織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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尾張~面白き世界~

「いいから褒美をよこせ! よこさないと泣くぞ!」

 

「ああもう、うるさいうるさい!」

 

「……なんだこれ?」

 

何故か盛大に口喧嘩している信奈と良晴。その二人を見ながらダメだこりゃ、と溜め息を吐く勝家。我関せずとでも言うように端ではぁふぅと幸せそうな溜め息を吐いている犬千代。そしてそんな全員を見ながら平常運転で微笑んでいる万千代。

論功褒賞の場であるはずの桶狭間の陣は非常にカオスと化していた。

 

「あら、遅かったですね。もう殆どの沙汰が終わってしまいましたよ? 40点」

 

「いや、んな事言われてもな……」

 

万千代が微笑みながら慶次にそう言うと、慶次は面倒くさそうに頭を掻く。

慶次に関しては鷲津付近から丸根までの移動時間分の後れがあり、ここに来るまでに割と時間がかかってしまっていたのだ。

ちなみに朱乃と愛紗は一足先に清洲へと戻っている。戻る前に伝令から一通りの結末を伝え聞いた朱乃が武田の件で「勝千代……」と頭を抱えていたのが若干気にはなっていたが……

勝千代って誰だ? とは気になった慶次だったが、面倒になりそうな気がしたので慶次があえて無視したのは言うまでもない。

 

「んで? オチビとサルは何を喧嘩してんだ? というか犬千代久し振りに見たな」

 

「…………あ、慶次兄」

 

「今気付いたのかよ!?」

 

どうやら犬千代は相当遠くまでトリップしていたらしく、正に今気付きましたといった様子の犬千代に軽くショックを受ける慶次。大事にしている義妹からの存在無視はかなり堪えたようだ。何だかんだでシスコンである。

ちなみに、慶次は犬千代が出奔していたという事は知らない。それを知ったら間違いなく暴走して信澄をボコボコにすると予想した万千代のナイス判断であった。

 

「し、しょうがないわね……今夜、長屋で身を清めて待っていなさい」

 

と、慶次と犬千代が漫才(?)をしている間にどうやら信奈と良晴の口喧嘩は終わったらしく、何故か少しだけ顔の赤い信奈はそのままずかずかと早足で陣を去って行った。

 

「……あれ? 俺の論功褒賞は?」

 

「遅刻で帳消しではないですか? 62点」

 

「そんなバカな」

 

結局、慶次は何も貰えなかったそうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ほれ、慶松どんどん食え~。ここでなら飯無くなるまで食っていいぞ~」

 

「はむはむ……」

 

その夜、戦勝に湧くうこぎ長屋に不思議と信奈を除く織田の主将が集まっていた。

万千代に連れられて、朱乃と愛紗を巻き込んで長屋にやって来た一同だが、そこに住人の良晴、そして犬千代、勝家、信澄、ねねを加えた面子が入るには長屋はいささか狭い。なので長屋の庭に御座を敷いて軽い宴会状態に入っていた。

その中でも慶次と慶松はひたすらにひつまぶしや味噌煮込みうどんを食べていた。特に慶松の食べるスピードと量が半端ではない。食べはじめてまだ一時間と経っていないというのに既にひつまぶしは12膳、味噌煮込みうどんは8杯平らげている。

 

「ちょ、慶松ちゃん!? まだ食べんの!?」

 

「?……はらいちぶんめ」

 

「マジで!?」

 

慶松、恐ろしい子である。良晴が俺達の分残んのかな……と小さく呟くが、その声を拾う者はいなかった。

 

「いや、しかし見事な働きでしたね。これからもよろしくお願いします、サル殿」

 

「そうですわね。よくぞ今川義元の本陣を発見できたものです。私からもよろしくお願い申し上げますわ」

 

「いえっ、こちらこそ! 織田家にはまともな家臣がいないので長秀さんたちみたいなまともな人がいてくれて助かります!」

 

「オイコラ、まともじゃない方に俺も入ってんのか」

 

まともじゃない、の部分で偶々慶次の方を見てしまった良晴が慶次の怒りを買うが、生憎慶次の膝の上にはひたすらにご飯を食べ続けている慶松がいたために動けない。

うおーやべー助かったー!! と、慶松に物凄く感謝する良晴であった。

 

「……あ、そういやあなたの名前は何て言うんですか? 」

 

「逃げたな」

「逃げましたね」

「……逃げた」

「にげた~」

 

慶次、万千代、犬千代、慶松の一斉射撃にぐふっ、と言ってわざとらしく御座の上に倒れる良晴。

 

「うふふ……そうでした。自己紹介がまだでしたわね。幸ちゃん!」

 

「? 何ですか姉上?」

 

朱乃の言葉に、勝家と話していたのを切り上げて朱乃の側にやってくる愛紗。

 

「うふふ、サル殿に自己紹介がまだだったでしょう?」

 

「ああ、あの時は確かうやむやになりましたからね……」

 

「……面目ない」

 

愛紗が苦笑いするのを見てしゅんと項垂れる犬千代。それを見た愛紗が慌てて犬千代を慰める。どうやら犬千代は犬千代で以前の長屋での喧嘩の件を気にしていたらしい。

 

「あらあら、幸ちゃんったら……」

 

「(幸ちゃん……織田家に『幸』のつく人って聞いたことないよなぁ……幼名か?)」

 

そんな予想をする良晴。しかしながら良晴の予想が当たることはまず無いだろう。なぜならそもそも正史では織田家に仕えた人物ではないし、この世界でも純粋に信奈の家臣ではないのだから。

 

「あの……失礼しますが、あなた達の名字は『森』ですか?」

 

森可成と森長可。正史では親子であったこの二人が慶次と犬千代のように少しねじまがっていると予想したのだろう。

だが、朱乃はただ微笑むだけ。名前を当てられた驚きのようなものがまるでない。

外したか……他にこの時期にいた兄弟とか親子って……平手さん? いやいや、政秀さんはもういないはずだし……と少し混乱する良晴。しかし、そんな考えは朱乃の言葉を聞くや否や吹き飛んでしまった。

 

「うふふ……私達は森殿達のような譜代ではございません。むしろ陪臣……長秀様の部下の慶次様の部下ですから。

私の名は真田源五郎昌幸、と申します。あちらは妹の真田源二郎幸村。以後、私のことは昌幸とお呼び下さいな」

 

「…………は? 真田?」

 

直後、良晴の絶叫が清洲中に響き渡り、その良晴に「うるさい!!」と勝家の鉄拳が叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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良晴の長屋から丹羽屋敷へ帰ってきた慶次達。愛紗が酔った勝家に絡まれて酔い潰されたために朱乃がその面倒を見ている中、慶次と万千代は縁側で呑み直していた。

何故かと言うと、慶次が桶狭間から帰って来てから一時たりとも慶松が離れなかったために、長屋でも万が一を考えて慶次が飲まなかったからである。折角の大勝利なのに酒を呑めないのはかわいそうですから、とは万千代の談だ。

今はその慶松も慶次の膝の上で猫のように丸くなって眠っている。まぁ無理も無いだろう。もう子の刻(0時)が近いのだから。屋敷に着くなり慶次の膝の上に乗りたがった姿は記憶に新しい。

 

「ほら、慶次。持ってきましたよ」

 

「おう、悪いな」

 

しばらく慶松を撫でていた慶次だったが、万千代が一升瓶と杯を持ってきたのでその手を止める。

そして万千代が慶次に杯の片方を渡し、そこに酒を注ぎ込む。慶次はそれを一気に喉に押し流した。

 

「ふぅ……やっと呑めたぜ」

 

「ふふ……今日はお疲れ様でしたね。戦でも戦の後でも」

 

「全くだ。まさか慶松にいきなり泣きつかれるとは思って無かった」

 

屋敷に戻るなり慶次の腹に突貫してきた慶松を思い出したのか、苦笑いする慶次。万千代はそんな慶次を見ていつものように微笑んでいる。

 

「何だかんだでこの子が一番懐いているのは慶次ですからね……少し羨ましいです」

 

「お前が嫉妬か? 珍しいな」

 

「そうですか? ……51点ですね」

 

「何がだよ」

 

カラカラと笑う慶次につられてか、少し声を出して笑う万千代。顔が既に赤いのは長屋でそれなりに呑んできていたからだろうか。

 

「聞きましたよ? 昌幸殿の策を放り出して松平の武将と一騎討ちしてたそうですね」

 

「げっ……説教は勘弁だぞ?」

 

「ふふ……まさか。こんな時にそんな無粋な事はしませんよ」

 

しかめっ面の慶次の顔が面白かったのか、クスクスと笑う万千代。先程から笑っていっぱなしなので、もしかすると軽く酔っているのかも知れない。

 

「満足はできましたか?」

 

「ん~……5割くらいか? やっぱまだ不完全燃焼だわ」

 

「そうですか……」

 

万千代は慶次の武の欲求不満を知っている。昔の勝家もそうだった。彼女は信奈へ忠を尽くすということと、あまり頭がよろしくないという部分でそれほど問題には挙がらなかったが、時折慶次が愛紗や勝家と鍛練している時に少し寂しそうな顔をしていたのを知っていた。

だからこそ、聞かずにはいられない。

 

「慶次」

 

「ん?」

 

「貴方は……この世が楽しいですか?」

 

「ああ、楽しいね」

 

即答だった。万千代が心配していたのがなんだったのだというくらいの。

そして慶次は再び酌してもらった杯を煽り、言葉を続ける。

 

「別に武で誰も俺に追い付けなくたって、他の部分なら絶対に何か俺は負けてんだ。だったらその部分でも勝てるように頑張ればいいし、何より世の中には面白い事で溢れてんだ。それなのに全部嫌になるなんて馬鹿らしいだろ? 俺はまだ全国の隅々まで行った訳じゃねぇ。この世の珍しいものを全部見た訳じゃねぇ。ましてや日ノ本だけじゃなくて世界なんて面白そうなもんまであるんだ。この世が面白くない訳無いだろ?」

 

「ふふ……そうですか……そうですね……」

 

空を見ながら目を子供のようにキラキラさせる慶次。それを見ると自分の心配が余計なお世話だったのだと万千代は思う。

……はて、自分は一体何を心配していたのだろうか? そんな考えが浮かぶ中、万千代は自分の杯を傾けるのだった。

 

 

「……万千代?」

 

それから半刻ほど酒を呑んでいただろうか。とうとう万千代からの返事が無くなってしまった。

それをいぶかしんで声を掛けた慶次だったが、返って来たのは返事ではなく肩にかかった僅かな重み。それからすぅすぅという音が聞こえた事からどうやら万千代が眠って寄りかかって来たらしい。

 

「……あ~あ、全く……。動けなくなっちまったな……」

 

そろそろ慶次もうつらうつらとしており、寝てしまうのも時間の問題だろう。

そして、しばらくどうにか二人とも起こさずに動けないかと考えていた慶次だったが、途中で諦めたらしく、その場で俯いて目を閉じる。明日寝違えるであろう事は許容したらしい。

 

……それから一刻程。その時に慶松が僅かに身動ぎしたことでバランスが崩れたのか、慶次の体勢が少しずれる。

そして、その時の慶次と万千代はお互いに寄り添うようにして、安らかな寝顔を浮かべていた。


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