織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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尾張~銀の迷い子~

「白髪? いや、銀髪か? どっちにしろ日ノ本じゃ珍しいな」

 

「…………」

 

木にもたれかかったまま幼女を観察する慶次。髪はしばらく切っていないのかやたらと伸びてその顔を隠してしまっているものの、小首を傾げて慶次をじーっと見ている姿からは年相応の可愛らしさが伺える。

なんにせよ、子供をずっと日向にいさせるのもかわいそうだと思った慶次は、幼女に木陰を譲ろうと立ち上がる。

 

「…………!」

 

すると、突然ハッとした表情になった幼女は、慌てて近くの木の後ろに隠れてしまった。

慶次は不思議に思ってその場に立ったままでいたが、すぐに納得したように顔をしかめる。

 

「(そういや虎千代も言ってたなぁ……。『私みたいに尋常ならざる容姿に生まれて来た者は、神の化身として崇められるか、鬼子として処刑、もしくは追放されるかのどちらかしかない』……だっけか)」

 

恐らく、この幼女は後者に近い扱いを受けてきたのだろう。銀髪銀眼など旅の途中で時折見かけた宣教師にもいない容姿なのだ。正に村民達にとっては災厄の前触れの証だったのだろう。

アルビノや金髪オッドアイの知り合いがいる慶次にとっては見た目で人を判断するなど愚の骨頂としか思えないのだが。

 

……とにかく、この幼女は村八分にされていたのだろう。だからこそ、今慶次に対して避けるという行動をとっているのだ。

しかしながら、この子は見た目は少し風変わりなものの、中身はそこいらの子供と何ら変わり無いのだ。そんな子がいきなり他者との関わりを断てるだろうか? 答えは否だ。子供には少なからず扶養者としての大人が必要である。しかし、この子の親は何らかの理由で扶養者では無くなっているのだろう。でなければ一人で外を出歩かせる訳が無い。何故なら、村民に何をされるかわからないのだから。

 

「(やっぱ鬼子ってこの子だよなぁ……)」

 

「………」

 

慶次は頭を掻きながら、木の後ろからこっそりこっちの様子を伺っている銀髪幼女を見ると、幼女は慌てて顔を木の後ろに引っ込んでしまう。

しかし、またすぐにそーっと、恐る恐る慶次の様子を伺ってくる辺り、やはり人の温もりに飢えているのだろうか。

 

慶次は困った顔をしながらも、決心したのかゆっくりと幼女に近付いて行く。

幼女は足がすくんだのか、それとも慶次が近付いてくるのが予想外だったのか……とにかく、その場から逃げようとはしなかった。

ついに慶次は幼女のすぐそばに立つ。高身長の慶次と、幼く小さい銀髪幼女ではかなりの身長差だ。幼女からは慶次の顔が太陽と被ってその表情が伺えない。

そして、慶次が右手を挙げる。幼女は殴られると思ったのか、咄嗟に目をぎゅっと瞑る。

 

……だが、次の瞬間、幼女が頭に感じたものは痛みではなく、ゴツゴツしているものの、温かく優しい……そしてどこか懐かしい感覚だった。

ゆっくり目を開けると、そこには俺ってそんなに怖いかねぇ、と苦笑いしている、しゃがみこんで出来るだけ幼女と目線を近付けた慶次がいた。

その慶次は、幼女を安心させるようにポフポフと頭を叩くと、

 

「お前、名前は何て言うんだ?」

 

そう、優しく問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「これがその松……『大谷松』ですみゃあ」

 

「これが……」

 

村長に案内されて、村外れの林の奥に着いた万千代は、そこにある奇妙な一本の松の木に面食らっていた。

普通の松のように曲がって伸びるのではなく、幹は真っ直ぐに高く伸びている。加えて、その枝の生え方もまた奇妙だ。上の方からまるで柳の木の枝のように垂れるようにして枝が生えている。なるほど、これでは村民達が気味悪がるのも仕方ないのかもしれない。

万千代は大谷松に近付いてその幹に指で触れる。その指を見ると確かに松脂が付いていた。どうやら疑う余地なく松の木であるらしい。

 

「どうですみゃあ? やはり鬼の呪いなんですかみゃあ」

 

「…………」

 

違う。そんなはずはない。

そうはわかっているものの、違うと証明出来るようなものが見つからない。……八方塞がりだ。

初めは松の木では無いのではないかと思った万千代だったが、松脂が出ているとなるとどうしようもない。こうなると、その鬼子がどんな者かに可能性を見出だすしかないか……そんな事を考えていた時だった。

突然、林の横の茂みから音がして、そこから誰かが飛び出してくる。

 

「……あれ? お前何してんの? 説得は?」

 

「何してんの?はこちらの台詞ですよ……何をしているのですか、慶次」

 

そこから出てきたのは、銀髪幼女を肩車した慶次だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……………」

 

「よー食うな、お前……」

 

慶次が名前を聞いた直後、幼女のお腹が盛大になったため、慶次は自身の昼飯だったおにぎりを幼女に食べさせていた。

慶次のおにぎりは本人がよく食べるのもあってかなり大きいのだが、幼女は既に三つめに手をつけている。これによって慶次の昼飯が抜きになることが確定した。

 

「どんだけ腹減ってんだよ。俺でも割と腹が膨れる量だぞ?」

 

「……………」

 

「ん?ああ、いや別に怒ってないから安心しろ。ただその小せぇ体のどこに入ってんのかな~って思っただけだから」

 

「……………♪」

 

慶次の言葉におにぎりを申し訳なさそうに差し出す幼女だったが、慶次が笑いながら幼女の頭を撫でるとうって変わって笑顔でおにぎりを頬張る。

……先程わかった事だが、この幼女、喋ろうとしない。慶次の言葉に反応している所を見ると言葉を知らない訳ではなさそうだし、小さく『む~』などと唸ったりしている辺り声帯に異常があって喋れないという訳でも無さそうだ。……恐らく、慶次になついてはいるものの、まだ心を開いてはいないといった所か。

この子がどんな扱いを受けてきたのかを慶次は知らないが、良いものではない事は嫌というほど理解できた。

 

「……………」

 

「ん?」

 

おにぎりをペロリと平らげた幼女はしばらくその場でボーっとしていたが、突然おもむろに立ち上がると、慶次の手を引っ張ってきた。

 

「どうした?まだ腹減ってんのか?」

 

「………………」

 

ブンブンと首を横に振る幼女。

 

「何か行きたい所でもあんのか?」

 

今度はコクコクと首を縦に振る。どうやら合っているらしい。

 

「そうか……俺が付いていけばいいのか?」

 

慶次がそう聞くと、笑顔でコクンと頷く幼女。どうやら自分の意思が伝わったのが嬉しかったようだ。

 

「そんじゃ、行こうか……ホレ」

 

「……………!?」

 

突然慶次に持ち上げられ、ジタバタと暴れる幼女。だが、慶次が肩車の体勢に持っていくと、ものの見事に大人しくなる。

 

「ホラ、この方がお前も楽だろ? ……んで、どっちに行けばいいんだ?」

 

「…………」

 

元気よく前を指差す幼女。慶次と会ったばかりのような怯えはもはや微塵も見受けられない。

これも慶次の人懐っこさがなせる技か……とにかく、今言える事は……

 

「…………?」

 

「あ、コラ。あんま槍を触んなよ?怪我すんぞ」

 

「……! ……!」

 

「あーあ、言わんこっちゃない……。ホラ、血止まるまで指くわえてろ」

 

その二人は、端から見れば『親子』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お前何でこんな所に?」

 

「だからそれはこちらの台詞ですよ。22点。……それより、そちらの子は?」

 

「さっきそこで拾った」

 

「軽いですね……」

 

と、いう訳で今に至る。

思わぬ所で顔を合わせる事となった慶次と万千代はいつもと同じような掛け合いをしているが、村民達の反応はまるで違った。

 

「お、お侍様……ヤツだぎゃあ」

「で、出たみゃあ……鬼子だみゃあ!」

 

村民の各々が鍬や鎌を慶次に……いや、慶次の肩にいる幼女に向けて構える。

 

「皆、何を……」

 

「アイツですみゃあ! アイツが例の鬼子ですみゃあ!」

 

村民の一人の叫びに、咄嗟に慶次の肩にいる幼女を見る万千代。

……なるほど、先程は日の光でわからなかったが、確かに銀髪だ。……だが、武器を構える村民達に怯えて慶次にしがみついて震えている姿は普通の女の子と何ら変わり無い。この子のどこが『鬼』子だと言うのだろうか。

 

村民達に武器を納めるよう言おうとした万千代だが、それは慶次の言葉によって遮られた。

 

 

「ふざけんなよ、テメェら」

 

静かな、けれど確かな怒気を孕んだ慶次の声に、万千代を含めたその場にいる全員が気圧される。

 

「コイツのどこが鬼子だ? 髪か? 目か? そんなもん偶々そう生まれて来ただけだろうが。それのどこがおかしいってんだ?」

 

「だ、だったらこの松は……」

 

村民の一人が気丈にも……いや、無謀にも慶次に反論する。

 

「あ? そんなもん知るかよ。コイツは松じゃねぇんだ。どんな生え方しようが松の勝手だろ。それを無理矢理コイツのせいにすんじゃねぇ」

 

何とも無茶苦茶な、けれど反論するには筋の通ってしまっている慶次の言い分に、誰も反論できない。

……万千代は呆れと感心が入り雑じった苦笑いを浮かべているが、今は割愛しよう。

 

「そ、それならその容姿はどう説明するみゃあ! そんな容姿、日ノ本の人間には……」

 

それでも懲りずに反論……いや、もはや文句を付けてくる村民に、慶次は溜め息を吐く。

 

「だから偶々だって言ってんだろうが……まぁ、それでも納得出来ねぇんなら、教えてやる。越後の上杉謙信は知ってるな? アイツは白髪紅目。ついでに奥州米沢の伊達輝宗の嫡子は金髪で、左右の目の色が違う」

 

それを聞いた村民達の反応は驚きの一択だった。伊達家の方はよくわからないにしても、越後の軍神を知らぬ者は滅多にいない。その軍神がまさか人ならざる姿であるとは……

 

しかし、それを聞いても村民達に銀髪幼女を受け入れようという気は見受けられない。

 

「(これでもまだ決め手になりませんか……。頑固と言えばいいのか、単に自分達の過ちを受け入れられないのか……4点)」

 

万千代は流石に見かねたのか、更に村民達を説得しようとーー

 

「……もうやめとけ、万千代」

 

ーーしようとして、再び慶次に遮られた。

 

「何故です?もう少しで説得はできますよ?」

 

「受け入れたって人の心はそう簡単に変わらねぇよ。説得したところで何かあったらコイツのせいにされるのがオチだ」

 

慶次の言葉は間違ってはいない。確かにそんな例は無いわけではないのだ。酷い時には、説得した次の日に殺されたという例もある。

 

「なら、どうするんですか?」

 

「……城に連れてく」

 

「……やはり、それしかありませんか」

 

どうやら万千代も最終手段として考えていたのだろう。大して驚かずに慶次の言葉を受け入れた。

確かに、珍しいもの、可愛いものに目がない信奈なら、この子を無下には扱わないだろう。姉代わりの願いともなればまず放り出されはしない。

 

「と、いう訳ですので、この子の身柄は預からせて頂きます。沙汰は追って知らせますので」

 

「へ、へぇ」

 

状況に着いていけていない村民達を余所に、鬼子の問題は後味が悪いまま、終わった。

 

……全ての人間が、自分以外の者を受け入れられる訳では無い。

時にはやはり、落ちていってしまう実もあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あー……すっきりしねぇな、クソっ」

 

「仕方ありません。全てが全て私達の思い通りに進む訳では無いのですから。……今回はその子を保護出来ただけで満点としましょう」

 

「…………?」

 

 

あの後、すぐに村を出た慶次達は、近くの町の宿で休んでいた。

 

その中で、やはり納得いかないのか不機嫌な慶次を、幼女を膝に抱き上げて撫でながら万千代が宥めていた。

 

「とは言ってもなぁ、やっぱ納得いかねぇよ」

 

「世の人全てが私達と同じ考え方ではありません。私や貴方が違うのと同じように、ね。

……そう言えば、貴女の名前は何て言うんです?」

 

話を変えようとしたのか、万千代が頭を撫でながら幼女に聞く。

 

「そういや俺も聞きそびれてたな。……なぁ、名前は?」

 

慶次と万千代に注目された幼女は、しばらく顔を赤くしてもじもじしながら口をパクパクさせていたが、覚悟を決めたのか、口をパクパクさせるのを止め、きゅっとその小さな手を握る。

 

「…………よしまつ」

 

蚊の鳴くような小さな、だけれども透き通った綺麗な声で、幼女は初めて喋った。

 

「よしまつ……慶松か。まさか俺の字が入ってるとはな……」

 

「まだ決まった訳では無いでしょうに……違う字だったらどうするんです?」

 

「問題ないだろ。慶松が字書けるならともかく、本当がどんな字なのかわかる奴もいないんだし」

 

「それはまぁ……そうですが……」

 

これまたいつものような会話になっていた時に、慶次が慶松がじっとこっちを見ていることに気付いた。

 

「……ああ、そういや俺らの自己紹介がまだだったな! 俺は前田利益。慶次でも兄ちゃんでも好きに呼べ!」

 

「私は丹羽万千代長秀と言います。私も好きに呼んで下さいね?」

 

慶次と万千代が笑顔で慶松にそう言うと、慶松は二人の顔を代わる代わる見る。

そして、たっぷり一分程そうしていたかと思うと、慶松はじっと二人の顔を見つめ……

 

「うん……ととさま、かかさま」

 

「「え゛」」

 

とんでもない爆弾を落としていった。









慶松は知っている人は知っている人の幼名です。史実では別に銀髪銀眼ではありませんのであしからず。


慶松の容姿はボーカロイドのIAを幼くして銀眼にしたものを想像して下さい。

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