「春華。お前は今のISをどう思う」
「別に・・・・・・どうも思いません。あんなもの、作られなかったら良かったんだ」
秋がIS学園に潜入しているとき、伽藍の堂では橙子が春華にISをどう思うか聞いていた。春華は吐き捨てるように、呟いた。
「ほお?だが、お前の姉はそのISで
「不遜・・・・・・ふふっ、確かにそうですね。お姉ちゃんがISの大会なんかで優勝するから、私は行く場所全てが嫌だった。どこに行っても私は『織斑千冬の妹』としか見られなかった。誰も、私を『織斑春華』とし見てくれなかった!お姉ちゃんには感謝してる。友達の誘いを全部断って働いて、私と一夏を養ってくれた。でも、お姉ちゃんがISなんか乗らなかったら、束さんがISなんか作らなかったら、私は『織斑春華』で居られた!!」
春華は声を荒げて叫ぶ。春華にとって、織斑千冬は愛憎入り交じった複雑な感情を抱いている。育ててくれた感謝の念、『個』を奪った憎しみ、色々な感情を抱いている。
「そもそも、ブリュンヒルデとは北欧神話に登場する大神オーディンの娘だ。
橙子は煙草を吸いながら卓上の図面を見下ろす。図面には円柱型の建物の絵が書かれている。
「篠ノ之束だったか、ISの製作者は?」
「はい。自他ともに認める天才。時代の先駆者。それが束さんです」
「時代の先駆者・・・・・・ね」
橙子は何が可笑しいのか笑い声が溢れている。
「なあ、春華。お前は重力という概念を一番始めに見つけた人間を知っているか?」
「ニュートンですよね。万有引力って言うのを見つけた」
「そうだ。なら、次に電気を見つけたのは?」
「えっと・・・・・・エジソンですか?」
「惜しいな。エジソンではない。だが、同時代ではある。ニコラ・テスラだ」
橙子は煙草を灰皿に押し付ける。
「そもそも、篠ノ之束は本当に一からISを作り出したのか?」
「はい。昔、こっそり束さんの実家にある蔵に忍び込んだ時、一人でISを作っていました」
「私が言っているのはそう言う意味じゃないんだ。春華、電動ドリルは何で動いている?」
「電気です」
「そうだ。その時点で篠ノ之束は一人じゃないんだ」
橙子は机の上に置いてあった紙にペンを滑らせていく。
「篠ノ之束のIS開発は確かに一時代を進歩させる偉業だろう。だがな、コンピュータを始めに考案したチャールズ・バベッチがいなければISの誕生は今より後の時代だっただろう。ニコラ・テスラが電気を地上に堕とさなければ、今日の電気文明は無く、今も石器時代のような生活をしていただろうな」
「それは・・・・・・嫌ですね」
春華は石器時代の生活を想像したのか顔をしかめる。
「生まれながらに天才だろうと、環境、性格、人間関係、有りとあらゆる要素に左右される。その点でいえば、篠ノ之束は何者にも左右されない孤高の天才なんだろう」
孤高であるがゆえ理解者など不要。天才と凡人は交わることは無いのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・・・っぅ」
『幽霊』に触れられて三日が過ぎた。『幽霊』の
『ーーーーーー何のようだ、馬鹿弟子』
「・・・・・・開口一発目から馬鹿弟子は酷くないですか?」
電話の相手は橙子だ。
『それで?お前が電話をかけて来るほどだ。余程のことなんだろ?』
「・・・・・・人間の魂は死後、どうなりますか?」
『ふむ・・・・・・基督教ならば人間は死後、善性の魂と悪性の魂は選別され、善性の魂は天国と呼ばれる場所に運ばれ、次の生命に生まれ変わる。逆に悪性の魂は地獄に落とされ、地獄の刑罰を受けるという。だが、お前の聞きたいことはこういうことでは無いだろ?』
「はい。昨日、『幽霊』と接触しました」
『なに?不快感や倦怠感は無いか?呪いによる幻聴や孤独感は?』
ガタッ!という音が聞こえてきた。珍しく橙子は動揺したのか、椅子から立ち上がったのだろう。
「大丈夫です。『幽霊』に触れられた時、『幽霊』の記憶が流れ込んできました。ISへの憎しみ、篠ノ之束への憎悪、生きてる人間への嫉妬。僕の推測ですけど、『幽霊』の正体は、死んだ人間の負の感情が集まった者だと思うんです。でも、そんなことあり得るんですか?」
『・・・・・・今の世界の状態から考えればあり得る話だ。前に話したことがあると思うが、死んだ魂が必ずしも綺麗に成仏するとは限らない。現世への怨みが一つ二つなら大したことはない。神社や教会にでも行って祓ってもらえば済む話だ。だが、それが百や二百に増えると問題だ。怨みの集合体は、霊長に絶対的殺戮権を有する化け物になる。そうなれば、たとえ神話に名高い英雄だろうと、人に属する限り勝機はない』
死徒二十七祖にも『ガイアの怪物』と呼ばれる抑止力の魔獣がいる。
『絶対的殺戮権を得られるより早く『幽霊』、いや、『無間』とでも呼ぼうか。『無間』が霊長類を確実に殺せる所に手をかけるより早く、『無間』を滅ぼせ』
「・・・・・・分かりました。今晩、『無間』を仕留めます」
『ああ。・・・・・・IS学園から帰ってきたら、久しぶりに二人だけで出掛けるか』
「そうですね。海が見える旅館とかどうですか?」
『ふっ・・・・・・なら、予約しておいてやる』
橙子は其れだけ言うと電話を切った。秋も小さく笑い、スマートフォンを外套の内側にしまった。
「・・・・・・・・・・決戦だね」
秋は木から飛び降り、外套のフードを被り姿を消した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・・・・・・・」
深夜。秋は学生寮の屋根の上から『無間』を見下ろしている。腰から吊るされている『夜天の書』が開き、秋の姿が春華に変わる。秋は屋根から飛び降り、地面に着地すると干将と莫耶を逆手に構えて走り出す。
「女・・・・・・!!」
「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!!!!」
「殺ス!殺ス!殺ス!殺ス!殺スゥゥゥゥゥゥ!!!」
秋は目の前に飛び出してくる『無間』だけを切り裂き、アリーナの方に走っていく。秋は背後を見る。そこには、『無間』の群れが秋に向かって手を伸ばしている。中には片腕や顔が半分無い『無間』もいる。
(これが・・・・・・ISが生み出した罪)
秋は道沿いに設置されているベンチを飛び越る。『無間』はベンチを破壊して追いかけてくる。
(あと少し・・・・・・!)
アリーナの入り口まで約五〇メートル。秋は足の魔術回路に魔力を流し、一気に駆け抜ける。二体の『無間』が秋を捕まえようと現れる。
「邪魔だ・・・・・・!」
秋は勢いを殺さず、『無間』の間を通り過ぎる瞬間、『無間』の首を斬り飛ばした。首を斬られた『無間』は霞のように消えていった。アリーナの内部は単調な造りになっていて、広場に続く直線の廊下と控え室に続く廊下しかなく、秋は広場に続く廊下を走る。
「マテ!マテ!マテ!マテ!マテ!」
『無間』の群れは廊下を埋めつくしながら追いかけてくる。広場に続く廊下を抜け、秋は観客席に降りるための階段を踏み台にしてーーーーーー跳ぶ。観客席から跳んだ秋は広場の中央に着地、前転をするように受け身をとる。
「先生みたいに上手くはないけど・・・・・・!」
秋は地面に左手を着く。『無間』の群れが入り口から無数に入ってくる。広場の四方を覆うように『無間』達が埋め尽くしていく。
「ーーーーーー
秋が入ってきた入り口に『財産』のルーンが、逆の入り口に『遺産』のルーンが現れる。
「ぐっ・・・・・・!」
秋の頬に汗が流れる。橙子なら事も無げに『ルーン文字にルーン文字を書かせる』ことが出来るだろう。だが、秋はそこまでの境地に達していない。秋は橙子の技術を模倣し、改良した。ルーン文字で最初に来る
「ーーーーーー全ルーン、起動!」
全てのルーンが一斉に光だす。ドカンッ!!と全てのルーン文字が爆発し、観客席を埋め尽くしていた『無間』を吹き飛ばした。観客席を黒煙が覆い、秋の視界を埋め尽くす。
「やった・・・・・・のか?」
秋は立ち上がり、春華の姿から元の姿に戻った。
「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
黒煙の中から白い靄が集まっていく。靄はぐにゃぐにゃと形を変え、ピタッと静止した。靄はゆっくりと形を作り出していく。絵物語に出てくる幽霊と同じで足は無く、腕は異常に長く、指も長い。頭部は骸骨で上から半透明のベールを被っている。
「キエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」
『無間』達は一つの集合体になり、憎悪の咆哮を上げた。
・ルーン文字にルーン文字を書かせる境地
双貌塔イゼルマで橙子が使った魔術。秋は一度、橙子に見せてもらったことがある。
・『無間』の集合体
FGOではお馴染みの巨大ゴースト。