織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

21 / 42
美濃~臥竜の知、王佐の知~

「誘われておりますわね……」

 

義父・道三の旧領奪還という大義名分を掲げた信奈は、即断即決で美濃攻めを決定。夜闇に紛れて一路稲葉山城へと兵を進軍させていた。

……実際は道三に「稲葉山城は半兵衛がおる限りは落ちん」と言われた信奈が「だったら私が落としてやるわよ!」と、持ち前の天の邪鬼を発揮させたのが進軍の真の理由だったりするのだが。

まぁ、そんな事はさておき、美濃に侵入した織田軍は、柴田勝家、前田犬千代を先鋒、そして大将の織田信奈、丹羽長秀、真田昌幸が中軍、後詰めが津田信澄と相良良晴という構えでまばらにかかってくる美濃兵を蹴散らし、順調に進軍を続けていたのだが、そんな時に朱乃が上の台詞をポツリと呟いたのだった。

 

「誘われている? 真田、どういう意味なの?」

 

見ている限りでは桶狭間の大戦に奇跡的勝利をしたということで非常に士気の高い織田軍が美濃兵を圧倒している。それ故に朱乃の言葉がわからないのか、信奈が朱乃に尋ねる。

 

「無骨ながらも精強で知られる美濃兵があのような無様な撤退を繰り返すとは思えません。更に言えば、前ほどから少数の兵が当たっては引き、当たっては引きを繰り返しています。これは今までの美濃兵の風聞、戦果、そして相手に軍師がいるということから無策に攻めているとは思えないのです」

 

固い表情で軍の先頭の方を見据える朱乃。つい先程から辺りに霧が立ち込めてきており、視界が非常に悪くなっている。この様子では完全に視界が遮られてしまうのも時間の問題であろう。

それだけではなく朱乃は諏訪大社の巫女としての直勘か、この霧がただの霧ではないことも何となくではあるが感じ取っていた。

 

しかし、そんな朱乃の諌言も、信奈には通じなかった。

 

「ふん、策であったとしても打ち破れば問題ないわ! それに最近武田信玄の動きが活発になっているの。武田の準備が終わる前に美濃を取らないと機会が無くなってしまうのよ!」

 

「しかし、今我が軍は桶狭間の一件で浮わつきすぎていますわ。慶次様が居ない今、軍の風紀を引き締め、堅実に事に当たるべきだと思いますが……」

 

そう、今回の行軍には二つの問題点があった。

まず、兵がうわついてい浮わついている事。士気は高いものの、こんな様子では奇襲や火計をされるとすぐに混乱してしまい、指示が通らなくなって使い物にならなくなってしまうだろう。

そして、前田慶次の不在。本人曰く、「気が乗らない」との事だが、万千代が説得し、信奈が褒賞で釣っても首を縦に振らなかったことから詳細はよくわからない。

ちなみに愛紗は慶次(正確には慶松)についており、朱乃は慶次に万千代に着いていくように指示されたらしい。

その二つの問題点を朱乃は見抜いており、指摘したのだが、やはり信奈は気にかけなかった。

 

「大丈夫よ。いつまでも慶次一人の武力に頼っていられないわ。私が稲葉山城を落とせば織田の風聞も良くなるもの」

 

「………そうですか」

 

そして、朱乃は諌めることを諦めた。

元から信奈と朱乃の付き合いは短いのだ。良晴やとあるキンカンのような信奈の考えに多少なりとも理解を示した者でない限り、信奈は簡単には気を許さない。

そして何より……信奈自身、桶狭間の勝利に浮かれてしまっていたのだった。

 

先鋒に奇襲、そして敗走の知らせが入ったのは、その少し後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……。見事に半兵衛の策にかかってくれたな、織田信奈よ」

 

長森の戦場、その稲葉山城に程近い場所で漫画のらくがきのような顔立ちの六尺五寸の大男が几帳に腰掛け、霧に隠れた戦場を見据えながらほくそえんでいた。

 

「(おぼろげに聞こえる声から、織田軍が混乱しているのは明らか。後は各地に伏せておる美濃三人衆含む伏兵どもが殲滅するであろう。……まっこと、半兵衛の知謀は孔明の如しよ)」

 

今美濃勢が敷いている策……十面裡伏の計は半兵衛の献策であった。当初はその複雑さと条件の難しさ、そして万が一に策が破られた時の危険さに何人もの家臣が反発したのだが大男……斎藤義龍の一喝でこの策が採用されたのだ。

その結果、策は見事に機能し、今は織田軍を壊滅させるまでに至っていた。

 

「くくく……」

 

義龍は笑う。勝利を確信したが故に。道三の選択が間違いであったと示せたが故に。

だが、その笑みは一瞬で崩れた。

 

「で、伝令! 第六陣から先の伏兵部隊との連絡が途絶えました!」

 

「な、何だと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っラァッ!!」

 

慶次の朱槍が薙がれると、美濃の兵が数人まとめて吹き飛ばされる。

 

「慶次様!」

 

「……お? 愛紗。そっちはどうだった?」

 

慶次が周りに敵がいなくなったのを確認してから一息吐いたところに返り血で赤い甲冑をさらに紅く染めた愛紗が寄って来る。

 

「ええ、こちらは2、3といったところです」

 

「俺も変わらねぇな。……こっちの被害は?」

 

「軽傷が数人。重傷が2人ほど。三人が討たれました。」

 

「そうか……」

 

なんの話をしているかと言うと、実は美濃勢の伏兵潰しをしていたのはこの二人であったのだ。

勿論、それは朱乃の指示である。

朱乃はあらかじめ美濃の地形を道三から聞き出しており、そして相手に陰陽師がいるということ、陰陽師は古の策に通じていることから長森での十面裡伏の策を読んでいた。そのため、慶次と愛紗に軍勢を離れてもらい、遊軍という形で密かに真田衆と共に織田主軍の近くに伏せていてもらっていたのだ。

長森以外にも何かを仕掛けやすい場所は多々あったために主軍に付きっきりになり、先鋒への奇襲は防げなかったが、それでも致命傷となる第八陣以降の伏兵はあらかた潰すことに成功していた。

 

「……さて、これでオチビが思い直せば万々歳なんだがな……」

 

「そう上手くいきますかね?」

 

「大丈夫だろ。アイツはアホだがバカじゃねぇし」

 

褒めているのか貶しているのか全くわからないが、幾分スッキリした感じで愛紗に言う慶次。その様子に少し首を傾げる愛紗であったが、慶次が松風に乗ってさっさと行こうとするのを見て慌てて追い掛けるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。