織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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尾張~元康に過ぎたる者~

「あん? 今川が?」

 

「はい。お味方の状況は……7点です」

 

謀叛騒動があった翌日。美濃の蝮こと斎藤道三を助けに行ったサルを助けるために尾張の全兵を信奈が率いて向かったその直後。城で留守居役を命じられたはずの万千代が突然丹羽屋敷に慌てた様子で駆け込んで来ていた。

その理由は駿河の今川義元が全兵を率いて尾張に侵攻してきたからである。その兵、何と25000。元々かき集めて3000程しか集まらない尾張との兵力差は10倍近いのだ。更に今はサルと道三の救出のために全軍出払っている状況であり、現在は朱乃と愛紗が率いる真田衆と忍、そして慶次が各地で募ったかぶき者で構成された軍、全て合わせても500程しかいないのだ。万千代の私兵も信奈達に同行しているので本当にまずい。

 

「慶次様、長秀様、お呼びですか?」

「火急の事とお聞きしましたが……」

 

そしてそこに朱乃と愛紗が駆け込んで来る。どうやら万千代が書庫から引っ張り出して来たらしい。

 

「はい。一大事です。……今川軍が尾張に侵攻してきました」

「!!」

 

万千代の言葉に愛紗は目を見開くが、朱乃は雰囲気を一変させて鋭い目で万千代と慶次を見る。

……朱乃は元々が軍師向きの性格であり、その本領は知略にある。今までの戦いにおいてもこの雰囲気になることは幾度となくあったが、万千代がこの状態の朱乃を見る事は初めてであるので少し驚いていた。

だが、時は一刻を争う。慶次は普段なら弄っていたであろう状態の万千代を放って置き、話を進める。

 

「万千代、お前はオチビと合流して尾張に連れ戻せ。今なら多分普通に事が収まった辺りに追い付くはずだ」

 

「しかし……慶次達はどうするのですか?」

 

早くも落ち着きを取り戻したようで、万千代が慶次に問う。

 

「時間稼ぎ。……結局はオチビになんとかさせるしか無いしな。ほら、さっさと行け。ついでに慶松を浅野の爺に預けていってくれ」

 

「現時点ではそれが満点ですか……わかりました」

 

万千代が部屋を出ると同時に、慶次は万千代が持ってきていた尾張とその周辺の地図を広げる。朱乃と愛紗はその地図を覗き込み、あらかたの地形を把握すると顔を上げた

 

「今川軍は総勢25000。こっちは500ちょい。向こうの先鋒はまず間違いなく三河党だろうな。そして多分俺らが着く頃には本隊は沓掛らへんで、先鋒は早くて鷲津、遅くて丸根だろ。……んで? 軍師様はどうやってこの状況を破る?」

 

慶次は笑いながら、どこか楽しそうに朱乃を見る。愛紗はそんな慶次に少々呆れたような目を向けるが何も言わない。

……生粋の戦バカにして武人。なのに人殺しは大嫌い。それが真田姉妹の慶次に対する評価である。どこか矛盾した、けれどどこか眩しいその考え方。それに朱乃と愛紗は惹かれた。ならば、自分たちはそんな主の要望を叶えるだけ。

 

朱乃は、長考するために閉じていた目をゆっくりと開くと、妖艶に微笑む。

 

「……そうですわね。だったら、面倒な三河党には戦場から退いて頂きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む~……困りましたね~」

 

沓掛から少しだけ離れた場所で一軍が小休止している。その中でたぬ耳とたぬしっぽを装備した腹黒そうな少女が一人でうんうん唸っていた。

実はこの少女……松平元康は三河の国主である。だが、生まれついての不幸続きで現在は今川の家臣に成り下がってしまっていたのだ。

そんな時に起こったこの戦。元康は体のいいパシリのようにこき使われていたのだが、そのまま行けば戦功一番であった。その功で三河の返却にこじつけようとしていたのだが……状況が変わってしまった。

元康が丸根攻めを言い付けられるその直前、義元の本陣にある報告が寄せられたのだ。

 

『大高城、兵糧攻めにより落城寸前』

 

大高城は丸根砦と鷲津砦の近くにある、今川方にとって尾張攻めの要所である。しかも、大高城から義元が休息中の沓掛までは割と近い。

それ故に義元は“偶々”目の前にいた元康に大高城への補給を命じたのだが……

 

「(このままだと、戦功一番が他の人にこじつけられます~)」

 

そう。戦功一番が無くなってしまう。それは三河の統治という悲願が遠のく……いや、もはや無くなってしまうことを意味していた。

信奈が勝つならば何の問題も無いのだが、いかんせん兵力差が物凄い。信奈の勝率は限りなく低いだろう。

ああもう~どうしましょう~と元康が頭を抱えていると……

 

「あにゃ? 姫ちゃんどしたの~?」

 

ひょこっと陣幕の端から元康と同じくらいの背丈の桃色の髪の少女が顔を出した。

 

「あ、正信~。どうしましょう~」

 

「はにゃ?」

 

桃色の髪の少女……本多正信は元康の様子に何かを感じたのかトタトタと元康の側に寄る。その際に背丈とは物凄く不釣り合いな立派な双丘がたゆんたゆん揺れる。

 

「はふぅ~……それで、姫ちゃん、どしたの?」

 

「あ、はい~。実は~……」

 

そして元康がほんの10メートル程走っただけなのに息も絶え絶えな正信に説明すると、正信はなるほどねぇ~と頷いて笑った。

 

「何かわかったんですか~?」

 

「うん。これ、織田の偽報だね~」

 

さらっとそんな事を言ってのける正信。元康が正信に詳しい説明を求めると……

 

「だって織田は全軍で美濃に向かったんでしょ~? だったら大高城を包囲して兵糧攻めできる兵力はどこにあるの~?」

 

なるほど、道理である。

そして、元康が慌てて義元に自分を丸根攻めに戻してもらうように進言しに行こうとするのを正信が止める。

 

「正信~?」

 

「ここは大人しく大高城に行くよ~」

 

「でも、それでは今川が勝った時に……」

 

「心配ないよ~。たっちゃんを松井さんとこに潜り込ませたから、戦功はたっちゃんにお任せだよ~」

 

元康はそこで小さく考える。……正信の献策が間違いだった事は一、二回程しか無い。なら、正信を信頼して任せた方が確実に松平の……三河の徳になる。

 

「……なら、万事正信にお任せします~。信じますよ~」

 

「お任せあれ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(さて~、織田さんには頑張ってもらお~。独立後の同盟相手だろうし、ここで策を知らんぷりして恩を売った方が徳だしね~)」

 

主が主なら、家臣も家臣で腹黒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『策……と言うには単純ですが、先ずは私達全員で鷲津砦に入ります』

 

その朱乃の指示通り、慶次達は今鷲津砦にいた。

少し遠くには、丸根砦を包囲する今川軍の姿が見える。朱乃の偽報が成功していればあれは全て駿河の兵であろう。

そして今、慶次と愛紗は100の兵を鷲津の守備に残して400の騎馬隊を率いている。

 

『私が忍衆と先に丸根砦に入ります。そして合図を出してから半刻後に門を開きますので、そこに騎馬隊で突入して下さい。その際、先頭は幸ちゃん、殿は慶次様です。そして慶次様はあえて砦に入らず、あらかじめ組織した50人の兵と入り損ねた『フリ』をして下さい。そこを狙って今川が慶次様に寄せて来る直前に幸ちゃんを反転させて鷲津に向かわせます。慶次様は丸根へ移り、半刻後に門を開けると同時に忍衆が煙幕を張りますので、その間に再び幸ちゃんは丸根へ。その際、殿は慶次様にお任せしますので幸ちゃん達が丸根に入り次第慶次様も引いて下さい』

 

要約すると、『交互に今川をボコッてくれ』という事である。

この策での心配事は、兵が怯まないかという事と慶次と愛紗が怪我を負わないかどうかだが、前者は真田衆は元々あの武田騎馬隊の一角である。騎馬に乗っている今、怯む事はあり得ない。更には慶次の部隊だが、元々は各地のかぶき者達で、肝っ玉は一人前である。しかも今の面子は全員が軍神に『地獄』と言わしめた川中島の戦いを生き抜いた猛者揃いなのだ。そんな面子が今更戦を怖がるなんて事はあり得ない。後者は言うまでもなく論外である。

 

「てめぇらァァァァァ!! 覚悟はいいなァァァァァ!!」

 

『応!!』

 

そして、気合いの咆哮と共に一斉に飛び出していく慶次達。今川軍は全く予想してなかったのかその奇襲をモロに受けて指揮系統が機能しなくなっている。

 

そして予定通り、愛紗が丸根砦に入り、慶次達が丸根砦に入らずに門が閉まる。そして今川軍がここぞとばかりに慶次達に寄せて来るが、そこで不意に門が開き、愛紗が反転して今川軍に襲いかかる。

だが、慶次が丸根に入ろうと馬首を返した時だった。

 

「はああああっ!!」

 

突然背後から咆哮が聞こえ、直勘で馬から飛び降りる慶次。

その直後に慶次の乗っていた馬は真っ二つに斬られていた。……慶次にとって、松風を万千代に貸していたのは幸いだった。

慶次は皆朱槍を肩に担ぎ、後ろを振り返る。そこには、どこかで見たような蒼い長髪を後ろで一本に纏めた、綺麗系のスラッとした美人が巨大な槍を持って立っていた。

そして、何よりその女が纏う雰囲気。その雰囲気がこれ以上なく慶次を刺激する。

 

「……お前、名は?」

 

「忠勝。本多平八郎忠勝だ。……貴殿は?」

 

「前田慶次利益」

 

一瞬、二人の目が交差する。それだけで二人は全てを悟った。

 

 

ーー俺らは

ーー私達は

 

ーーーー“同類”だと

 

強大すぎる武。それがもたらす並ぶ者がいないという孤独感。全力を出す前に相手が倒れてしまうという欲求不満。そしてそれらに伴う不安、焦燥、悲観ーー

 

しかし、お互いがお互いを認識した瞬間にそんな感情はどこかへ吹き飛んでしまった。

それだけではない。慶次は朱乃の策を、忠勝は正信の指示を……この戦の目的すらこの二人にはどうでもいい邪魔なものに成り下がっていた。

 

慶次は感情を剥き出しに、普段は決して見せないような獰猛な笑みを浮かべる。忠勝は一見無表情に見えるが、口元は確かに弧を描いている。

 

「そーかいそーかい! 本多忠勝!! せめて十合くらいは保ってくれよ!!」

「こちらの台詞だ……その派手な槍が真っ二つにならぬよう精々気をつけるがいい!!」

 

そして、どちらからともなく二人は駆け出し、その槍はとてつもない衝撃を生み出しすと同時に交差した。

 


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