み込めていない。一人、蚊帳の外にあった。

 本来味方であるはずの人間がこうして襲い掛かってくるだなんて。

 一連の状況に驚かされてばかりでなんと口を挟めばいいのか分からないでいる。

 

(白夜王国も一枚岩じゃないということなんでしょう)

 

 人が集まれば集まるほどそれだけ多くの人間がいる。人の数だけ、いろんな考えや思想がある。そうなれば想定外の事態が起こるのも仕方がないことなのだろう。

(私たちの世界にはギムレーという共通の敵がいました)

 思い返せば、自分たちは昼夜を問わず襲い来る屍兵たちに神経をすり減らしてばかりいた。今日を生き延びても明日には死んでいることも珍しくない。みな生き残ることに必死で、それ以外のことに目を向ける余裕も気力すらなかった。どれだけの財産や地位を築こうとも、そんなものに石ころほどの価値もなかった。全部、死んでしまえば意味がないのだ。同じ人間同士で争うなどもっての他である。

 

(だけど、この世界は違う)

 

 この世界では人と人が争っている。

 それはルキナにとって十分驚くべきことだった。

 自分たちの世界では考えられなかったことが、当たり前のように起こっている。

 もしギムレーがいなかったら、イーリスでも同じようなことが起きていたのだろうか。

 白夜と暗夜のように、国と国に分かれて争っていたのだろうか。

 名誉や地位とやらのために。

 果たしてそれは本当に平和と呼べるものなのだろうか。そんなものにどれほどの価値があるのだろう。そんな未来のために、この身を賭して守る意味があるのだろうか。

 

(いや……私は何を考えているんだ)

 

 首を振る。

 何を疑うことがあるのだろう。

 ギムレーを倒して平和を取り戻す。

 お父様の後を継いで聖王になったときから、そう誓っていたではないか。

 それが自分の生きがいであり、聖王として果たさなければならない役目。それに疑問を持つなどあってはならない。その行為は自分の存在意義を根底から覆すようなものだ。自分はただ、困っている人のために剣を手に取ればいい。弱者のためにこそファルシオンは振るわれなければならない。それこそがお父様の願いなのだから。

 黙り込んでいるルキナから何か感じるものがあったのか、スズカゼが気遣うように言った。

 

「白夜には結界が張られております。何の心配も要りません。ミコト様がいる限り、私たちは安泰です」

 

 その言葉に、ルキナはただ頷いた。


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