織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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美濃~武の義将、謀の王佐~

「誰か! 包帯をくれ! こいつの血が止まらないんだ!」

 

「あ……う……」

 

「がはっ」

 

「お、おい!? 寝るな! 起きろよ!!」

 

墨俣の鉄砲水に巻き込まれた斉藤軍。その混乱っぷりは酷いものだった。

誰々がいない、何々を見ていないかと仲間を探してさ迷い歩く者や怪我をして痛みに耐える者、水を大量に飲んだのか咳き込んで苦しむ者。混乱の度合いは様々だが、むしろその者達はまだ良い方で、目の前で仲間を失った者やそれらを目にした心根の優しい者、心の弱い者などは既に茫然自失に陥っていた。

大将である斉藤義龍とその近衛は幸い墨俣に入る前であったために大した被害は受けずに無事だったのだが、他の美濃将の部隊は半壊、いや、もはや全壊に近いほどの被害を被っていた。

 

「これは……」

 

「うろたえるな! 諸将にすぐに兵を纏めて落ち着かせるように伝えよ!」

 

「は、はっ!」

 

流石に策であり、十中八九追撃があるだろうことには気付いた義龍だったが、伝令を放ったところで所詮は後の祭り。混乱しきった兵を纏めて落ち着かせることなどそう簡単に出来るはずがない。

そして、そんな斉藤軍が立ち直るのを待つほど……彼女達はお人好しではなかった。

 

「かかれぇっ!! 突き抜けろぉっ!!」

 

『『応!!』』

 

「て、敵だぁ~!! 織田が、織田が来たぞぉ~!!」

 

将が兵を抑える暇もなく、突如として赤備えの騎馬隊が斉藤軍を薙ぎ倒しながら突き進む。

その正体は勿論愛紗が率いる真田騎馬隊なのだが、現状の斉藤軍にそんなことがわかるわけもなく、酷い者は武田が攻めてきたと勘違いしている者までいる始末。

ちなみに、OYAKATASAMAは現在また川中島でGUNSHINと睨み合うのに忙しいため、来るはずがない。

まぁ、愛紗達が駆け抜けたのが美濃側から尾張側へだったため、そう考えたのも無理はないのだが。

 

「六文銭だと……!? 織田があの真田を引き抜いたというのか!? 親父殿でさえ引き抜けなかったあの真田を!!」

 

「笑止!! 引き抜きなどに応じるほど我が忠義は甘くはない!!」

 

夢中で叫ぶ義龍の言を看過できなかったのか、愛紗がトップスピードを維持して敵兵を薙ぎ倒しながら叫び返す。

 

「我等は望んでここにいる!! その忠を貴様に推し量られる道理はない!!」

 

「……っ!!」

 

堂々と宣言し、暴れまわるだけ暴れまわって悠々と引き上げていく愛紗の姿に、義龍は傷を抉られたような、眩しいものを見たような渋い表情を向ける。

ーー何よりも自分に足りないものは、真に自分に忠義を誓ってくれる家臣。

自分が家臣を心から信じてはいない以上、仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも高望みはしてしまう。何せ、今の家臣の殆どは美濃における利権を与えているから従っているようなものなのだ。

もし、自分に忠義の士がいたらーー

そんなIf の出来事を考えそうになり、義龍は首を降って考えを頭の中から吹き飛ばす。混乱を収めようとして前を向き……そして、我が目を疑った。

その先には先程自分達に大被害を与えて行った赤備えの騎馬隊が今度は逆方向に突撃をしてきていた。それだけならまだいい。いや、良くはないが、まだマシであった。

問題はその数……霧がまだ微妙に残っているせいで正確な数はわからないが、とてつもない量の砂塵が巻き上げられていることは嫌でもわかる。

その数、少なく見積もって1000。今の状態でそんな数の騎馬隊に突撃されては本当に全滅してしまう。

 

「(くっ、先程は30ほどの小勢だった……あれは隠密行動をして確実に奇襲を成功させるためか! そして尾張側に兵を伏せ、反転して再度突撃……。罠という可能性が無いわけではないが、墨俣を取られたところで負けが決まる訳ではない。稲葉山城が有る限り儂は負けた訳ではない!!)」

 

瞬時にそう割り切った義龍は、全軍撤退の令を出すと、ほうほうの体で稲葉山へ引き返して行った。

……騎馬隊の足が、先程に比べてかなり遅いことに気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「孫子曰く、『戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』。まぁ、一度は戦っていますし、今回は中の上と言ったところですかね?」

 

「謀攻編ですか? でも、『善く兵を用得る者は人の兵を屈するも、戦うにあらざるなり』とありますし、こちらに被害は見たところありません。上の中の評価でもいいのでは?」

 

「うふふ、物識りですわね」

 

「いえ、末文を諳じる昌幸さんほどではありませんよ」

 

朱乃の誉め言葉に、照れて赤面しながらも誉め返す少女。二人は今馬でゆっくりと墨俣に向かっているが、それは少女の馬が驢馬のように小さいからであり、あまり速くは走れないからであった。

 

「さて、霧の陰陽術はありがとうございましたわ。私はどうも結界系は苦手でして……」

 

「仕方ありませんよ。向き不向きは人それぞれですから」

 

「それにしても……馬は本当にそれでいいのですか? 何なら真田の駿馬をご用意しますわよ?」

 

「くすんくすん。大きいお馬さんは怖いですから……」

 

「(あらあら、本当に戦場とそれ以外では性格が一変しますわね)」

 

本気で怯えたのか、涙目でこちらを覗き込む少女……竹中半兵衛にたいして、朱乃は微笑みながらあやすのであった。

そして、暫く進んで行くと、見知った赤備えの騎馬隊が見えてきた。

 

「幸ちゃん」

 

「あ、姉上。策は成りましたよ」

 

兵の負傷の確認をしながら上流で馬に水を飲ませていた愛紗が、朱乃達に気付いたのか駆け寄ってくる。

 

「うふふ、お疲れ様」

 

「いえ、疲れたのは馬達ですよ。常套策でしたが、上手くいって良かったです」

 

そう、今回朱乃と半兵衛が採用した策は、恐ろしいほど初歩の策、『馬に木材を引かせて兵を多く見せる』という、ぶっちゃけハッタリのギャンブル策だったのだ。

だが、墨俣の鉄砲水、愛紗の奇襲、先程良晴達が同じ方向に撤退したこと、義龍が生半可に兵法に通じていたこと、兵の混乱……様々な要素が絡み合い、見事に策は成功に導かれた。げに恐ろしきは朱乃と半兵衛の知略であろう。

 

「しかし、相良にも驚きましたね。まさか墨俣の破棄に両手を挙げて同意するとは思っていませんでした」

 

「くすんくすん。良晴さんはかなり人任せにしますから……」

 

半兵衛、割と辛辣である。

 

「しかし、本当に追撃はしないでよろしかったのですか? 城攻め部隊のためには少しでも敵兵を減らした方が良かったのでは?」

 

愛紗は少々不満そうに朱乃を見るが、朱乃は羽扇で口元を覆いながら優しく答える。

 

「本来ならばそうしますけど。今回は慶次様の命がありましたしね。幸ちゃんの用兵では斉藤義龍を捕らえる、または討ち取るまでしてしまいそうですし」

 

「くすんくすん。私がこちらにいるのもそのためです。良晴さんは攻城で三の丸を内側から開け放ち、二の丸を築城の余り木材で組んだ破城槌で壊す。後の事まで考えたことを織田信奈様が考慮していただければ戦功一番は確定です」

 

「それでも足りなければ、墨俣の功を譲れば完璧ですしね」

 

「な、成る程……」

 

次の次の次まで考えられた出来事に少し引き気味な愛紗だったが、何かを思い出したように声をあげる。

 

「そういえば、城攻めには加わらないでいいのですか?」

 

「くすんくすん。行っても意味がありません。伝令が来るまで墨俣に籠っていましょう」

 

「?」

 

半兵衛の言っている意味がいまいちわからなかったのか、小首を傾げる愛紗。そんな愛紗に答えるように、朱乃が微笑む。

 

「私達が行ったところで、全てが終わった後だと言うことですよ」

 

「??」

 

結局わからず終いの愛紗に、朱乃と半兵衛は顔を見合わせて笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁいいか。とりあえず半兵衛、ギュッってさせてくれ!」

 

「きゃあ!? ままま昌幸さぁん……」

 

「幸ちゃん鼻血鼻血。後いい加減自重しなさい。出家させますよ?」

 

「引かぬ! 媚びぬ! 省みぬぅっ!」

 

「……すみません、半兵衛殿」

 

「あ、諦めないで下さいぃぃ!? くすんくすん」


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