織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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最近サブタイに詰まってきた件。









美濃~普通ってなんだろう~

「さて、と……」

 

「おい坊主! この柱は!?」

 

「それは向こうの押し車に積んでくれ! 同じようなやつが積んであるやつだ!」

 

「あいよ!」

 

稲葉山城下の織田軍本陣。信奈が城攻め前の小休止のために設営したこの陣で、良晴は何かの図面に目を通していた。

良晴の周りでは、五右衛門を含む川並衆の面々が忙しそうに木材を運び、簡単に何かを組み立てている。まぁ一部では指示を出すために喋り続けている五右衛門の噛みっぷりに歓喜しているバカ共もいるのだが。

 

「……サル? 何やってんのよ。あんた門を開けてくる! って大法螺吹いてたくせに」

 

「あん? なんだ信奈か。門はきっちり開けてやるよ。二の丸だけじゃなくて本丸のもな」

 

ほんの少しだけ視線を上げて信奈を確認すると、良晴は再び図面に目を戻す。丸々無視された信奈はやはり気に入らなかったようで額に青筋を浮かべた。

 

「あんたそんなゆったりしてるけど、余裕があるの!? いつ義龍の本隊が戻ってくるかわからないのよ!? 稲葉山城を正面に挟み撃ちなんてされたらどうするのよ! 今はあんたの策に乗ってあげてるから他に策なんて打ってないのよ!?」

 

そしたら私は……、と続けそうになった信奈だが、それは寸前の所で何とか飲み込む。

しかし、何時もならその怒気に当てられて口喧嘩に発展させる良晴は……今日、今この時に限って恐ろしいほどに冷静だった。

 

「大丈夫だ。何も問題ないさ」

 

「何でそんな事言い切れるのよ!」

 

「信じてるからだよ。……大丈夫だ。全部俺さまに任せろ。織田家の野望はまだまだ始まったばっかりだろ」

 

「坊主! 準備できたぜ!」

 

信奈相手に毅然と言い切った良晴の元に、川並衆の一人が走ってくる。

 

「お、やっとか! ……おい信奈!」

 

「な、何よ」

 

ビシッ、と擬音が付きそうな勢いで良晴は信奈に人差し指を突きつける。その妙な迫力に信奈も珍しく押され気味である。

 

「いいな!? 早まんじゃねぇぞ!? 俺さまはあのクソイケメンのところでなんか働きたくないからな!」

 

「……ふん! 失敗したら即刻手討ちにしてやるわ! 精々そのサル知恵をこの信奈様のために役立てなさい!」

 

「はっ! 上等だコノヤロウ! 恩賞自由の件、忘れんじゃねぇぞ!!」

 

そう捨て台詞を吐きながら五右衛門達と稲葉山に向かう良晴を信奈はじっと見ていたが、すぐに何かを取り出すと良晴に放り投げる。

 

「サル!」

 

「あ!? ……っと」

 

放り投げられたのは、信奈愛用の千成瓢箪。

 

「なんだこれ? 瓢箪?」

 

「水筒代わりよ。くれてやるから持っていきなさい!」

 

その言葉に答えず、良晴は今度こそ稲葉山に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラリカラリと、引き出物を乗せた押し車が山道を進む。

慶次襲来によって多少の誤差はあったものの、浅井長政一行は織田が斉藤に敗れた直後を狙って再度同盟と言う名の従属を迫るつもりでタイミングを計って小谷を出立していたのだ。

 

「(織田の篭籠まであと少し。尾張掌握が成れば肥沃な尾張と半兵衛が手に入る。そうなれば私の一人勝ちだ)」

 

既に長政は尾張を盗ったその先を見ていた。まぁ、この時点では捕らぬ狸の何とやらではあるが。

だが、その長政の余裕は、稲葉山城が見える山頂近くに行くと、途端に失われることとなる。

 

「なっ……!? まさか!?」

 

稲葉山が崩れている。いや、正確には稲葉山の二の丸、三の丸の門があったはずの場所にそれがないのだ。

それが指す事実はただ一つ……織田が、斉藤を圧倒しているということであった。

 

「くっ、まさかうつけ姫が……! こうしてはおれん! 急げ! 何としても稲葉山が落ちる前に戦場に合流するのだ!」

 

戦にさえ参陣していれば、『浅井が加勢した』という事実は残せる。そして同盟の利益であった『美濃への共同出兵』が果たされた以上、織田は婚姻の約束を果たさざるを得なくなる。

そこまで読んでの長政の判断であったが……それは、既に読まれていた。

 

「おや、浅井長政殿。そのように急いで、何処へ向かわれるので?」

 

長政の前方には、妙齢の姫武将……丹羽長秀。その彼女が道の真ん中で馬に乗っていた。

 

「浅井長政、夫として信奈殿の軍へ加勢に馳せ参じました。然る後、稲葉山にて祝言を挙げましょうぞ」

 

にこやかに告げる長政ではあったが、その内心には焦りが渦巻いている。言わばこれは時間との戦いなのだ。織田が落とすが先か、浅井の到着が先か。その違いによって浅井の未来は大きく変わってしまう。

 

「その必要はございません」

 

「なっ!?」

 

しかし、万千代の返答は否であった。堂々と断りを入れる万千代に、長政は面食らってしまう。

 

「姫より、言伝を言い遣っております……『この戦は我らの、ひいては相良の戦。約定を言質に戦場を汚す無粋者は即座に切り捨てよ。それが、浅井であろうとも』、と」

 

「しかし、丹羽殿……!?」

 

万千代に近付こうとした長政であったが、万千代のリーチに入った瞬間、長政の前髪がハラリと散る。

 

「な、何をなさる!?」

 

「言った筈です。無粋者は切り捨てると。それに……どうやら私の部下も世話になったようですし」

 

万千代の言葉に、長政は冷や汗を流す。つい手段を選ばずに毒煙を使ってしまった長政ではあったが、どうやらそれが万千代の琴線に触れてしまったらしい。

 

「……ったく、んなまどろっこしい言い方なんかしねぇではっきり言ったらどうだ? 気に入らねぇ、ってよ」

 

「!」

 

「はぁ……皆貴方のように適当に生きている訳では無いのですよ。慶次」

 

しばらく睨み合っていた所に、背後から声が聞こえてくる。その声に長政はともかく付き人達が動揺してしまう。

長政がゆっくりと後ろを振り返ると、そこには皆朱槍を担ぎ、松風に跨がる前田慶次の姿があった。

 

「適当とは酷い言い草だな。俺ほどその日その日を懸命に生きてる奴はいねぇぞ?」

 

「どの口がそれを言いますか……」

 

呆れ顔の万千代に対し、何時ものようにカラカラと笑って見せる慶次。その様子に毒を食らったなどという事は欠片も見受けられない。

慶次はさて、と一息置き、長政に向き直る。

 

「そんで? アンタはどうすんだ浅井殿? 先に言った通りこの戦は相良良晴の物。その戦に手を出すは何者であろうとも罷りならん。ま、どうしても通りたいと申すならば……俺達を、越えていけや」

 

「まあ、私達に何かあったとなれば同盟どころではありませんがね」

 

二人の殺気に当てられたのか、長政は一、二歩後ずさる。それよりも酷いのは付き人の方で、完全に戦意を喪失してしまっていた。

 

「浅井殿。ここは兵を退かれよ」

 

「……承知。だが、ここまで来た以上、信奈殿に同盟の意志があるのかどうかだけは確認させて頂く」

 

「そんぐらいなら構わねぇよ。オイ、安藤のオッサン」

 

慶次は今まで引き摺って来たのか傷だらけで気絶している安藤伊賀守を槍で軽くつつく。

 

「……はっ!? ここはどこじゃ? わっちは誰じゃ……思い出したぞ! 安藤伊賀守守就と申す」

 

「いや、知ってるから。コイツらオチビの所に連れてってくれや」

 

しばらく何故わっちが……とか、浅井長政め! とかで騒いでいた安藤であったが、助けてもらった恩のある慶次のお願いだからか、渋々浅井一行を連れていくのだった。

 

「……行ったか」

 

「ええ……危ない!」

 

浅井一行の姿が見えなくなるのとほぼ同時に松風から落馬しかける慶次を万千代が何とか支える。

 

「はは……悪い悪い」

 

「笑い事ではありません! 0点!」

 

万千代は何とか慶次を松風から降ろすと、地面に慶次を寝かせて膝枕をする。慶次に回っている毒が頭に回らないように、という万千代の判断であった。

 

「いやー、思ったより毒強かったっぽいな。松風に跨がってるだけで精一杯だったわー」

 

そんな状況でもにへらと笑っている慶次に毒気を抜かれたのか、万千代は何かを言おうとしていたのを諦め、一つ深い溜め息を吐く。気のせいだろうか、隣にいる松風も心なしか呆れているように見える。

 

「……もう、貴方に文句を言うのが馬鹿らしく思えてきましたよ」

 

「いやーそれほどでも」

 

「褒めてません!……ばか」

 

「失礼な。俺は馬鹿じゃねぇよ……ただの普通のかぶき者だ」

 

ドヤ顔で言ってくる慶次に対して、万千代はもう一度大きな溜め息を吐くのだった。


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