織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~   作:黒やん

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尾張~サ(がらよしは)ル~

「……じ、お………い。慶…。慶次!」

 

「………………」

 

どういう訳か、万千代の声が聞こえてくる。

全く……尾張に帰ってないからホームシックにでもなってんのかねぇ?まぁ、夢だし無視してもいいだろ……

 

「慶次!……全く、これだけ言っても起きないなんて……。こうなったら仕方ありませんね」

 

そして、俺はもう一度ノンレム睡眠に入ろうとして………ドゴッという音と共に腹に物凄い衝撃が……

 

 

「って痛ァァァァァ!?」

 

「あ、起きましたか。おはようございます」

 

 

飛び起きて床を転がって悶絶していると、いつも通りの笑顔で刀(鞘付き)を持っている万千代が目に入った。

……そうだ。そういや昨日尾張に戻って来たんだった。

 

「あ、おはよ……じゃねぇよ!? 何朝からやらかしてくれてんの!?」

 

「やらかすとは失敬な。約束通り起こしてあげただけですのに。31点」

 

「起こすにしてもやり方があんだろうが! 見ろ外を! まだ明六つにもなってねぇぞ!?」

 

未だに外には月が出ている。間違いなくまだ寅の刻にもなってねぇよ。屋敷の中物音一つしねぇし。

 

「夜が明けると同時に仕事を始めるのですから、この時間に起きるのは当たり前です」

 

この真面目ちゃんめが。

 

「それに……はい」

 

万千代は俺に何かを差し出してくる。その手に握られていたのは昨日俺が渡したリボンだった。

 

「?これがどうしたんだ?」

 

「もぅ……。付け方がわからないんですよ。自分で付けられるようになるまで貴方が付けて下さい」

 

そう言うと、俺が何かを言い返す前に俺の前に座って後ろを向く万千代。

 

「自分で頑張れよ……」

 

「駄目です。付けて下さい」

 

「……ふぅ」

 

こうなった万千代はテコでも譲らない事は知っているので、大人しく万千代にリボンを付けてやる。

俺の尾張での初仕事は、万千代にリボンを付けてやる事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……はい。これで今日終わらせる予定のものは終わりましたね」

 

「だあぁ! 終わった~!!」

「…………」

 

「あらあら、お疲れ様ですわ」

 

微笑みながら書簡を纏める万千代と朱乃。そして終わった瞬間に机に突っ伏す俺と愛紗。現在、万千代の書斎にいる四人である。

万千代の仕事が兵の調練とかなら俺も愛紗もこうはならなかったのだろうが、あいにく万千代は政治系統の筆頭家老なので、その懐に入ってくる仕事は書類仕事ばかりなのだ。俺や愛紗にとっては地獄もいいところである。

……頭使う仕事は苦手なんだよ。悪いかコノヤロー。

 

「うふふ、では私はお茶でも淹れてきますわね」

 

「ああ、お茶の葉の位置はわかりますか?なんなら私が淹れますが……」

 

「昨日の内に屋敷の間取りは確認しております。主人の主人にお茶を淹れさせる訳にはいけませんので……」

 

そんな会話をして、朱乃がゆっくりと退席していった。

 

ちなみにだが、朱乃と愛紗、万千代はどうやら気が合ったらしく、会って一日とは思えないくらいに仲がいい。朱乃と万千代は何となく似ている感じがするから同族嫌悪みたいに仲が悪くなるんじゃないかと思っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。

 

 

 

 

「ん~……長秀様と慶次様はお昼からどうするおつもりですか?」

 

朱乃が淹れたお茶を飲んでまったりしていると、愛紗が突然そんな事を聞いてきた。

 

「あらあら、幸ちゃん?どうして私には聞かないの?」

 

「姉上はどうせ城の書物庫に籠るのでしょう?」

「…………」

 

顔をこれでもか! というくらいに明後日の方向に逸らす朱乃。どうやら図星らしい。……昨日俺に城に入る許可を貰ってくれって何回も頼んできたのはそのためか。

 

「やっぱり……。姉上にはまた根を詰めすぎられても困りますから私も着いていきます。だから聞かなかったんですよ」

 

隣で『しまった』って顔をしている朱乃は一旦スルーしよう。

 

「俺は……まぁ、犬千代の顔を見に行く。そっから犬千代と城下町にでも昼飯食いに行くかな」

 

「犬千代……ああ、昨日の。慶次様も妹がいたなら言っておいて下さい。昨日喧嘩になりかけたんですからね?」

 

「ハハハ、悪い悪い。言ってたつもりだったんだがな」

 

隣でちょっとだけむくれる愛紗の頭を軽く撫でる。多分犬千代が勘違いして襲い掛かったんだろうな。

 

「で、万千代はどうすんだ?」

 

「そうですね……折角ですから私も慶次に着いていきますよ。私もサル殿……もとい、相良殿を一目見てみたいですしね」

 

そう言えば俺の長屋ってサル小屋にされたんだっけ……って。

 

「待った、万千代。サルって……サルじゃなくて人間なのか?」

 

「え?はい。そもそも姫様が長屋に本物の猿を入れる訳が無いじゃないですか」

 

キョトンとした表情で答える万千代。朱乃の方を見ると、これまた頷かれた。どうやらガチで人間らしい。

 

「……サル、なぁ。気に入ってんのか、単純にバカにしてんのか……」

 

「両方だと思いますよ」

 

そんな訳で、俺と万千代はうこぎ長屋へ、朱乃と愛紗は城の書物庫にそれぞれ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りの格好で三の丸のうこぎ長屋に向かう俺と万千代。オチビの政策のお陰か、三の丸までは商店を構える事も許可されているのでかなり人の往来は多い。

 

「楽市楽座……だっけ?いい感じに機能してるみたいだな」

 

「当初は座を組んでいた商人の反対が凄かったんですけどね。姫様が利を説けばすぐに収まりました。95点」

 

 

ちなみにだが、今日は松風を連れていない。いつものように松風に寝転んで散歩がてらに行こうとしたら万千代に扇子で叩かれたのだ。だから松風は今日は留守番である。……今日の干し草は奮発してやろう。

 

「ホレ万千代。お前桜でよかったよな?」

 

「あ、ありがとうございます。……っていつの間にういろう買ったんですか?」

 

「今。おまけありがとなおっちゃん!」

 

「おう!贔屓にしてくれよー!」

 

 

抹茶と桜を頼んだらおっちゃんが小豆をおまけしてくれた。いいおっちゃんだ。

これも商業が上手くいっている証拠だろう。でなけりゃおまけなんてできる訳ないしな。前に近江の端の町に行った時はひどかったしな……

 

 

「慶次?どこに行くんですか?着きましたよ」

 

「おろ」

 

どうやら考え事をしている間に着いていたらしい。

 

「犬千代~!! 俺だぞ~!! いたっ」

 

犬千代を呼ぶと、何故か万千代にはたかれた。

 

「何すんだ」

 

「犬や猫じゃないんですから、そんな呼び方で来るわけないでしょう。27点です」

 

「……慶次兄!」

 

「来た!? 本当にアレで来たんですか!?」

 

「ホレ見ろ」

 

 

犬千代は俺やオチビに対しては本物の犬並みの勘と嗅覚を発揮するんだよ。

もう訳がわかりません、31点です……とこめかみを押さえる万千代をよそに、犬千代が俺に飛び付いてくる。

 

「……慶次兄」

 

「おっと……でかくなったな~犬千代。ただいま」

 

「……おかえり。慶次兄」

 

相変わらず口数の少ない犬千代だが、ぎゅ~と俺の足にしがみついて離れない。顔が見えないから表情はわからないが、どうやら想像以上に寂しい思いをさせてしまったみたいだ。

犬千代の頭に手を置き、撫でる。

 

「……ちょっと、痛い」

 

「あ~……悪い悪い。やっぱり力加減がなぁ」

 

「そこは相変わらずなんですね。27点です」

 

「……長秀も、来た?」

 

「はい。しばらくぶりですね、犬千代」

 

そんな感じで犬千代を愛でていると……

 

「何だ何だ!? 犬千代! 何でお前急に飛び出して………誰だ?」

 

「こっちの台詞だ」

 

この時代にあるはずのない学ランを来た、人の顔したサル……もとい、サル顔の男がいた。

 

 

「誰だお前?犬千代の婿か?……犬千代、駄目だぞ。せめて人の婿を選べ」

 

「何でだよ!? 人の言葉を喋るサルがいるわけないだろ!?」

 

「いるじゃねぇか。俺の目の前に」

 

「人!! 俺人間!! サルじゃねぇってこのやりとりもう飽きたわ!!」

 

からかえばきっちり反応が帰ってくる。いや~、楽しいね!!

 

「慶次。からかうのはその辺にしておきなさい」

 

「へいへい」

 

「からかってたのかよ!?……って美人!!」

 

万千代を見た瞬間、サルの目がキラキラと輝き出す。……ああ、女好きか。

万千代はやはりというか、扇子で口元を隠しながら微笑んでいる。

 

「ふふ、お世辞が上手いようで。丹羽長秀、と申します」

 

「俺は前田利益。そこの犬千代の義理の兄貴だ。ま、慶次とでも呼んでくれや」

 

「あ、俺は相良良晴……って丹羽長秀に前田慶次!? 織田家の超ビッグネームじゃねぇか!?」

 

オイオイ、ここで英語をさらっと言うか……

何と言うか、犬千代が一緒にいて嫌ってないみたいだから悪い奴じゃないんだろうが……ちょっとうかつ過ぎるな。これは俺も現代人だって言わない方がいいか。変な噂が立ったら俺だけじゃなく犬千代、前田が困るし。変に頼られ過ぎても困るし。

 

「びっぐねぇむ?」

 

「あ、有名人って意味です」

 

「俺昨日帰って来たばっかりなんだがな」

 

そう言うと、万千代が俺をジト目で見て溜め息を吐いた。何でだ。

 

「はぁ……慶次、貴方は別の所で有名ですよ?」

 

「は?」

 

初耳なんだが。

 

「いくつもの戦を渡り歩いている事から『戦さ人』。昔からは『鬼才』。後、少し前から『夜叉』というのも広まってきましたね」

 

「えぇ~……」

 

だからその厨二ネームやめようや……

 

「で、慶次さん達は何の用で来たんですか?信奈から何か言われて?」

 

堂々とオチビを呼び捨てるサルに万千代がまた溜め息を吐く。

 

「アハハハハ!! オチビを呼び捨てか!!」

 

「慶次……笑い事ではありませんよ。相良殿、姫様を呼び捨てにするのは止めてください。姫様が認めていたとしても、足軽が大名を呼び捨てにするのは示しがつきません。6点です」

 

「まぁまぁ、いいじゃねぇか。動物の名前を付けるって事はオチビのお気に入りだろ?」

 

「それはそうでしょうが……」

 

「え?慶次さん、オチビって……」

 

「ん?信奈の事だぞ」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

そんな驚く事か?

 

「驚く事ですよ」

 

「心を読むな」

 

そんな感じで長屋の前でわいわいやっていると……

 

 

「見よ!またうつけの飼いザルが猿回しをしておるわ!」

 

何か無駄に態度のでかいなんちゃって侍が大勢やって来た。

 

 

「「帰れ」」

 

「無礼者!しかも今度は仲間まで増やしおって…」

 

「何だこのバカ共は……」

 

俺がそうごちると、未だに足にしがみついている犬千代がオチビの弟の親衛隊だと教えてくれた。

……なるほど。虎の威を借る狐か。

 

「ふん、サルはサルらしく山に帰ればよいものを」

 

「へぇ。じゃあ帰れよ」

 

「はぁ?貴様は何をほざいておるのだ?」

 

いい加減イライラしてきたので、そろそろ言い負かしてやろう。

 

「コイツをサルって言うなら俺もサルだろ?だったらお前ら全員サルだろうが」

 

「なっ!?」

「貴様!我らを愚弄するか!」

 

俺の言葉にいきり立つバカ共。中には刀を抜く者までいた。

……この程度の挑発に乗られてもな~……

 

ちなみに万千代は今浅野の爺さんの所だ。肝心な時に居ないんだよなアイツ。

 

「先に愚弄したのはそっちだろ?」

 

「貴様!もう我慢ならん!この場で叩き斬ってくれるわ!」

 

バカ共の一人が激昂し、斬りかかってくる。全く、こっちには足にしがみついてる犬千代がいるから動きにくいってのに……

 

「死ね!!………は?」

 

バカ1が思いっきり刀を降り下ろすが、空振る。そりゃそうだ。刃が根本から無いんだから。

 

「な、何を」

 

「あん?ただ単にお前の刀を斬っただけだ」

 

「なっ!?」

 

「お前達!そこで何をやっているんだ!」

 

 

騒ぎを聞きつけたのか、誰かがこっちに向かってくる。

 

「あ、柴田殿!サルの仲間風情が我らを愚弄して!!」

 

形勢が悪くなったら人に頼るか。まぁ正しいっちゃ正しいが……喧嘩でそれをするか?ただの負け犬だろうが。……柴田?

 

「お! 勝家! 久し振り~!」

 

「なっ!? 慶次さん!?」

 

来た奴は、四年前に何度か会った事のある柴田勝家だった。

 

「柴田殿! その無礼者を切り捨ててしまって下さい!」

 

「馬鹿! 無礼者はお前だ! この方は前田の鬼才だぞ!? あたしが四年前にとは言えボコボコにやられたんだぞ!? 」

 

空気が読めないバカが勝家を急かすが、勝家は逆にそのバカを叱り飛ばす。

 

「け、慶次さん!? アンタ何者なんだ!? 勝家が信奈以外にあんなに腰が低い所初めて見たぞ!?」

 

「何者って言われてもな……昔稽古をつけてやったとしか…」

「勝家に!?」

 

うわぁー!!俺の知ってる歴史がー!!とか言って悶えだしたサルは一旦放置。

 

「け、慶次さん! この度の無礼はどうかお許しに……!!」

 

「あ~……いいけどさ。次来たら斬るぞ?そのバカ共」

 

「は、はい!キツく言っておきますので!……オラ!早く行け馬鹿!」

 

 

そんな感じで、ドタバタしながら勝家達は帰って行った。

……何か昔っから勝家は俺を避けてるというか逃げてるというか……何かやったかな?俺。

そりゃ確かに稽古の時にとりあえず手合わせしてその度にボコってたけどさ。でも俺も師匠にボコられてたからこのやり方しか知らねぇんだよな。

 

 

「……さて、慶次。そろそろお暇……あら?」

 

「万千代、微妙に遅い」

 

「?」

 

首を傾げて不思議そうにしている万千代。何か頭を抱えてぶつぶつ言って悶えているサル。まだ俺の足にしがみついている犬千代。

 

 

とりあえず、物凄くカオスだった。


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