いや、最新刊で色々出てきましたね。宇佐美やら直江(父)やら。後は川中島が思ったよりずれてなくて安心です。
しかし……さらば、紀之介←
「…………」
「これはまた、中々に不機嫌ですわね」
「なんでも明智殿が勝負事に銭を持ち出したらしいです。慶次様は基本的に曲がったことは嫌われますから……」
所は変わって、京。帰って来るなりどっかとふて寝していた慶次を尻目に見ながら、朱乃と愛紗は縁側でお茶をすすっていた。流石は京の都と言うべきか、茶葉も良質なものが揃っており、真田姉妹をはじめ、丹羽家中京滞在組の面々にはたいそう受けがよい。
「まぁそれもあるんだがな……」
「慶次様」
「悪い愛紗、俺にも一杯淹れてくれるか?」
「はい」
そんな風にほっと一息吐いていた姉妹の後ろから、慶次がのっそりと顔を出す。そして慶次の要望を聞いた愛紗が湯飲みを用意するべく厨房へと立ち上がる。その空いた所に慶次はゆっくりと腰を下ろした。
「重なりますか? 尼子や上杉に」
「……隠せねぇな、お前には」
「長い間お側におりますから」
複雑そうな表情を作る慶次に、朱乃は柔らかく微笑む。
織田に落ち着くまで、慶次と真田姉妹は諸国を巡っていた。そこでは、今回の光秀の手段のようなやり方が当たり前だったのだ。他者を蹴落とし、利潤を貪る。そのせいで主家が傾けば早々に見限って次の家で同じようにのしあがる。古い権勢をふるい、弱者から貪り尽くすその所業を、慶次達は何度も見てきた。
当然ながら、そうでもない家もいくつかはある。例えば備中毛利は、百万一心を掲げて家中の和を大切にし、一族の仲も良好である。例えば甲斐武田は、当主信玄を頂点とした体制が完成しており、不和という不和が見つからない。次代がどうなるかはわからないが、少なくとも現状は最も安定している家だと言えるだろう。
一方で越後上杉。こちらは一見上杉謙信の下で纏まっているかのように見えるが、その実謀叛が後を立たないのだ。全てを謙信が許してしまうために越後内では数少ない
そして奥州。この国々は『相手を完全に滅ぼしてはならない』という不文律が存在するため、享楽のように兵を挙げる大名が複数存在するのだ。
最後に、尼子。こちらは悲惨であった。かつて大勢力を築いた尼子も、代替わりして内部に不安が生じてしまった。そこを毛利に突かれ、尼子は領地を失い没落した。その主な原因は内部の不和による裏切りが相次いだことであった。
慶次が気にしたのはそこなのだ。確かに、光秀が津田宗久と共謀して票を買収したことは気に入らなかったのだが、それ以上に旧態のやり方を使う光秀が織田の不和を招くことを危惧したのである。
元が異様に結束の硬い織田家だ。そこに外様の武将を入れて大丈夫なのか。果たして馴染むことができるのか、織田家のやり方を受け入れることができるのか、ということを気にしていたのだった。……その考えも保守的であることに気付かずに。
まぁその心配も良晴と信奈が京都で光秀を救出することである程度は解消できていたのだが、慶次達は万千代に付いて美濃へいたためにまだ知らなかったりする。
「急いては事を仕損じる、と申します。年長者の務めとして見守ることも肝要かと」
「そうだな……いや、そんなに年気にしてんなら別にそう言わなくとも……」
「何か言われました……?」
「ナンデモナイデス」
朱乃の握っている湯飲みからは、小さくキシキシという焼き物から出てはいけない音が出ていた。
それに顔を青くする慶次。そしてたまたまそのタイミングで愛紗が帰って来た。
『……何があったのですか?』
『説教、年齢、自滅』
『把握しました』
ここまで一瞬のアイコンタクトである。長い付き合いのため、朱乃の地雷は流石の慶次もしっかり把握しているのだ。
『こりゃあ戻るまで一刻はかかるか?』
『最近もうちょっと引き摺るかもです』
慶次と愛紗は同時に深い溜め息を吐く。そして慶次が愛紗の持って来た茶を一気に煽ると、小さく言う。
「……準備、するか」
「はい」
織田軍、若狭攻めである。
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若狭国。山陰地方と越州を繋ぐ、海運における要所である。しかし、そう広くない面積の国のため、各所との同盟によって支配力を保っている状態である。
国主は若狭武田家と呼ばれる一族である。甲斐武田と祖を同じとする一族ではあるが、その影響力にはかなりの差があった。
……と、長々と説明したのだが、結局何が言いたかったのかと言うと
「真田幸村! 本丸一番乗りぃぃぃぃ!」
「敵将、この勝家が捕らえたぞ!」
めちゃくちゃ速攻で落ちました、はい。
後瀬山城くらいしか大きな城はなかったものの、三日と持たずの落城である。正直呆気なさの方が凄まじい。
三万の兵を導入し、動かせる将を全て動かし、松平にまで援軍を求めた結果がこれである。いや、味方の被害が少ないにこしたことはないんだがなぁ。
「私の出番はまだなのだろうか……?」
「いや、聞いてわかれよ。もう終わりだ、終わり」
「なんと!?」
そして俺と忠勝、そして万千代の丹羽別動隊は働かずにお役御免である。忠勝が非常に不満そうだが、それは仕方ない。
「お味方快勝、満点です。慶次、急いで姫様に合流しますよ」
「はいよ。オラ、行くぞ脳筋娘」
「誰が脳筋だ! 」
「お前だよ阿呆」
「阿呆に阿呆と言われたくないぞ!?」
「馬鹿野郎……野郎じゃないか。お前どこの馬鹿が戦に鎧も着ないで来るんだよ。何ででかい数珠だけ? 死にたいのか?」
「お前だって着流しに陣羽織みたいな着物だけじゃないか! 人の事を言えた義理か!」
「何だと!」
「何を!」
「喝ーーーーッ!!」
俺と忠勝の見苦しい争いに、万千代が割り込む。話が進まないのにいい加減怒ったらしい。触らぬ神に祟りなし、取り敢えず大人しく……
「慶次! 貴方は年上でしょう! 年下と一緒になって騒いでどうするんですか? 零点!」
「迷わず矛先向けて来やがった!?」
出来なかった。何の躊躇もなしに俺だけを責めに来やがったよコイツ。
「当たり前でしょう! 貴方はいつもいつも年下と同じように騒いで! 少しは年長者としての振る舞いをですね……」
「あーあー聞こえなーい。万千代の説教なんて聞こえなーい」
「ちゃんと聞きなさい! あ、こら! くくり紐を返しなさい!」
このままでは万千代の説教が終わりそうにないので、詰め寄ってきた万千代のリボンを苦し紛れにほどく。どういうわけかあげてから毎日付けてはいるので、それなりには気に入っているのだろう。
いい大人がいい年して何やってんだという光景ではあるが、そこは勘弁してもらいたい。
そんな感じで兵たちの呆れの視線を受けながら割ときつめの争いを繰り広げていると、不意に忠勝が静かなことに気付く。俺が忠勝の方を見ると、万千代もそれに気付いたのか忠勝に目を向ける。当の忠勝は、じっと俺達を見つめていた。
「えっと……忠勝?」
「どうしたのですか……?」
「ふむ、いや、二人は夫婦なのだろうか?」
忠勝の言葉に万千代の顔が真っ赤に紅潮する。加えて周りの兵たちが一斉に静かになった。どうやら皆が皆耳を澄ませているらしい。
経験上こうなった万千代は使えないため、大きな溜め息を吐いて堂々と言い放ってやった。
「ねーよ」
「ふん!」
次の瞬間、脇腹に鋭い痛みが。
「行きますよ、本多殿」
「あ、ああ」
脇腹を抑えながら見上げれば、凄まじい怒りのオーラを纏った万千代様がいらっしゃったのだった。
俺が……一体……何をした……!
「それで、実際の所はどうなんだ?」
「……あの言い方だと私に女としての魅力が無いように聞こえただけです。零点」
「答えになっていないように聞こえるんだが……」
「…………二十点」
忠勝の邪気の無い問いかけ故に、万千代は無下に扱うことが出来ず、ただ扇子で顔を隠すことしか出来なかった。