織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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川中島~武田別動隊との戦い~

虎千代の陣幕を出た後、虎千代はすぐにかねたんを中心に軍団を統率。そして妻女山を下山して行った。

妻女山山頂に残ったのは、虎千代の予想通り北条(きたじょう)高広、高梨政秀、水谷正村といった西越後や関東出身の将、そして俺と朱乃、甘粕景持という爺さんだった。ちなみに愛紗はかねたんに付けといた。……アイツ頭は回るけど今のところ武はイマイチなんだよ。

 

 

「只今戻りました」

 

「お帰り朱乃……で、どうだ?」

 

「一応了承は得ましたが……やはり私達の指示には従わないと思います。甘粕のお爺様は従ってくれるでしょうけれど……」

 

「やっぱりか……」

 

 

今朱乃を外に行かせてた理由は諸将に俺が指揮を採ることの了承を貰うためだったのだが……やはりと言うか何と言うか、表向きだけは従うといった感じのようだ。

 

甘粕の爺さんは越後に来た時から俺を気に入ってくれたらしく、本当の孫みたいに扱ってくれたから多分指示には従ってくれるだろう。問題は他の奴らだ。

 

 

正直、俺達が出雲でやった退却戦は山中鹿之助という姫武将が完全に配下を統率していたために、そう難しい戦ではなかった。吉川元春の突撃をいなしていれば鹿之助が軍を纏めて退却させれたからだ。

だが、今のこの状況……かなり不味い。統率をとるどころか連携すら難しいだろう。

北条は将としては悪くはないが、功を焦りすぎる。高梨は臆病過ぎて武田が来た瞬間に逃げようとするだろう。下手をすれば寝返りかねない。水谷は恐らく北条や高梨を囮にして安全に退却しようとするだろう。コイツが一番質が悪い。

 

唯一の希望は甘粕の爺さんだが……いかんせん年寄りだ。無理はさせられない。

 

 

「……やっぱり、予定通り高梨と水谷を先に逃がして、兵だけを朱乃に預けて貰うしかないか……」

 

「……それしか無いですわね。慶次様が北条殿を抑え、北条軍と共に武田軍を相手取っている間に私が高梨殿、水谷殿の兵を纏めて横槍を入れる。そして慶次様と合流して退却……これしか策が見当たりません」

 

 

朱乃がこれしか考えられないというならこの策しか無いんだろう。

 

 

「問題は高梨と水谷がそう簡単にこっちの案に乗ってくるかという事だが……」

 

 

「そこは私がどうにかしましょう。口八丁なら私の得意分野ですわ」

 

 

そう言って微笑む朱乃。……コイツなら大丈夫だろう。

 

 

「頼むぞ」

 

「お任せあれ。……ところで、慶次様」

 

 

急に朱乃が真面目な顔になり、俺の目を覗き込むように見てくる。

 

 

「……何だ?何か問題があるのか?」

 

 

「ええ……

 

 

 

 

 

 

 

 

もしこの戦いが上手くいったら、御褒美を賜りたいのですが……」

 

 

「お前本当にブレねぇな……。やらねぇって前々から言ってんだろ」

 

「あらあら、慶次様ったら……」

「正気に戻れアホ」

 

 

顔に手を当ててもじもじする朱乃を前に、俺は溜め息しか出なかった。

 

 

……俺の部下がこんなに残念なわけがない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小僧!武田の別動隊が山の裏手から攻めて来おったぞ!」

 

 

俺と朱乃が策の細かい所を詰めていると、甘粕の爺さんが陣幕に駆け込んで来た。

 

 

「……来たか。後小僧言うなジジイ!シバくぞ!」

 

「ふぉっふぉ、お主に殴られたらワシは天に召されるわい」

 

「もう!二人共そんな事をやってる場合ですか!」

 

 

とりあえずもはや恒例となりつつある掛け合いをすると、即座に朱乃に怒られた。

 

 

「ふぉっふぉ、相変わらず昌幸ちゃんには頭が上がらんようじゃなぁ」

 

「うるせーぞ爺さん。……正直昌幸の言う通り余裕がねぇんだ」

 

 

朱乃は何故か人前で『朱乃』と呼ばれるのを嫌うので、俺や愛紗以外の奴がいる時は俺は朱乃を昌幸と呼んでいる。何でも『朱乃』という名前は正確には愛称ではなく真田名(さなだな)というらしく、家中の者か相当親しい者にしか呼ばせない名前らしい。

 

……あれ?俺初対面の時から朱乃って呼んでたような……

 

 

「慶次様!!北条殿が武田軍に突撃を始めました!!水谷殿は早くも退却し始めています!」

 

 

……っとそんな事考えてる場合じゃねぇ!!

 

 

「昌幸は予定通りに!!爺さんは悪いが北条のハゲを止めるのを手伝ってくれ!!」

 

「はっ!」

「ふぉっふぉ、任せろい」

 

 

そして、俺は松風に乗って、一足先に北条の所へ駆けた。

 

 

……虎千代からの頼まれ事だ。

 

誰一人、死なせやしねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー見つけた!ってあのバカ!!」

 

 

しばらく山道を下って行くと北条がいた。……だが、その命は風前の灯。武田の将であろう背の高い女が北条の槍を鎚で弾き飛ばした所だった。

 

 

普通の馬ならとてもじゃないが追い付けない。だが、俺の愛馬は普通の枠には収まらない。

 

 

「松風ぇ!!」

 

「ブルゥ!!」

 

 

松風の名前を呼ぶと、俺の意思を察してくれたのか、松風が急激に速度を上げる。

そして俺はその勢いのまま北条を横から槍の柄に引っ掛けてかっさらう。

 

一瞬遅れて女の鎚が地をへこませるが、そこには既に誰もいなかった。

 

 

「……? あー………避け…………ら……………れた……………?」

 

「不味い! 新手です! とりあえず逃げましょう!」

 

 

鎚を持った女が、近くにいた少女が逃げようとしているのを猫掴みして止めながらこちらを見る。俺は北条を近くにいた上杉軍の騎兵に預けて逃がした後、それを見返す。

 

 

「……………………………あー……………………誰………?」

 

「きっと柿崎景家とか小島弥太郎とかの猛将です! 勝てませんから逃げましょう!」

 

 

……ちっこいの。お前は何でそんな逃げ腰なんだ?お前本当に将か?

 

 

「……前田利益。上杉の客将だ」

 

 

「………………どこかで………………聞いた………………………………名前……………?」

 

 

……間が……長い……!!すんげぇじれったい……!!

 

 

少しばかり鎚持った女の方を見ていたが、すぐにちっこいのがはわはわしてるのに気付いた。

 

 

「はわわわ………前田利益って、あの雑賀統一戦とか厳島の戦いとか出雲の殿戦の!? 」

 

「だったら何だ?」

 

「ば、馬場様!! すぐに逃げましょう!! 私達じゃあの戦さ人には勝てません!! ここは逃げの一手です!」

 

 

戦さ人?また妙な渾名が……

 

 

「逃げるんならとっとと逃げろ。こっちも早く謙信と合流したいんでな」

「ほら馬場様!!」

 

 

逃げてくれるならこちらとしてもありがたい。撤退戦をしなくて済むしな。

 

 

しかし、俺のその一言で、鎚を持った女の眼が変わった。

 

 

「…………………謙信は………………いない………?」

 

「?」

 

 

「…………昌信!…………この戦……………退けなく………なった………………!!」

 

 

突如として殺気を溢れさせる女に、俺も反射的に愛槍の皆朱槍を構える。

 

 

「馬場様!?」

 

「昌信……………あー…………信玄さまが…………危ない…………!!」

 

「!!? それは……逃げられません!!」

 

 

ちっこいのまで小刀を構えて俺に殺気を放ってくる。

……やっぱり、戦わずに退かせようってのはむしがよすぎたか。

 

 

「……どうやら退く気はないみたいだな」

 

「いつもならとっくに逃げてますが……信玄さまが危ないとなると逃げられません!!」

 

「…………勘助様の………………策が見破られる…………………そんな事思ってもなかった……………」

 

 

二人と対峙しながら、俺の勘が警鐘を鳴らす。

ーーこの二人を放っておくと、ヤバい!!

 

 

「馬場……………美濃守…………信房……………往く…………!!」

「高坂弾正昌信、参ります!!」

 

 

その名乗りと共に、二人……馬場と高坂が同時に俺に掛かってくる。

俺は槍で馬場の鎚をいなしてから、その勢いのまま一回転した払いで高坂の小刀を押さえた。

 

 

「馬場に高坂……まさか四天王の内の二人を同時に相手する事になるとはな」

 

「今降伏するなら………………あー………命は……………保証する………」

 

「我らはたとえ一人が倒れても戦います!!」

 

 

信玄に心酔してる、か。こりゃまた面倒だ。

朱乃が兵を纏めるのも多分まだ時間がかかる。だが、敵の数が想定よりかなり多い……!!

上杉3500対武田8000といったところだ。虎千代が下って行った八幡原では上杉有利に進むだろうが、この別動隊を防げればの話だ。

 

 

……さて、困った。意地でもコイツら別動隊を八幡原に行かせる訳にはいかなくなっちまった。

 

 

「…………はぁっ……!」

「やぁっ!」

 

「チッ……」

 

 

けど、今はコイツらを捌くのが先だ。……チッ、愛紗をこっちに残しとくべきだったか……?

 

 

そんな事を考えていた時だった。

 

突然、高坂と馬場の動きがスローモーションを見ているかのように遅くなった。二人だけではない。世界が、自分を除いて遅くなった。

……いや、俺の動きも遅くなっていた。認識はできるのに動けない。体さえ動けばこの二人を一気に圧倒できるのに………?

 

 

馬場の後ろから、俺に向かってナニカが飛んでくる。そのナニカは他のモノに比べてかなり早い動きでこっちに向かって来ていた。

高坂の小刀と馬場の鎚を同時に槍で押さえる。物凄い衝撃が俺にかかり、俺の両手が塞がれる。

そこでようやくそのナニカの正体が見えた。………矢だった。

流れ矢だろうか。その矢は他の矢とは全く違う軌道で俺に真っ直ぐ向かって来ている。

 

 

そしてその矢は、まるですり抜けるかのように馬場と高坂の間を抜け……

 

 

 

……真っ直ぐ、俺の無防備な喉元へとーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャァァァァン

 

 

御飯を姫様と食べ終え、膳を下げようとして立ち上がって、膳を姫様と二人分持った瞬間、突然私は目眩に襲われた。

ああ………この膳、一式揃えるのにもそれなりにお金がかかるのに……0点です

 

 

「万千代!?大丈夫!?」

 

 

「………ええ、大丈夫です。少し立ち眩みしただけなので……」

 

 

姫様が私を心配して寄ってきて下さったので、私はできる限りの笑顔で答える。

 

 

「……本当に?ただの立ち眩みなのよね?」

 

 

「ええ。御心配をおかけしました」

 

 

「大丈夫ならいいんだけど……無理はしちゃ駄目よ…?」

 

 

「ええ」

 

 

私がそう言うと、姫様は心配そうに私を見ながらも、渋々政務に戻って行った。今日は姫様が溜めていた政務を一気に消化する日だから……

 

 

……正直に言うなら、私は姫様に嘘を吐いた。家老としては2点の行為。

でも……これだけはとてもではないが素直に姫様には言えなかった。

 

 

「(慶次……?)」

 

 

突然、慶次が居なくなるような気がしたなんて……


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