第二話にして、戦闘回。
それでは、抜錨!
「睦月がオンラインになった? 繋げ」
そう言って受話器を取り上げた。
「睦月、聞こえているな?」
《提督! 遅れました!》
「いや、貴様の方が早い。こちらは文月が気付いてくれておっとり刀で戻っているところだ。おかげで試験兵装テストはキャンセルだがな。こちらの到着予定時刻は三十五分後、ヒトヨンヨンゴー」
『了解なのです!』
「戦闘を許可する。睦月型の意地、見せてみろ」
そう言って受話器を切る。
「出遅れるとはもどかしい」
「それでも司令官が一番乗りみたいよ?」
返ってきた答えを聞いて振り返れば、幼さを残しながらもどこか妖艶な雰囲気を見せる少女が立っていた。
「文月が気付いたからいいものの、完全に懐に入られてしまうとは大恥をかいたな、後でお上になんといわれるやら」
「哨戒パトロールに出てない私たちが言われる筋合いはないと思いますけど」
「責任問題で喧々するのは軍部のお家芸だからな。巻き込まれるのは覚悟してるさ。うるさい上層部だけをピンポイントで狙撃してくれるなら深海棲艦に感謝したいな」
そう言うと少女がクスリと笑う。
「誰かに聞かれたら査問に呼び出されますよ? 敷島司令官?」
「貴様が望むならどこにでも言うがいいさ」
口の端を歪めそう言うと、少女はどこか苦い笑いを返した。
「もっとも、会議も査問もここを凌がねば始まらん。敵は幾重もの哨戒網を潜り抜けてきた奴らだ。軽視もできんだろう」
少女の方を見るとにっこりと笑った。
「睦月ちゃんの主艤装は今修復中で使用できません。今残っていて、睦月ちゃんが使える装備はユニットハンガーに保管中の旧式艤装だけです。おそらくはそれを使っていると思われますが……」
「……今の睦月が使っても艤装が追い付かんか。如月」
「はい」
名前を呼ばれた少女――――如月は姿勢を正した。
「如月に特殊兵装前線代表権を譲渡、睦月の救援に向かえ。前線指揮は睦月と合流の後、睦月に移譲しろ」
「特殊兵装前線代表権の委譲確認。――――それでは」
「急げ。母港を焼かれてはたまらんからな」
如月が敬礼して、踵を返した。それを見送って、前を見やる。
「我々も急ぐ。最大船速で前進を」
†
「重いっ……!」
そう言って槓桿を引いて次の弾倉の初弾を叩き込む。睦月は対爆掩体の中で足を止めたまま向かってくる深海棲艦を撃つだけで精一杯だった。弾倉を二回交換、倒せたのは一体と芳しくない。それに敵がここにいると気がつかれたために奥からどんどん深海棲艦が寄ってくるのが危機感に拍車をかける。
「早く海上に出ないと上妻さんが危ないのに……!」
睦月が出撃しようした建物の出入り口に深海棲艦が張り付いていたとは思ってなかった。そんなことをいっても仕方がないのはわかっているが、ぼやかずにはいられない。
それでもやらなければならない。電子スコープを覗きこむが反応までのタイムラグが大きすぎて使いものにならない。旧式艤装で処理能力が追い付かないのだろうか。第一、とっくに想定使用レンジを割っている。予測演算装置が無駄に空回りする。舌打ちをして再度引金を引いた。大きく左に逸れる。自動照準では追いつけない。
「―――――なら、マニュアルで!」
数歩下がる。海に向かう水路の縁ではバランスがとりにくい。少しでも距離を取ろうと後方に下がる。艤装の後端がカツンとコンテナに触れた。
その刹那、視界の端で何かが動いた。
「睦月ちゃん! それって照準の問題!?」
そう声をかけられ睦月はあまり考えず頭を横に振り、直後に聞こえた足音に後悔する。
「……!」
それが睦月の脇に走りこんできたのだ。周囲に隠れる場所はなく、もろに敵の射線に飛び込みながら睦月の足元にスライディングをかます。
「きちゃダメですっ!」
「守られっぱなしは性にあわないんだよ!」
上妻は首筋のチョーカー型端末からコードを引き出し、一瞬迷ったように手を止めた。
「早く隠れてください! ここ危ないんですよっ!?」
それには答えず艤装をなぞり、小さく「ビンゴ」と呟いた。そこを持ち上げコードを差し込む。
「ひゃっ……!? な、何を……」
「三〇秒保たせて! なんとかしてみる!」
同時に足元に乱雑に置いたタブレットに光が灯る。緑色のレーザーが地面に投影され地面のコンクリートにキーボードを表示した。
「ごめん、これ借りた!」
その声と共に視界の端を見覚えのあるものが過り、とっさにスカートのポケットに手を突っ込んだ。そこに入れてたはずのパスケースが抜かれている。いつの間に、と睦月が思う間もなく軍のセキュリティシステムのコード入力画面が表示された。そこに睦月のコードが表示された直後、いくつも画面を経ないと表示されないはずの管理者権限ページがいきなり表示される。
「単純なリングプロテクションシステム、睦月ちゃんはリング3……これなら
管理者権限ページから見たことのないページが現れる。いくつもの意味不明なスクリプトが高速で流れていく。時折色付きの文字が現れ、それがどんどん書き換えられていく。
「やたら無駄の多いプログラムだこって……」
脂汗を浮かべながらそう言う上妻の様子を盗み見る。すでに太ももあたりまでは真っ赤に染まっている。そんな怪我を負ってまで睦月を守ろうとし、今も敵の射線に飛び込んできたのである。
「上妻さん……」
彼に睦月にそこまで付き合う義理はないはずだ。今日初めて出会って、紙飛行機を飛ばして、少し話しただけの仲。放っておいても誰も責めないはずだ。
それでも彼は、飛び込んできたのだ。
それが、わからない。
「なんで、そこまで……?」
「嫌だったか?」
呟きに答えが帰ってきてそっちの方を見てしまう。血と汗でぐっしょりと濡れた横顔を見る。その間にも手はキーボードの上を跳ねまわる、その数瞬後、視界のスクリプトが減っていき、《SUCCESS》の一文が表示される。
警告文が一瞬現れて消えた。直後背後のコンテナで跳ねた敵の弾が明後日の方向に消えていく。視線を前に戻すと深海棲艦が水路に向かってきていた。慌てて引金を引く、甲高い金属音が響いた。
「当たった!?」
「最適化完了。これで大分マシになったはずだ」
そう言ってキーボードから手を放す。直後改めての接近警報。光学照準器が瞬間的に距離を弾き出し、照準位置を知らせる。引き金を引けば、照準通りに突き刺さる。倒れたのを確認して、睦月は周囲を確認した。とりあえずここを目指していた敵影はなくなった。
「リングプロテクションの位置づけを変更してある。ハイパーバイザーモード起動中だから睦月ちゃんは今リング-1、武装システム全てへの介入が可能な状態だ。普通ならロックされているはずの機能もすべて使えるようにした」
「……?」
睦月は目をぱちくりさせていた。その様子を見て上妻が苦笑いを浮かべる。
「俺にできるのはこれぐらい……だな」
そう言ってプラグを抜いた。バーチャルキーボードの投影が終われば、手を伝った血潮がまだらに落ちているのがはっきり見えた。
「行けるか?」
「はいっ!」
釣られたように笑う睦月は彼の瞳孔の開き方が微妙に異なることに気が付いて顔が青ざめるのを感じた。
「上妻さん!」
「……戦時だってわかってたはずなのにな。震えが止まらねぇや。睦月ちゃんはこれでいけるかい?」
「そんなことより!」
「聞け!」
上妻は声を張ろうとしたらしい。それでも睦月に届くのがやっとの声だ。
「かりそめの平和の中で生きてたって思い知った気がする。これから戦場に君を送り出すなんて、本当はきっとしちゃいけないことなんだろうと思う」
「そんなことない、よ……」
だといいがな、と上妻は笑う。睦月の頬に触れようとしたのか左手を伸ばし、血に染まっているのを見て、止めた。
「大人のエゴを押し付けるだけかもしれない、それでも今は君たちに頼るしかない。頼む。この街を、守ってほしい」
「……うん。任せて」
上妻はその答えを聞いて薄く笑うとそっと目を閉じた。
「戦場にこんなかわいい子を送り出すなんてさ。地獄行きかな、これは……」
ぐったりした彼を見て睦月は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。手に持った主砲を一度置く。
「上妻さん。みんなを助けて、すぐ戻ってきますから」
だから……それまで待っていてください
汗で冷えた彼の体をなんとか抱え、コンテナの影まで運んだ。彼からの返事はなく、血が手に残る。制服に血がついて、奥歯を噛み締めた。
私を守って流した血だ。私が流すべき血のはずだ。私には守れるだけの力があるはずだ。
傷口を簡単に縛る。応急処置の仕方をもっと習っておくんだったと思ってももう遅い。この乱雑な応急処置でいつまでもつだろう。
「行ってきます。待っててほしいのです」
死なせてたまるか。
睦月は駆け戻り、砲を取ったそのままの勢いで海に飛び出していく。外に出ると昼下がりの太陽が燻された雲を場違いに照らしている。その中を全速で駆けていく。最大船速三七ノット。
「すごい……!」
滑るように駆けながらプログラム自体の書きかえでここまで変わるものかと痛感する。脇に敵の砲弾が着弾。衝撃波すら利用するかのように前に飛び、相手との間合いを掴む。この時ばかりは軽装甲で軽い体に感謝した。膝のクッションを活かして着地と同時に腰だめに構えた。光学照準機が距離を瞬時に弾き出す。目標は六二〇メートル先、ゼロイン距離からプラス一二〇メートル、若干上に照準、引き金を引く。ヒット。攻撃の沈黙を確認、取舵。
「これ、照準だけじゃない! 駆動系のプログラムにもちょっと調整入ってる!」
そう言わずにはいられない。ほんのちょっとの調整でここまで変わるか。反応のタイムラグがコンマ以下だが明確に縮まった。
一瞬ちりっとした違和が走る。とっさに目の前の海面を蹴って急減速をかけると目の前を衝撃波が通過した。僅かに耳に残響が残る。鼓膜が抜かれた訳ではなさそうだがツンと抜けるような痛みが走る。かなり大きな影を遠くに認める。あれは―――――――
「……軽巡へ級!」
ここまで来て確信する。敵は巡洋艦と駆逐艦を中心とした水雷戦隊。この編成なら睦月と呉の地方守備隊、戻ってくるはずの睦月の原隊である第七十五試験艦隊で対応可能だ。敵の航空戦力が出てこないだけ対応がしやすい。
その思い込みが、仇となった。
弾倉を見る。弾薬には弾種確認用の黄色い識別線、中身は形成炸薬弾だ。これなら相手の装甲を抜いてダメージを叩き込める。槓桿を引いて初弾を装填、閉鎖、そしてそれを構え――――――
真後ろに盛大な水柱が立った。
着弾の衝撃じゃない、飛翔音も聞こえなかった。とっさに振り返り、息を飲む。
駆逐ロ級がまるでイルカのように水上に飛び上がっていた、その瞳が睦月を睨む。銃を振ろうとして間に合わないことを悟る。
「――――――」
本当に焦ったときは声を発する余裕もないことを初めて知る。ロ級が口を開いた。そのまま喰われるか、砲撃を受けるか。
目をつむりかけて、耐えた。目をつむるな。抗え。
その直後、無線がノイズを返す。
―――――――レコメンドファイア。
それが響いた直後、ロ級の頭がぶれた。爆裂の音はなく、相手の目を正確に潰す。
それを認めた数刹那後、ターンという軽い音が響いた。吹っ飛んだ方向から支援射撃の方向を見遣る。その先には戦場の煙で燻された空気を割るようにして急速にシルエットが近づいて来る。
あの弾、正確な射撃精度、これは――――――
「―――――――徹甲弾! 如月ちゃん!」
『危なかったわね、睦月ちゃん。第七十五試験艦隊、これより戦闘に参加するわね』
如月と呼ばれた声がどこかホッとしたような声を返す。
『一番古い装備引っ張り出して大乱闘なんて睦月ちゃん結構無茶するのねぇ……』
「だってこれぐらいしか使える装備がなかったのですっ!」
『本部はそうよね。でも大丈夫』
そう言って睦月の隣に飛び込んでくる如月。睦月とお揃いの角襟セーラーに長い髪が潮風に揺れる。花びらを模した髪飾りが戦場には少々似つかわしくない華を添えていた。それを安心した笑みを見ていた睦月を如月が認めると、どこかぎょっとした表情を浮かべて如月が駆けてきた。
「睦月ちゃん大丈夫!? どこかの組長を刺した帰りみたいになってるわよ!?」
その表現にどこか噴き出しそうになり、その血の出どころである彼のことを思い出した。気が萎む。
「大丈夫……これ、私の血じゃないから」
「……?」
「提督たちは?」
「今は亀ヶ首の沖あたりね。私たちが少し先回りしたの。そろそろ早瀬瀬戸側から皐月ちゃんたちが回り込むはずよ――――如月より七十五試験艦隊司令部、睦月と合流しました」
『確認している。変更点が一つ。特殊兵装前線代表権はそのまま如月行使しろ。睦月はそのまま遊撃に当たれ』
「如月了解しました」
「睦月了解なのです」
睦月が半分笑ってそう言うと如月が少し驚いたような表情を浮かべた。
「あんまり嫌がらないのね?」
「指揮を執るのは大変なのです。たまには如月ちゃんも四苦八苦するがよいぞ」
にゃしし、と笑う睦月に如月がくすりと笑う。
『話してていいのか?』
無線の奥の声が半ば事務的に告げると同時、敵の駆逐艦2隻分の砲撃が猛ったように睦月たちを目指す。それを見た二人が海面を蹴り、躱す。弾の装填を確認すると、二人とも一斉射で敵を黙らせた。
『敵は水雷戦隊主体だ。さっさと潰してこい。食い残しは許さん。それと』
睦月、と、妙に優しい声が呼びかける。
『ユニットハンガーにいる民間人の護衛及び確保も忘れるなよ』
一瞬背筋が凍るような感覚を覚える。ばれていた。
「えっと……あの、提督……?」
『まもなく文月が情報支援を開始するぞ。呑まれるな』
「うえっ!」
『そんなにあたしのリンクいや……?』
「そうじゃないけどっ!」
無線の奥に悲しそうな声を聞いて、睦月が慌てたように叫ぶ。
「……あの、優しくして、ね?」
『大丈夫だよぉ! ちょっと見るだけだから』
どこか舌足らずな声の直後、首の後ろに軽い衝撃が走った。如月も一瞬片目を瞑る。
『リンク完了ぉ。みんな大丈夫?』
文月の声がどこか近くから響くような感覚。それを感じると同時に視界に敵の情報がフィルタリングされていく。
「毎度毎度、この情報量はすごいわよねぇ……」
如月がそんなことを言うと無線の奥が笑った。
『こんなのたいしたことないよぅ?』
絶対そんなことない、と心の中で突っ込んだのは私だけじゃないはずだと睦月は思う。どこか苦笑いの如月の表情もそれを裏付けているんじゃないだろうか。
『さて、おしゃべりは終わりだ。お前たちには給料分はしっかり働いてもらうか』
感情を抑えた声が無線に響く。
『どう攻める、如月』
「そうねぇ、七十五試験艦隊は呉湾に侵入した深海棲艦の掃討を最優先にします。各海道の再封鎖を地方総監部に要請してください」
『すでに完了。五十二戦隊が展開中だ』
「文月ちゃん、今のみんなのスペックを回して頂戴?」
『はーい』
データを受け取ったのか、如月は一瞬悩むようなそぶりをみせた。
「長月ちゃん、菊月ちゃんは呉廠火工部前の集団へ、皐月ちゃん望月ちゃんはそのバックアップ。私と弥生ちゃん卯月ちゃんで民間港沖の集団を掃討します。三日月ちゃんは文月ちゃんと《にちなん》の直掩を。敵は水雷戦隊よ、競り負けていい相手じゃないわ。睦月型の意地を見せましょう!」
『了解っ!』
一斉に返事が返ってくる。睦月が如月に視線を送ると如月が笑って頷いた。如月が手にした主砲の装填装置を動かした。徹甲弾が装填されているはずだ。
「それじゃ、如月ちゃん」
「私がバックアップね、慣れない装備だけど大丈夫?」
「お姉ちゃんを舐められたら困るのです」
そう言って睦月は笑って前に出る。戦域への再突入。市街地の近くに向かおうとする個体を後ろから撃ちつける。それを見た如月がどこか笑う。
「あの旧式ユニットで、よくあれだけ動けるわねぇ」
『ちょっといじってるのかなぁ』
「えっ?」
のほほんと帰ってきた文月の声に聞き返すも文月はどこか上機嫌なまま答えない。如月の溜息一つ。
「さて、こっちもいきましょうか。文月ちゃん、リクエスト・サイティングサポート、睦月ちゃんたちの背中を守るわよ」
『りょうかーい!』
そう言って肩に銃床を押し当てる。サポートハンドの左腕は軽く添えるだけ、体に馴染んだ感覚だ。
「――――――リンク開始」
『えぐぜきゅーと、なうっ!』
如月の視界にいくつもの情報が現れては消える。風向風速はもちろん、気温、湿度、目標の移動予測まで表示され、それらの情報の海に飲まれそうになる。それを深呼吸で押さえつけた。
「――――――。」
心拍数が下がる。感情をフラットに持っていく。一番危険度が高いのは睦月の右手側、呉工廠造船試験部沖の駆逐ハ級か。
静かに引金を引き絞る。プルは2.4キロ。閾値となるその数字より多くの力を籠めれば撃鉄が落ちる。そして、超音速の線で銃口と標的を結ぶのだ。
狙い通りどうと崩れ落ちる駆逐ハ級。それを見とどける間もなく次の獲物を探して如月は場所を移動していく。槓桿を引き、空薬莢を排出、次弾装填。
「案外手ごたえないわね」
『そうだねぇ、ばれないように隠れてくることに特化したのかもね~』
無線の向こうでは文月のほのぼのとした声が響いている。常に平常運転な仲間の声に如月は笑みを含んだ。
『どうしたの?』
「なんでもないわ。次いくわよ」
『りょうかーい!』
睦月たちが呉港周辺に侵入した敵勢力を一掃するまで、あと三十二分のことだった。
いかがでしたでしょうか?
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次回は少しは落ち着いた話になるのかな……?
それでは次回お会いしましょう。