【完結】遊戯王ARC-V~遊の力を矢に束ね~   作:不知火新夜

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73話_消える事の無い傷

Side 柚子

 

私達ランサーズがシンクロ次元において中心都市と言える『シティ』に入ってから数日経ち、ランサーズの活動は当初からは考えられない程スムーズに進んでいた。

治安部隊『セキュリティ』に捕まっていた第2部隊と第4部隊の無条件での釈放、シティを始めとしたこの次元への情報発信、私達の次元との同盟関係の締結、色々な重要施設への視察、私達の次元での流行である『アクションデュエル』の導入(どう言う訳かこの次元での流行である『ライディングデュエル』と組み合わせた形になった。どれだけバイクが好きなの、この世界!?)、何より今度開催されるシティでトップクラスの大会『フレンドシップカップ』を通じてのランサーズメンバー候補生の選定許可や、シティにおいてLDS系列校の開校許可等、全てがランサーズにとって思い通りの展開。

この次元において英雄として語られている不動遊星に扮した(『遊戯王5D’sの世界』で不動遊星だった頃の遊矢との相違点がそれ程ないから強ち間違いでは無いけど)遊矢が前面に立っての交渉が何よりも大きいんだと思う、それだけ『不動遊星』の影響力は大きいんだと、私達は痛感した。

痛感し、同時に私は何処か、無力感を感じる様になった。

この次元に来て最初に知り合ったシュドナイさんとのデュエル、ランサーズの精鋭部隊ARC-Vメンバーの実力を、3世紀に及んでデュエルに明け暮れていた遊矢仕込みのデュエルを見せる時だと意気込んで臨んだ私だったけど、現実は甘くなかった。

『バスター・ブレイダー』を中心としたデッキでの展開を見せたシュドナイさんに負けていられないと、私もまたプロディジー・モーツァルトを1ターンでアドバンス召喚し、其処からソプラノを出して融合召喚をしようとした、けどそれを見越していたシュドナイさんに妨害され、その後の動きも良い様に捌かれた。

結局、私が出来たのは手札からスコアの効果を発動して、ちょっとばかりの反射ダメージをシュドナイさんに与えただけ。

此処までならシュドナイさんの実力の高さを凄いと思うだけで終わったけど、続いて対戦した遊矢は、そんなシュドナイさんを完封して見せた。

私が必死こいても突破出来なかった壁を、遊矢はあっさり越えて見せた、そんな遊矢と私の埋まる事の無い実力差に、無力感を感じた瞬間だった。

確かに遊矢は、3世紀に及んでデュエルに明け暮れ、その殆ど全てで周囲を圧倒して来た。

そのキャリアから来るデッキ構築(戦略)プレイング(戦術)ドロー力(時の運)、その全てが相当なレベルなのは言うまでも無いと思う。

それでも私だって、そんな遊矢から物心ついた頃よりデュエルをみっちり教わって来た、その教わった事を土台に、これまで誰も勝った事の無かった遊矢の『完全決闘』デッキにも勝って見せた(今でも、他に勝ったのはエレンくらいしかいない)。

夢の中の出来事とは言え、遊矢の嘗ての恋人であった明日香さん、アキさん、そして小鳥さんからもデュエルで勝って見せ、ユベルには流石に勝てなかったけど、遊矢の事を託された。

 

遊矢を支える様、頼まれた、のに…

 

現実は、遊矢に支えられっ放しだった。

あの時、遊矢が迷った時は支えになりたい、落ち込んだ時は側にいたい、と覚悟を決めた私だったけど、よく考えたら遊矢のそんな姿を見たのは、少なくとも現実では一度たりとも無かった。

遊矢は、私が考えている以上に泰然としている、泰然としてしまっているのかも知れない。

既に遊矢は、過去のトラウマによる恐怖をも乗り越え、揺るがない心を持っているのかも知れない。

遊矢は私にとって、見上げても何処にいるか分からない位に、とてつもなく高い存在になってしまったのかも知れない。

 

「遊矢…」

 

行政評議会から客人として迎えられた私達ランサーズのメンバーが今滞在している、迎賓館的な施設。

その中でもシティに、いやシンクロ次元においての英雄『不動遊星』の生まれ変わりという事になっている遊矢は最大級の来賓としてトップクラスの部屋が割り当てられ(一応は)恋人である私も一緒に滞在している。

今はその寝室のベッドの、遊矢と一緒のベッドで眠りにつこうとしている所なんだけど…

 

正直言って、眠れない。

 

普通に考えたら、いくら恋人同士だからと言って年頃の少年少女が寝床を共にするなんてと突っ込まれそうな状況、それにドギマギして、なんて事になりそうだけど、実際はそうじゃない。

 

私は今、自分の無力感に悩むあまり、眠れなくなっている。

 

明日香さん、アキさん、小鳥さんから聞いた遊矢の事は、夢の中で見たダイジェスト映像からも分かっていたけど、少なくとも私から見た遊矢は、はっきり言って『完璧超人』だった。

誰かに力を借りる事こそあっても依存する事までは無く、己の手腕で物事を全て良い方向へと導いて行ける、どんな状況であっても諦める事も、折れる事も無く突き進める…

私なんかがいなくても、遊矢は己を見失う事無く前を進めるのかも知れない。

3世紀という遊矢の人生は、それを成せる程の説得力があるし、その中で『ゼロ・リバース』のトラウマを乗り越える時間だって十分にあった。

きっと私がいなくても、1人で皆を引っ張って行けると思う、むしろ私がいたら…

 

思い出すと止まらない、私の頭の中で、悪いイメージばかりが浮かぶ。

そんな事は無いという想いも無くは無い、恋人同士になれたのも遊矢からの告白が切っ掛けだったのだから、遊矢にとって私は必要な存在なのだから、と。

でも…

 

「う…ぐぁ…うぁぁ…あぁぁぁ…!」

 

悪いイメージを振り払おうとしても振り払えずにむしろ悪化する、そんな悪循環に陥っていた時だった、隣で眠りについていた筈の遊矢が、そんな苦しそうな声を上げていたのは。

 

「遊矢…?」

 

一体どうしたんだろう、何か、悪い夢でも…?

 

「うわぁぁぁ!(がばっ!)はぁ、はぁ、夢、か…」

「大丈夫、遊矢?」

 

悪い夢に魘されていたらしい遊矢の事が気掛かりで、声を掛けてみたけど、

 

「柚子(ガシィ!)…」

「へ、え、遊矢!?」

 

呼びかけに気付いた遊矢が、いきなり私に抱き付いて来た、て、ふぇ!?

 

「ゆ、遊矢?あ、あの、その」

「柚子、何も聞かないでくれ。何も聞かず、暫くこうさせてくれ」

 

遊矢の突然の行動に混乱していた私、そんな私を現実に引き戻してくれたのは、何時もと明らかに様子が違う、遊矢の声だった。

何時もの気力に満ちた様な声じゃ無い、憔悴しきった様な、そんな声。

そして、私を抱き付いた体勢のまま、私の肩に顔を埋め「ごめんなさい」とうわ言の様に繰り返し呟きながら泣きじゃくるその様子に、私は無意識の内に遊矢を抱きしめていた。

 

------------

 

「遊矢として生まれ変わってからは初めてだったけどさ、時々、夢で思い起こされるんだ…

『遊戯王5D’sの世界』で遊星として生まれたばかりの頃に起こった、ゼロ・リバースの光景を…」

 

私の肩に顔を埋めながら暫く泣きじゃくっていた後、遊矢は事の次第を語り出した。

その口調はやっぱり何処か疲れ果てた様なそれだったけど、それも仕方の無い事だと思う。

 

「建物が崩れ落ちて、人々が木っ端みじんになって、大地がひしゃげて分断されて、車とか色んな物が吹き飛んで、遊星としての俺にとって生まれ故郷であるネオ童美野シティが、地獄へと変わって行く、凄惨な光景だった…」

 

その光景は私も、夢の中のダイジェスト映像という形だったけど見た。

ハルマゲドンでの最終戦争だとか、恐竜が絶滅する要因となった巨大隕石だとか、それらに匹敵する位の凄まじい光景には、当時を体感するどころか『遊戯王5D’sの世界』の生まれですらない私すらも絶句した。

 

「その光景を見た後、何時も考えちゃうんだ…

俺なら、『ゼロ・リバース』の真相をアニメで見知っていた俺なら、止める事が、未然に防ぐ事が出来たんじゃないか、何万とも何十万とも言える人々の命が失われずに済んだんじゃないか…

俺が、『ゼロ・リバース』の顛末を知っていながら何もしなかった俺が、その数えきれない人達を見殺しにしたんじゃないか、その何十倍もの人達を、例えばジャックやクロウ、鬼柳達を地獄の様なあのサテライトに突き落としたんじゃないか、ってさ…」

「そんな、そんな事は!」

「無い、って言いたいんだろ?俺もそう思いたい。けど夢の中で聞こえて来るんだ、『ゼロ・リバース』で亡くなった人達と思しき怨嗟の声が。『お前の所為だ』『何故何もしなかった』『お前さえ動けば私は死なずに済んだのに』『お前の怠けで沢山の人が死んだんだ』『この怠け者殺人鬼が』ってさ…

耳を塞いでも聞こえて来る、振り払おうとしても聞こえて来る、そしてその一言一言が心に突き刺さって来るんだ…

俺の感覚的に2世紀近く経った今でこそそんな夢自体、見る機会が殆ど無くなってはいたけど、遊星だった頃には頻繁に見聞きしていたな、特にマーサに保護された直後から。余りにしつこいもんだから追い詰められて、リストカットも結構やらかしていたな」

「り、リス!?」

 

リストカットって自殺の仕方で有名な奴よね、手首を切り裂くあの!

 

「そうそう、こう右手首をスパっと」

「遊矢、ジェスチャーしなくて良いから。今の遊矢がやると笑えないから」

 

其処までの事態に至る位『ゼロ・リバース』は遊矢の心に大きすぎる傷を刻み、未だ傷口が塞がっていないのかも知れない、むしろその傷口が化膿し『心の闇』という名の膿が湧き出ているのかもしれない。

遊矢の奥底に湧き出る膿は、ユベル達が目の当たりにして来た遊矢の『心の闇』は、私が思っていた以上に根深いのかも知れない。

 

「けど、さ。まあこう言うと未だに2世紀近くも前にあった『ゼロ・リバース』の事を引きずったままかよとか突っ込まれそうだけどさ、同時にこの事は俺の教訓にもなっている。

 

自分で言うのはどうかと思うけどさ、俺はデュエルに関して天才的な実力がある。十代だった頃、遊星だった頃、遊馬だった頃、そして遊矢である今、其々の時に得た超常的な力を使える。3世紀も生きて来た人生のキャリアも、その際に身に着けた豊富なスキルもある。

 

それでも俺は1人の人間でしか無い、この身1つで出来る事は意外と少ないんだ」

 

でも遊矢は、自ら進んでそれを塞ごうとは思っていないみたい、それをも受け入れて、前に進もうとしている。

それを語る遊矢の口調に、何時もの気力が戻って来た様な気がした。

なら、私も前を見据えなきゃ!

 

「柚子。俺、柚子を守って見せる。時には誰かの力を借りてでも、さ」

「じゃあ私は、遊矢の帰る場所になるわ。遊矢が迷っているときは支えになり、落ち込んでいるときは側に寄り添いたい。そんな存在でいたい、な」

「ありがとう、柚子。俺、柚子と恋人になれて、本当に幸せ者だよ」

「私もよ、遊矢」

 

------------

 

Side 遊矢

 

「答えは得たよ。大丈夫だ、柚子。俺、頑張るから」

 

あの『ゼロ・リバース』の光景を夢として久々に見た時から、それで柚子に抱き付いて泣きじゃくり、その事を打ち明けた時から一夜明けた今、俺は某『正義の味方』という理想を追い求めた弓兵の台詞っぽい言葉を、未だ眠っている柚子に向けて呟きながら、1つの決心をした。

 

「アドバンス、儀式、融合、シンクロ、エクシーズ、そしてペンデュラム…

今のデュエルモンスターズにおいて強力なモンスターを召喚する方法である、これら全てを司る『オッドアイズ』達こそが、『榊遊矢』としての俺のデュエル、俺のエンタメデュエルの極致だ」

 

そう決心した俺の手には、新しい『オッドアイズ』ドラゴン族ペンデュラムモンスターカードが、3種類握られていた。

 

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Side ????

 

その頃、

 

『プロフェッサー!緊急事態です!』

「一体どうした、急に?」

『サンプルを基に開発していたカードカテゴリなのですが、デッキごと忽然と姿を消してしまった模様なのです!』

「何だと?それはたった今の話か?」

『はっ!たった今発生した事案です!』

「ならばそれ程遠くには飛んでいない筈、直ぐに数十名のデュエル戦士達に捜索の指令を出そう」

『ははっ!ありがとうございます!』

 

アカデミアでは、1つの騒動が発生していた。

 

「アンタの力、期待しているわ。私達の自由なデュエル、アカデミアの連中に見せ付けてやるわよ!」

『応よ姉さん!俺達2人で、真っ赤に燃え上がる魂のデュエルをやってやろうぜ!』

 

その騒動を尻目に、レーシングカーを2輪にした様な出で立ちの赤いバイクに乗った1人の女性が、1つのデッキを手に、誰かと決意の言葉を交わしながらアカデミアを後にした…!


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