何故遅れたか、それはDSS!
D……だいたい
S……就活の
S……せい
作者、只今大学三回生です←
「織田との盟を断ち、大恩ある朝倉と共に信奈を討つべし」
「なりませぬ、父上!」
近江、小谷城。その大広間では、久政と長政による口論が繰り広げられていた。
原因は簡単である。久政が長政可愛さに信奈を討ち、長政を天下人に押し上げようとしたからだ。織田は完全に浅井を味方と認識しており、浅井に背を晒して朝倉を攻めている。後はその背を塞ぎ、朝倉と共に攻め込めば織田は崩壊、滅亡する。それが久政の言であった。
それに対して長政はならぬの一点張りである。事情があって男装していた彼女だったが、お市……実際は信奈の弟である津田信澄……との出逢いによって幸せというものを知った。天下を取るという野望が同じ志の人が手を差し伸べてくれたおかげで夢に変わった。長政はそれを守りたかったのだ。
家臣は赤尾清綱をはじめ、阿閉貞行、雨森弥兵衛が反織田の姿勢を示し、海北綱親、遠藤直経、藤堂高虎が親織田……というよりは長政の意見に従う姿勢を見せていた。磯野員昌、京極高次らは中立の姿勢である。
しかし、状況はやや久政が有利であった。長政には以前、家督を継ぐ際に久政を竹生島に幽閉したという負い目がある。それ以来、長政は父の意見を尊重することを意識しており、どうにも逆らえなくなっていたのだ。親孝行という美徳が、今回は仇となったのである。
「ええい、仕方があるまい。しばし家督を返してもらう! 皆、長政の狂気が収まるまで竹生島に幽閉せよ!」
「父上!」
「お待ち下さいご先代!」
「問答無用!」
長政とそれに追随した綱親が反織田の家臣達に拘束される。長政は父への負い目から、また綱親は浅井への忠誠心からそれぞれ大々的な抵抗が出来ないのだ。唯一出来たことは、綱親が同じように抗議しようとした直経と高虎を目で抑えることだけであった。
万事休す。その考えが頭に浮かんだその時だった。視界に、きらびやかな着物に身を包んだ愛する人が入ったのは。
「勘十郎! ……後を、頼みます」
「っ!!」
「直経! 高虎!」
「応っ!」
「了解なの!」
長政の意を瞬時に汲み取って信澄が、綱親の一喝で直経と高虎が駆け出す。残された長政に出来ることは、ただ祈ることだけだった。
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「急げ姫さん! このままじゃ追い付かれるぞ!」
「そうは言ってもだねぇ、着物が長くて動きにくいのさ」
「アンタなんでそんな余裕綽々なの!?」
小谷城下、今浜の町を馬上の直経と信澄が駆けていく。今のところ追っ手の影はない。出丸の所で高虎が足止めしているのが功を壮しているらしい。
出丸は前田慶次に破壊された後、新しく設置したもので、城割りから普請まで高虎が一から作ったもの。つまり高虎の庭だ。本人曰く、最悪の場合は出丸を全て破棄してでも敵の侵入を防ぐからくりも作ったとのことなので、追っ手が出丸を抜けるには時間がかかるだろう。
町を抜ければ、越前へと続く街道に出る。しばらくは順調に駆けていた直経達だったが、何かを感じ取った直経が突然馬首を返した。
「遠藤くん?」
「姫さん、アンタは行け。アンタが捕まったら織田信奈は終わる。それは俺の主の望むところじゃねぇ」
直経が槍を構える。すると、街道の側道から具足に身を包んだ騎馬武者が現れた。騎馬武者は信澄を一瞥してから直経を見ると、その傷だらけの顔を歪ませた。
「遠藤直経、主君の命である。どけい」
「……すみません、員昌様。それは出来ません」
「ほう……?」
員昌から放たれる重圧が直経を襲う。その余波に晒されている信澄はぶるぶると震えてしまっているが、当の直経は全く動じず、暴れかけた馬を宥めていた。
「
「俺にとって、久政様はあくまでご先代。俺の主君は浅井長政ただ一人でありますので」
「……成る程」
直経の目を見据え、瞳が微塵も揺れていない様を見た員昌は、馬廻りの者を下がらせる。その中で員昌がゆるりと馬を進めながら自身の槍を取り、直経に向けた。
「市姫。拙者はこれより、遠藤直経に稽古を付け申す。こやつが立ち上がる間、我等は
「……ほ、本当かい?」
「我が名に懸けて」
信澄は員昌を見て、やがて直経に目を向ける。しかし、直経が信澄を見ることはなかった。女として扱われてはいたものの、そこは信澄も男である。直経の意を汲み、信澄はさっと馬を走らせる。
蹄の音が遠くなると、直経と員昌の間に流れるのは沈黙だ。員昌は悠然と、直経は真剣に、互いを見つめている。
ぶる、と馬が小さく嘶く。それを合図に、員昌と直経は槍を交わした。
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越前金ヶ崎城を攻略し、木ノ芽峠に差し掛かっていた織田軍は進軍停止を余儀なくされていた。
木ノ芽峠を越えれば朝倉家の本拠地、一乗谷である。何故そんなところで立ち往生しているのか。それは、京に残してきたはずの良晴がとんでもない知らせをもたらしたからである。
「浅井家が裏切った。長政は久政に家督を取り上げられて、久政が今こっちに向かってくる」
朝倉攻めの軍議で騒がしかった陣内は、瞬時に静まり返ってしまう。皆一様にありえないものを見たような顔をしていた。例外は事前に可能性を示唆していた松永久秀と、越前攻めと聞いた時から何かを考え込んでいた真田昌幸ーー朱乃だけである。
「良晴」
「なんですか慶次さん」
「間違いねぇんだな?」
「……ここに来る前に、信澄に会いました」
いち早く立ち直った慶次が良晴に訊ねる。経験からか、正気に返るのも早かったようだ。
良晴はズボンのポケットからあるものを取り出す。両端が結ばれた小豆袋。それが意味することは『挟み撃ち』である。
その報が確かならば、今織田軍は死地に追い込まれているということだ。しかし信奈はそれを信じたくないのか、頭を振ってぶつぶつと何事かを呟いている。慶次のいる場所からはそれは聞こえないが、経験則から迷っている暇はないと判断したらしい。
「万千代、退くぞ。一切合切切り捨ててでもだ」
「しかし、姫様が……」
「今のオチビが使い物にならないのは見りゃわかるだろ。お前がやらなきゃ駄目だ。撤退戦は速度が命、一瞬でも迷ったらやられるだけだ」
日頃の軽い様子は微塵も見せず、ただ目を真っ直ぐ見ながら話してくる慶次に気圧されたのか、万千代は小さく頷くと信奈に耳打ちする。信奈はピクリと肩を揺らすと、悔しさからか、それとも無力感からか、瞳に涙を浮かべる。
「だったら私が殿を……!」
「なりません!!」
清水寺の時と同じように、自身の身を危険に置こうとする信奈を、万千代が強く叱る。
「だったら降伏を……私が出家すれば、みんなは……!」
「姫様がお隠れになられれば、再び日ノ本は乱れまする! そうなればまた多くの人が死にます!」
万千代の言葉に、とうとう信奈は何も言えなくなってしまう。そんな信奈を、不本意であろうが、万千代は更に言葉を突きつける。
「撤退戦です。家臣の一人に殿を……死を、賜りますよう」
「…………っ!!」
ぎり、と奥歯を噛みしめて心底悔しそうな、悲しそうな表情を見せる信奈。そんな信奈に更なる苦しみを与えまいと、家臣らはこぞって殿になろうとする。が、彼らよりいち早く、良晴が大きな声を上げた。
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「……慶次」
「万千代か。……殿はやっぱ良晴か?」
「はい」
殿は相良良晴。そう軍議で決め、軍全体が撤退の準備に奔走している中、慶次と万千代は厩の前にいた。というよりは厩にいた慶次を万千代が見つけた、というべきか。
慶次は愛馬・松風に乗っており、巨大な皆朱槍と刀を身に付けている。その姿を見た万千代は全てを察し、潤んだ瞳で馬上の慶次を見上げた。
「……行くんですね」
「良晴だけじゃ頼りないしな。それに、経験者がいた方が色々と楽なはずだ」
「……貴方は、いつもそうです」
慶次が下馬すると、万千代は俯いて小さく呟く。ポタリ、と落ちた雫が地面を濡らした。
「大事なことは何も言わないで……勝手に危ないことにばかり首を突っ込んで……周りのことなんて、何も気にせず、自分勝手に……!!」
「…………」
「零点以下です!! もっと周りを見てください! もっと皆を頼ってください! お願いだから……行かないでください……!」
きっと、万千代の本心だろう。絞り出すような声が、耐えるように握りしめ、一筋の血を流した拳が、全て感情を抑えられていないことを示していた。
当然ながら、これは武将としては全くの落第である。殿を増やすということはすなわち大将の安全につながるのだから。しかし、一人の人間としては決して間違った判断ではない。殿を務めればその先にあるのは死だ。まれに生還する場合もあるが、本当にまれなことなのだ。戦に絶対はない。万千代の父が戦で戦死したように、死ぬ確立の方が高いのだ。
とうとうその場に座り込んで、しゃくり上げながら泣いてしまう。情けないとは思いつつ、自分では抑えられないのだ。
慶次は泣きじゃくる万千代を見て、小さく目を泳がせた後、側によって彼女の髪をあやすように二度、撫でる。そしてそっと手を離すと、振り返ることなくその場を後にする。その後ろを、静かに松風が追随していった。
「馬鹿……! 馬鹿……!!」
残された万千代にできることは、ただただ涙を流すことだけだった。
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「良かったのか?」
「……忠勝か」
良晴のいる陣の外で、同じように騎乗している忠勝が慶次に尋ねる。どうやら先ほどの万千代とのやり取りを見ていたようだ。気恥ずかしいのか、慶次は髪をガシガシと掻く。
「ただ待つ、ということは思いの外苦痛らしい。その間に自分は何もできないからだそうだ」
「経験談か?」
「いや、従妹の受け売りだ」
「そうかい」
「二度目だが、何も言わなくて良かったのか?」
「あいにく口下手なもんでな。何言ってもどうしようもねぇだろ。特にこんな状況じゃあな」
「違いない」
そう言うと、忠勝は薄く笑う。
ここにいる、ということは目的は慶次と同じだろう。物好きめ、と自分を差し置いてそう考える慶次だが、良晴が出てきたことで意識を切り替えた。
「あれ? 慶次さんに……」
「忠勝だ。本多平八郎忠勝。今回は半蔵と共にお前の護衛を務める」
「ああ、よろしく……って本多忠勝ぅ!?」
「あ、今回俺も殿やるから」
「やべぇなこの面子……無双戦国とかならまず勝てねーやつだよ……」
そんな風に、とても死地に向かう雰囲気ではないが、慶次達はゆっくりと木ノ芽峠の先を見据える。今はまだ見えないが、朝倉軍全軍が向かってきているのは間違いない。意識を切り替えた慶次や忠勝、半蔵からは既に闘気とも言える重圧が滲み出ていた。
「さて……」
「行くぞ!」
相良良晴と、尾張兵決死隊五百人。
本多忠勝、服部半蔵を含む松平勢百人。
前田慶次と、その直属兵及び真田衆百人。
そして竹中半兵衛の式神・前鬼。
正史とは異なる金ヶ崎の退き口が、幕を開ける。