なのに中継ぎ回というね……
エタりはしません。できる限り←
『第一回! チキチキ、たこ焼き対決ぅぅぅぅぅぅ!!』
わぁぁ、と堺の町に人々の歓声が響き渡る。その中心では、吉こと信奈が紙で作った拡声器を使って集まった民衆へとその声を届けている。元来のお祭り好きの性もあってか、当然のように会場となっている広場は凄まじいテンションで燃え上がっていた。
『実況は私、尾張のういろう問屋の娘、吉がつとめてあげるわ! それと解説はこの二人!』
『お料理も、ちょっと工夫で、この美味さ。今井宗及でおま』
『面白き、ことの無き世を、面白く。どもども! 前田の慶次さんが帰ってきましたよーっと』
どこかで聞いたような俳句を披露しながら、慶次と今井宗及が紹介される。その奥で良晴が「違うから! それ慶次さんのじゃないから! もっと後の時代の人のヤツだからーっ!」と、かなりヒートアップしているが、慶次は歯牙にもかけずにしれっと審査員席に腰掛けている。相変わらず無駄な胆力の持ち主であった。
『後、審査員は堺会合衆! たこ焼きの余ったのはここにいる慶松ちゃんに寄付されるわ!』
「……たべる」
ふんすっ、と小さな両手を握りしめて気合いを入れる慶松を見て、そこにいる全員が何だかほんわかした気分になっている。いや、約一世帯を除いて、と言うべきか。慶次と、信奈の後ろに控えている万千代は少々顔をひきつらせていた。
「(慶松が……)」
「(やる気を出してしまいましたね……)」
「「(……ヤバい。どれくらいヤバいかと言うと本当にヤバい)」」
つまりはそういうことである。果たして材料の在庫はもつのだろうか。
『お題はたこ焼き! 制限時間は半刻! ついでに堺の新代表まで決まっちゃう天下の大勝負よ! はじめ!』
てきぱきとした信奈の進行で勝負が開始される。良晴、五右衛門、半兵衛組対光秀、犬千代組の勝負だが、余熱をきっちりして、犬千代をこき使いながらちゃっちゃと最高級のたこ焼きを作っていく光秀組に対し、良晴組は初っぱなからつまづいて屋台を爆破してしまっていた。
『おっとぉ、サル組でまさかの内紛かぁ!? 屋台がボロボロになってしまった! 解説の慶次、どう思う?』
「いや、バカだろ。なんで火起こすのに炸裂玉使うかな……。せめて花火にしとけ。一勺玉ならギリギリ屋台も無事だっただろ」
『あんたには普通に火をつけるって発想はないの? 』
「慶次……0点です」
「解せぬ」
その手があったか! と感心している五右衛門をよそに、良晴組は慌てて油を撒くことで火力の弱さをごまかそうとする。
そんな感じで良晴組がゴタゴタしている間に、光秀組は着々とたこ焼きの製作を進めていた。小麦粉は讃岐産の最高級品。さらに明石のタコ。果てには油や昆布と鰹の合わせだし、卵に至っては生産者の顔が見える現代でも重宝される代物である。おまけに信奈に配慮して南蛮渡来の天かすまで使っている。一部の隙もない至高のたこ焼きだった。
「なんちゅう香ばしい香りや……」
「やりよった……これはやりよったで……!」
「買うた! 明智屋の至高たこ焼き、買うた!」
そんな凄まじいたこ焼きの登場に、会合衆の面々のテンションもうなぎ登り。早くも光秀組の勝ちが見えた……ような気がした。
『明智屋のたこ焼き、早くも大好評の様子! これは勝負が決まったか!?』
『んー……確かに美味そうだけどなぁ』
『どうしたの慶次? 何か不満でもある?』
信奈が、複雑そうな顔をしていた慶次に話をふると、慶次は不満ってのじゃあないんだがな、と頭をがしがしと掻く。そして信奈から拡声器のようなものを掠めとる。
「あっ、こら慶次! それ私のよ!」
『おーい、みっちゃんよぉ』
みっちゃん!? と何か衝撃を受けたような顔で慶次の方に目を向ける光秀。それでも話には耳をそばだてている辺りは流石である。
そんな光秀に向けて、慶次はぴょんぴょんと跳ねながら何とか拡声器のようなもの……もう面倒だからメガホンでいいや、を取り戻そうとする信奈を抑えながら声を張った。
『それ、予算考えてるかー?』
空気が凍った。いや、確かにそれはその通りだが、祭りのような雰囲気に流されてみんながみんなそのことを忘れていたのだ。
材料費はもちろん、燃料代やら輸送費やらを含めると、確実に一貫はかかっている。当然、それにつられて値段も高くせざるを得ないはずだ。確かに美味いだろうが、売れるか、儲けられるかと聞かれればそれはまた別の話である。
『いや、確かに材料的にも技術的にも完璧に近いさ。けど、それが売り物である以上金は取らなきゃならねぇ。お前はそれをいくらで売るつもりだ?』
「え、えっとぉ……そ、それはですね……」
慶次の言葉に冷や汗をダラダラと流す光秀。光秀の心中を代弁するなら、ヤバい、どうしよう……、と言ったところだろうか。何にせよ、そんなことは全く考えていなかった。
『それは?』
「あ、あう……ご」
『ご?』
「ごめんなさいですぅ~!!」
哀れ光秀。うわーん、と声を上げて泣き出してしまった。それでもたこ焼きは焦がすことなく綺麗に焼き上げているあたりは執念としか言えまい。
『あー、泣いちまったか……』
「いや、あんたが悪いわよ。今のはね。十兵衛が変に生真面目なの知ってて言ったでしょ」
『はっはっは』
「慶次、ごまかし方が下手過ぎます。10点」
そんな感じで実況席と光秀組がゴタゴタしている間に良晴組も立て直し、光秀の至高たこ焼きに対して揚げたこ焼きととっておきの自家製マヨネーズを解禁する。信奈の実況と両組の対決が佳境に入ってきた時、慶次の袖に小さな重みがかかった。
「……ととさま、かかさま」
「ん?」
「どうかしましたか?」
同時に返事をしたため、慶次と万千代が一瞬顔を見合わせる。万千代は慶次の半歩後ろに立っていたため、どうやら慶松が同時に引っ張ったらしい。
慶松は少し言いづらそうにもじもじと身をよじった後、すまなそうに小さな声を更に小さくさせて言った。
「……おなかすいた」
『テメーら急げ!! 審査員が食う前に慶松にたこ焼き喰い尽くされるぞ!!』
慶松の「おなかすいた」は洒落にならない。何せ以前同じことを言った際には丹羽家一同万千代から女中まで夕飯抜きに追い込まれたほどだ。
その言葉に、慶松の食の凄まじさを知る良晴はピッチを上げるものの、それを知らない光秀は少し目を赤くしながらも何をバカなと取り合わない。
このままでは審査員が慶松一人になる。贔屓を疑われないためにはそれは不味い。そう慶次が考えた時、慶次に前掛けが放り投げられた。
視線を後ろに向ければ、慶次の持っているものと同じ前掛けを身に付け、髪を後ろでまとめた万千代の姿があった。
「万千代」
「やるしかありません。慶松のせいで姫様に迷惑をかける訳にはいきませんし、何より慶松に不憫な思いをさせるわけにはいきませんから。やる気は80点です」
「そうだな。やるか!」
そう答えて、慶次が実況席の下から出したのは良晴達と同じような『丹羽屋』とかかれた旗。それを万千代がどこからか引いてきた屋台にセットし、火を起こし始める。丹羽屋、参戦である。
『何と! ここで第三勢力丹羽屋の登場だー! しかし材料もないこの二人は一体どうするのか!?』
「材料は!?」
「光秀殿に分けて頂いた玉子にタコ、鰹節。そしてサル殿からは小麦粉を頂きました。水は姫様が用意して下さります」
「んー、なら玉子焼きかねぇ」
「あの、慶次。お題はたこ焼きですよ? 卵焼きを作ってどうするのですか」
「ん? ああ、違う違う。まぁ見てろ」
そう言い、手際よく卵と小麦粉を混ぜ合わせて型に流す。その間に万千代に鰹節で出汁を用意してもらい、自身は次々とタコを入れたものをひっくり返さずに焼く。
そして、暫く待つと鉄板をそのまま屋台の盤の上に叩きつける。そこには柔らかいものの、しっかりと型付けられたたこ焼きのような何かが鎮座していた。
「ほらできた。慶松、出汁に浸して箸で食いな」
「……うん。いただきます」
玉子焼き。明石焼きと言った方がわかりやすいかもしれない。これは正史ならば江戸時代後半ごろに登場する食べ物だが、むしろたこ焼きが既にある世界だ。あまり気にしてはいけない。
とにかく、慶次と万千代の奮闘により、なんとか勝負の体裁は保たれたのだった。
そしてその勝負。良晴は揚げたこ焼きにマヨネーズという未来のチートを駆使した高評価を手にした。それに焦った光秀はたこ焼きに味噌を塗るという暴挙を起こし、勝負の前の下馬評を完全にひっくり返したような状況になる。
そして、会合衆の投票の結果はと言うと……
勝ったのは、光秀だった。