「堺だー!」
「……? さかいー」
「恥ずかしいからやめなさい慶次。慶松も真似をしてはいけませんよ」
堺の門を潜るやいなや右手を天に突き出して騒ぐ慶次と、よくわからずにそれを真似する慶松。万千代はそれを見て溜め息を吐きながら注意するが、慶次は全く気にした様子もなくカラカラと笑っている。
自由貿易都市・堺。日ノ本有数の商業地であり、西国の商人達にとっては畿内への窓口である。この都市はその銭の力によって大名や朝廷の支配を拒んでおり、会合衆という商人の代表達による合議制で政を行っている。つまりは一種の独立都市と化しているのだ。そのお陰だろうか、堺の町は常に喧騒が絶えず、この時代には珍しいほどに賑やかな印象を受けるのだった。
「やー、懐かしいなー」
「そう言えば、貴方はここにも来ていたんでしたね」
「……ととさま、きたの?」
「おー来たぞー。……諸事情であんまり観光は出来なかったけどな」
可愛らしく小首を傾げる慶松を撫でながら、気だるげに答える慶次。諸事情が何かは推して知るべし。……まぁ、船的な事情とだけ言っておこう。
そして今更だが、慶次達は今馬上である。しかも松風はこの上なく大きいのでものすごく目立っているのだが、慶次はそれを一切気にしない。人が苦手なために縮こまっている慶松や「またか」と言わんばかりに呆れている松風はいい迷惑だが。
それでも慶松を気遣ってあまり揺らさないように歩いている松風は本当にできた馬である。
「……んで、万千代。納屋ってのはまだか?」
「後一里くらい先ですね。数年ぶりなので店舗の位置が変わっていれば別ですが……」
「……つかれた」
「そうだな、じゃあさっさと行こうぜ。松風!」
「ブルル!」
「あっ、ちょっと待ちなさい! 慶次!」
万千代の制止の声をよそに、慶次は異常なレベルの馬さばきで堺の町を駆けるのだった。
ーーーーーーーー
「だから貴方は前からふざけすぎるなとあれほどーー」
「ゴメンナサイ。マジデゴメンナサイ」
納屋に着き、馬を厩に預けて納屋の主人である今井宗久と納屋に滞在している信奈に到着を伝えると、万千代は即座に慶次に説教を開始していた。
その説教の厳しさは相当なものだろう。キツさ加減は慶次がカタコトになっていることから察していただきたい。
慶次は後ろで爆笑している信奈を睨みながらただただ耐えるしか出来なかった。
「ーーです! わかりましたか!?」
「ハイ。ゴメンナサイデシタ」
「あはははははは!! はー……終わった?」
「オチビ、ちょっとお前表でろ。久々に稽古つけてやる」
「嫌よ。あんた容赦ないじゃない」
目尻に涙を溜めながらそう言う信奈に流石に堪忍袋の緒が切れたのか、額に青筋を浮かべた慶次が槍を持つ。だが、信奈はあっさりと慶次の誘いを断るのだった。
「ふぅ……さて、次は姫様です」
「ふぁっ!?」
万千代の宣言にこの世の終わりと言わんばかりの顔を向ける信奈。
「当たり前です! 供を戦えない者しか連れずに出掛ける主君がいてたまりますか! いいえたまりません!!」
「ち、ちょっと待って! これはお金をどうにかするため……慶次! 何とかし……ってもういない!? 逃げるの早すぎない!?」
信奈が目を向けた時には慶次はもうそこには居ない。ついでに隅っこで暇そうにしていた慶松まで居ない。相変わらず神がかった説教回避能力である。
「さぁ、姫様。ここに正座です」
「ち、ちょっと待って!」
「問答無用!」
その後、納屋に閻魔大王の説教の声が響き渡った。
ーーーーーーーー
「ふぅ……ひどい目にあったな……」
「……おこったかかさま、こわい」
納屋から逃げ出した慶次は、慶松をおんぶしながら堺の町を散歩していた。
慶次としても、長ったらしい上に全く聞く気のない説教を聞くのは苦痛でしかないのだ。いや、大半の者がそうだろうが、出雲の七難八苦ドM娘みたいな人ももしかするといるかもしれない。
とにかく、今は散歩である。慶松は先ほどまでのような退屈な表情から一変させ、目を輝かせて(慶次目線で)町を見渡している。
「……ととさま」
「ん?」
「あれたべたい」
そう言って慶松が指を指す先には『納屋名物たこ焼き』ののぼりと屋台があった。
「たこ焼きか?」
「たこやき?」
「あれの名前だよ」
「……ん。たこやきたべたい」
こくんと頷きながら目を輝かせる(やっぱり慶次目線で)慶松を慶次は笑いながら撫でて屋台に足を進める。
慶松は、養子になった直後と比べると程ほどにわがままを言うようになった。以前なら聞かれなければあれが見たい、これが食べたいと言わなかったのだが、今はある程度自分で意思表示をするようになったのだ。とは言うものの、やはり同年代の子供たちと比べると明らかに遠慮がちなのだが。
慶次は視線を上げて屋台を見る。たこ焼き、八個入り5文。慶次の所持金、出発前に万千代にかなり絞られた(預けさせられた)ために10文。慶松の胃袋、インフィニティ。
「…………」
「……ととさま、だめならいい、よ?」
「…………」
娘にこんな悲しそうな(やっぱ(ry)顔をさせることができようか、いやできない。
「……おいしい」
「そうかそうか。そいつぁ重畳」
結局、慶松の手には16個のたこ焼きの入った容器が。昼過ぎのこの時間帯には調度いいおやつなのだが、慶次は財布が寂しくなったのだった。
「……ととさま」
「んー?」
「……あーん」
慶松が慶次の口の前にたこ焼きを刺したつまようじを持つ手を伸ばす。慶次は一瞬ぽかんとするが、すぐに目の前のたこ焼きを頬張った。
「……おいしい?」
「おう。美味いぞ。ありがとな慶松」
「……うん」
慶次が器用に慶松の頭を撫でると、慶松はくすぐったそうに、けれど幸せそうに身を捩る。
その時だった。
『六・六・六、きたーーーーーーーー!!』
「……ん?」
どこかで聞いたような声が聞こえた気がした。具体的には、すぐ横にある南蛮寺から。
南蛮寺からは堺の民草がぞろぞろと出てくる。恐らく、いつもの聖書の朗読が終わったのだろう。昔慶次が堺に来た時に世話になった、『魚屋』の田中与四郎という商人の娘に連れていかれた覚えがある。
「……ととさま?」
「……いや、気のせいだろ。あれが堺にいるわけねぇし……」
『叩くな、叩くなぁっ!』
「(あ、これ確定だわー)」
一人で自己完結した慶次は、南蛮寺の扉を開く。ギィ、という少々独特な音に慶松がビクッと体を震わせて慶次にしがみつくが、音だけのために頭を撫でるだけで放っておく。
「……えーっと、サル、梵。お前ら何やってんだよ」
「え? け、慶次さん!?」
「あ、前田! いいところに来た! 早く我を助けるのだ! でないと我の内に眠るびぃすとが……」
中にいたのは、サルこと相良良晴、何故かおろおろしている金髪のシスター。
そして、慶次が奥州で出会った少女、否幼女。伊達梵天丸こと、伊達政宗だった。