織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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閑話~万千代さんが本気で婚期を気にしだしたようです~

「あ、来たわね! 万千代!」

 

清洲城の信奈の居住スペース。そこにはいつものようにういろうをかじりながら報告書に目を通している信奈がいた。

そして、信奈の言葉でわかる通り今は万千代がそこに来たところであった。

 

「姫様、何か御用ですか? 至急登城するように、とのことでしたが……」

 

「まぁ用事といえば用事ね。どちらかと言うと万千代の用事だけど」

 

「はぁ……?」

 

ただ首を傾げるだけの万千代を見て、信奈が悪戯っぽく笑う。このやり取りで気付いた人も多いと思うが、信奈は万千代に用事の内容は一切伝えていない。まぁ、伝えていたならば十中八九万千代は登城していなかっただろう。

何故ならその用事とは……

 

「かなり今更になるけど……万千代って結婚はしないの?」

 

「へ?」

 

結婚のことであるからだ。

万千代からしてみれば婚期のことは触れられたくない話題No.1である。何故なら、この時代は十代前半から中盤には結婚していて当たり前。万千代のように二十歳になってもまだ結婚していないのは十分嫁き遅れと言える。そのことを直視しないようにしてきた万千代にとっては正に鬼門だった。

 

「あ、いえ、私は……」

 

「駄目よ万千代。武家として、万千代や六みたいにきょうだいがいない武将は家を後世に残す努力をするのも仕事よ?」

 

「いえ、いざとなれば慶松に……」

 

「あの子が前田の養子でもあること忘れてない?」

 

「うっ……」

 

珍しく信奈が万千代を押している。慶松の場合、丹羽家の養子であり、また前田家の養子でもあるのだ。それ故に軽々しく後継者に指名できない。もし前田と丹羽に同時に何かが起きれば慶松が一手に両家の家督を継ぐことになり、家の力が突き抜けて強くなりすぎるからだ。その状態で野心家に慶松が利用されれば大変なことになってしまう。

 

目を泳がせてえっと……、と混乱している万千代に、信奈は天使(悪魔)のような笑みを浮かべて近寄っていく。

 

「ねぇ、万千代。私にいい考えがあるの」

 

「え、えっと姫様? 何故か笑顔が怖くて12点なのですが……」

 

「ふふふっ、大丈夫よ。悪いようにはならないから……」

 

既に退路は信奈に塞がれ、逃げ場はない。万千代は頬をひくつかせながら、色々と諦めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「全く……言っておくが、万千代が許可するかはわからないからな?」

 

「いやいや、掛け合ってくれるだけ助かりますよ!」

 

「……長秀なら、大丈夫」

 

その日の夕方。慶次は良晴と犬千代と一緒に丹羽屋敷へと向かっていた。

何故良晴達が着いて来ているのかと言うと、どうやらとうとううこぎの葉を食べ尽くしてしまったらしいのだ。流石に長屋を囲んでいる葉までは食べるわけにはいかずにどうしようか悩んでいたところに慶次が偶々通りかかったということで、丹羽屋敷にごはんをたかりに来たということらしい。

 

「いや、連れては行くけど交渉はお前がやれよ? 」

 

「え?」

 

「え、じゃねぇよアホ」

 

そんな軽口を言い合っているうちに丹羽屋敷に到着した一行。そして慶次が戸をいつも通りに勢いよく開いて……

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい、あなた(・・・)

 

「家間違えましたー」

 

神速で閉めた。

 

「……落ち着け、俺。きっと疲れてんだ。疲れて途中で道を間違えて家を間違えたんだ……」

 

「現実みましょうよ、慶次さん」

 

「……間違いなく、丹羽屋敷」

 

こめかみを揉みながら現実逃避する慶次を、良晴と犬千代が現世に引き戻す。

 

「いやいやいやいや、万千代だぞ!? あの万千代だぞ!? 俺の顔みたら大体辛辣な毒吐いてくる万千代だぞ!?」

 

「何でだろう……信澄ののろけ話聞いてる時並みにイライラするのは……」

 

「……長秀の照れ隠し」

 

「……人を性悪みたいに言うのは止めて欲しいです。38点」

 

「げぇっ!? 万千代!?」

 

いつの間にか外に出て来ていた万千代に、慶次は妙な声をあげてしまう。その様子を見た万千代は眉をしかめた。

 

「む。その反応は傷付きます……」

 

「え? あ、わ、悪い」

 

いつもなら確実にはたかれていたタイミングなのに何もない。慶次の調子が狂う。

 

「いえ、わかってもらえたなら構いません。さぁ、入りましょう?」

 

ニコリと慶次に微笑みかける万千代だが、その笑みも慶次には恐怖でしかない。笑顔は本来攻撃的な表情であるとは誰が言ったのだろうか、その通りである。

 

「えっと、長秀さん、できたら晩飯を……」

 

「すみません、今日はちょっと……」

 

「あ、はい……」

 

結局良晴達は泣く泣くうこぎ鍋の残り汁をすすって飢えを凌いだらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「えっと、他の奴らは?」

 

「幸村殿は勝家殿のところへ、昌幸殿は松永弾正殿に見せて欲しい本があるらしく、慶松はいつもの子供達と。全員泊まってくるそうです」

 

「…………(さては逃げたな!?)」

 

こういう時に限って誰もいないというのはお約束というべきか。

慶次が心の中で朱乃達に文句を言ってもいないものはいないので仕方がないのである。

 

「……私と二人きりは、嫌ですか?」

 

「あ、いやそういう訳じゃねぇんだが」

 

そんな慶次の心情を読んだのか、しゅんとする万千代に慶次が慌ててフォローを入れる。いつもとは打って変わってしおらしい万千代に少しキュンときたのは慶次だけの内緒だ。

しかし、流石にこの雰囲気には慶次は耐えきれなかったらしい。

 

「……なぁ。お前今日どうしたんだ? 何か変だぞ?」

 

「…………」

 

そう慶次に言われて黙り込んでしまう万千代。

 

「何か急に変なこと言い出すわ、態度も全然違うわで何か……ってオイ!? 何で泣く!?」

 

慶次に言われたことが図星だったのか、それともただ単に言われ続けたくなかったのか、万千代は突然慶次に抱き付いて泣き始めてしまった。

 

「……そうですよね。迷惑でしたよね」

 

「いや、訳がわからねぇよ」

 

「……ぐすっ」

 

「(ガチ泣き!?)」

 

今まで一度として万千代の泣いたところなど見たことがない慶次にはどうすることもできずに、取り敢えず万千代の背中に手を回して擦る。

 

「ほら、取り敢えず何があったのか話してみろって。な?」

 

「…………」

 

無言で頷いた万千代は、ぽつりぽつりと事情を話し始める。

信奈に結婚のことを真剣に考えるように言われたこと、きょうだいがいないために自分が家を守らなければならないこと、結婚といっても親しい男性なんて数えるくらいしかいないこと。

他にもいくつか説明はあったが、特に抜き出すとこんな具合であった。

 

「……私、こんな性格ですから……恋愛なんてしたこともありませんでしたし……もうどうすればいいかわからなくて……」

 

「んで、一番手近な俺のところに来た、と」

 

その言葉に万千代は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにコクンと頷く。

 

「ハァ……全く、そんなこと深く考えんでもいいだろうに……」

 

「え?」

 

「好きなものは好き。好きになったら頑張る。そんな感じで十分だろ? 世の中にゃ一目惚れなんてのもあるくらいなんだ。そんなもんだろ」

 

慶次が何でもないようにそう言う。万千代は暫くポカンとしていたが、やがてクスクスと笑みをこぼした。

 

「そう……ですね。慶次にしては80点です」

 

「何かバカにされてる気が……」

 

「これでも褒めているのですよ」

 

いつものような軽い掛け合い。どうやら万千代も何かを振り切ったようで、晴れやかな顔をしていた。

 

「……さて、悪い夢からは覚めたか? 姫様?」

 

冗談っぽく笑いながらそう言う慶次に、万千代も自然に笑みがこぼれる。

 

「そうですね……もう少し、このまま抱き締めていて下さい。そうしたら覚める気がします」

 

「あいよ、仰せのままに、ってな」

 

万千代は万千代で、まさか本当にそうするとは思っていなかったようで……。

顔を更に赤くしながら、万千代は慶次に身を預けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ん……んぅ……」

 

いつの間にか眠ってしまっていたのか、万千代が目を覚ますと辺りは真っ暗なままだった。

 

「(……まだ丑の刻辺りでしょうか……けどもう寝れそうにはありませんし…………あら?)」

 

立ち上がろうとした万千代が、何かに気付く。自分の下に何かある……それを確認すると、それは誰かの……慶次の腕だった。

そう、万千代は今の今まで慶次の腕枕で寝ていたのだ。それに気付いた万千代は瞬時に顔が沸騰しそうに熱くなるのを感じた。

 

「ま、全くもう……こんな時だけ優しいんですから……」

 

自分の心臓に手を当てると、早鐘のように動いている。それに気付かないフリをしながら、万千代はキョロキョロと辺りを挙動不審気味に見渡す。まぁ見渡したところで誰もいないのはわかりきっているのだが。

そして、入念に誰もいないことを確認すると、今度は眠っている慶次の顔をじっと見つめる。

見つめながら顔を赤くしていたり、首をブンブンと振ったりしているので結局は挙動不審なのだが。

 

「……そ、そう、これはお礼。相談に乗ってもらったお礼です。それ以外に他意はありません。ええ、ないんです。純粋なお礼ですから問題なんて何もないんです……!」

 

うわごとのように《お礼》を連呼しながら、万千代はゆっくりと慶次の顔へ自分の顔を近付ける。

そして、何度かの躊躇いを経て……二人の唇は、重なった。


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