……あれ? 元康のあのセリフ……忠勝正信フラグじゃね?
清洲城の大広間。そこには、信奈の「本格的に美濃の攻略を始めるわよ!」の号令によって重臣(四名ほど除く)が集められていた。
集められた面子は丹羽長秀、柴田勝家、前田犬千代。そして織田信勝改め津田信澄に、未だ末席ながらも昇進著しい相良良晴、義息子であった斎藤義龍に自領を追い出され、義娘の信奈の所へ亡命してきた蝮こと斎藤道三、最後に陪臣ではあるが呼び出されている前田慶次。加えて慶次の後ろにちゃっかり座っている真田昌幸、幸村姉妹である。
全員が集まったことを確認した信奈は、てばさきをかじると、持っていた書状をパシッと畳に叩きつけた。
「正義は織田方にあり! 大義名分はいくつもあるし、今が美濃を切り取る絶好の機会よ!」
「しかしながら、美濃は斎藤義龍を正式な主と認め、国人どもも一丸となっております。20点」
「元を辿ればワシの方が不忠者じゃからの。加えてワシが防衛戦を考えて一から設計した稲葉山城と井ノ口の町もある。攻めるのは容易いことではないぞ? 」
凛と言いはねる信奈に、長秀と道三の苦言が飛ぶ。
そう。いくら大義名分があろうとも、戦に勝たなければ意味がない。だが、今二人が挙げたように美濃国の準備はある意味で万端なのだ。家臣が一丸となって固まっており、また国と主城自体が難攻不落。調略が不可能で、正攻法もなかなか厳しい。
ただ、今は桶狭間の戦いの余韻があり、兵の士気が非常に高い。日本一弱いと言われる尾張兵が屈強で知られる美濃兵と真っ正面からぶつかるには今を置いて他にない。そこまで考えての信奈の宣言なのだが……それでもまだ五分でしかなかった。
もっと言うなら信奈の持つ大義名分もなかなか薄っぺらい。美濃は元は土岐氏が治めていたのを道三が下克上で奪い取った国である。そして義龍は土岐氏の嫡流。偏った見方をすれば義龍は一族の領土を取り戻した英雄とも見れる。そこに信奈が口を出す権利はなかったりするのだ。
二人に一辺に苦言を挟まれたからか、信奈は不機嫌な様子を隠そうともせずに口を尖らせる。
「だったらどうしろって言うの? 兵の士気が高い今が美濃を奪う好機なのよ? 逆に言うなら機会は今しか無いのよ!」
そう信奈が怒鳴っている中、勝家が小さく手を挙げた。
「どうしたの、六?」
「あ、はい。えっと……稲葉山城も井ノ口の町も道三どのが設計して開発したんだろ? だったら弱点とかもよく知ってるはずだよね?」
と、楽観的な意見を言って道三に目を向ける勝家。だが、その道三の表情はパッとしない。依然として苦虫を噛み潰したかのような表情であった。
「いや、それがのう、勝家殿。無くもなかったのだが、今は……」
「今は?」
「パッとしねぇな。爺さん、簡潔に言いやがれ」
勝家と今まで黙っていた慶次が道三を急かす。道三は少し悩んでからううむ、と唸ると、ゆっくりと口を開いた。
「……今の稲葉山城は、落ちぬ。武田信玄であろうと上杉謙信であろうと今の稲葉山城は恐らく落とせぬじゃろう」
『『な、なんだってーーー!?』』
「……どうしよう、慶次兄」
「慌てとけ」
「……わあ、わあ」
何故かやけにドライな前田兄妹はともかく、上へ下への大騒ぎの大慌てになる信奈達。万千代も良晴も、信奈でさえ道三がいれば落とせると考えていただけにその慌てようも凄まじかった。
まぁ、先代の織田信秀が当主だった頃から負けの記憶しかない美濃攻めであるため、道三に頼りたくなるのはわからないでもないのだが。
「つーかオチビもよく考えろや……。稲葉山城をんな軽々落とせるんならこの狒々爺がボロクソに負ける訳ねーだろ」
「狒々爺……それにボロクソとはお主……。ウオッホン、ま、まぁ利益殿の言う通りじゃ。でなければ義龍ごときに無様な負け戦などせぬわい」
慶次の毒舌に眉をピクリとさせた道三だが、なんとか堪えて説明を足す。どうやら狒々爺はなかなか堪えたらしい。少しばかり背中がしょげている。
「……では、どうして道三殿は長良川で敗北したのです? 手勢が少なかったとは言え、美濃に道三殿以上の策士はいなかったと記憶していますが。まさか情に流された訳ではありませんでしょう? 41点」
万千代が訝しげにそう尋ねると、道三は溜め息を一つ吐いて答える。
「実はのう……今の義龍の元にはワシをはるかに越える天才軍師がおってのう。どう足掻いてもワシはそやつには敵わんのじゃ」
道三の言葉に皆が「天才軍師?」とか「美濃にそんな奴いたっけ?」とか「とうとう妄想と現実の区別がつかなくなったか」とか言いながら首を傾げる中、良晴がさらっと「竹中半兵衛だな」と正解を口にした。
「こらっ! 小僧! ワシの楽しみを奪うでな……」
グキッ、と道三にとっては不吉な音が鳴る。
「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「知ってるの、サル!?」
持病のぎっくり腰に悶え苦しむ道三を完全にスルーして良晴に話を振る信奈。……道三、哀れである。
「むしろお前が知らないことに驚きだよ。今孔明、って称されてるんじゃないのかよ?」
誰それ? 、と再び皆は首を傾げる。ただ、朱乃だけは先程から小さく微笑んでいるが。
そして道三が良晴の言葉を引き継いで皆に説明する。
「実はのう、この日ノ本には四人の天才軍師が隠れておる。この内の二人を味方に付ければ天下は容易く取れるであろう。まずは美濃の竹中半兵衛が『臥竜』。こやつは雲を得ればたちまち天に昇る早熟型の大天才児よ。次が『鳳雛』。性格が災いしておるが、成長すればその智謀は正に鳳の如しとなろう。そやつが播磨の……」
「黒田官兵衛、だな」
またまたあっさりとネタばらしをされた道三はぐぬぬ、と唸るが、まだ二人分の情報が残っているため、くじけずに続ける。
「……そして、三人目が三河の『狼顧』じゃ。こやつは何と言うか……ワシでは読みきれん。慎重かつ老獪、だが時に非常に大胆な手も使うてきおる。敵に回すと一番怖いじゃろうな。そいつが……」
「三河……松平の軍師だから、石川数正か本多正信だろ」
「うぐっ、本多正信じゃ……」
いよいよ最後の一人の情報しか残っていない道三。折れそうになる心と、自分が必死に集めた情報の意味とは何だったのかという虚無感を押さえつつ、説明を続ける。頑張れ道三! 負けるな道三!
「さ、最後の一人は『王佐』じゃ。こやつに関してはあまり情報が無いが……間違いなく今挙げた中で一番の深算鬼謀の持ち主であることは間違いない。ああ、諏訪大社の巫女でもあるそうじゃ。その『王佐』が信濃の……」
「真田昌幸、だな」
……流石に全ての情報が筒抜けだったのは道三の心に響いたらしい。ふおぉぉぉぉ!! と叫びながら頭を抱えて悶えてしまった。
しかし、先に挙げた四人は歴史上の最高ランクの軍師に付けられた二つ名だ。
『臥竜』、言わずと知れた諸葛亮孔明。
『鳳雛』、戦略において孔明を凌駕すると謳われた鳳統士元。
『狼顧』、西晋の礎を作った司馬イ仲達。
『王佐』、荀イクや周瑜などの国の根幹を支えた者、そして漢の創立の立役者、張良子房。
道三がそのような称号で呼ぶのだ。皆が皆、ただの軍師ではない。
「ふーん、王佐ねぇ……お前はどう思う? 『朱乃』」
「あらあら……少々恥ずかしいですわね。そこまで買って頂いていますと……」
そして忘れてはならない。すでにその中の一人が織田にいることに。
あえて『朱乃』と呼んだ慶次に、朱乃は顔を少し赤くしながら照れ笑いで誤魔化す。朱乃の隣の愛紗はまるで自分の事のように嬉しそうにしており、万千代は慶次の悪戯っぽい企みにやれやれと肩を竦めている。
「……お、お主、まさか……名は……」
「うふふ……。道三殿、勝家殿、信澄殿に至っては御挨拶が遅れまして。信奈殿はどうやら今はお忘れになられていましたようで……。
では、改めまして。前田慶次様に仕えております、真田源五郎昌幸と申しますわ。以後お見知り置きを」
震える声で尋ねる道三と、固まった表情で朱乃を見る信奈達に対して、朱乃は見事な作法と綺麗な笑みで答えるのだった。
次回! (多分)朱乃無双!