「……なるほど。サルがそこのシスターをやらしい目で見て、梵がそれをからかったらサルが梵をお仕置きした、と」
「やらしいって言い方やめてもらえません!?」
教会の中で、一連の出来事の事情を聞いた慶次がそう結論付けると、良晴はすごい勢いでそれを否定しにかかる。どうやら沙汰が気に入らなかったようだ。
「事実じゃねぇか」
「そんなこと言われても男なら仕方ないことじゃないッスか! 慶次さんだって気になるでしょ!?」
「いや、そりゃ朱……昌幸よりデケェんじゃねーかなー、とか思ったけどよー。そんだけだな」
「忘れてた……この人
良晴が崩れ落ちて涙を流すさまを見て、金髪碧眼の魔乳シスター……ルイス・フロイスは苦笑いを浮かべ、梵天丸はいい気味なのだ、とニヤニヤしていた。慶松は変わらず慶次の足にしがみついている。どうやら人見知りが発動してしまっているようだ。
「……にしても梵。お前本当に久しぶりだな。まさか出不精なお前が堺にまで来てるとは思わなかったが……。なんだ? 小十郎に愛想尽かされたか?」
良晴をノックアウトした慶次は、今度は矛先を梵天丸に向けたらしい。早速からかいの言葉を梵天丸にかけていた。
その間にフロイスは良晴を慰めにかかっている。本当によくできた娘だ。
「ククク、我の眷族たる小十郎が我に愛想を尽かすなどあるはずがなかろう。我は『黙示録のびぃすと』。我に関わったが最後、恐怖によって我を裏切るなど出来なくなっているにょだ!」
「案の定絶好調だなお前……。よしよし、分かりにくいからその設定しばらく封印しとこうなー?」
「むぅ……わ、我を撫でるな! 我が気を抜くと『びぃすと』が暴れて……くっ、鎮まるのだ! 『666の獣』よ!」
梵と旧知の仲である慶次はもちろん梵天丸が早すぎる中二病真っ盛りであることを知っている。なので馴れた手つきで梵天丸をあやしていく。
だが、それを良しとしないようで、慶松はそんな慶次の足を少し強く握っていた。
「ん? どうした慶松?」
「…………」
不機嫌になってしまった慶松の頭を撫でる慶次だが、慶松は変わらずぶすっとした表情のままだ。
普通ならば困るところなのだが、今でも滅多に自分を出さない慶松が出した我であるので、慶次は苦笑いしかできない。
「む? なんだそのようじょは。前田の娘か?」
それを目ざとく見つけた梵天丸はいかにも興味津々ですという様子で慶松のことを聞く。そのことに対して慶松がより一層不機嫌になるが、それに二人とも気付いていない。
「ああ、そうだ」
「ふむ……ククク、ようやく真田の姉と契りを交わしたか。よいぞ、この『黙示録のびぃすと』たる我が貴様たちに呪いを与えてやろう! えろいむえっさいむ! えろいむえっさいむ!」
「呪ってどうすんだよ……。というより慶松は昌幸の娘じゃねぇぞ?」
「なぬ!?」
慶次の言葉に相当驚いたのか、梵天丸はオーバーに後ずさる。
「ほら、慶松」
「…………」
慶次は自分の後ろに隠れたままの慶松を前に出そうとするが、いつにも増して慶次の足に強くしがみついている。
それでも、慶松をあの四人以外と触れ合わせるいい機会なのだ。慶次は片腕で抱き上げるようにして慶松を前に出した。が、あっという間に慶松はまた慶次の後ろに隠れてしまう。
「オイオイ、どうしたんだ慶松?」
「ククク、仕方ないにょだ。我の溢れ出るぷれっしゃーに畏れおののくのは当然のこと。何も恥じることなどないにょだ! フハハハハハ!」
「…………がるるるる」
「いや、畏れるどころか闘志溢れてんだが……」
「にゃにぃ!?」
非常に珍しいことだが、慶松は梵天丸に向けて犬歯をむき出しにして唸っていた。あの慶松が、だ。最早雪が降るなどを通り越して吹雪が来てもおかしくないような出来事である。
「……ととさま、よしまつの……!」
「(ああ、そういうことか)」
そう、理由は簡単なことだった。慶松は慶次と仲良く話している、自分とそう変わらない歳の梵天丸に嫉妬していたのだ。まぁ言ってみれば幼い子供によく見られる『お父さん、お母さんは自分のだ』という自己主張である。兄弟姉妹がいる家庭では経験のある人もいるであろうアレだ。
早い話、慶松は梵天丸に慶次を取られてしまうのではないかと危惧していたのである。
だが、それを見抜けないほど梵天丸は鈍感ではない。加えて、彼女は天性のいじめっ子気質の持ち主だ。そんな梵天丸がこんなおいしい状況を見逃すはずもない。
「ククク、今更我に危機感を覚えても遅いにょだ! 後少しすれば前田は我の忠実な僕となるであろう!」
「…………うー」
「フハハハハハ! 悔しければ我を倒し……にょわぁっ!?」
「……がぶがぶ」
「い、痛い! 痛いぞ!? 離せ離すにょだ! うわぁぁぁぁんごじゅう゛ろ゛ぉー!!」
途中から完全に子供同士のケンカになっていたが、まぁそれはいい。
それを見ていた慶次は、慶松が自分を前に出すようになったことを嬉しく思いながらきっちりと二人にげんこつを落とすのだった。ケンカは両成敗なのだ。
ーーーーーーーー
「……ととさま、どこにもいかない?」
「行かねぇよ。だからそろそろ機嫌直せって。万千代に怒られるぞ? 俺が」
「…………ん。じゃあ、ゆるしてあげる」
どうにかこうにか、慶松の機嫌を慶次が直したのは、梵天丸がご機嫌で教会を飛び出して行って少し経った時だった。
梵天丸が『邪気眼竜政宗』と連呼しながら出ていったのが少し気になるが、まぁそれは気にしないことにする。慶次にとってはそれより慶松の機嫌の方が大事だったのだ。なにせ慶松の機嫌と万千代との会話次第ではまた慶次に三食バナナの生活が訪れるかもしれないのだから……。
「お疲れさまッス、慶次さん」
「慶松が自己主張出切るようになったのは嬉しいんだがな……」
良晴の労いに苦笑いで答える慶次。何時の世も子育ては大変なのであろう。
そして、騒動に一段落が着いた時だった。
「邪魔するでー」
「この建物は取り壊しや」
「異人のパードレはんにはこの町から出てってもらうでー」
突如教会の扉が乱暴に開かれ、見るからにゴロツキといった風貌の者や虚無僧が次々と入ってくる。
「な、なんだお前らは!?」
「あかんであかんでー、はよ逃げんなあんたらは瓦礫の下やでー」
有無を言わさず建物を壊そうとするゴロツキ達。……彼らには、運が悪かったとしか掛ける言葉は見つからないだろう。
「オイ、お前ら」
『あん?』
「とっとと出ていけ……慶松が怖がってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その後、教会内にゴロツキ達(+途中に入ってきた光秀)の悲鳴がこだました。