午後十一時。四階の事務所の明かりが工場地帯を僅かに照らしている。秋はイスにかけていたコートを羽織る。
「ーーーーーー行くのか?」
「はい。手早く片付けてきますよ」
橙子は煙草を吸いながら本を読んでいる。秋は戦いに向けて最後の装備の確認をしている。黒鍵五十本、魔術礼装・夜天の書、そして、『彼女』が残した聖骸布のみだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってこい。ーーーーーー気をつけてな」
「ーーーーーーはい」
特に会話をすることなく、秋は事務所から出ていった。カツンッ、カツンッっと鉄の階段を下りる足音が工場地帯に響く。昼間散歩したときと同じように、繁華街を抜けるために歩いていく。夜も遅いからか、繁華街のシャッターは閉まり、開いているのは居酒屋や風俗といった夜が営業時間な店だけだ。繁華街を抜け、冬木大橋を抜け、住宅街に入った。明かりは疎らに点いている。そしてーーーーーー目的の場所についた。
「・・・・・・・・・・」
円蔵山。かつての聖杯戦争の終局の地。この冬木市一帯の霊脈の大本に辺る。秋は寺院に続く階段を登っていく。登り始めること十分。山門が見えてきた。
「ーーーーーー時間ピッタリですね。時間通りに物事が進むのは素晴らしいことですよ。そう思いませんか、極東の魔術師」
境内には黒色のコートに同じ黒のシルクハットを被り、狐眼の男が立っていた。
「同感だね。でも、僕と話をしている内に時間が進んでいくよ?」
「ええ、そうですね。ですが、この時間は貴方のために確保していた時間なのですよ。お話ししましょう、私が根源に至るための手段を」
「それは楽しみだ。僕は
「構いませんよ。どうせ貴方はここで死ぬ。ならば、冥土の土産として、貴方に根源への道を教えてさしあげようと思った私なりの慈悲ですよ」
狐眼の男は口もとに軽薄な笑みを貼り付け、自慢気に語り出す。
「私は根源をこう考えています。神霊は神秘が衰退するにつれ、神霊はこの世界とは違う高次元に移ったと言われています」
「ああ、そうだね。神霊は神秘と人々の信仰によって存在している。だけど、BC.二六五五、ギルガメッシュ王が神々と人間を別離させた」
「その通りです。そして、私はこう定義付けました。
「なに・・・・・・?」
「そして、本来の
「馬鹿な、人間に従う神霊なんているわけない!そもそも、神霊が根源にいるとして、神霊を呼び出すための生贄はどう準備するんだ!」
「ーーーーーーもう、準備できてるじゃないですか。この町の人間全てを生贄にして神霊『テスカトリポカ』を呼び出すのです!!」
「テスカトリポカ・・・・・・!?」
テスカトリポカ。南米アステカ神話に登場する主神の一柱。キリスト教では神霊から悪魔に貶められた。同じ神話群のケツァル・コアトルとは宿敵同士だ。
「テスカトリポカには創造神の他に悪魔としての側面が存在しています。
狐眼の男は狂ったように嗤う。
「・・・・・・狂ってるな、お前」
「結構!!魔術師とは狂っていて、人格が破綻していて当たり前の人種なのです!!寧ろ人格が破綻していないのは魔術師に在らず!!ハハハハハッ!!!!!」
狂っていることを肯定し尚、根源に至ろうとする狐眼の男。
「ですが、テスカトリポカを呼び出すのに少々時間がかかります。その間、貴方には彼等の相手をしてもらいましょう!!」
狐眼の男が右手を上げる。男の周りの地面から冬木協会の地下で遭遇したキメラが四体が這い出てきた。
「行きなさい、キメラたち!!彼もお前たちの仲間にしてあげなさい!!」
四体のキメラが足を引き摺りながら秋に迫る。
「お前は・・・・・・!!」
秋はキメラを見て、狐眼の男を睨む。
「加減は無しだーーーーーー
秋は黄金の波紋から陰陽二振りの短剣を取り出す。干将・莫耶。聖杯戦争のおり、赤い弓兵が愛用していた投影品。この投影品自体は秋が知り合いに複数投影して貰った量産品の一つだ。
「グキャアァァァァァァァァァァ!!!!!」
一体のキメラが腕を振り下ろす。秋は振り下ろすタイミングに合わせて干将で腕を斬り飛ばし、莫耶を逆手に持ち替えてキメラの首を斬り飛ばす。キメラの首からドロリとした泥のような血が溢れ出す。
「次っ!!」
背後に迫っていたキメラの足を振り返りながら二振りで斬り飛ばす。足が無くなったキメラは地面に倒れようとするが、莫耶で首を狩り取る。
「なかなか殺りますねぇ・・・・・・」
狐眼の男は踵で二回、地面を叩く。
「グキャア、キャアァァァァァァァァァァ!!!!!」
残っていた二体のキメラの体に紅色の模様が浮かび上がる。ーーーーーー瞬間、キメラの姿が秋の前から消えた。
「ーーーーーーっ!!」
秋はとっさに後ろに飛び退いた。秋の胸から血が流れている。
「キャアァァァァァァァァァァ!!!!!」
避けた場所にもキメラが立っていた。振り下ろされたキメラの爪が秋の頭に迫る。
「このっ!」
秋は干将で爪を防ぐ。莫耶でキメラの左手を斬り飛ばす。
「グキャア!!」
左手を斬られたキメラはまた、秋の前から姿を消す。
(スピードが上がった?無理矢理キメラの性能を上げたのか!?)
秋は自身の周りに黒鍵を四本突き刺す。秋の腰から吊るされている夜天の書が開き、ある頁で止まる。秋は地面に手を当てる。
「宝具起動ーーーーーー
秋を中心に無数の槍が生えていく。その数は二万。圧倒的な物量により動きが速くなっているキメラを捉えた。
「グッ・・・・・・キャア」
「キャシャ・・・・・・」
串刺にされたキメラはしばらく痙攣して、活動を停止した。
「・・・・・・これは驚きました。なんですか、今の魔術は?この国特有の魔術ですか?」
「教えるわけないだろ。それよりキメラは全部倒した。もう、お前を護るモノは何もない」
「ええ、そのようですね。ですがーーーーーーこちらの準備も整いました」
男の足下の魔方陣が光だす。
「さあ、アステカの悪魔よ!!今、この現世に姿を顕し私を真の叡智に導きたまへ!!!!!」
霊脈から魔方陣に魔力が流れていくーーーーーーが魔方陣の光が消えた。
「へぁ・・・・・・?」
男はポカンとしている。
「な、何故だ・・・・・・?私の計算は完璧な筈だ、ならば何故?霊脈の要所にも魔方陣を書いてある!生贄も捧げている!!なのに何故!!」
男は髪をかきむしる。絶対だと信じていた魔術が失敗し、原因を考えているが思いつかない。
(もしかして・・・・・・『土地』と『財産』のルーンがうまく起動したのか?)
「何をした・・・・・・一体何をした!!答えろ糞餓鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
今までの余裕が嘘のように消え去り、今は眼が血走り、鬼のような形相をしている。
「別に?お前が魔術師として三流だったんじゃないの?」
「三流!?私が三流だとぉ!?殺す!!殺してやる!!私の邪魔をする奴は全員殺してやる!!」
男は右手を指鉄砲の構えにする。そして、人差し指から黒色の魔弾が撃たれる。秋は迫る魔弾を恐れず、干将で斬り裂く。
「死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!」
男は狂ったように魔弾を撃ち続ける。それでも、秋は干将・莫耶で斬り裂いて行く。
「ーーーーーー死ぬのはお前だよ、三流」
秋は干将で男の右手を切断する。そして、莫耶を男の太股に刺す。
「ぐぎゃ!?」
男は太股の痛みで上半身が地面に近づく。ーーーーーー月明かりに照らされた干将が、男の首を断つ。
「ーーーーーー地獄で根源でも目指してろ」
首を失った体は倒れ、地面に血が流れていく。
「・・・・・・疲れた」
秋は死体に黒鍵を刺して、『氷』のルーンを起動する。男の死体はたちまち凍りつき、粉々に砕け散った。
「はぁ・・・・・・」
秋は近くの木に寄り掛かる。そして、ゆっくりと瞼を閉じていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
境内に秋の寝息だけが響いている。
『オオオオオ・・・・・・カラダダ。カラダ・・・・・・』
活動を停止した四体のキメラから白い靄が出てくる。靄の正体は現世に縛り付けられた魂。理不尽に殺された人たちの怨念、復讐心が形を得て、一つのゴーストになった。
『カラダ・・・・・・カラダ・・・・・・』
ゴーストは覚束無い足取りで秋に近づく。
『カラダヲクレ・・・・・・カラダ・・・・・・!』
ゴーストは秋の首に手をかけようとするが、弾かれた。秋の懐から聖骸布が飛び出てくる。
『ーーーーーー下がりなさい。この世には最早、貴方方の居場所はありません』
布の回りに魔力が集まり、人の形をとる。そして、手に持っている旗を一閃。ゴーストは霧散した。
『ーーーーーー大きくなりましたね、秋。でも、次に会うときはお説教ですよ?』
それは何の奇蹟だろうか。死と不発した魔術の魔力が充満した境内だからか、それとも霊脈の大本だからか。ただ一度の奇蹟が、限定的な英霊の現界を可能にした。英霊は秋の頭を撫でる。英霊は満足したのか、微笑みながら消えていった。
・テスカトリポカ
ムーチョー姉さんの宿敵。キリスト教で悪魔扱いされてるから
・魔弾
ガンド、もしくはフィンの一撃。狐眼の男の場合は単発式。
・限定的な英霊の現界
触媒やら魔力やらが充満した空間だからこそ出来た裏技。ご都合主義乙とか言わないで。