織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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岐阜~天下布武~

「……と、言う顛末になりましたよ」

 

「ハハハハハ!! あのサル最後の最後でヘタレたか! こいつぁ面白ぇ! ダッハッハッハ……っ!」

 

「ああもう、無理をしないでください。また慶松が泣きますよ? 14点」

 

稲葉山、先程岐阜と名を改められたところに臨時で備え付けられた家臣達の宿泊所、その万千代に与えられた一室で寝ていた慶次は、論功褒賞の顛末を万千代に教えてもらっていた。ちなみに今回の万千代の褒美はういろう一年分、慶次の褒美はひつまぶし一年分だったらしい。恐らく慶松の前では半年ももたないであろうが。

 

「しっかし、サルも考えたもんだな。破城槌の先端に火薬を仕込んで爆発させ、破壊力を上げるとはな」

 

「ええ、私達では考えられなかったでしょうね。今回の論功にその発明も入れられたようですし。……修理は大変になりましたが」

 

「ボソッと嫌み言ってやんなよ。誰の影響だ全く……」

 

「そりゃあどこぞのバカなかぶき者さんが色々心配掛けさせてくれれば嫌みの一つや二つ、言いたくなりますよ?」

 

「マジすんませんでした」

 

いつも通りの笑顔、だが目が完全に据わっているその表情に負けたのか、即座に謝る慶次。完全に嫁の尻に敷かれる亭主の図である。

さて、そんな感じでいい具合に尻に敷かれてしまっている慶次だが、実は以前五右衛門が用意した薬の副作用で完全に四肢の神経が麻痺した状態になってしまっていたのだ。そうでもしなければ動けなかったというのもあるが、半分以上は自業自得。慶次が万千代の肩を借りて帰った直後、泣く寸前の慶松に小一時間じっと見られ続けるという精神的な責め苦の後に万千代のおよそ半日に及ぶ説教が待っていたため、疲れとかその他諸々で慶次は論功褒賞に出席できなかったのだ。

これだけ即座に平謝りが出来たのもある意味それが原因だろう。現に慶次の額には冷や汗が滲み出ている。

そして良晴は良晴で稲葉山本丸一番乗り、火薬式破城槌の発明、半兵衛引き抜き、墨俣一夜城の築城など、多大な功績によって無事戦功一番を獲得し、長政と信奈の仲(?)を引き裂いた。本人及び信奈はかなりご満悦であったそうな。

更に、岐阜改名の件だが、論功褒賞の後、即座に『天下布武』の印状で高札で出された。それにより、今日より稲葉山城は岐阜城に、井ノ口の町は岐阜の町に改名されたのだ。

 

「……まぁ、そんなことより」

 

「(逃げましたね、今)」

 

「岐阜……『ぎふ』ねぇ。オチビのことだから狙ってやってんだろうなぁ」

 

「恐らく……いえ、確実にそうでしょうね。姫は信秀様には何もしてあげられなかったと今でも時折悔やんでおられますから」

 

儚く微笑む万千代には、自身のことも相まってか、うっすらと悲しみと悔恨の念がかいまみえる。慶次はそんな万千代を一目見ると、体を起こして万千代の頭に手を置いた。

 

「慶次!? まだ起き上がっては……」

 

「半分治った。ちょいちょい気分転換でもしねぇと治るもんも治んねぇよ」

 

事も無げにそう言い、立ち上がる慶次。だが、動きがまだどこかぎこちないところを見ると、やはり本調子ではないのだろう。

そのことについて文句を言おうとする万千代だが、その前に慶次が手を動かして彼女の髪をくしゃくしゃにする。髪を整えさせることで万千代の言葉を封殺しようとしたのだろう。万千代も流石に男性の前でだらしない姿を見せることはできないのだ。

その間に慶次は傍らに置いてあったジャケットコートを肩に掛け、部屋を出る。

 

「慶次、その体でどこへ……!」

 

「ーー綺麗な夕焼けだ。こんな時は、月も綺麗に見えるだろ」

 

そう言って、慶次は振り返り、無邪気な笑顔を向ける。

 

「そんなにも月が綺麗なら、より天に近い場所で月見酒といきたいもんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…………」

 

金華山の山頂にある草庵。そこで道三は夜の井ノ口の町……岐阜の町を見つめていた。

かつて自分が天下取りの野望を抱き、盗った美濃。自分は老いたが、その野望は確かに愛娘と呼べる義娘に受け継がれた。

もはや道三に微塵の未練も残ってはいない。そう、未練は、だ。心配事は未だに数多残っている。

 

「(……あの子は、優しすぎる。義龍の首を取らぬは、明らかにワシに対する義理が原因であろう。あの子は、この戦国で覇者として振る舞うにはあまりに優しすぎる……)」

 

信奈が戦国の世界で天下を目指すのであれば、間違いなく敵は出てくる。それも味方となるのが有り得ないほどの明確な敵が、何人も。それを破る度に許していれば、やがて敗者達は徒党を組み、復讐を果たそうとするだろう。

故に、敗者に情けは無用。それが戦国の習いだった。それなのに、自分という過去に生きる生き霊が要らぬ情けを抱かせてしまった。道三はそのことを悩んでいたのだ。

 

「(このまま、人知れず姿をくらませた方がいいかのぅ……)」

 

道三がそんな負の考えに呑まれかけた時だった。

 

「よぅ。年寄りが何辛気くせぇ顔してんだよ」

 

その言葉に振り向く前に、自分の近くに誰かが腰を下ろす。その人物は……慶次だった。

 

「城じゃ戦勝祝いの宴やってんだろ? そっちに行かなくていいのか?」

 

「お主こそ。こんな辺鄙な草庵で老いぼれを相手にしておってもよいのか? お主の主と従者が待っておるじゃろう?」

 

「今宴会に顔出そうもんなら恐ーい主サマに長屋に引きずられちまうよ」

 

宴会からこっそりくすねて来たのか、大きな瓶から酒を汲み取り一気に飲み干す慶次。違う杯を道三に差し出すが、道三はそれを手で制して断る。

 

「それで、何の用じゃ?」

 

「何、ただ月見酒がしたくなっただけだよ」

 

そう言うと、今度は包みを開いて中からスルメを取り出す。それを噛みながら酒を呑むだけでしばらく沈黙が続いたが、その沈黙はやはり慶次によって破られた。

 

「……別にいいんじゃねぇの? 甘くてもよ」

 

「……見抜かれておったか」

 

慶次に悩みを見抜かれていたことに、そっと目を伏せる道三。

 

「上が甘いなら、下がしっかりすりゃいいだろ。ジジイ、あんたがその厳しさになりゃあいい」

 

「……この老いぼれがか? 残りの時間が限られたワシにはそんな役が務まるとは思わんがの」

 

「時間が限られているなりにやり様はあるだろ? 少なくとも、前田の爺さんは俺に残してくれたぜ?」

 

互いに町の明かりを見ながら話をする。互いに顔は見ない。

 

「……利久殿か。裏表のない人物であったと聞き及んでおる」

 

「爺さんに俺は何も返せや出来なかったけどな。養子になってすぐに逝っちまった。まだまだ元気な爺さんだったんだがね。世の中、何が起こるかわかりやしねぇ」

 

でもよぉ、と付け加えてから、慶次は再び一気に杯を煽る。

 

「だからこそ、人ってのは今を必死に生きれるんじゃねぇかな」

 

「今……」

 

「いつ死ぬかわからねぇから備える、じゃなく、いつ死んでも笑って逝けるように。だからこそ、人生は楽しいんじゃねぇか? ジジイ、あんたもそうだったんだろ?」

 

慶次の言葉に道三は目を伏せたまま、過去を振り返る。立身出世を夢見た少年時代。土岐の当主に拾われ、ただただ上を目指して駆け上がって行った己の半生を。

 

「夢があるから、人は今を頑張れる」

 

「……そう、じゃな。ワシらは、ただ今を生きておる。未来などどうなるかさっぱりわからん。小僧の知識とて数多ある可能性の一つに過ぎん」

 

道三は傍らに置きっぱなしにされていた杯を取ると、酒を汲み一気に煽る。

 

「ま、何だかんだ言って一番自由なのはオチビだってことだろ」

 

「どういうことじゃ?」

 

「やっぱわかってなかったか」

 

慶次は楽しそうに笑いながら酒を煽る。道三はそれに全く見当が付かないのか、首をひねっている。

 

「岐阜の城、岐阜の町」

 

「む? お主、どこへ……」

 

「ジジイの汚ねぇ面は見たくないんでな。今のうちに退散するさ。……さっきの言葉の意味、よーく考えな」

 

そうとだけ言い残すと、慶次は予め用意していたのであろう瓢箪に酒を汲み取って山を降りて行く。

道三はただその姿を見ていたが、やがて町に目を戻す。それを見た瞬間道三は……全てを理解し、知らず知らずの内に涙を流していた。

 

「岐阜の城、岐阜の町」

 

知らず知らずの内に、口から言葉が漏れ出す。

 

「ぎふの城、ぎふの町」

 

声が震えることなど、知らない。湧き出る感情は、ただただ口から溢れ出る。

 

「義父の城、義父の町」

 

信奈が己に施した、最高の親孝行。その思いは確かに、道三(ちち)の心を打ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ーーそう。織田が美濃を」

 

「はい。いずれ織田が京に手を伸ばすは必至と思われますが……」

 

小さな小屋だった。そこに一人の少女と一人の女性が向き合って座っている。女性の背後には仏像があり、その仏像は悪鬼を踏み潰していた。

 

「我らが居ぬ間に織田は大きくなります。……如何なさいますか、謙信様」

 

「まだ、織田が悪と決まったわけではない」

 

毘沙門天を背に酒を呑む女性……上杉謙信は自分に傅く少女……直江兼続にそう短く返す。

 

「では、武田との決戦を?」

 

「まだ、早い。……兼続、貴女には次に坂東常陸……佐竹の鬼を見てきて欲しい」

 

「鬼……ですか?」

 

謙信は言葉を返さず、ただ頷く。

 

「常陸の鬼は、二つの可能性を秘めている。悪となれば討つが……正義となれば、私の軍配を預けられるほどの逸物になるかもしれない」

 

そう言うと、兼続はあわあわと慌て出すが、謙信はただ信頼を込めた声で兼続に囁く。

 

「兼続。貴女の見し物が私の見し物。今は私を信じて見聞を広めて欲しい」

 

「謙信様……その任、確かに果たしてきます!」

 

謙信の言葉に、喜び勇んで準備をしに城へ戻っていく兼続。その兼続を見送りながら、謙信は外の空を見上げる。

 

「(……私は、毘沙門天の化身。父の業を背負い、正義を為すためだけに生まれてきた者。その事に不満などない。ないはずなのに……時折、慶次や兼続を見ると、羨ましくなってしまう)」

 

謙信は、ただ静かに空を見上げる。目を細める事もなく、ただただ蒼く澄んでいる朝焼けの空へと手を伸ばす。

 

「(慶次や兼続は、雲。何者にも縛られず、自由に、奔放に空を舞う雲。毘沙門天たる私とは対極に位置する存在)」

 

しばらくそうしていただろうか。謙信はゆっくりと手を引く。その目には……迷いがあった。

 

「(許されるとは思わない。だけど、もし私に一つだけ我儘が許されるのであれば……)」

 

そして謙信はゆっくりと毘沙門堂に戻っていく。

 

「(……私も、雲になりたかった)」

 

謙信は、迷いごと閉じるように……毘沙門堂の戸を、閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってらっしゃい……かねたん」

 

「謙信様!?」

 

兼続が出立する前にそんな寸劇があったとかなかったとか……。


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