正午。秋はIS学園が建っている人工島の外周を歩いている。この人工島は元々あった島を日本国政府が買い取り、将来のIS操縦者を育成するに相応しい場所に作り変えた。
「この島全体に薄いけど強力な呪いの結界が張られてるのか。魔術師なら対処できるけど、普通の人間にはかなりの毒になるね」
秋は一時間半かけて島の外周を歩き終わり、歩き始めたスタート地点、門の前に戻っている。一時間半歩いて分かったことは強力な呪いを発する結界に島全体が覆われていることだけだ。
「呪術・・・・・・ではないね。呪術なら起点になる札なり刻印なりがあるだろうし。参ったな・・・・・・該当する魔術系統が多すぎる。
蟲壷。古代中国がで広く用いられていた蟲を使った呪術。一つの器の中に百種の蛇や虫を入れ、最後の一匹になるまで殺しあわせる。その中で生き残った一匹から毒を採取して、飲食物に混ぜる。毒の効果は思い通りに幸福を得たりすることが出来る。だが、最後に訪れる結末は死だけだ。蟲壷は対人の呪いであって島全体を覆うほど強力な呪術ではない。
「打てる手は打っておかないとね。さて、久しぶりに魔術師らしいことをするか」
姿を消している秋は再度、校舎に続く道を歩いていく。鼻歌を歌い、指先を空中で文字を描くように動かしながら楽しそうに歩いていく。
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時間は少し巻き戻る。
「待ってください!納得いきませんわ!」
バンッと机を叩く音が教室に響く。金糸のような髪をロールにした少女。少女は端整な眉を不愉快そうに歪める。
ーーーーーーセシリア・オルコット
それが少女の名前だ。イギリス代表候補生であり、
「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
セシリア・オルコットという少女はイギリスでは由緒ある貴族の家系の生まれだ。だが、それはあくまで
(チッ・・・・・・実際に目の前で勝手なこと言われると腹立つな。セシリアなんて
織斑一夏は磨耗し、薄れつつある記憶で予め起こることが分かっていたからか、特にセシリア・オルコットの言葉に反応しない。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐えがたい苦痛でーーーーーー」
(今だ!!)
織斑一夏は
バンッ!
教室に再度、何かを叩く音が響いた。好き勝手言っていたセシリア・オルコットも
「うっせぇな・・・・・・」
教壇では顔を俯け、手に持った名簿を教壇に叩きつけている山田真耶がいた。
「さっきからギャアギャアうるせぇんだよ・・・・・・クソガキ共が。・・・・・・ぶっ殺すぞ?」
「ひっ!?」
誰かが小さな悲鳴を上げた。それがクラスの誰かなのか、織斑一夏なのか、セシリア・オルコットなのか、それともこのクラスの担任織斑千冬が上げたのか、誰も分からない。それほど山田真耶から発せられる威圧感に全員が動けなくなる。しばらく山田真耶はクラスの生徒達を睨み付けていると、ふいに糸が切れた人形のように倒れた。
「山田先生!」
織斑千冬は慌てて山田真耶に駆け寄る。軽く山田真耶の体を揺するが、反応がない。
「この時間の授業は自習とする!全員、騒がず大人しくしていろ!!」
山田真耶を担いだ織斑千冬は一喝し、教室から出ていった。
「な、何だよこれ・・・・・・こんな展開、
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「ふぅ・・・・・・」
一日の授業が終わり、寮の自室に戻った布仏虚は扉を閉め息を吐く。
「ーーーーーー学校はどうだった?」
「きゃっ!?」
誰も居ない筈の室内に男の声が響き、虚は小さく悲鳴を上げた。
「・・・・・・自分で入る許可を出したくせに驚くのは間違いじゃないかい?」
窓際の虚空に緑色の外套を着た秋がジト目で虚を見つめていた。秋は外套を脱ぐ。すると、外套は緑色の粒子になって消えた。
「しゅ、秋さん・・・・・・驚かせないでください」
「驚かすつもりは無いんだけど・・・・・・まあ、良いや」
秋は窓際に置いてあった椅子を引っ張り出して座る。虚も制服の上着を脱いで、ベッドに座った。
「報告としては一つ。この島全体に呪いを発する結界が張られている」
「結界・・・・・・ですか?それなら魔術師としては未熟な私でも気づくはずでは・・・・・・」
「うん、それが普通なんだよ。この結界は薄いんだ、誰にも感知されないほどね。その癖、呪いの濃度は濃い。この結界を張った魔術師は一流だよ。それこそ、開位クラスの魔術師が関わっていてもおかしくないくらい」
秋はそう言いながら別のことも考えていた。
(魔術師が黒幕だとして、噂の『幽霊』の説明がつかない。『幽霊』が魔術師の使い魔ないし幻術の類いなら良いとして、神秘の秘匿を怠りすぎている。自分から魔術協会に見つけてくださいって言っているようなものだ)
魔術師達が必ず守らないといけないルールが存在する。それは『神秘の秘匿』だ。『神秘』とは『事象の太い流れ』のことだ。『神秘』が一般に知られることは、『事象の太い流れ』が『細い流れ』に変わり、『根源』へと遠ざかる。『根源』へと遠ざかることは、『根源』を目指す魔術師達は忌避する。もし、魔術を一般に知らしめるような事をすれば魔術協会が黙っていない。
「ーーーーーーうさん!秋さん!」
「・・・・・・うん?どうかした?」
「いえ、呼んでも反応が無かったので・・・・・・」
秋の目の前に虚の顔が近づいていた。あと、半歩前に出ればキスが出来るほどの距離だ。
「秋さんはどうして、結界に気がつかれたんですか?」
「・・・・・・昔、似たような結界に遭遇したことがあるんだよ」
思い出すのはかつての聖杯戦争に参加した英霊。クラスはライダー。ライダーの宝具の一つに結界内の人間を溶かし、自身の魔力に還元するという宝具がある。ライダーの宝具を体験しているから、この人工島に張られた結界に気づけた。
「結界は破壊出来そうですか?」
「まだ、何とも言えないね。一応、ルーン文字を三千ほど刻んで来たけど、この結界の主に気づかれてるかもね」
「さ、三千・・・・・・っ!?そんな数のルーン文字を半日ほどで刻んだんですか!?」
「そんなに驚くこと?先生なら一日あれば三十万文字ぐらい刻めるよ」
秋は橙子の教えを受け、ルーン魔術をある程度開得している。ただ、魔術師とし未熟な秋はルーン文字を効率良く配置するのに時間がかかるため、三千文字しか刻めなかった。
「朝を待って、次の手を考えるよ」
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夜十時。人工島に白い『ナニカ』が現れた。『ナニカ』達の数は増えていき、今宵も獲物を探して歩き出す。『ナニカ』の一人が木と木の間に足を踏み入れた瞬間、木にルーン文字が浮かび上がった。『ナニカ』の足元にもルーン文字が浮かび上がる。一つではない。『ナニカ』の足元全てにルーン文字が浮かび上がる。
ーーーーーーヒュン!
突風が木々の間を吹き抜ける。ザシュ、という音が響いた。『ナニカ』は半透明な体を上下に切断された。一体だけじゃない。IS学園がある人工島の至るところで突風が吹く。一体、また一体と『ナニカ』達は姿を消していく。やがて、『ナニカ』達の姿は無くなった。
・セシリア・オルコット
イギリス代表候補生。魔術とはなんの関係もない名門貴族の家系・・・・・・だと思っている。イギリス国内の貴族達の中では下の下。貴族達の集まりがあるとすれば他の貴族達からは歯牙にもかけてもらえないほど立場が低い。立場の低さをどうにかしようとして、IS操縦者となるが、その結果、オルコット家は貴族社会での孤立が進んでいる。セシリアはその事に気づいていない。
・一夏の調教
エロ同人誌ばりの調教。どんなのかはご想像にお任せします。
・木に刻んだ刻んだルーン
『探知』のルーン。このルーンと他のルーンを連動させることでトラップとして、ルーンを罠のように秋は使う。
・『ナニカ』の足元に浮かび上がったルーン。
『魔法使いの夜』で橙子が使ったルーン。名称不明なため、この作品では『風』のルーンと呼称しようと思う。