空きすぎたなー……反省
「久しぶりね、慶次」
「ふふ、お久しぶりです。ケイくん」
「おう、二人とも久しぶり……っていい加減くん付けは止めてくれよ藤姉」
「私にとってケイくんはケイくんですから♪」
屋敷に入って慶次達が通された部屋で談笑していたのは、長く綺麗な紅髪の女性と、肩口で切り揃えられた黒髪の、朱乃とはまた違う清楚さを醸し出した女性だった。
慶次はフランクに挨拶をするが、黒髪の女性には頭が上がらないらしく、いつもとは違ってやりくるめられていた。
ちなみに、朱乃はいざ屋敷に入ろうという時に愛紗にしょっぴかれて行った。どうやら仕事をほっぽり出して来ていたらしい。自業自得と言われれば何も言えない。
「昌幸や幸村はどうしたの?」
「仕事だってよ」
「あら、ケイくんは終わったのですか?」
「仕事はいいから問題起こすなってよ。ったく、俺を何だと思ってるのやら……」
部屋に入り、座り込んでブー垂れる慶次に、女性二人は苦笑いで応える。そして、そこで二人は入口の所で立ち尽くしている良晴に気付いたらしい。
「あら? 慶次、あの子は?」
「ん? ああ、サルだ。渾名は良晴だったか?」
「逆ですよ!? 名前が相良良晴! んで渾名がサル! ……って自分でサルって認めちまったぁぁぁ!」
ツッコミと同時に頭を抱える良晴を見て、女性陣はクスクスと艶やかに笑い、慶次は指を指して大爆笑している。
しばらくそうしていた四人ではあったが、紅髪の女性が良晴にもっと近くに来るように言って一応の落ち着きを見せた。
「……さて、自己紹介がまだだったわね。私が山科言継よ」
「ふふ、細川藤孝、と申します。以後お見知り置きを」
上からそれぞれ紅髪の女性、黒髪の女性である。そしてその自己紹介が更に良晴の頭を混乱させてしまう。
「(うぇっ!? 細川藤孝!? 幽斎じゃなくて……って大分後だっけ? じゃなくて何で慶次さんと……そう言えば和歌で云々かんぬんあったような……というか山科言継に細川藤孝とかしかも二人とも女の人だし巨乳だし慶次さん爆発アッチョンブリケーー)」
「とりあえず落ち着けアホ」
「ごっ!?」
混乱して目がぐるぐる回り始めた良晴を、慶次が拳骨で我に返らせる。流石の良晴も山科言継に細川藤孝というビッグネーム二人が同時に現れるとなるとパニクったらしい。頭を押さえる良晴をおかしそうに笑っている二人の様子に微塵も気付いていない。
「おや、ケイくんにも可愛い弟分が出来たようですね」
「誰が弟分だよ。それにコイツはオチビの飼いザルらしいからな。俺がどうこうできるもんじゃねぇのさ」
「信奈ちゃんの? それはまた……不憫な子ね」
「だったら言継、お前が飼うか?」
「結構よ。端から見てれば面白そうだし。最近は近衛をからかって遊ぶのにも飽きてきた所だしね」
あわれ良晴。自分の知らない所でボロクソである。ちなみにこの瞬間とある茶髪の自称天下一の美少女が盛大にくしゃみをしたとかしてないとか。
しかし、こうなってはもはや慶次達にとってはいつも通りの流れである。慶次と言継が話倒し、藤孝が穏やかな表情でそれを見守る。その中に良晴が立ち入る隙など微塵もないのだ。
「……えーっと」
「相良氏、仕事でござるよ」
「うわっ!? 五右衛門!? ……って五右衛門が噛んでない!?」
「失礼な! 拙者だってたみゃにわ……」
「やっぱり30字くらいが限界か……」
「うにゅうぅぅぅ~~!!」
そんな小芝居を始めながら、良晴は突然現れた五右衛門と共にそっと山科邸を去っていったのだった。
……後ろでさりげなく藤孝が手を振って見送るのを確認してから。
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「……はー、疲れた疲れた。じゃあ言継、今度は朱乃と愛紗連れてくるわ」
「ええ。……それより、貴方たまには顔出しなさいよ? そろそろ近衛がキレるかも知れないわ」
「うげぇ……めんどくさ……」
「ふふ、ケイくん? 義務は果たさなければなりませんよ?」
「へいへい、わーりましたよー」
不満そうにブーたれる慶次を呆れ顔で見る言継に相変わらず微笑んでいる藤孝。そんな二人に見送られながら、慶次は山科邸を出る。
良晴が途中で退席したのは藤孝から聞いていて全く問題ない。そのまま自分に割り振られた長屋に戻ろうとした慶次だが、その部屋の扉を開けるや否や足に軽い衝撃が訪れた。
「……おかえり」
「あら、お帰りなさい」
「慶松? それに万千代?」
そこには、こんな長屋よりもよほどいい場所に寝所を与えられているであろう万千代がいた。そしてそっちにいるはずであろう慶松も。
その事に頭に疑問符を浮かべる慶次に、万千代はにこやかに笑いながら語りかける。
「ふふ、慶松に夕飯はみんな一緒がいいとねだられましてね」
「ああ、なるほど。朱乃は?」
「どうやら公家の調略で手が離せないようで……」
「麿達の相手か……御愁傷様だな」
公家屋敷がある方を向き、手を合わせる。その様子に万千代は苦笑いだ。
……愛紗が呼ばれていない理由は推して知るべし。
慶次は慶松を抱き上げると、卓袱台の前に座り込み、そして慶松をゆっくりと膝の上に乗せる。
「そう言うことなら晩飯にするか。なぁ慶松?」
「ん」
「今日はせっかくですし、鰆の西京焼きですよ」
「(結局味噌か……)」
「何か余計なこと考えました?」
「イイエナニモ」
言ったか、ではなく考えたか、と聞かれるあたり、もう色々とアウトかもしれない。
改めて慶次が万千代のスペックに冷や汗を流していると、袖をくいくいと引かれているのに気が付いた。
「ん? どうした?」
「……それだけじゃない、よ……?」
「?」
慶松の目が僅かに輝いているために、悪いことではないとわかるのだが、それだけでは何が何なのかさっぱりわからない。
いまいち要領を得ない慶次は万千代に目を向ける。万千代はその意を得たりとばかりに一つ頷くと……
「明日から数日、私達は堺に出向きます」
「あ、そうなのか? お土産よろしく」
「何言ってるんですか。貴方もですよ」
「はい?」
「……ととさまもかかさまも、いっしょ」
そんなこんなで、慶次の堺行きが決定した。