織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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地獄の底から帰って来たぜ……!

どうもお久しぶりです。先日とうとうエタ認定された黒でございます。
だがしかし!! エタらぬ!! エタらぬよ!!

……はい、ごめんなさい。想像の三倍通年の課題が鬼畜だったんです……。
冬休みに入れば以前のような更新ペースに戻せるかと思います。

こんな駄作を待っていてくれた方々、本当にありがとうございます。
……さて、レポートとフリーペーパーと小説の課題を……←


説教~堺~

「何を一人で盛り上がってるのよ! このバカ! きんかん!」

 

盛大に感情を爆発させた信奈が、今井宗及の屋敷を大股で出ていく。それを光秀はあぜんとした表情で見送る。まるで信じられない、と言った顔は今まで彼女が生きてきた環境の厳しさを顕しているのだろうか、だが今は、今だけはそれが過ちであったと知ったのだろう。

 

事の始まりは信奈の思いつきであった。

やる気を出させるために、『負けた方は岐阜城の厨房係に降格』といういつもの冗談半分の無茶を言い出したのだ。これが良晴をはじめ、信奈の性格を知っている面々であればいつものようになぁなぁで済ませてしまう話だったのだが、新参でひどく真面目な光秀はそれを真に受けてしまったのだ。

執拗に良晴の降格、約束の履行を迫ってしまったため、渋る信奈の心の内を推し測った良晴が自分から岐阜へと向かってしまい、先の信奈の台詞に繋がったのだった。

 

「……不粋だな」

 

「前田殿……」

 

かつて上杉や伊達、毛利、尼子と諸国巡りをしていた慶次に揺れる瞳を向けるも、珍しく固い表情の慶次は一言こぼして信奈と同じように部屋を出てしまう。いよいよ光秀は顔を伏せてしまい、部屋には重苦しい空気が流れる。

そんな中、一人残った万千代は宗及に目を向ける。それを受けた宗及も委細承知とばかりにひらひらと手を振って静かに席を外した。

 

「……下手を打ちましたね」

 

「……申し訳、ありませんでした」

 

「私に謝ってもらっても困ります。他に謝らなければならない方々がいらっしゃるでしょう」

 

万千代は近くに置いてあった茶道具を手に取り、茶を点てる。光秀の分と、自分の分。二つを用意した後に、静かに自分の分をすする。鹿威しの立てる音が小さく響いた。

 

「……わかりません」

 

「…………」

 

「今まで道三様、朝倉、足利と仕えてきましたが、他者は蹴落とす者でした。他者を蹴落とし、自分を高め、より位を高くする。それが当たり前と……」

 

ゆっくりと光秀は内心を吐露していく。今までのやり方が当たり前で、常識で。そうしてのしあがってきたからこそ、変わらなかった考え。それを実践しただけなのに、受け入れられず何もかもを無くしてしまったような感覚。

間違ったことはしていない。していないはずなのに。そういった思いが心を巡り、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されてしまう。

 

万千代は茶器から唇を離し、ほうと一つ溜め息をこぼした。

 

「十人十色、という言葉があります」

 

「……?」

 

「それは家も同じでしょう。三好や朝倉のように仲違いを繰り返し、内部で争いを続ける家もあります。武田や上杉のように、内部の争いを経て纏まった家もまたあります。そして、真田のように家族が異なる道を選び、歩んでいる道もあります。

それと同じように。織田は……姫様は、家臣を家族のように思ってらっしゃるのですよ」

 

「……家族、ですか」

 

万千代の言葉を反芻する光秀に、万千代は小さく頷く。

 

「わかりません。家族は、家族です。光秀の家族は母上だけです」

 

光秀は幼い頃に父を亡くした。家は没落し、残ったのは母一人だった。それでも、母は光秀に書物を、武芸をと十分な環境を用意し、光秀もそれに応えてきた。だからこそ、光秀は家の再興と親孝行をするために一生懸命で、必死なのである。

早く出世を、母に恩返しをと焦るあまり、今回の軽挙に走ってしまったのだろうということは万千代にも理解出来ていた。

 

「先も言いましたが、それこそ十人十色です。貴女が貴女の考えを持っていることは満点です。ですが、自分の物差しでしか他人を測れなくなるのは零点なのですよ」

 

「…………」

 

優しく、慈しむように微笑む万千代。それを見た光秀は思わず視界を歪ませてしまう。

 

「姫様は、家臣を家族と考えられました。そして恐らくですが、相良殿は家臣を守るべきものだと考えています。柴田殿は共に駆けるものと思われているでしょうし、慶次なんかは……わかりませんね。あのバカは。

まぁ、それと同じように貴女には貴女の価値観があるだけなのですよ。ただ、織田は家臣を家族、仲間と考える家なので、それに応じていけばよいだけなのです」

 

それを聞いた光秀は、一瞬ハッとしたような表情になるものの、すぐにまた顔を伏せてしまう。恐らく、理解はしたが理由を知らないために今一つ自身の中で踏ん切りがつかないのだろう。今まで剣を取ってきた者にいきなり槍を使えと言っているようなものだ。ある意味仕方ないのかもしれない。

しかし、このわだかまりはいつまでも残していい類のものではない。そう判断した万千代は、しばらく考え込むと、やがて意を決したのか口を開いた。

 

「……姫様は、ご家族に恵まれておりません」

 

「……え?」

 

ぽつりと、呟くように紡がれた万千代の言葉に、光秀は今度こそ言葉を失ってしまう。

 

「父君……先代様は早くに亡くなられ、弟君の信澄様はかつては謀叛の常習犯でした。そして、母君、土田御前様は姫様を好ましく思っておられません」

 

「そんな……」

 

光秀にとって母親とは、家族とは助け合い、守らなければならないものの象徴だ。下剋上の世であっても変わらないと信じられる絆だ。

親兄弟で殺しあう世の中でも、明智母子は決して切れることのない絆を育んでいた。

……だからこそ、考えてしまう。『もし自分が母に疎まれていたならば』と。自分はその時正気でいられるだろうか。いや、いられまい。光秀も経験しているからわかるのだ。孤独は、孤立は。多感な者には耐えられるものではないのだ。

 

「わ、わたしは……。わた、し、は、な、なんて、ことを……!!」

 

ポロポロと、感情の爆発に耐えられなかったのか、光秀は涙を流す。それは混じり気のない後悔であり、隠しきれない悲しみであった。

その様子を見て、万千代は少しだけ顔を悲しそうに歪める。光秀に涙を流させたのは他でもない万千代なのだ。

 

しばらくそのままでいたが、やがて泣き止んだ光秀がゆっくりと立ち上がる。言わなくてもわかる。光秀は信奈の命令通り京の護りに戻るのだろう。だからこそ、万千代はその背に言葉を掛ける。

 

「光秀殿」

 

「……」

 

「誰であっても間違いは犯してしまいます。大事なことはそれをどう正すかですよ」

 

「……っ、はい……!!」

 

光秀を見送り、万千代は再び茶を啜る。

 

 

――ねぇ、万千代。

――なんで、私だけ嫌われるの? なんで、私が好きになった人はいなくなっちゃうの?

――父様も、爺も、慶次も……みんな、遠くに行っちゃった。

 

――私はただ、みんなと一緒にいたいだけなのに……!!

――万千代はどこにも行かないよね!? ずっと一緒にいてくれるわよね!?

 

 

「……『皆の姉 』というのも、難しいものですね」

 

万千代の小さな呟きは、鹿威しの音にかき消された。


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