今年もどうなるかさっぱりわかりませんが、見捨てずにお付き合いいただければ幸いです。
一日目の競技が終了し、進行の早いスピード・シューティングは初日にして男女共に本戦優勝者が決定。
結果は大方の予想通り、双方共に一高が優勝。
そして、選手の宿泊施設であるホテルの一室では、ささやかながら祝勝会が開かれていた。
『かんぱ~い!』
ベッドと椅子に腰かけた少女たちが、学生らしくジュースの入った紙コップを合わせる。
当然小気味良い音などせず、「ぽすっ」という気の抜けた音が出るだけ。
盛り上がらないこと甚だしいが、ここに集うは華も恥じらう女子校生。
最大の武器である「若さ」の前では、そんなもの関係ねぇのである。
要は、そんなものと関係なく勝手に盛り上がっていく……筈なのだ、普段なら。
「会長、スピード・シューティング優勝おめでとうございます!」
「あぁ、うん、ありがとあーちゃん」
「バトル・ボードも無事準決勝進出。男子は少々危うい場面もありましたが、とりあえずは順調な滑り出しですね」
「そうだな……と言いたいところだが」
鈴音の言葉に同意しつつ、摩理は少々ジトッとした目で真由美を見やる。
「まったく、お前の祝勝会だというのにその覇気のなさはなんだ。今夜はお前が主役なんだぞ、もっとシャンとしろシャンと」
「わかってるわよぉ。でも、少しくらい気を抜かせてくれたっていいじゃない」
「まだ九校戦は始まったばかりだ、こんなところで気を抜いてどうする」
「あ、あの渡辺先輩、会長もお疲れでしょうし……」
「うぅ、ありがとねあ~ちゃん」
頑張ってフォローを入れるあずさに目尻を拭うフリをして擦り寄る真由美。
どこからどう見ても嘘泣きで、まだ付き合いの浅い深雪や人の良いあずさなどは苦笑いを浮かべるしかない。
逆に、付き合いの長い鈴音は我関せずとばかりに流し、摩理はやれやれとため息をついている。
「甘やかすとタメにならんぞ、まったく」
「所帯じみていますね……若いのにご苦労なさって」
(こいつ、しゃあしゃあと……)
好きで言っているわけでもない小言に返される、ちゃっかり上がり込んでいる奏からのコメント。
いや、別に紛れ込んだとかそういうのではなく、正面からやってきて『私にも祝わせてくださいませんか?』などと言われ、摩理たちも訝しんだり渋々だったりと反応はそれぞれながら、自分たちの意思で招き入れたのだ。
だから、『ちゃっかり上がり込んで』というのは語弊があるだろう。まぁ、それはそれとしてこうも堂々とされると釈然としないものがあるのだが。
そんなところへ来て今の茶々である。
軽くイラっと来た摩理のこめかみに、うっすらと青筋が浮かんだように見えるのは気のせいか。
だが、それも無理のない話。何しろ、こうして真由美がダレている根本的な原因に素知らぬ顔で、それも面白くないながら中々的を射た表現で労われれば、そりゃ腹も立とうのいうもの。
むしろ、平然と顔を出し、あまつさえ茶々まで入れられる面の厚さに感心してしまいそうになる。
それは何も摩理に限った話ではなく、周囲からは様々な色合いの感情が宿った視線が奏に集中していた。
当然、それに気付かない奏ではないが、気付いた上で知らぬ存ぜぬを通すのだから図太い限り。
なんとなく自分たちから切り出すと負けな気がしていたのだが、こうなると無言の抗議では埒が明かないと諦めるしかない。
已む無く、摩理は実に苦々しい表情で重い口を開く。
「それで、どういうつもりだ?」
「はて、主語を抜かれてしまうと何の事やら私にはさっぱり……」
「とぼけるな。こちらが言いたいことは粗方察しているんだろうに……遠回しな腹の探り合いは好かん。単刀直入に聞くが、いったい何をやった?」
「おや、そちらですか? 先に聞くべきことがあると思うのですけど」
「ふんっ! それは『何を考えている』あるいは『何のつもりだ』か?
バカバカしい。納得するしないはともかく、君なりの理由は竜貴君に聞いている。ならそんな質問、するだけ時間と労力、そして忍耐の無駄だ」
『バカにするな』と言わんばかりの不機嫌さで、摩理は奏の言を切って捨てる。
そんな摩理に奏は感情の読めない微笑みで返し、内心で何を考えているかその一端すら掴ませない。
(やり辛い奴だ、真由美と違って可愛げがないから始末に悪い)
真由美と奏、割と似たタイプであろうというのが摩理の予想だが、同時にそうも思う。
どちらが上手とかいう話ではなく、近いながらも微妙に異なる点がそう感じさせるのだろう。
「なるほど。優雅さには欠けますが、合理的ですね。あの子はずいぶん信頼されているようで」
「む……」
年下相手に大人げないとは承知しつつ、色々思うところがあるので嫌味や皮肉の一つでもぶつけてやろうと思っていたのだが、なんというか……毒気が抜けた。
竜貴のことを口にする時の奏の顔が、本当に安心したように穏やかだったからだろう。
それまでの隙のない、あるいは年齢を考えるならば「澄ました様な」とでも表現すべき冷めた微笑みとは違う。
微かな、だが確かな温かみのある『活きた』表情。
瞬きほどの内に消えてしまったそれは、しかし摩理の中に燻っていたあれやこれやを全て洗い流してしまうに足る、同性である彼女から見ても本当にキレイなものだった。
(まったく、これだから美形と言うのはズルい……いや、そうではない、か)
奏が深雪と比べても遜色ない美少女なのは確かだが、その笑顔に見惚れはしても流されるような摩理ではない。
あれは、顔立ちの美醜とはまた別の問題なのだろう。
「……ごほん。それで、他校の奴らにいったい何をした。こちらの予想としては、真由美の圧勝の筈だったんだが……結果は見ての通りだ」
「七草さんの優勝は、結局揺るぎませんでしたけど」
「だとしても、こいつがここまで疲弊するのは完全に予想外だ。九校戦はまだ初日、明日以降も競技はあるし、真由美には女子クラウド・ボールが控えている。ここで調子を崩されてはたまらん」
「その心配はないでしょう。七草さんなら明日には回復しているでしょうし、それに……」
「それに?」
「楽しかったでしょう?」
「あ~、それは……まぁ、その……」
唐突に水を向けられた真由美は、どこか困った様子で……しかしその、抑えようにも抑えきれずに吊り上がる口角が何よりも如実に彼女の内心を表している。
要は、本当に楽しそうに、そして嬉しそうに笑っているのだ。
当の本人がこの有様では、いくら気を取り直してみたところで、当事者ではない摩理たちからは何も言う事ができない。
「……まぁ、適度な疲労で済んでいるようですし、むしろ気持ち的には充実しているようですから、そのことはもういいのでは?」
(心なしか会長、肌とかツヤツヤしてますしねぇ)
要は、真由美は竜貴が言うところの「ある種の逸材」なのだろう。
この点においては、奏としても当てが外れたことを否定はできない。
なにしろ、彼女は別に真由美に翌日以降への影響が出ないよう特に配慮したりはしていない。
まぁ、今回の場合で言えば、そもそも真由美に焦点を当てて試練を課したわけではないのだから、当然と言えば当然だろう。試練を課したのは他校の選手たちであって、真由美はそのあおりを受けたに過ぎない。
とはいえ、疲労困憊だったり気持ちが切れてしまっていたりしても、それはそれで知ったことではなかった。
なのに、蓋を開けてみれば真由美は色々な意味で充実している様子。
そのことについては、若干悔しい気持ちがないわけではなかったり……。
(つまり、彼女に遠慮は不要、と。ええ、ええ、良いでしょう。次があれば踏破不能寸前、最大の試練を用意しようではありませんか!)
先ほどの一瞬のしおらしさから一転、嫌な方向にやる気満々だ。
とはいえ、あくまでも「踏破不可能寸前」であって「突破不可能」を目標にしないあたりに奏のこだわりが見える。
乗り越えられない“試練”は“試練”に非ず。どれほど理不尽に、如何に不可能に見えようとも、微かな突破の可能性がなければならないのだから。
「わかった。不本意ではあるが、結果的には良い方向に転んだのは認める。で、いつになったら聞かれたことに答える気になる。話す気がないのならさっさとそう言え」
「刺々しいですね。とはいえ、私としても別に隠すつもりはありません。隠すほどのことをしたわけでもありませんから」
「ほぉ……」
奏の言葉に、摩理の視線が一層鋭さを増す。
本来なら圧勝だったはずの試合が、苦戦とまでは言わないものの中々にいい勝負になった。
それを指して「大したことはしていない」とは。
謙遜か、あるいは嫌みのつもりなのか。少なくとも、彼女はそう受け取ったらしい。
「そう睨まないでください、あなたが思っているようなことではありません。
だいたい、付け焼刃でできることなどたかが知れていますよ。私がしたことと言えば、彼女たちが本来の性能を発揮できるよう、少し“調律”したくらいです」
「調律? どういう意味だ」
「別に比喩や暗喩の類ではありません、言葉の通りです。
人にはそれぞれリズムがあります。呼吸然り、鼓動然り、歩行然り。そして、そのリズムが崩れれば本来の性能を発揮することなどできないのが道理。逆に言えば、最適なリズムを取ることができれば、より自分の性能を引き出すことができます。ですが、実際に自分にとって最適なリズムでそれらを実行できる人は稀有でしょう」
「では、あなたはそのリズムを一人一人整えたと?」
「ええ、別に大した手間でもありませんから」
特に気負った様子もなく、本当に「片手間」と言わんばかりの様子で奏は語る。
しかし、言うほど簡単なことではないのは明らか。
奏の言う通り、自分自身にとって最適なリズムすらままならないのが人間だ。ましてや、他人にとって最適なリズムを見抜き、それに合わせて調整するなどどうすれば可能なのか。
正直、想像すらできないというのが彼女らの見解だ。
「つ、つまり、皆さんが本来の能力を余すことなく発揮できたから、会長と渡り合えたと?」
「ふんっ、本当なら大したものだが、随分と贔屓してくれるな」
「贔屓、ですか?」
「そうだろう。他校の生徒にはその“調律”とやらをして、真由美にはやらなかったのだからな」
「ああ、そのことですか。それはまぁ、必要ありませんでしたから」
「え? 必要ない? しなかったんじゃなくて?」
奏の言い回しに、自分だけ除け者にされて少~しだけ不満そうにしていた真由美が目を丸くする。
「ええ。七草さんの場合、もうできていますからね。すでに調律されているものを、これ以上どうしろと?」
「そう、なの?」
「あなたのリズム感は天性のものなのでしょうね。偶にいるんですよ、何をするでもなく初めから自分の調律ができてしまう人が。例えば、私やあなたがその類です」
「へぇ~……」
「やはり自覚がありませんでしたか。なら、一つ忠告を。競技中やりにくさを感じたのでは?」
「そうね。確かに、いつもと違ってイマイチしっくりこない時があったわ」
「普段はあなたのリズムに周りが勝手に調子を狂わせていたのでしょう。あなたは調律ができるだけでなく、リズム感そのものが独特ですから。
ですが、中にはあなたのリズムを狂わせるリズムの人もいます。しっくりこなかったのはそういう相手の時でしょう。これからは、もう少しご自身のリズムを意識すべきですよ。いままで“なんとなく”でできていたので意識しなかったのでしょうが、今回のような相手もいますから」
「なるほどね……」
要は、今までリズムを狂わせる側だったために、初めて僅かとはいえリズムを狂わされ対処法もわからず、結果的に圧勝できなかったという事だ。
今後も似たような相手と出会う事はあるだろうし、実戦の場であれば致命傷になりかねない。
それを考えれば、今の段階で知ることができた意味は大きい。その意味で言えば、真由美にとっても得る物の大きな機会だったと言える。
(ちっ、ならそれも含めてこいつの狙い通りと言うわけか……)
「ですが、少しズルくも感じてしまいますね。本来時間をかけて最適なリズムを身に付けるものなのでしょう?」
「まぁ、普通はそうらしいですね」
「なのに、それを苦も無く得てしまうというのは……」
話を聞く限り、待機時間のわずかな間に手早く奏は調律とやらを施したらしい。
そんな簡単に最適なリズムとやらを得てしまったことは、当人たちにとっては幸運なのだろうが、部外者である深雪から見れば、確かにズルく見えてしまうのは仕方がない。
まぁ、実際にはそう都合の良い話でもないのだが。
「苦も無く、ですか。さて、それはどうでしょう」
「え?」
「人間は機械ではありませんからね。いえ、機械であっても定期的な調律は必要です。この意味、お分かりになりますか?」
「つまり、せっかくの最適なリズムも長続きしないってことですか?」
「ええ。所詮は付け焼刃、時間経過とともにどんどんずれていくでしょうね。早ければ明日、もって2・3日というところでしょう」
「ですが、一度でもその感覚を得られたのは大きいでしょう。あとは、それを思い出しながら自分で試行錯誤すればいいのですから」
「はい。まぁ、それが一番大変なんですけれどね」
「大変? 一応確認しますが、お願いすれば私たちにも同じことを?」
「構いませんよ。ただし、アフターケアまではしませんが」
前向きな鈴音の問いに、奏はどこか含みを持たせた妖しい笑みを浮かべる。
その意味を考えようとしたところで、鈴音は重要な点に気付いてしまった。
「……随分と、えげつない事をするのですね、あなたは」
「市原?」
「市原先輩?」
「リンちゃん?」
「察しが良いのですね。あなたのおっしゃる通り、あとは私が教えたリズムを思い出しながら努力するだけ。
ええ、確かに努力する以外に方法はありません。ですが……」
「理想のリズムの感覚はある、なのに再現できない。そのジレンマ……彼女たちの試練はこれから、という事ですか」
「あの、それってどういう……」
「理想を知ってしまったが故に、彼女たちはそれに苦悶する、ということです。
本来時間をかけて身に付けるものを先取りする形で一時的に体感したわけですが、その感覚が彼女たちを苦しめる。想像できませんか? 分かっているのにできない、感覚はあるのに近づけないもどかしさ。いっそ、知らない方が楽だったと思う事でしょう」
「うわっ、それって……」
「なるほど、確かにえげつない……」
奏はただで何かを与えるほど甘い人間ではない。
彼女が何かを与える時は、必ずと言って良いほど試練とセットになる。
何の代価も払わずに得た物に価値はない。相応の代価を払って得たからこそ、それは尊く意味のあるものになる。
それを知っているからこそ、奏は得る物に相応しい試練を課すのだ。
「一応誤解の無いように言っておきますが、強制はしていませんよ。
確認を取り、苦労することもちゃんと説明しましたし」
「言葉だけじゃわからないこと、あるわよね」
さも「私なにも悪いことしてません」と嘯く奏に、真由美がボソッと嫌味を投げるがさらっと流される。
この程度の嫌味で動揺するほど、可愛らしい性格はしていないのだ。
いや、実際別に悪い事をしたわけではないし、説明責任はちゃんと果たしているので非難される謂れもないのだが。
「それでもいいというのなら、あなた方にも教えて差し上げて構いませんよ。まぁ、近道になるか遠回りになるか、そこも保証はしかねますけど」
(あくまでもたどり着ける道筋をつけるだけ、ということですか。知ってしまっている分、余計苦労する可能性すらあると……)
(なるほど、竜貴君が言っていたのはこういう事。それは彼があんな顔をするのも道理ね)
深雪の脳裏で、奏の在り方について話した時の竜貴の表情が浮かび上がる。
彼はこのことを知っていたからこそ、ああも名伏し難い顔をしていたのだ。
「おやおや、どうしたのですか、皆さん。これでは祝勝会どころか御通夜ではありませんか」
(誰のせいだと思ってる……!)
「さ、気を取り直してもう一度乾杯と行きましょう」
非難がましい皆の視線などどこ吹く風と言わんばかりに、奏はニコニコと華やかな笑みを浮かべながら、再度乾杯の音頭を取るのであった。
無論、誰一人として乗ってきてはくれなかったが。
* * * * *
8月6日、九校戦四日目。
予定よりも随分早く目が覚めた雫は、改めて寝直す気にもなれず、気分転換を兼ねてホテル周辺を散策していた。
(本当なら、しっかり眠るべきなんだろうけど……)
九校戦本戦は今日から一時休みに入り、五日間にわたって一年生のみで勝敗を競う新人戦が行われる。
初日に行われるのは本戦同様スピード・シューティングとバトル・ボード。雫はこのうち、スピード・シューティングに出場する予定になっている。
そのことを考えれば、万全の体調で持って試合に臨めるよう、十分な睡眠をとるべきなのだ。
だが、どうしても昨日のことが頭から離れず、こうして気を紛らわすために散策に出てきてしまった。
(渡辺先輩のアレは、本当にただの事故? もしそうでなかったとしたら、今度はほのかが?
ううん、いくらなんでも考えすぎ。そもそも、アレが事故じゃないなんて確証はない。そう、分かっているのに……)
親友の不安を煽らないために表には出していないが、彼女も心配なのだ。
もしまた、同じことが起こってしまったら、と。
競技スケジュールの関係から、雫はほのかの競技を観に行くことはできない。
その場にいたからと言って、何ができるというわけではないことは理解しているが、それでも傍にいたい。
そんな親友への思いやりが、かえって彼女の心を乱していた。
(いけない。これじゃできる筈のこともできないし、勝てるものも勝てない。
心を落ち着けて、気持ちを整えて競技に臨まないと……)
それがわかる程度には彼女は冷静で、分かっていながらも気持ちの整理ができないくらいには未熟。
いっそどちらかに針が完全に傾いてくれてしまった方が、むしろやりようもあったことだろう。
そんな懊悩を抱えながら、晴れないモヤモヤを晴らそうと歩くことしばし。
特に理由もなく足を踏み入れた雑木林の中、雫はある光景を目にした。
「……え?」
見覚えのある小柄な人影が、一心不乱に何かの舞のような動きを繰り返している。
ただそれだけであれば、彼女の体が凍り付くことはなかっただろう。
だがその人物の姿を捉えた瞬間、彼女はあり得ないものを垣間見た。
(あれは…………剣?)
木漏れ日の光を反射する、鋭くも冷たい光。
彼の手に握られたそれが勢いよく振るわれ、空気を切り裂く。
剣風が飛んできそうなほどの鋭さに、思わず瞼を閉じて一歩後退る。
しかし、再度瞼を開いた時、先ほど見た光景はもうなくなっていた。
(あれ? いま、確かに……)
彼…竜貴の手に剣が握られていたと思ったのだが、そんなものは影も形もない。
確かに竜貴は今も緩急をつけながら動き続けているし、それは素人目に見ても明らかな武器を振るう動きだ。
あまりに鋭く、それでいながら武骨なその動きは、まごう事無き実戦を意識してのもの。
無駄なものを一切削ぎ落としたそれは、ある種の機能美すら宿している。
一瞬、舞を連想してしまったのもそのせいだろう。
だが、その手には剣はおろかナイフ一本、木刀一振りすら握られてはいない。
(寝ぼけてたのかな?)
実際、かなり早く目を覚ましてしまったので、寝不足であることは否めない。
とはいえ、そんな夢とも幻ともつかないものを見てしまうとは……いっそのこと、競技は棄権した方がいいのではと不安になってくる。
「邪魔しちゃ…悪いよね」
竜貴の実家である衛宮が剣を鍛つ事を本分としていることは知っている。
その一環として、自分自身でも剣を振るう事も聞いた。
恐らくは、あれはそのための練習なのだろう。
仮にも軍の施設であるここに、あまり物騒なものを持ち込めなかったからこそのシャドーボクシング紛いの練習。
剣の練習でそんなことをするのかは、門外漢の雫にはわからない。だが、そう解釈するより他にない。
毎日欠かさず繰り返しているであろう練習を邪魔するのは、雫としても本意ではない。
だからこそ、声をかけずにそのまま立ち去ろうと思ったのだが……
「……………………………………………………………………………………綺麗」
剣のことには興味がない。剣術のこともわからない。
しかしそれでも、胸の内から沸き上がった言葉が素直に口から漏れた。
武骨で飾り気の欠片もなく、ただただ敵を斬り、命を繋ぐ事だけを目的とした合理の剣。
なのに、あるいはだからこそ、雫はそれを純粋に「綺麗」だと思ったのだ。
そんな雫の無意識の呟きが届いたわけでもないだろうが、竜貴は唐突に剣を振る事を辞めると、その視線がまっすぐ雫へとむけられる。
(あっ、いけない……)
そうは思っても時すでに遅し。雫の方へと向けられた竜貴の目と目がばっちりあってしまった。
「あれ? 雫さん、こんな朝早くにどうしたの?」
「ぁ、うん。ちょっと早く目が覚めちゃって」
「へぇ。まぁ、今日から新人戦だし、気が昂っちゃうのも無理ないのかな」
微妙に的外れな形で納得して見せる竜貴に、なんと返していいかわからず口籠ってしまう。
昨日の事故が頭から離れず眠りが浅かったことを口に出すことが、なんとなく憚られてしまったからだ。
(まぁ、わざわざ言うようなことじゃないし……)
「でも、いくらもう夜が明けてるとはいえ、早朝に女の子が一人でこんなところを歩くのはちょっと危ないよ。最近、少し物騒だし」
「物騒?」
「ぁ、え~っと……」
「もしかして、渡辺先輩のことで何か分かった?」
昨日、幹比古や美月が達也に呼び出されたのと前後して、竜貴が席を外したのは知っている。
もしかすると、彼も達也に呼び出されたりしたのかもしれない。
まぁ、仮にそうだとしても、呼び出された理由が摩利の件だと決めつけるのは些か早計なのだが。
しかし、やはり今最も気がかりなことがそれだけに、どうしても思考がそちらに行きがちになる。
そして、今回に限って言えばそれで正解だった。
ただし、竜貴はそこで一つ勘違いをしてしまう。雫の問いかけは多分に当てずっぽうな要素が濃かったのだが、彼はてっきり雫がある程度以上の事情を察していると思ってしまったのだ。
「あ~、今のところただの事故じゃない、ってことくらいしかはっきりとは言えないかな。
手口とかも推測はできても確証はないし、多分SB魔法を仕込んだんだろうってくらいで」
「…………そう」
「ただ、もう早々なにかは起こらないと思うけど。というか、起こさせないというか」
「え? なにか対策があるの?」
「いや、奏がすっごいやる気でさ。いやぁ、あんなに怒ったあいつを見るのは初めてかも……」
「怒った?」
あの、年齢を考えればいっそ不自然なまでに余裕の態度を崩さない少女が怒るという姿が、雫には今一つ想像できない。
というか、いったい何が彼女を怒らせたというのだろう。
「余計な茶々を入れたのが、相当頭にきたみたいでさ」
「茶々って……それを言ったら」
「まぁ、あいつも似たようなことはやったけど、目的が違うからね」
奏がスピード・シューティング本戦に干渉したのは、それが誰にとっても得る物がないからだ。
特別、誰かの妨害をしようとしたわけではないし、競技そのものはつつがなく進行した。
しかし、摩理の一件は違う。
あれは七校すらも巻き込んだ、明らかな摩理に対する妨害工作。
この日のために日々努力を重ね、多くの人たちに支えられて臨んだはずの晴れの舞台。
それが、如何なる理由にせよ、部外者の勝手な都合で台無しになった。
奏は特に誰かに対して肩入れしているわけではない。
ただ「努力に対して相応しい報酬を」と願う彼女にとって、その努力そのものを汚す行為は断じて許容できないものだ。それこそ、敬愛する主君を汚されることに匹敵するほどに。
端的に言って、奏はこの一件でマジギレしている。
初日が終わった後の上機嫌さはどこへやら。危うく優等生の仮面が木っ端みじんになる寸前のところを、竜貴が死に物狂いで宥めて、なんとか達也たちに助力する形にまで落とし込んだのである。
そうしていなければ、今頃九校戦会場の一部が血に染まっていたかもしれない。
立場上あまり目立った動きを見せるわけにはいかない手前、そんなことをさせるわけにはいかなかったのである。
ぶっちゃけ、竜貴としては奏を解き放ちたい気持ちもないわけではなかったのだが、それができないのが“しがらみ”という奴だ。
とはいえ、なんとか妥協させて許される範囲での協力にとどまらせた。
こうなったからには、彼女は全力で事に当たるだろう。
まぁ、立場と今の状況から、出来ることが非常に限られてしまっているので、彼女の不機嫌さは尋常なものではないが。
それでも、彼女が足を運んだ会場で先のような事故はもう起こらないだろう。
奏の感知能力は竜貴の比ではないし、魔法師よりも遥かに鋭敏だ。摩理の時は純粋に競技を楽しむつもりだったので反応が遅れたが、これからは話が別。如何なる予兆も異変も、決して見逃しはしないだろう。
当然、奏からの九校戦への干渉もストップだ。
試練を与えることは、言ってしまえば彼女の趣味。趣味のために流儀を疎かにするような少女ではない。
少なくとも、この一件が解決するまでの間、彼女が趣味に走ることはないだろう。
「だからまぁ、あいつが見てる会場ではまず事故は起こらないと思ってもらっていいよ。
あいつも、極力一校の種目を張るつもりらしいし」
状況から考えて、狙いは一校の妨害の可能性が高いが故の措置だ。
まぁ、どのみち一校中心に見るつもりだったのでそれ自体に不都合はない。
三巨頭だけでなく、今年の一年も粒ぞろい。三校にも見るべき選手はいるが、一校の有望な選手を張っていればいずれ見る機会もあるはずなので、それも問題はない。
ネックなのは、奏の体が一つしかない事か。
こればかりは、流石にどうしようもない。
あまり、公然と使い魔などを使うわけにはいかないのである。
「そう、なら…よかった」
(これで、少しは安心してもらえるといいんだけど)
雫の僅かに強張っていた表情が僅かに緩むのを確認して、竜貴も肩の力を抜く。
最近になって、ようやく彼女の表情の変化がわかるようになってきた。
本人は隠していたつもりだったようだが、分かりにくいようで慣れてくると存外分かり易い、と言うのが竜貴の見解である。
「ところで」
「ん?」
「さっきの、邪魔しちゃったよね」
「ああ、別にそんなことはないよ」
「そう?」
(まぁ、いるのはわかってたし)
雫は邪魔をしないよう息を潜めていたが、いくら竜貴でも素人の隠行にあの距離で気付かないわけがない。
気付いた上で、離れていくようならスルー、近づくようなら手を止めて応対しようと思っていたのだ。
だから、別に邪魔になったとかそんなことは全くない。というか、それ以前の話である。
「こっちこそごめんね、なんか変なの見せちゃって」
「変?」
「いや、変でしょ。何も持たずに素振りとか」
「あれ、素振り?」
「あ~、厳密に言うと違うけど、なんて言ったらいいんだろうね。型……とも違うしなぁ」
必要と思ってやっている鍛錬なのだが、特に名称とかを意識していなかったのでよくわからないのだろう。
「………………………………」
「どうかした?」
「うん。剣、持ってなかったんだよね」
「まぁ、見ての通り」
何も持っていないことをアピールする様に「バンザイ」して見せる。
当然、その手はもちろん衣服にも不自然なふくらみや重そうな様子はない。
どこからどう見ても、完全無欠に手ぶらだった。
「そう、だよね」
「?」
「一瞬、剣を持ってる気がしたから」
(へぇ……よっぽど感受性が強いのかな?)
確かにあの時も、竜貴は自身の手に剣があることをイメージして鍛錬していた。
投影を使ったわけではないのでその手には何も持っていなかったが、竜貴の五感は確かにその手に握る剣を認識していた。
それを、雫も感じ取ったという事だろうか。あるいは、もっと別の……。
とはいえ、果たして素直に白状していいものかどうか。
「それで少し、目が離せなかった」
「なるほどね、まぁさすがに剣を持つイメージくらいはしてたけど」
「それだけ? 魔法とか魔術とかは?」
「いや、そんなことしてないし、魔法じゃなおさら無理。魔術はさすがにいくら人気がない早朝とはいえ、こんなところで使うのはねぇ……」
「そうだね。変なこと聞いちゃった、忘れて」
冷静に考えれば、竜貴の返答など聞くまでもない事だ。
言われてようやくそのことに思い至った雫は、少しバツが悪そうにしている。
だが、やはりどうしても先ほどの光景が頭から離れない。
ようやく少し不安が解消されたと思ったら、次はこれだ。
(私、こんなにこだわる性格だったっけ?)
いや、一度はまったり好きになったものへはかなり入れ込む方だという自覚はあるが、これはさすがに雫自身にとっても予想外だ。
事故のことはほのかが不安になっていたこともあり、自分でも仕方がない事だと思う。
しかし、竜貴の鍛錬については意味合いが違う。こんなに拘るなど、まるで……
(ううん、いくら何でもそこまで単純じゃないし。そりゃ、いい友達だとは思うし、ごはんも美味しいし、結構気配りしてくれるし、ちょっと子どもっぽい所があるのも可愛いと言えないことも……いや、そういう事が言いたいんじゃなくて)
「どうかした、なんか考え込んでるみたいだけど?」
「ううん、何でもない」
思わず思考に没頭してしまいそうになるが、何食わぬ顔で否定する。
そう、別に一時とはいえ竜貴のことで頭がいっぱいになったりなどしていない、していないのだ。
とはいえ、やはり気になるものは気になるわけで……。
「参考までに聞きたいんだけど……あ、答えられないならいいし、別にどうしても聞きたいわけじゃないんだけど」
「いや、そんな気にするようなことじゃないから」
「そう? じゃあ、どんな剣をイメージしてたの?」
「えっと……」
正直、この時雫が想定していた返答としては大凡の剣の長さ位だと思っていた。
踏み込んだとしても、精々どういう形状の剣か、と言う程度。
だが、返ってきた答えは彼女の想像を斜め上どころではない形で上回っていた。
「基本コンセプトとしては“斬り裂く”じゃなくて“叩き斬る”こと。とはいえ、重さを活かした半ば鈍器みたいなものじゃなくて、それなりに切れ味もある両刃の西洋剣。まぁ、それでも切れ味より耐久力重視、継戦能力を主眼に置いたタイプだね。頑丈な鎧を身に付けた騎士と戦う事前提だから、やっぱり力任せな部分もあるけど、切っ先は鋭いから刺突の場合には申し分ない。
刃渡りは83cm、鍔元は研磨しないで剣身も握れるようにしてあるから、結構間合いの自由度が高い。重心は持ち手寄り…というよりも、ほぼ鍔元付近だね。これで遠心力の負担がいくらか軽減できる。まぁ、その分一撃の重みが軽くなるけど、継戦能力重視ならこれが妥当かな。
素材は中世後期から主流の“ばね鋼”。日本刀なんかに使われる玉鋼には及ばないけど、軽くてしなりもあって丈夫と中々優秀なんだよね。
鍛え方は……」
「ちょ、待って! ちょっと待って!」
「え? どうかした?」
「いや、どうかした? じゃなくて……なにそれ」
「なにって、僕が振ってた剣のイメージ」
「今の、全部イメージしてたの? 長さだけじゃなくて、素材とか、用途とか」
「だって、イメージしないと困るでしょ? コンセプトがはっきりしないと刀みたいな使い方して折れたら困るし、鍔元を握れるかどうかで間合いの取り方も変わるし、どれくらい振るとどの程度疲れるかって重要だよ?」
「それは、そうだと思うけど……」
想像をはるかに超える詳細な情報に、もう何と言って良いかわからない。
言われてみれば“なるほど”と思う部分もあるが、それにしたって細かすぎる。
まさか、毎回一からそれら全てをイメージしているというのだろうか。
もしそうだとすれば、イメージを固めるだけでいったいどれだけの時間を要するやら。
それも、今までのですらまだ途中。雫が遮らなければ、さらに続いていたことは間違いない。
というか、現在進行形で進んでいる。
「当然、素材や鍛え方も無視できない。どんなに素材が良くても鍛え方が雑なら無茶な使い方はできない、逆も然り。ああ、どの程度使いこんでて、どんな整備をしているかも考慮したいね。素材や鍛え方と同じくらい、そこも重要だし……って、どうしたの? そんな在り得ないものを見たような顔して」
「……“ような”じゃなくて、“在り得ない”って思ってる」
「そう? イメージの純度を上げるにはこれが一番だと思うんだけど」
「純度? 強度じゃなくて?」
「強度って……イメージに強いも弱いもないでしょ」
「え?」
「え?」
互いの認識の齟齬に、二人はそろって首をかしげる。
「だって、魔法も強くイメージした方が成功率は高いし、威力も……」
「う~ん、その強くっていうのがいまいちわからないんだけど」
「じゃあ、純度って?」
「そりゃ、どれだけ筋が通っているか、どれだけ疑問の挟まる余地がないか……要は、どれだけ自分を騙せるかじゃないかな。自分すら騙せないで、どうして……っ」
つい熱が籠って口が滑りかけたことに気付き、慌てて口をつぐむ。
世界を騙す、魔法について語る分にはこれを口にしても問題はない。
だが、今しているのはイメージの話。それでこの一言はさすがに不味い。
とはいえ、あまり不自然に話を切るわけにもいかないので、何とか軌道修正する必要がある。
「自分を騙すのに、純度がいるの?」
「というか、順序の問題。あることをイメージするには、それがどうしてあるのかが大事なんじゃないかな。
“無い”ものを無理矢理“有る”と思うより、“有って当然”と思えるようにした方がいいって話さ。なにしろ、その方が無理がない。
例えば、剣をイメージするのなら『
本音を言えばこれに加えて『
しかし、彼は気付いていない。それらの工程をイメージするのが当たり前になってしまっているが故に、自重してなお“普通”からかけ離れていることに。
「剣がある、そのために必要な筋が通っていれば自ずとイメージは明確になる。
それが
疑問をねじ伏せるんじゃない。疑問を挟まないほどに緻密な、筋の通ったイメージがあればそれでいい。
魔法だって、結果だけをイメージするよりも結果に至る過程をイメージした方がいいんじゃない?」
「まぁ、それは……」
確かにそうだ。だがそれは、竜貴の言っていることと同じようで違う。
『共振』を使う場合なら、雫は弦楽器の弦が共鳴して振るえているとイメージする。
『レーザー』なら、ほのかはプリズムを思い浮かべ、同一波長の光を束ねる様子を利用する。
このように、魔法師がイメージするのは直接的な事象そのものではなく、そのイメージを補強するための『近い何か』だ。断じて、その事象が起こる、あるいは発生する過程を逐一イメージしたりはしない。
そんなやり方はどんな教本にも論文にもないし、聞いたこともない。
あまりにも突拍子な、在り得ない方法論。
しかしそれを、竜貴はこともなげに……さも当たり前のように語り、実行する。
「それさえできれば……」
拳を軽く握り、親指側を雫に向ける。
否、拳は握られていない。まるで、何かを握っているかのように輪が造られている。
「ここに剣がある」
「……」
「ないと思う? でも、ある。
『
『
『
『
これらを一つ一つ、丁寧になぞっていく。そうすれば……」
「っ!?」
身体が勝手に反応し、大きく後ろに飛び退く。
「ハッハッハッ、ハァ……」
「どう? 一瞬、剣がある気がしたんじゃない?」
剣がある、なんてものではない。
あの瞬間、鼻先に剣が突き付けられていた。
そう、思ってしまった。
(違う、思ったんじゃない。鋭い剣の先端が、確かに見えた)
それだけではない。鉄の匂いが、冷たさが、圧倒的なまでの存在感が、刹那の瞬間そこにあった。
幻かもしれない、夢かもしれない。しかしそれでも、確かにあの瞬間、雫はそこに剣を見たのだ。
「いいかい、劣った“空想”はその時点で“妄想”に成り下がる。確固たるイメージを作るには、どれだけそれを信じられるかだ。信じ込むなんて力業はいらない。信じ込む、なんてこと自体が疑問の表れだよ。必要なのは、疑問の挟まる余地がないほどの確信。
魔法師にとってイメージは現実なんでしょ? 憶えておいて損はないと思うな」
少し喋り過ぎかなと思いつつ、同時に所詮はイメージ法の一種に過ぎないとも思う。
衛宮に伝わる魔術の根幹をなす部分ではあるが、それ単体ではあくまでも独特なイメージ法に過ぎないのは事実。
まぁ、一応念のために「“空想”は“幻想”に至る」とは口にしなかったが。
しかし、その程度の配慮では到底足りない。
配慮するというのなら、竜貴はそもそもこの話をすべきではなかったのだ。
何しろ雫は、既にその話を……一つのヒントを得てしまったのだから。
「大切なのは、強度じゃなくて純度。
そのための筋と理。
自分自身を、世界すらも騙しきる…………一部の隙もないイメージ」
彼は少々認識が甘すぎた。
自分自身のことには些か無自覚なのが衛宮の悪癖だが、今回などまさにそれだ。
彼は、それが当たり前すぎてこのイメージ法がどれだけ特殊なのかわかっていない。
そのイメージ法の存在を知り、有用性も知りながら奏が決して実践しようとしないことを知らない。
これは、到底まともな人間がしていいやり方ではないのだから。
剣製に特化した衛宮だからこそ可能な特殊極まるイメージ法。
それを外部の人間が知ったところで、習得することなどまず不可能。
とてもではないが、脳が処理しきれない。それを、奏は理解しているのだ。
だからこそ、竜貴がこのことを奏に雑談ついでに伝えると、極めつけに渋い顔をしてこう言った。
「まったく、私も大概ですが……あなたも酷なことをしますね。
北山雫さん、と言いましたか。あなたの戯言を真に受けないといいのですが。
でないと彼女、無謀なことをして折角の晴れの舞台が台無しになりますよ」
果たして、竜貴の親切は吉と出るか凶と出るか。
それは、今はまだだれにもわからない。
奏さんは、無頭竜の工作に激おこです。ちょっかいかけてるのは同じですが、意図も結果も全然違いますからね。奏の試練は、程度の差はあれ「愛」なのです。
で、竜貴は竜貴で盛大に落とし穴を掘りやがりました。誰にとっての落とし穴かは、これから次第。自分で落ちるのなら自己責任なんですけどねぇ……。