「……えっと……とりあえずはおめでとう?」
「なんでやねん」
ドゴォッ、と物凄い音が清洲城の信奈の部屋の中に響き渡る。とは言っても別に鉄砲とかの物騒な轟音ではなく単に慶次が信奈の脳天に槍の柄でツッコミを入れた音なのだが。
「いったぁ……何すんのよ!!」
「お前が訳のわからん事を言い出すからだろうが」
「姫様……私と慶次はそういう関係ではありません。38点」
村を出てから約三日。慶次と万千代、そして慶松は清洲の町に着くなりすぐに登城したのだが……やはりというか何というか、慶松の『ととさま、かかさま』宣言によって信奈にあらぬ疑いをかけられていた。
その結果、信奈は急によそよそしい感じになり、何故か犬千代ではなく隣に侍っている良晴は「チクショウ、やっぱ顔か? 顔なのか!?」とパルパルしている。
そんな二人に慶次と万千代はどうやって誤解を解いたものかと苦心していたのだった。ちなみに慶松は万千代の膝を枕にしておやすみ中である。
「だってその子見た感じ5才くらいでしょ? 慶次が出ていったのも四年前だし……出ていく前に慶次が仕込んでたんじゃないの?」
「仕込むって……オッサンかお前。だから俺と万千代はそんなんじゃねぇっての」
信奈のオッサン臭い発言に慶次がツッコむ。薄くだが額に青筋を浮かべている辺り、信奈のニヤニヤ顔にイラッときているようだ。
「……でも、長秀さんも慶次さんも二十歳なんだろ? この時代なら結婚してても別におかしくなぁああああ!?」
良晴が(余計な)口を挟もうとしたが、それは慶次の皆朱槍をマトリックス避けする事によって遮られた。というかよく避けれたものだ。
「次は、殺る」
「もう余計な口は挟みません」
「……弱いわね」
「……弱いですね」
良晴の方を向かずに皆朱槍の穂先だけを向ける慶次。その姿に底知れない恐怖を感じた良晴は土下座で平謝りをする。女性陣の冷たい視線もなんのその。恐怖がプライドに勝利した瞬間だった。
「それにしても、こんな可愛い子が鬼子の正体だったとはね……世も末ね」
万千代の膝ですやすやと眠っている慶松を覗き込む信奈。その顔は先程までのニヤニヤ笑いではなく優しい顔に変わっていた。
「本当になぁ。銀髪銀眼でこの将来性なら未来だったらモテモテだぜ」
「あんたは慶松を覗き込むんじゃないわよ!」
「痛あ!?」
信奈と同じように慶松を覗き込もうとした良晴が案の定信奈に蹴り飛ばされる。……うん、御約束である。
「何すんだよ!?」
「眼が覚めた時にサルがいたら泣いちゃうでしょ? ただでさえ見れた顔じゃないんだから」
「そこまで言うか!?」
「はいはい、お二人ともそこまでにしておいて下さい。そろそろ本当に慶松が起きてしまいます。38点」
いつも通りに喧嘩に発展仕掛けた二人だが、万千代の言葉にぐっと我慢する。流石に二人共、子供には甘かったようだ。
「そんでオチビ。慶松の保護の事だが……」
「ああ、いいわよ」
「早いな!?」
あまりにも早い許可に慶次は思わずずっこけかける。
「ただし、条件よ」
「条件だぁ?」
慶次が反応をみせたのを見て、信奈は悪戯めいた笑みを浮かべる。何故か物凄い悪寒がした慶次であったが慶松に関する事なので聞かないわけにもいかない。息をのんで信奈の言葉を待つ。
それを見た信奈は更に笑みを深くすると、面白そうに切り出した。
「そう、条件。それはね……」
ーーーーーーーー
「さて……慶次様?零から千まできっちりかっちり説明してくれますわよね?」
「成り行き」
「叩き斬りますわよ?」
「誠心誠意ごめんなさい」
場所は変わって万千代の屋敷。運悪く愛紗に書物庫から引きずり出されて休んでいた朱乃に慶次は捕まっていた。
理由は言わずもがな慶松の件である。帰ってきた慶次と万千代を出迎えた時に万千代が幼子を抱いていればそりゃあ勘違いだってするだろう。以前から慶次への好意をオープンに表していた朱乃なら特に。
「だからあれだよ、かくかくしかじか……」
「そんな言葉では伝わりません。はっきりと声に出して表して下さい」
「はい……」
いつも通りのニコニコ笑顔だが、慶次にとっては絶対零度の死の微笑みである。
……確実に怒っていらっしゃる。だって『あらあら』とか『うふふ』が無いんだから。
そんなレベル1の勇者が初期装備で魔王に挑むような気分で、それでも場を和ませようと冗談を言ったのにも関わらず一瞬で切り捨てられた慶次は萎縮していた。
「か、かわいい……」
「ちょっと!? 幸村殿!? 鼻血で人が出せる量じゃありませんよ!?」
「………こわい」
そんな背後の騒ぎも何故か恨めしいと感じるくらいに。
「慶次様? 何も私は初めから怒るつもりではありませんよ?」
「え? そうなのか?」
少し安堵する慶次。怒るつもりが無いのならその威圧感は何なのかと言いたいところではあるが……
そして朱乃は、慶次の後ろを少しハイライトの消えた眼で見ながら言葉を続けた。
「……ただし、場合によっては下剋上もやむを得ませんが……」
「待てぇぇぇぇぇ!!」
前言撤回。何も安心できる事は無かった。
「私も慶次様と長秀様の子供がいる、という噂を聞いた時に色々考えましたのよ? その結果、ああ、殺るしかないな……と」
「いや何で!?」
「慶松……少しだけ、少しだけぎゅってさせてくれないか!?」
「うー……」
「あはは……幸村殿? そろそろ慶松が本気で泣きそうですので……」
なんかもう、色々とカオスであった。
ーーーーーーーー
「……なるほど、そういう理由でしたか」
一時間程かけてようやく落ち着いた朱乃に慶次が事の成り行きを説明する。朱乃自身、頭はかなり……というか物凄い良いためにすぐに理解を示してくれた。
……まだ若干眼のハイライトが消えかけているのが気になるところだが。
「慶松を鬼子だと……? 」
「お前は落ち着けっての」
そして愛紗のキャラ崩壊もまた半端ではなかった。どうやら愛紗の中の何かに慶松の可愛さがクリーンヒットしたらしい。ちなみにちゃっかり慶松に『ねぇさま』と呼ばせる事に成功していたりする。
……まぁ、慶松に『ねぇさま』と呼ばれた瞬間に鼻から愛が吹き出したのだが。
そして朱乃が慶次のあぐらの上にちょこんと座っている慶松の側に行き、姿勢を低くしてから慶松の頭を撫でる。その丁寧な近づき方に慶松も警戒を解いたのか、逃げようとはしない。
「慶松ちゃん?」
「…………う?」
無邪気な上目遣いで見上げてくる慶松に思わず抱き締めたくなる衝動に襲われる朱乃だったが、ぐっと堪える。
「うふふ、初めまして。私は真田昌幸と言います。朱乃お母さんと呼んでね?」
朱乃の言葉に慶次が横を向いて飲んでいた湯を吹いてしまう。そしてその湯は不運にも万千代の顔にクリーンヒットしてしまっていた。
当然の事ながら、万千代の額に青筋が立つわけで……
「慶次……?」
「ちょ、まっ……事故! 事故だってぎゃあああああ!?」
義父が義母の間接技によって半殺しの目に遭っているなか、慶松はじっと朱乃の目を覗き込む。
朱乃もまた慶松の顔を見ながらニコニコしていたのだが……
「………うー……や」
慶松の拒否によってその表情が完全に凍りついた。
「ど、どうしてかな……?」
十秒ほど凍りついていた朱乃だが、ようやく復活し、恐る恐る理由を尋ねる。
すると、慶松は真っ直ぐ愛紗を指差した。
……ちなみに、まだ慶次と万千代は痴話喧嘩をしている。
「……幸ちゃん?」
「え?私がお母さん?」
若干パニクる愛紗だが、慶松はふるふると首を横に振る。
「ねぇさま」
「そ、そうだな! 私はねぇさまだな!」
「幸ちゃん、鼻血鼻血」
もう愛紗は救いようが無いかもしれない。
そして、慶松は次に朱乃を指差す。
「……の、ねぇさま」
「え?」
「要するに、幸村殿のお姉様……つまり『ねぇさま』の『ねぇさま』だから母じゃない、と言いたいのですか?」
「ん……」
慶松の言葉に、万千代が補足を加え、慶松に確認をとるとコクンと頷く。どうやら痴話喧嘩は終わったようで、慶次はあぐらを崩さずに後ろに倒れていた。
「むぅ……」
「……それだけじゃない」
「はい?」
若干不服そうな朱乃を見て、慶松は小さく呟く。そして、慶次のあぐらの上に座ったまま万千代に抱き付いた。
「あら?慶松?」
「よしまつのかかさま、ひとり。ととさまも。……それがいい」
「……あらあら」
万千代に撫でられて気持ち良さそうに目を細める慶松を見て、朱乃はそれ以上慶松にせがむのを止めた。
「ああ、慶松……そんないじらしい姿もかわいい……」
「幸ちゃん、鼻血鼻血」
実はこの某九尾の狐が自分の式を愛でる時のようになっている愛紗こそが一番の問題なのかもしれない。
「(こうなったら、やっぱり……)」
「……朱乃、お前何やってんの?」
「うふふ……慶次様、川中島での約束、忘れてませんわよね?」
「え゛」
……次の日、げっそりした慶次と、肌が艶々した、時折何か痛がるそぶりを見せる朱乃が見受けられたそうな。
ついでに、何か不機嫌な万千代も信奈によって確認されたそうな。