織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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原作二巻~織田家の躍進~
尾張~新たな火種~


「慶松~、何か食いたいもんあるか~?」

 

「ん~? ……ういろー」

 

「またういろうか? えらく気に入ったみたいだな……」

 

「ふふ、あまり甘やかし過ぎても0点ですよ?」

 

「へいへいわかってますよ~」

 

肩車している慶松が周りをキョロキョロ見回しているのを、何か腹が減ったのだろうと声をかける慶次に、若干上の空ながらもきっちりと食べ物をねだる慶松。そしてそんな二人を隣から万千代が微笑みながら見ている。

その日は珍しく丹羽家に仕事が入らない非番の日で、折角だからと慶次と万千代、慶松という親子(仮)三人で城下に遊びに来ていたのだ。万千代は松平元康が信奈と同盟交渉に来るというので休むのを嫌がったのだが、慶松のお願いには流石に逆らえなかったようだ。

ちなみに、慶次が真田姉妹も誘ってみたのだが、「後一日……いや、半日あれば書庫の本を読み尽くせますので今回は……」と朱乃にやんわり断られていた。愛紗は慶松も行くということでかなり乗り気であったのだが、無念にも朱乃に引きずられて行ってしまった。哀れ愛紗。

 

さて、閑話休題(それはともかく)。あの尾張織田家の最後と思われた今川との戦、桶狭間での歴史的勝利から早数日である。割と久しぶりに城下に遊びに来た慶次と万千代だが、以前よりどこか賑わっている印象を受けるのは戦の緊張感が無くなった反動だろうか。

 

「なんか前より人が増えた気がすんな~……。慶松なんか肩車してなかったら速攻ではぐれるぞこりゃ」

 

「!?」

 

慶次の言葉を聞いた慶松が慌てて慶次の頭にひしっとしがみつく。それに慶次は苦笑いしながら慶松の頭を撫で、万千代も同じように慶松の背中をポンポンと軽く叩いた。

 

「……流石に頭には届かなかったか」

 

「当たり前です。貴方と私の身長にどれだけ差があると思っているんですか……」

 

慶次は185cmくらい、万千代は160少しくらいである。万千代が手をギリギリまで伸ばしてようやく慶松の背中に届くのだ。

 

「それと、あまり慶松を怖がらせちゃいけませんよ。慶松が人が沢山いる場所を怖がるようになったらどうするんですか。17点です」

 

「はいはい、俺が悪うございました~気を付けますよ五郎左様~」

 

「五郎左は止めて下さい!……全く、何回言ったら……」

 

万千代は正確に言えば幼名であり、本名は丹羽五郎左右衛門長秀なのである。ところが万千代はご覧の通り幼名の万千代をあだ名として愛用しており、五郎左の方は中々耳にしない。精々万千代とあまり関わりのない古くからの織田の家臣の年寄がそう呼ぶ時か、一部の家臣が万千代を『米五郎左』と褒め称える時くらいだ。

万千代は先日慶次と清洲に登城した時にその『五郎左』を聞かれ、それからは事あるたびにからかわれているのだった。

万千代が五郎左という呼び名を嫌がる理由は推して知るべし。少なくとも年頃(?)の女性が好むような名前では無い。

 

慶次は未だに頭にしがみつく慶松と、そっぽを向いてすっかり拗ねてしまった万千代を見て、やべ、選択間違えた、と苦笑する。そのまま周りを見渡すと、近くにういろうも置いてある団子屋を見つけた。

 

「万千代、そこの団子屋で昼飯にしようや。奢ってやるから機嫌直せって」

 

「…………」

 

「慶松もういろう食いたいよな~?」

 

「んぅ? ………ういろー? たべる」

 

始めは万千代に聞いた慶次だったが、プイッとそっぽを向かれる。今度は慶松に聞いてみるとにぱー、と笑顔で慶松が頷いた。

 

「ほら、行こうぜ」

 

「……みたらしとよもぎ、それと桜と小豆で許してあげます。46点」

 

「あいよ」

 

内心どんだけ食うんだよ……と思いながらも、珍しく空気を読んで何も言わない慶次であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっちゃん、みたらしとよもぎ、三色を一皿ずつ。んでから小豆を四皿と抹茶と桜を三皿、白と黒を二皿ずつ、後は茶を三杯で頼むわ」

 

「へ? ……へ、へい」

 

慶次がすらすらと注文をするが、店主は注文の多さに流石に面食らったらしく、少し間を開けて奥に入っていく。

まぁ、この注文のほとんどは慶松の腹の中に入っていくので量は問題ないのだが……夏のくそ暑い時期にも関わらず慶次の懐は厳冬に入る事が決まった。哀れ慶次。

 

「へい、みたらしとよもぎと三色、ういろうの小豆四皿と抹茶と桜三皿、白と黒二皿、茶を三杯です」

 

そして、しばらく待つと注文の品が慶次達が座っていた場所に運ばれてくる。昼飯時からは少しズレていた事が幸いしたのか周りに人はあまりいない。そのために注文の全てが慶次達の前の場所に置かれた。

 

「お、どもども。ほれ慶松」

 

「ん♪」

 

「万千代はみたらしとよもぎと桜と小豆だったな」

 

「はい」

 

慶次がういろうの皿を五色各二皿ずつ慶松の側に置く。慶松は相変わらずの無表情ではあるが声は物凄く嬉しそうに弾んでいた。また、万千代も団子とういろうの皿を渡すとさっきまでの不機嫌が嘘のように頬を緩ませる。甘い物を喜ぶあたり、やはり万千代も現代でいう女子大生という名の女子なのであった。

だが、そんなふわふわした感じは店主の爆弾発言によって吹き飛ぶ事となる。

 

「旦那達、今日は家族揃って遊びに来たんですかい? 可愛らしい娘さんに綺麗な嫁さんで羨ましい事でさぁ」

「「ぶぅーーーーー!!」」

 

店主の言葉に偶々ほぼ同じタイミングで口に含んだお茶を思いっきり吹き出してしまう慶次と万千代。慶次は思いっきり咳き込んだ後に店主に反論する。

 

「げほっ! ……おっちゃん!? 俺と万千代はそんなんじゃ……」

 

「いやいや、立派な可愛らしい娘さんまでこさえて何を言いなさるんで」

 

「慶松は養子! 慶松が可愛い事には全面賛成するけど!」

 

ちゃっかり親バカの片鱗を見せる慶次であった。

 

「いや、養子だから旦那とそこの嫁さんは結納してらっしゃるんでしょう?」

 

「してねぇよ!?」

 

「……ととさま?」

 

「あ、いや、慶松? これはな……」

 

慶次が万千代との結婚を否定したことで、慶次を父、万千代を母と慕う慶松は涙目になる。慶次は何とか慶松の機嫌を戻そうとして横目で万千代を見るが、万千代は顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせていて役に立ちそうにない。このポンコツ! と心の中で叫ぶ慶次だが全く状況は改善しない。ああ、店主のおっちゃんのニヤニヤ顔が物凄く腹立たしい。

 

「素直に認めちゃったらどうですか旦那~?」

 

「うっせぇぞおっちゃん! さっさと仕事に戻れよ!」

 

「もうかきいれ時は過ぎたんでお八つ時まで暇なんでさぁ」

 

「くっ……! ああ言えばこう言う……!」

 

店主の猛攻に圧されていた慶次だが、不意に視界の端に見馴れない武士の一行を見付けた。

 

「なぁおっちゃん、あそこの馬に乗った侍は誰だ? ここらの奴か?」

 

純粋に気になった慶次が店主に一行について尋ねる。決して話を逸らそうとした訳では無い。決して無い!

 

「んむ? ……あっしにはちょいとわかりかねますなぁ。少なくともここらのお侍じゃないと思いまさぁ」

 

「ふーん……」

 

それを聞いた慶次は未だにパクパクしている万千代の頭を軽くはたいた。

 

「痛っ! ……何するんですか」

 

「あの旗印ってどこの奴だ?」

 

「旗印?」

 

はたかれた事で少しムッとした表情で慶次を見る万千代だったが、慶次の指差した方向を見ると若干顔をしかめる。

 

「『三つ盛り亀甲』……となるとあの馬上の御仁は近江の浅井長政殿でしょう。風聞で聞いた容姿とも一致していますし」

 

「風聞?」

 

慶次が聞くと、万千代は嫌そうな表情を更に強くした。

 

「曰く、絶世の美男子。曰く、日ノ本一の男前。……と、近江国内の噂はいいらしいですが……一歩外へ出ると『女を落として国を大きくしている』『女は政治の道具、と豪語している』と酷いものです。南近江の六角家に人質にされていたらしいのですが、それも側室を落として脱出したとか。……まぁ、私自身の目で見た訳では無いのでどちらが正しいとは言い切れませんが……」

 

万千代はそこで言葉を切って店の近くで何やら大声で話している一組の男女を見る。

その二人の言葉をよく聞いてみると、やれ美男美女のお似合いの夫婦ができただの、織田信奈ほどの美しい姫に似合うのは近江の浅井長政を置いて他にいまい、などと言った内容の事を延々と話していた。

 

「……どうやら、後者の風聞の方が正しいようですね」

 

「なるほど、こっちが決める前から既成事実を作っちまえって訳か。やらしいねぇ……」

 

万千代は鋭い目で話続ける男女を見据える。どうやら浅井長政を完全に女の敵と見なしたらしい。

そして慶次は今一度馬上の凛とした美男子を見る。

 

「女泣かせの絶世の美男子、ねぇ……」

 

小さく呟いた慶次の言葉を拾う者はいなかった。

……ただ、これだけは言っておこう。慶次は、とある奥州の男装女子の男装を『一目』で見抜いた男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっちゃん、勘定頼む」

 

「へい。占めて一貫二十七文でさぁ」

 

「……ツケで。請求先は清洲の城の織田信奈で頼むわ」

 

「了解でさぁ」

 

後日、この事を知った信奈がブチキレる事になるが、それはまた別の話である。


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