織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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美濃~天才軍師は幼女でした~

相良良晴はそれなりに金持ちである。

 

侍大将というなかなかの重役である彼の給金は月三十三貫文。この給金自体は信奈がドケチなせいで役職にしてはかなり低い額なのだが、良晴には良晴なりの(というかゲーム知識の)資産増大方法がある。それが、川並衆による関所破りの米や特産品売買である。

この時代、普通に商いをしようと思えば国境の関所で法外な額の税金が取られる。信奈や斎藤道三でもない限り楽市楽座という関所を撤廃する法令は出さないため、それはどこに行っても変わらない。

そこで、川並衆の出番が来るのである。

元々が野盗や川賊の集まりであり、さらに忍びである蜂須賀五右衛門を頭領と仰ぐ真性ロリコン集団である川並衆であれば、彼女たちしか知らない獣道を通ることで関所を無視して移動できる。これによって良晴は身分に比べるとかなりの贅沢が出来る額を所有していたのだ。

していたのだが……

 

「……あむ、あむ」

 

「んむ、本当に美味しいですね」

 

「んぐんぐ……店主ー! 鮎もう十匹追加でー!」

 

「あんたらちょっとは自重しろぉぉぉぉ!!」

 

良晴、財布が大ピンチである。

 

この日、美濃にあるここ『鮎屋』で『竹中家仕官面接』があることを聞いて駆け付けた良晴達。だが、この時点で良晴には大きな誤算があった。真田昌幸こと朱乃の不在である。

後の世で調略の天才、表裏比興の者と伝えられた朱乃は、この世界では武田の家臣ではなく前田慶次の家臣である。そして朱乃はなんやかんやで描写はなかったが、時折万千代が「慶松の教育に悪いです! 0点!」と怒って慶次の一菜を抜くくらい慶次にべったりなのだ。そのため良晴は『慶次さんを呼べば昌幸さんも来るだろ。俺さまがミスった時は昌幸さんにも協力してもらおう』と負けられない調略のために保険を打っておこうとしたのだ。

 

「……あむ、あむ」

 

「はむはむ……」

 

「店主ー! 酒ももう一燗! 熱燗で!」

 

「もう本当にやめて!? 良晴さんの貯蓄(ライフ)はもう0だぞ!?」

 

だがしかし。良晴達に着いてきたのはタダ飯食らい共……慶次と愛紗であった。朱乃は先日中途半端に終わってしまった丹羽さん家での反省会の続きをするために参加出来なかったのだ。

結果、ここにいるのは良晴を除いて、大食い戦バカ兄妹と今のところ何となく勝家タイプっぽい美少女一人だ。見事なまでに調略には役に立ちそうにない。

おまけにこの三人、物凄い食べる。最初は遠慮して武士は食わねど高楊枝を貫いていた愛紗も慶次に鮎を口に押し込まれるや否や、日頃から慶松に「……ありがとぅ」と言われるためだけに一菜を慶松にあげている愛紗の腹が盛大に鳴ってしまい、そこからは慶次や犬千代以上のペースで食べ進めていた。

 

「んだよサル、好きなだけ飲み食いしていいって言ったのはお前だろ?」

 

「いや、確かに言いましたけど!」

 

良晴的には流石に自重してほどほどに抑えてくれると思っていたのだろう。大きな間違いである。

 

「だったらお代なんて気にしないで楽しもうぜ! 少なくても俺は気にしてないしな!」

 

「俺が気にするんですよぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「うるせーなぁ。万千代(おに)の居ぬ間になんとやらって言うだろうが」

 

妻帯者(リア充)爆発しろぉぉぉぉ!!」

 

良晴の魂の叫びもなんのその。遂には近くにいた人達にまで酒を振る舞って巻き込み、軽い宴会状態に入ったのを見てとうとう真っ白に燃え尽きる良晴。

 

「お若いの。半兵衛に仕官するために来られたのかな?」

 

そんな良晴に声を掛けたのは、どこか軽薄そうな笑みを浮かべる爺さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「な!? 浅井長政!?」

 

「貴様はサルっ!? どうしてここに!?」

 

宴会の席を外すのを嫌がる慶次を何とか説得し、犬千代と愛紗に慶次を引っ張ってもらいながらやっとの思いで竹中半兵衛の屋敷にやって来た良晴達の目に入ったのは、良晴の宿敵とも言っていいイケメン、浅井長政であった。

 

「織田の家臣であるお前が一体……? どうした? 珍しく食って掛かって来ないが……」

 

「……ちょっと人生の厳しさにやられてな」

 

「そ、そうか……」

 

恐らく清洲の時と同じテンションであったなら迷わず長政に食って掛かっていた良晴だったが、いかんせん今は財布の中身の全財産をごっそり持っていかれた後だ。今の良晴は普段のご陽気さなど微塵も感じられないくらい憔悴している。少なくとも良晴を目の敵にしている長政ですら良晴を心配するくらいには。

 

「お前こそなんでここにいんだよ……。お前近江の殿様だろ?」

 

「む。いや、私は近江商人が長男、猿夜叉丸。浅井だか薊だかとは一切の関係はない」

 

「嘘つけ。お前どっからどう見ても浅井長政だろうが……」

 

「違う! 私は猿夜叉丸だ!(ううむ、何故かものすごくやりにくいような……)」

 

いつになくローテンションな良晴に対し、やりにくいのかいつもの嫌味も成りを潜めている長政。端から見れば『お前ら実は仲良いだろ』という光景である。

 

「んで、薊長政」

 

「違う、猿夜叉丸だ。そして薊じゃなく浅井だ」

 

「結局お前も半兵衛落としに来たんだろ?」

 

長政の訂正をガンスルーして言いたいことを言う慶次に、流石に苛立つ長政だったが、何とか平静を保つ。

 

「ああ、そうだ。私は狙った城と娘は必ず落とす主義なのでね。……ところで貴様は一体誰だ? 先程から私にずけずけと物を言うが」

 

商人のフリしてんのにその高圧的な態度はアウトだろ、とか思った慶次だが、そこはちょっぴり大人な慶次が話を進めるために我慢する。

 

「自分で商人の息子って言ってんのに態度でかいとかバカだろ。商人なめてんのかこのアホは(ああ、俺は前田利益だ。別によろしくしなくていい)」

 

「何だと貴様!!」

 

訂正。慶次に我慢なんか不可能であった。むしろそうしようと考えたことが奇跡だった。

 

「あん?」

 

「慶次様、多分本音と建前が逆になってます」

 

愛紗大正解である。

 

「え? マジでか? ……ゲフンゲフン、俺は前田利益だ。別によろしくしなくていいぜ」

 

「いや、色々手遅れだと思うんですが……」

 

「……慶次兄は時々抜けてる時がある」

 

「ああ、知っている。……とてもよく」

 

「……でもそこがなんか放っておけないんだと万千代が言ってた」

 

「いや、ノロケ話は姉上だけでいい。色々面倒くさいし」

 

「……幸村も、愚痴を聞かされてる?」

 

「お前もか、利家」

 

「……犬千代でいい」

 

「なら私も愛紗と呼んでくれ」

 

何か変なところで共感したようで、年に似合わない哀愁を漂わせながらがっちりと握手を交わす妹´s。何やらそのまま屋台に直行しそうな雰囲気だが、忘れてはいけない。彼女達は一応十代である。

 

そんな感じで、長政が慶次に突っかかり、慶次が軽くあしらってからかう横で愛紗と犬千代に良晴を加えたグループが傷の舐め合いをしている時だった。

 

「お初にお目にかかる。いかにも俺が竹中半兵衛」

 

いつの間に現れたのか、部屋の真ん中に転寝している壮年のイケメンが現れた。

思い思いに一同が驚く中、慶次だけが普通に半兵衛を見ている。その目は何かを怪しんでいるようでもあり、また何かを見極めているようでもあった。

 

「皆様方、今日は尾張、近江から遠路遥々井ノ口までよくおいでになられた」

 

「っ……私の素性も、そこのサルのこともお見通しというわけか……」

 

「フフフ、俺が女子でなくて残念だったな、浅井長政殿」

 

どこか狐のような笑みを浮かべて歯ぎしりして悔しがる長政を見る半兵衛。良晴はようやく全財産喪失のショックから立ち直ったようで、慶次と共に前に座った。

 

「しかし、この団子うまそうだな」

 

「フフフ、そうでしょう。俺の好物で飛騨の米を使った団子です。お気に召したようで何より」

 

半兵衛の説明を聞きながら、これまたいつの間にか用意されていた団子とお茶に早速手を伸ばす良晴だったが、その手を慶次が掴んで止めた。

 

「サル、やめとけ」

 

「慶次さん?」

 

「ふむ、別に毒などは入れておりませんが」

 

「……まぁ、確かに毒は無いよな。馬の糞に湯張りだし」

 

『なにぃ!?』

 

突然の慶次のカミングアウトに食べないでよかった……、と胸を撫で下ろす犬千代と愛紗。危なかった、と冷や汗を拭う良晴と長政を尻目に、半兵衛は鋭い目で慶次を見る。

 

「……如何様にして気付かれた?」

 

「あ? 勘だよ」

 

「ふむ、勘ときましたか」

 

半兵衛は何故か満足そうに頷くと、良晴と長政に向き直る。

 

「さて、相良良晴、浅井長政。貴様らがこの糞団子を一つ残らず食い尽くし、土下座するならば俺は斎藤家を辞してそちらに付いてやってもいいぞ?」

 

そんな半兵衛の言葉にむむむと悩み出す二人。だが、慶次は一寸の迷いなく……半兵衛に皆朱槍を突き刺した。

 

「こーん!」

 

『ええええぇぇぇぇぇぇぇ!!?』

 

突然の慶次の行動にただただ驚きの声を挙げる一同。対して慶次は固い表情で倒れ伏す半兵衛を見つめていた。

 

「ちょっ、慶次さん!? 何してんですか!? 俺が我慢して団子食えば良かっ……」

 

良晴の言葉を待たず、慶次の拳が良晴の頬を捉える。突然良晴は殴り飛ばされ、障子を巻き込んで外の庭に投げ出された。

 

「いっつ……何すんだよ!?」

 

いつも慶次に使っていた敬語すら忘れて怒る良晴を、慶次は変わらず固い表情で見据える。

 

「武士が……男がんな簡単に頭下げんじゃねぇ。対等な立場の『お願い』で頭下げるならともかく、こんな言われるがままに犬みたいにみっともない真似だけはすんじゃねぇよ。お前の価値を下げることになるし、少なくともそんな簡単に頭下げる奴に着いていきたいなんて思わねぇだろうよ」

 

「…………」

 

「いいか良晴。男が頭下げんのはな……嫁を貰うときと、譲れない誇りを守るとき、そして大事な奴を護るのに必要なときだけだ」

 

「……はい」

 

慶次の大きな背中を見ながら、何かに感じいったように目を閉じて黙り込む良晴。そんな時……

 

「慶次様! このような童子が……」

 

「ううう……い、いぢめないで……」

 

愛紗が、涙目の幼女を猫つかみして運んで来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……愛紗、鼻血鼻血」

 

「おっと」

 

「ひっ!? い、い、いぢめるんですか!?」

 

「…………」

 

「ちょ、愛紗!? ヤバい量の血が流れてんだけど!?」

 

「本望です!」

 

「いいから止血しろ! 犬千代!」

 

「……とんとーん、とんとーん」

 

「うう、済まない犬千代……」

 

愛紗は、やっぱりブレなかった。


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