織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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美濃・尾張・近江~それぞれの戦~

ザクッ……ザクッ……

 

巨大な槍を地に刺しながら、慶次は一歩ずつ稲葉山へと足を進める。

長政が逃走の際に投げたトリカブトの毒入りの煙幕によって、既に慶次の体は満身創痍。常人ならば恐らく意識すら保っていられないほどの痺れと意識の混濁ではあるが、まがりなりにも忍びの里で育った慶次は辛うじて意識だけは保つことができていた。

だが、それでも体の痺れはどうにもならない。足はもつれ、腕は満足に動かない。倒れてしまえばそこでゲームオーバーという状況がもう一時間と続いていたのだ。

 

「……ああ、クソッ、こんな事ならもっと耐薬の修練しとくんだった……!」

 

そう一人ごちる慶次だったが、後悔先に立たず。もはや起こってしまっている現状はどうにもならない。

そんなことを考えていたからだろうか。

 

「………っ!」

 

慶次が槍を刺した場所に石でもあったのか、槍が滑って体勢が崩れる。もつれた足で踏ん張れるわけもなく、そのまま無情にも地面に倒れ伏そうというところで……誰かが、慶次の体を宙に引き上げた。

 

「ご無事ですか? 慶次様」

 

「……愛紗か。助かった」

 

そう、慶次を引き上げたのは稲葉山にいるはずの、馬に乗った愛紗だった。行きが徒歩だったことを考えて、恐らく城から拝借してきたのだろう。

 

「稲葉山城は?」

 

「相良が半兵衛と信奈殿の風評を考えて斎藤義龍に返還しました。相良達はそのまま浅井長政の置き手紙の指示通りに墨俣へ」

 

愛紗に馬の背に乗せられた慶次はそのまま愛紗に体重を預けて現状を聞く。朱乃が見れば確実に発狂ものの光景だが、慶次の体が不自由な今、致し方無い。

 

「……残念だが、浅井は恐らくもう近江に戻ってるよ。さっき取り逃がしたばっかりだからな」

 

「成る程。慶次様が黙って退出したのは浅井をつけてたのですか」

 

何とも驚くべき事に、愛紗は慶次が部屋を出ていったところをしっかり把握していたらしい。ただのロリコンではなかったようだ。

 

「……お前あんだけ半兵衛に現抜かしてたのに見てたのかよ。理性切れる一歩前に見えたが」

 

慶次の指摘に、愛紗は小さく苦笑いする。

 

「私が何をしていようと、最優先すべきは主君の身。私事で大局を見誤る真似は致しませんよ」

 

そう言って首から提げている六文銭を握る愛紗。今さらだが、真田の一族は必ず六文銭を身に付けているらしい。愛紗なら首飾り、朱乃なら髪飾りというように。

 

「……で、このまま相良と合流しますか?」

 

「いや、このまま尾張に戻るぞ。サルも今はどうしようもないと見れば帰るはずだしな」

 

「御意!」

 

そうして、愛紗は馬を駆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……全く、また無茶をして。4点」

 

「だから黙って行ったのは悪かったって言ってんだろうが」

 

尾張に戻った慶次は案の定絶対安静を言い渡されていた。

丹羽邸に戻るや否や笑顔なのに笑顔じゃない万千代に捕まり、たっぷり説教されたのだ。まぁもっともあまり心配させないで下さいとか、後半はかなり優しいものだったのだが。

更にトドメは慶松である。慶松は慶次を見るなり飛び付いて大泣きしてしまい、流石の慶次も何も言えずにあたふたしてしまった。そして以降、慶次が部屋をなんとか抜け出そうとする度に半泣きの慶松が突撃してくるために慶次は何もできないでいた。

全ては万千代の策略であることは秘密である。

ちなみに、愛紗が朱乃に思いっきり折檻されたことは言うまでもない。

 

「悪かったと思っているのなら大人しくしていてください。治りが遅くなると何回言えばわかるのですか……」

 

「だから、もう治ったって何回言えばわかるんだよ」

 

「未だに何もないところで躓きそうになるくせに何を言いますか。1点」

 

「うぐっ……」

 

そう。尾張に戻って一日。既に立って移動出来るまでに回復している慶次だが、全快とはとてもではないが言えない状態である。万千代の点数が非常に辛口なのは気のせいではないだろう。

 

「……今から昼げを作りに行きますが……貴方はここから動かないこと。いいですね?」

 

「…………」

 

「い い で す ね ?」

 

「へいへい……」

 

目を逸らしながら適当に返事する慶次に溜め息を吐きながら、万千代は静かに部屋を出ていく。万千代の気配が遠退いていくを確認した慶次は襖の側まで行くと、小さく声を出した。

 

「いるな? 朱乃」

 

「……はい。お側に」

 

襖を隔てて同じように佇んでいたのは真田昌幸こと朱乃だった。

 

「状況は?」

 

「柴田殿が墨俣築城に失敗。そして相良殿が築城役に抜擢されました。そして、安藤殿は未だに発見出来ていないようです」

 

そうしてつらつらとその日の軍議での事を話す朱乃。このことからわかるように、ここ二日の慶次の情報収集源は朱乃であった。万千代が「慶次に話せば絶対に抜け出すはず」と敢えて教えていなかったのだが、全くの無駄に終わっていたようだ。

慶次は朱乃の説明を聞くと、「やっぱりな」と呟いて目を閉じる。

 

「……朱乃」

 

「はい」

 

「真田衆は今何人動かせる?」

 

「……30人、程でしょう。皆農作業や馬の飼育で忙しい時期ですから」

 

朱乃の返事に、慶次は閉じていた目を開く。

 

「朱乃、愛紗と一緒にサルの築城を助けて来い。ただし、築城の部分は一切手を出すな(・・・・・・・・・・・・)

 

「はい? ……ああ、そう言うことですか。承知しました」

 

始めこそ不可解な表情をした朱乃だったが、すぐに何かに納得する。一見訳のわからない言葉だが、何か意味があるのだろう。流石は王佐の才を持つ者と言ったところだろうか。

そしてすぐにその場を去ろうとした朱乃だが、何を思ったのか一瞬立ち止まる。

 

「……慶次様」

 

「ん?」

 

「真田昌幸としては、主君たる貴方様の意思を何より尊重致します。ですが……一人の女として、朱乃として言わせて下さい。……どうか、御無理だけはなさらぬよう。本来ならば私であっても貴方様を動かさせたくありません。叶うならば、どうか私達に全てを任せて寝ていて下さい」

 

それは朱乃の本心。『朱乃』としての嘘偽りのない言葉であった。

それだけを言い残すと、朱乃は今度こそその場を去っていく。

 

「……随分と家臣に恵まれておりみゃしゅな。前田氏」

 

直後、天井からそんな声が聞こえ、そして慶次の背後に小さな影が降りてくる。言わずと知れた良晴の相棒・蜂須賀五右衛門だ。

 

「全くだ。俺なんかにゃ勿体ねぇくらいの奴等だよ」

 

「ふふふ、ご謙遜を。……さて、こちりゃぎゃいりゃいにょしにゃにごじゃりゅ」

 

「……滅茶苦茶噛んだな」

 

「う、うるさいでござるよ!!」

 

噛み噛みの台詞を言いながら差し出した薬包を受け取りながら、慶次は笑いを堪えてツッコむ。五右衛門は顔を真っ赤にして怒るが、事実故仕方がない。

 

「……こほん。それより本当に使う気でござるか? それは確かに効き目はにゃがみょちしみゃしゅぎゃ、しょにょぶんはんどーみょおおきぃでごじゃるにょ」

 

いい加減何を言いたいかわからないくらい噛んでいるが、慶次を心配しているのは確かである。それに慶次は苦笑いで返す。

 

「構わない。蜂須賀、俺はな、何もしないで後悔するくらいなら何かをしてから後悔したいんだよ。それが妹分が関わってることとなれば尚更だ。やれるところまでとことんやってやるさ。……あの時ああすりゃよかったって言いながら酒の肴にすんのはその後だ」

 

そう言って、慶次は薬包の中の丸薬を一息に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「さて、んじゃ行こうぜ!」

 

川賊達を率いて意気揚々と声を上げるのは、原作主人公相良良晴である。史実ならば秀吉が成し遂げた『墨俣一夜城』を成し遂げるため、気合い十分と言ったところか。

更に言えば、この一夜城を完成させれば信奈と長政の結婚を邪魔できるということも彼の気合いを引き上げるのに一役かっているのだろう。否定しながらも少しずつ信奈に惹かれている良晴にとって『恩賞自由』はひどく魅力的だった。

 

「あらあら、少々お待ち下さいな」

 

そんな彼を呼び止める声に振り返ると、そこには本来いないはずの歴史に残る偉人。真田昌幸と真田幸村がいた。

 

「昌幸さん!? 幸村!?」

 

「川賊だけでは出来ることにも限りがあろう。私達も手伝わさせてもらおうか」

 

「マジか! 助かるぜ!」

 

愛紗の申し出に二つ返事で了承する良晴。この申し出は良晴にとって非常に嬉しいものだったのだ。

何故なら、真田昌幸と言えばかの徳川の大軍を寡兵で防ぎきった堅城・上田城を造った本人で、築城の名手と名高い人物だ。幸村も真田丸という難攻不落の曲輪を造った人物である。そんな心強い味方を歓迎こそすれ、拒むことなどするはずもない。

 

「ただし、私達が手伝うのはお前達の護衛だけだ。築城は手伝わないぞ」

 

「うぇぇ!!?」

 

まぁそんな幻想はたった今儚く散ってしまったが。

 

「え? ちょ、なんで!?」

 

「慶次様の命令ですから」

 

「慶次さぁぁん!?」

 

物凄くショックを受けている様子の良晴に、愛紗は苦笑いし、朱乃は苦笑いする。ちなみに前野某達川並衆は現在筏を準備中でこの場にはいない。

 

「うふふ、相良殿、これはある意味慶次様の優しさですよ?」

 

「優しさの欠片も感じられないんですが!?」

 

「慶次様はお前に期待しているということだ」

 

「ますますわかんねーよ!」

 

ああもう! と良晴は頭をかきむしる。だが、その表情は何故かとても嬉しそうに見えた。

 

「わかんねーけど……期待されてるんならやらないと駄目だよな!」

 

「あらあら」

 

朱乃はより一層やる気を出した良晴を見て微笑むと、自らが率いてきた真田衆に軍師としての顔で向き直る。

 

「……さて、主君に任されたこの戦。万に一つの間違いもなく、完全に仕上げますよ。真田の六文銭にかけて」

 

『『応!!』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~近江・小谷~

 

「蜂須賀、お前は竹生島に迎え。多分安藤の爺はそこだ」

 

小谷城のすぐ前。慶次はここまで共に来た五右衛門にそう言った。

既に門番の兵は気絶させて端に寝かせてある。慶次に敵う武人がそこらに転がっているはずもなかったのだ。

 

「竹生島……にござるか?」

 

五右衛門が信憑性は? とでも言うように見るのに、慶次はニヤリと笑いで返す。

 

「嘘は言わねぇよ。伊達に本州巡っちゃいねぇ」

 

「……わかったでござる」

 

そうしてすぐに向かおうとする五右衛門だったが、再度慶次に引き留められる。

 

「なんでござるか?」

 

「松風連れてけ。湖畔に待たせて安藤乗せて戻って来てくれや」

 

「?」

 

わからないと言った表情の五右衛門を尻目に、慶次は小谷城の城門の方に歩いていく。

 

「まぁ何だ。簡単に言うなら……」

 

そして、慶次は城門に向かって……槍の石突きを、従来の槍に比べて明らかに異質なほど巨大なそれを叩きつけた。

五右衛門が思わず耳を塞ぐ程の轟音が鳴り響き、城門が軋む。

 

「俺が浅井家滅ぼす前に戻って来い。んでもって適当にずらかろうぜ」

 

「何を言ってーー」

 

再度、轟音が響く。中から騒がしい声が聞こえてきて、戦いの準備を揃えていることがわかる。

慶次は、内心かなり怒っていたのだ。目先の利益のみを追って姑息な手しか使わない浅井長政に。そして二重の意味で愚行を繰り返す主君を止めない浅井家臣団に。長政にそんな愚行を押し付けたであろう前当主・浅井久政に。

 

「行け、松風」

 

「ヒヒーン!!」

 

「わわっ!?」

 

主の意思に添い、五右衛門を乗せて風のように走り去る松風。その姿を見届けて、慶次はもう一度城門に一撃を叩きつける。

轟音と共に崩れる城門。その先には槍衾を構える近江兵達。それらを目前に置きながら、慶次は大きく息を吸い、そして叫ぶ。

 

「ーー売られた喧嘩買いに来たぞォ!! 浅井長政ァァァァァァァァ!!!」


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