尾張~帰還~
~尾張・清洲城前~
「あ゛~……やっと着いた……」
「あらあら、着いてしまいましたわね」
「…………」
春日山を出立してから早二日。残念そうな表情の朱乃。物凄く申し訳なさそうにしている愛紗。そしてガチで体力が尽きかけている俺。そんな端から見ていて怪しさ全開な俺達は織田の本拠、清洲に辿り着いていた。
……何でそんなに疲れてるかって?理由は簡単。この二日間、宿で寝ようとした時に朱乃が夜這いをかけてきたからだ。もちろん返り討ちにしたが。……物理的な意味で。
……こんな若くに婚姻なんかしてたまるか……!! 結婚は人生の墓場だって誰かも言ってたじゃねぇか……!!
そんな訳で、俺は今精神的にひどく磨り減っている。ああ、梵(梵天丸)やかねたんを弄ってストレス解消してぇな……
「慶次様、行かないのですか?」
「おっと」
朱乃の言葉で我に返る。
実は今、もうすでに清洲城の本丸の前にいるのだ。朱乃や愛紗は外様新参、しかも現当主のオチビの直参ではなく俺の部下という陪臣扱いなので、これ以上は進めないのである。
ちなみに俺は帰り新参という大義名分(?)があるので本丸に入れるのだ。
「じゃあ、軽く会ってくるから、先に三の丸のうこぎ長屋って所に行ってくれるか?そこで犬千代って子か浅野って爺さんに慶次の使いって言えば俺の寝床の場所はわかるから」
「うふふ、承知しました。行ってらっしゃいませ」
「長屋の方は私達にお任せ下さい」
そうして朱乃達とは一旦別れる。ちなみに俺の寝床は犬千代の隣だ。
「……さて、四年ぶりか」
ここに来る途中で美濃の蝮と同盟を組んだってのは聞いたが……はてさて、どんな感じに成長してるのやら……
ーーーーーーーー
「慶次! 久し振りね!」
「ふふ……どうやら約束を忘れてはいなかったようですね。86点」
記憶を頼りにオチビの部屋に直行すると、オチビが万千代とあやとりで遊んでいた。
え?案内の奴?歩くの遅いからほっといた。
「おう! 久し振りだなオチビに万千代!」
「背は伸びてるわよ!!」
俺の言葉にすぐさま食い付いてくるオチビ。それでこそオチビだ!
「俺からすればオチビはオチビだ! それ以上でも以下でもない!」
「オチビ以上とか以下とか聞いたことないんだけど!?」
「そりゃそーだろ。俺も聞いたことないし」
「じゃあ何で言ったのよー!!」
うがー、と頭をかきむしって悶えるオチビ。そして相変わらず微笑みながら俺達を見ている万千代。
オチビは一旦放置して、今度は万千代と話す。
「相変わらずだな。お前もオチビも」
「姫様は姫様ですから。それにしても……本当に久し振りですね、慶次。貴方の事ですから約束なんて忘れてるものだと思ってましたよ」
「お前本当に容赦ねぇな……。久し振りに帰ってきた昔馴染みを労るとかねーのか」
「慶次ですから」
満面の笑みでそう告げる万千代。正直全く嬉しくない特別扱いだ。
「……そう言えば、その袋は何なのよ?」
「あ?……ああ、これか」
いつの間にかオチビが復活していて、俺が担いでいる袋を指差す。まぁそりゃ気になるわな。
「これはおみやげだよ。俺の私物も何個か入ってるけどな」
「おみやげ!?」
これ以上ないくらいにオチビが食い付いた。どうでもいい所で年相応だな……
ちなみに万千代は相変わらず微笑んでる。そろそろ逆に怖い。
「どんなの!? 早く早く!!」
「そう急かすなって……まずはこれだ」
俺が取り出したのは一つの琵琶。
「琵琶?」
「見たところ普通の琵琶ですが……」
オチビと万千代が俺の手の中の琵琶を覗き込むように見る。
……フッ。甘いな。俺がごく普通の琵琶をおみやげにするわけないだろう!
「ただの琵琶じゃねぇぞ?謙信にもらった琵琶だ」
「「ブッ!!」」
お茶噴くなし。
「ゲホッ! ……謙信って、上杉謙信よね?」
「むしろそれ以外に謙信って名前の奴いるのか?」
「……まぁ、慶次ですから仕方ないかと。お茶を噴いてしまうとは11点です……」
だからお前は俺を何だと思ってんだ。
「うー……も、もう何が出てきても驚かないわ……」
オチビが促すので、俺は次のおみやげを取り出す。
「毛利のおっちゃんがドヤ顔で『三本の矢は折れん!!』とか言ってたのがイラッときたからへし折った記念の三本の矢……」
「アンタの人脈どうなってんのよー!!!」
思いっきり張り倒された。解せぬ。
……視界の端で、万千代がやれやれ、と肩を竦めているのを見てイラッとしたのは悪くないと思う。
ーーーーーーーー
「どうしてこうなった」
あの後、久々にうこぎ長屋に帰って犬千代を愛でようと席を立つと、オチビが「え?アンタの長屋はもう無いわよ?」とほざきやがった。
何でもオチビがサルを飼い始めたらしく、俺の長屋だった所に居させているらしい。……俺の家はサル小屋と同レベルなのかチクショー。
そんな訳で、俺はしばらくの間は万千代の屋敷に居候することになった。朱乃と愛紗は万千代の侍女に呼びに行ってもらっている。
……ただ、俺が万千代の家臣にされたことだけは気にくわない。オチビ曰く、「アンタの手綱を握れるのは万千代くらいしか知らないから」らしい。
「はい慶次、お湯です」
「ん、悪いな」
「いえ」
まぁ、何はともあれ今は万千代の屋敷の縁側でまったりしている。荷物とか着物くらいしかないからすぐに整理が終わってしまったのだ。
万千代が持ってきた湯を一口すする。……緑茶が飲みてぇ。クソ高いけど。
そして、何故か隣に万千代が自分の湯呑みを持って座ってきた。
「あれ?お前仕事とかいいのか?」
確かコイツは家老のはず。
「緊急のものや急いだ方がいいものは午前に片付けてあります。残りは新案などのひらめきがいるものばかりですから問題ありません。90点です」
「相変わらずだな……その点数付ける癖」
「昔馴染みが変わらずにいるのも嬉しいものでしょう?」
そう言ってこっちを見て微笑んでくる万千代。不覚にもちょっと見とれてしまった。
「……ああ、残念ながら俺の昔馴染みはオバサンになってしまっ…いたたたたたた!!?」
「相変わらず空気は読めないみたいですね?0点です」
間接が! 間接が曲がってはいけない方に!!
「……ハァ。まぁ、今日は久し振りの再会でもありますし……仕方ないから許してあげましょう」
「だったら始めから間接極めんなや……」
「外しますよ?」
「誠心誠意ゴメンナサイ」
どうやら四年の歳月を経ても俺は万千代に勝てないようだ。
「全くもう……」
拗ねたようにそっぽを向いてしまう万千代。
……ヤバい。このまま万千代の怒りが収まらなければ俺の寝床が無くなる可能性が……
そんな事を考えて軽く冷や汗をかいていると、コートの内ポケットから何かが落ちる。これは……
「……万千代」
「何ですか」
あ、本当にヤバいかもしんない。珍しく声が刺々しい。
これで機嫌直してくれりゃいいが……
「ちょっとゴメンな」
「?……きゃっ!?」
万千代の髪に触ると、小さく悲鳴を上げられる。
だがそんな事で怯む俺ではない。万千代の両サイドの髪を少し纏め、後ろに流れるようにリボンで括る。
「な、何ですか……?髪止め……?」
「や、お前ここ出る時にこの南蛮の羽織くれただろ?だからお返しだ」
山口の下関に行った時に偶々見付けたピンクのリボン。南蛮のものには南蛮のもので返そうと思っていた俺にはちょうどいいものだったのだ。
……………値段的にも。
そして、リボンを両サイドで結んだ後、オチビにもらったのであろう銀鏡を万千代の前に置く。
「……ま、これで機嫌直してくれ。折角似合ってんだからしかめっ面だと台無しだぞ?」
「……………」
万千代はしばらくボーッと鏡を見ていたが、突然はっとしたように立ち上がると背中を向けた。
……やべぇ、何かミスったか?髪か?髪触ったのが駄目だったのか!?
「……仕方がありませんから許してあげます。その代わり、明日から私の仕事を手伝ってもらいますからね?朝起きるのが遅かったら無理矢理起こしますから」
「うげっ……」
「いいですね?」
「……へいへい」
それだけ言うと、足早にその場を去っていく万千代。どうやら俺達の当面の寝床は確保されたらしい。
……あれ?よくよく考えたら犬千代の長屋に住まわせてもらえばいい話じゃね?
いや、やっぱり三食うこぎ汁はちょっとな……
現時点での万千代さんの好感度は『ちょっと気になる昔馴染み』くらいですね。
朱乃?∞(インフィニティ)