なんとか続きが仕上がりました。
中々ペースは上がらないかと思いますが、地道に続けていくつもりなのでお付き合いくだされば幸いです。
一人の古式魔法師が魔術世界への扉を開いてから一夜明けて。
未だそのことを知るのは当事者たちだけという事もあり、竜貴たちの身辺は一応の静寂を保ったまま、九校戦の幕が開けた。
直接の観客は十日間に及ぶ開催期間中で延べ十万人を超え、有線放送の視聴者はその優に百倍以上。今や、日本の夏を代表する一大イベントである。
にもかかわらず、開会式自体は決して華美なものではない。むしろ、質素と言っていいだろう。競技自体が極めて派手なこともあり、導入部分に当たる開会式に力を入れる必要がないのだ。来賓の挨拶もこれに伴い短くまとめられ、奏に至ってはVIPルームからの見学にとどまった。
魔法師社会ならともかく、一般社会において遠坂家は「一地方の名士」に過ぎない。表向きにはこれと言って特筆すべき点のない家の令嬢が、これほどの舞台で来賓として招かれるなど余計な詮索しか生まない。
そして、魔術師は秘匿が大前提であることは魔法師社会の上層部では周知の事実。
そういった点に配慮し、人の目には触れない場所での特別待遇と相成ったのである。
とはいえ、奏としても下心を押し隠した大人に四六時中囲まれていては辟易するというもの。
彼らに対し何らかの根回しなり取り込み工作なりができるなら、我慢して耐える意味もあるだろう。
だが、この会場には魔法師社会の大物「九島烈」がいる。彼女が魔法師側に対し手を打とうとすれば、自然あの老獪な御仁の目に留まる。奏では未だあの老人の裏をかくことはできない以上、藪を突いて蛇を出すわけにはいかない。故に、奏にできるのは烈を刺激しないように大人しくしていることだけ。
少なくとも、奏を掣肘するどころではない事態が起きるその時まで、彼女にできることはない。
結果、奏の九校戦中の行動方針は適度に魔法師側の顔を立てつつ、可能な限り自由時間を確保するというものになった。
では、その確保した自由時間はどうするか。使い道の一つとして、昨日門下に招き入れた幹比古への指導もあるが、それは何も日中にやらなければならないものではない。むしろ、日中は九校戦にこそ力を注ぐべきだ。
魔法師と遠坂一門は敵対関係ではないし、現状では呉越同舟に近い間柄。しかし、決して味方でもない。奏や竜貴にとって、魔法師とは仮想敵の一つなのだ。その戦力分析の参考になる機会を、みすみす逃す手はない。
しかし、九校戦の日程は正直言ってキツキツだ。同じ時間に、別会場で複数の競技が行われるのは当たり前。中には、同じ競技がいくつかの会場に分かれて同時進行していることもある。当然、それらすべてを網羅することはできない。自身の目となる使い魔を放って……という事も出来ないではないが、こんな人であふれかえった場所で魔術を使うのは好ましくないだろう。また、わざわざそんな魔力の無駄遣いをしなくても、後から録画されたものに目を通せばいい。
必然的に、目ぼしい試合には直接足を運び、それ以外で注目を集めるものがあれば録画されたものをチェックする、という形になる。ただ、その目ぼしい試合というのが本戦はほとんど一高に絞られる。なにしろ、一高は九校戦優勝候補筆頭であり、現三年生は最強の世代とも呼び声高い逸材揃い。次代の魔法師の実力を計るという意味で考えれば、現状これ以上はありない。
新人戦の場合、実力未知数の者が大半を占めるためその限りではないが。強いて言えば、三校の「一条」と「吉祥寺」、そして「一色」の三名が注目株だろう。
しかし、新人戦の開始は四日目以降。初日である今日行われるのは「スピード・シューティング」と「バトル・ボード」のみ。そして、そのどちらにも優勝候補であり一高最強の世代を代表する「三巨頭」が出場する。
要は、奏にとって足を運ぶ試合を探すのに困ることのない一日なわけだ。
「あっ……」
「おや、奇遇……でもありませんか。あなたにとっては先輩の試合なわけですし、むしろ当然なのでしょうね」
「竜貴、
「あ~、うん。グーテンモルゲン」
奏の言う通り、一高の三巨頭は竜貴にとって先輩にあたる。
その試合に足を運ぶのは、なにも不思議なことはない。
そう、不思議なことではないのだが、やはり偶然の色は濃い。
以前からの知り合いである克人、委員会の上司である摩理と比べて、この会場で行われる「スピード・シューティング」に出場する七草真由美は三巨頭の中で最も接点の薄い相手だ。竜貴自身、同じ列に座っている達也たちに誘われなければ、足を運ばなかったかもしれない。
小まめに会っていると勘繰られる可能性もあったので、昨日幹比古を引き合わせて以来極力会わないようにしていたのだが、こういう形でなら怪しまれることもないだろう。まぁ、その用心自体は正直あまり意味がないのだが。
「君は確か……遠坂奏さん、だったな」
「ええ、初めまして……の方もそうでない方もおられますね。衛宮竜貴の従妹の遠坂奏と申します。彼女は」
「マリーカ」
「全く、この子は……申し訳ありません。あまり人付き合いの経験のない子なので、大目に見てあげてください」
「いや、気にしないでくれ。そちらにも、いろいろ事情があるんだろう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えることになりますが、良ければ同席させていただいても?」
「…………ああ、構わない」
皆の意思を確認する様に見まわしてから、達也は首肯を返す。
彼自身、奏に対してはそれなり以上の興味がある。
「でもさ、いいのこんなところにいて? VIP席とか用意されてるんじゃない?」
「ええ。でも、至れり尽くせりなのは大変ありがたいのですが、なにぶん息が詰まってしまいますので」
「ああ、なるほどねぇ。あたしも、お偉いさんに囲まれるのはちょっと勘弁だなぁ」
「確かに……」
「ああ、そりゃキツイよなぁ」
「私も、ガチガチになって観戦どころじゃなくなるよ、絶対」
まぁ、まっとうな神経の持ち主ならばそんなところだろう。
他の面々も、大体がその状況を想像して口元を引きつらせている。
だがそんな中で達也は、もっと別の所に意識を割いていた。
(竜貴以外の魔術師、か。それも、衛宮の本家である遠坂の後継者。宝石を象徴とする魔術師、という事は推測できるが、それ以外は全く不明。ただし……)
チラリと、幹比古へと視線を向ける。
昨日、幹比古は竜貴に連れられて奏の部屋へ向かったことを知っているが故だ。
一高から伝わった情報ではないので、この場でそのことを知るのは達也だけ。深雪にもまだ教えていない。
何のために彼らは幹比古と接触したのか、幹比古はそこで何かを得たのか、わからないことだらけだ。
ただ、どうにも幹比古の体調が思わしくないのと、無関係ではないだろう。
(呼吸も脈拍も、平時に比べてやや粗い。それに、体温も高めだ。何かあったのは間違いない)
とはいえ、達也にわかるのはここまでだ。
体調の変化に伴いサイオンにもわずかな乱れが見られるが、他に特筆すべき点はない。
常人にサイオンを知覚できないように、魔術師でない達也に魔力は感知できないからだ。
もし彼に魔力を感知する感覚があればすぐに気づいたことだろう。幹比古の魔術回路が、常に全開状態になっていることに。
(これは、かなりキツイ……竜貴たちは、これを平然とやっているのか)
周りに怪しまれないよう平静を装いながら、体内を駆け巡る魔力の感触に幹比古はなんとか耐える。
だが、現状幹比古の魔術回路は2本しか開いていない。魔術回路の開発をして二日目では、魔力を流す感覚そのものに慣れる段階だからだ。なにしろ、魔力の暴走は最悪死に繋がる。人体にとって異物である魔力を流すことに伴う苦痛に慣れ、コントロールを乱すことがなくならなければ話にならない。
その上で徐々に残りの回路を開発し、魔力の総量を上げ、その操作を身に付けていく。先はまだまだ長い。
幼い頃から続けてきた竜貴たちにとっては呼吸も同然だが、昨日今日身に付けた幹比古にとっては苦行以外の何物でもない。本来なら、もっとゆっくり時間をかけたいところではあるものの、いつ結界が起動するかわからない状況では悠長にはしていられない。なので、手っ取り早く今開ける回路を全開にし、習うより慣れろを実践しているわけだ。
少なくとも、結界が発動しても問題なく行動できる程度にはなっていてもらう必要がある。
その意味で言えば、幹比古に課せられた苦行は無茶ではあっても理不尽ではない。
「ところで、皆さんこの後のご予定はやはり……」
「ええ、七草会長の試技の後は、次は渡辺委員長のレースを見に行く予定なの。奏さんも?」
「はい、今日の見どころはやはりそのお二人でしょうから」
「あ、でしたらご一緒しませんか? 竜貴くんもいた方が、安心でしょうし……あの、竜貴くん?」
奏に気を使っての美月の提案だったが、当の竜貴を見てみればなんとも微妙な表情。
嫌そう…と言うほどあからさまではないが、決して乗り気ではないのは誰の目にも明らかだ。
無論、そんな表情を浮かべて笑って見逃してくれるなどありえない。まぁ、“笑って”はくれるだろうが……
「どうかしましたか、竜貴?」
「……」
天使の微笑みを浮かべる奏から全力で目を逸らしつつ、竜貴は沈黙を以て答える。
理由は簡単、極上の笑顔が竜貴にとっては何よりも恐ろしく映るからだ。
声音、表情、目のどれをとっても慈愛しか見て取れないが、長い付き合いの竜貴にはわかる。
あれは、余計なことを言ったが最後、二重三重の意味で人生を終わらせにかかってくる、そういう目だ。
「どうか、しましたか?」
「いや、なにも……いいんじゃない、別に」
竜貴としては、無理難題を吹っ掛けられたり、昔の恥ずかしい話を語られたりしそうで、あまり近くにいたくはないのだが……それはそれとして、遠坂伝統のうっかりをやらかしそうで不安が残る。という、なんとも微妙な心情なのである。
知人友人が一緒の中ではあまり近づきたくない、しかし離れたら離れたで気が気でない、というわけだ。
(まったく、我ながらややこしい。それに加えてメドゥーサの件もあるし……胃が重い。誰か代わってくれないかなぁ……)
まぁ、嘆いたところで呻いたところで、誰も助けちゃくれないわけだが。
大体、竜貴以上の適任がいないからお鉢が回ってきているのだ。
他の誰かに代わってもらったところで、状況がさらに悪くなるかもしれないし、悪くなった挙句に回ってくるかもしれない。それを思えば、やはり竜貴がせっせと働くに越したことはないのだ。
「もしかして仲、悪いのかな?」
「でも、お風呂での様子だとそういう感じじゃない」
(本家と分家にありがちな確執……と言うのとも違うようだし、何かあるのかしら?)
奏はともかく、竜貴からはある程度以上微妙な空気が漏れていることもあり、さすがに周りも様子がおかしい事には気づく。ただ、一科組は先日の浴場での奏の様子を知るだけに、単純に仲が悪いとは考えにくい。
とはいえ、あまりに情報が少ないので対処の仕様がないのも事実。
皆がどうしたものか動きあぐねていると、幸いにも外的要因がその空気を壊してくれた。
「みんな、そろそろ始まるぞ」
達也の一言に、微妙な空気は霧散し、一同口を閉ざす。
その言葉の通り、モニターにはまもなく競技が始まることが表示されている。
自然と観客席は静まり返り、やがて競技開始のシグナルが
軽快な射出音と共にクレーが空を翔け、クレー一つ一つを亜音速に達した氷弾が破砕していく。
撃ち漏らしは一つもなく、まるで予定調和のように氷弾一発につき一つのクレーが消える。
五分間の試技は、まさに圧巻と言う他にない、他と隔絶した技量を見せつけるに足るものだった。
「お~、さすが……でいいんだよね?」
「ああ、まさかパーフェクトとはな。撃ち漏らしがないだけではなく、無駄撃ちもない。
驚くべき精度だ。加えて知覚系魔法を併用しつつ、得た情報を余すことなく処理している。
さすがは十師族直系と言うべきか、それともさすがは七草真由美と言うべきか……」
(なるほど、克人さんと並んでこの世代では最高水準の魔法師ってことか。十師族直系っていう下地があってこそとはいえ、それだけじゃないのは明らか。怖いなぁ……あれだけ自由な角度で撃たれるんじゃ、実戦だとおっかないなんてもんじゃないよ。燃費もよさそうだし、対人戦闘では無類だろうね)
最高水準とはいえ、これで学生だというのだから末恐ろしい話だ。
奏ならともかく、竜貴の場合だとかなりの苦戦は必至。撃ち落とすことはできるだろうが、角度やタイミングによっては剣だけでは対処しきれない。そうなると投影した剣の射出で対処することになるが、そうなると燃費の差が浮き彫りになる。衛宮の投影は魔術の常識から考えても異常な燃費の良さだが、それは作れるものの質に反して、という意味合いが強い。
氷弾一つを打ち落とすために剣を一振り投影するのでは、威力の上でも消費魔力の上でも効率が悪い。
だが、衛宮である竜貴には投影以外の対処法がないに等しい。
そうである以上、結局は効率が悪いと分かった上で投影した剣の射出で対処するしかないのだ。
どう考えても暗い未来しか想像できない。
(あとは、被弾覚悟で特攻して接近戦に持ち込むか……でも、一対一とは限らないし、そもそも居場所がわからなかったりしたら手詰まりだよなぁ。となると、高火力の宝具で纏めて薙ぎ払うくらいしか対処法がちょっと思い浮かばないぞ)
結論、七草真由美とは極力戦ってはならない。
勝ち目がないわけではないが、どうにも相性が良くなさそうだ。
もし彼女と同タイプを相手にしなければならない時は、オールラウンダーな奏に任せるのが吉だろう。
あるいは、どうしても自身で相手取らなければならない場合は、奥の手や切り札を切るしかない。
(うん、もうそれって効率云々の問題じゃないね! やっぱり、何事もスタンダードに限るよ。変化球ばっかりっていうのはこれだから……)
自身の偏りっぷりに改めて呆れつつ、ふっと奏へと視線を向けた瞬間、竜貴の表情が硬直した。
(げっ、ヤバい……)
そこにいたのは、表情や感情というものがすっぽり抜け落ち、まるで人形のような面持ちの奏。
この意味を、長い付き合いである竜貴は嫌と言うほど理解していた。
今の奏は、ある意味ではこの上なく不機嫌なのだという事を。
摩理のバトル・ボードまでまだ少々時間があることもあり、そのままスピード・シューティングの観戦を続けることになったのだが、見れば見るほど真由美の力量が抜きんでていることが明らかになる。
スピード・シューティングの予選は個人で行うこともあり、大破壊力で複数の標的をまとめて……という戦法が可能になる。そのため、ほとんどの選手が真由美のような本選でも使える戦法は取らない。
それでも、はっきりとわかってしまう。
スピード・シューティングの優勝者は、七草真由美以外にあり得ないと。
同時に、それが明らかになればなるほど奏の無表情さに拍車がかかっていく。
初めのうちは気付いていなかった周りの面々も、次第に奏の様子がおかしい事に気付きだす。
「ねぇ竜貴くん、あれ…どうしたの?」
「なんというか、怖い…というか、その……」
「背筋がさみぃんだよ。なんとかなんねぇのか?」
(あ~、どうしたものかなぁ……)
竜貴には奏の不機嫌の理由も、それを解消するために何をするかも大凡想像がつく。
具体策まではわからないが、絶対に何かしらの形で“試練”を課してくるに決まっているのだ。
ただ、それが一概に悪いものかと言うと、そうとも言い切れないのがまた厄介なのだが……。
(止めるか? でも、悪いばかりでもないし、第一言って聞くような奴じゃないし)
「皆さん、申し訳ありませんが、バトル・ボードの会場へは先に行っていてください。
後程、合流させていただきます」
「え? あ、それは……」
「それは構わないが、なにかあったのか?」
「いえ、少々野暮用ができたものですから」
先ほどまでの愛想の良さの欠片もなく、恐ろしいまでに平坦な声だ。
止めるべきかとも思っていた竜貴だったが、その声を聞いて諦めがついた。
もう、何を言っても聞きやしない。ならば、竜貴ができることはただ一つ。
「なぁ、奏」
「なにか?」
「お前のことだから大丈夫だとは思うけど……やり過ぎるなよ」
「……ええ、ちゃんと適度なところで済ませますよ」
「まぁ……それなら」
いまいち歯切れの悪い竜貴を他所に、奏はそのまま優雅に一礼して会場を後にする。
残された面々はやや首をかしげつつ、少し遅れてバトル・ボードの会場へと向かう。
その道中……
「ねぇ竜貴くん、奏は何しに行ったの?」
雫からの問いかけは、全員の思いを代弁するものだった。
スピード・シューティングを見ているうちに様子が変わったことから、それに関連したものだとは予想できる。
しかし、具体的に何が奏の何に触れたのかが皆にはわからない。
ならば、唯一それをわかっていそうな竜貴に尋ねるのは当然の流れだ。
「あ~、なんて言ったらいいか…………何をしに行ったかっていうと、多分……テコ入れ?」
「それはまさか、他校の選手になにか手を貸しに行ったという事か?」
「一応、そういう事になる、と思う。会長さんに直接何かするのは、あいつの流儀じゃないし」
「お兄様、それは会長の妨害をするという事では!?」
「確かに、そうなるだろうな。どうなんだ、竜貴」
「う~ん……一面では、そういう見方もできるよねぇ」
(妙に歯切れが悪いな、どういうことだ)
どこか困った様子で言葉を濁す竜貴に、達也は違和感を覚える。
いくら身内のこととはいえ、竜貴がこうまで言葉を濁すのはどこかおかしい。
奏が何をしようとしているか見抜かれている以上、このようなあやふやな態度を取る理由がわからない。
いや、身内が自身の所属する高校の選手、それも優勝確実なそれを妨害しにかかるとなれば、確かにバツが悪いだろう。だが竜貴の態度からは、それとはやや違う印象を受ける。
「あの、それはさすがに不味いんじゃ……」
「よね。ちょっと、あの子何考えてるわけ? もしかして人の足を引っ張るのが好きな性悪とか?
それとも、不利な方に肩入れするのが好きなナルシスト?」
「いや、待て」
「達也君? 待てって、なにがよ」
「考えてもみろ。いくら本家の次期後継者とはいえ、竜貴がそんなことを見過ごすと思うか?」
「あ~、だよなぁ。竜貴って、基本お人好しだしよ」
「確かに、お兄様のおっしゃる通りですね。では、何か理由があると?」
「少なくとも、俺はそう考えている。どうなんだ、竜貴」
「いや、なんていうか……妨害と言えば妨害にはなると思うよ、うん。ただ、会長さん的にも悪い話じゃないというか、無駄にはならないというか……」
妨害になるという事は否定しない。が、その後の話がどうにも要領を得ない。
妨害行為をしようとしているのに、それがなぜ「悪い話」ではないというのか。
「…………なんていうかさ、人間にはいろいろなタイプがいるんだ」
『?』
「魔術的に見てもそれは同じ。例えば僕は『作る者』だし、『壊す者』『変える者』といろいろなタイプに分類できる。その中で言うと奏は『与える者』なんだよね」
「与える者? それはまた、なんというか随分と曖昧だな」
そう、他のタイプに比べ、『与える者』と言うのはいまいちその方向性が見えてこない。
そもそも、その性質が一体今の話題と何の関係があるというのか。
「『与える者』としての性質を持つ存在は、色々なものをその名の通り与えるんだ。『庇護』や『加護』あるいは『恩恵』、時には『呪い』だったりね。で、今回の場合は『試練』」
「試練?」
「あいつってさ、キッチリした枠組みが好きなんだよ。頑張った人には頑張った分だけ報われて欲しい。でも、世の中っていうのはなかなかそうはいかない。なら、自分が頑張った分だけ報いてやればいいって。
で、あいつは気付いちゃったんだろうね。ことスピード・シューティングに関して言えば、その報いがあまりにも釣り合わないって」
「釣り合わない? どういうことだ」
「会長さんが圧倒的過ぎるから。何をどうしたところで、会長さんの優勝は揺るがない」
「それが気に食わないと?」
「ちょっと違うかな。別に結果が決まっていること自体は良いんだと思う。勝敗自体には興味ないだろうし。ただ、あまりにも決まり過ぎてて誰にとっても得る物がないのが気に食わないんだ。
それは会長さん自身も例外じゃない。スピード・シューティング本選、二年連続優勝。確かに凄いよ、でも言ってしまえば凄いだけ。他の選手と競う中でも、優勝を勝ち取った後にも、あの人は他に得る物がない。
きっと、今日のために凄く頑張ってきたはずなのに」
競技でありながら、誰一人として真由美と競う事ができる者がいない。
それはつまり、競技を通して得られるはずのものが何一つとして真由美にはもたらされないという事。
同時に、他の選手たちにとっても真由美との対戦で得られるものがない。どれほど死に物狂いで挑んでも、一矢報いることはおろか、路傍の石ころにすらなれない。その現実は、むしろ多くの物を奪い去っていくことだろう。
あまりにも隔絶した力の差は、どちらにとっても益をもたらさない。それどころか害にすらなりかねない。
それほどまでに、真由美と他の選手との間には力の差があるのだ。
『頑張ったのならそれに相応しいだけの報いを』
そう望む奏からすれば、この事実はあまりにも許し難い。
「結果的には他校の選手を利することになるだろうし、ある意味それは会長さんに対する妨害だと思う。
でも、奏自身に会長さんを妨害するつもりは全くないよ。あいつは結果を覆したいわけじゃないし、邪魔をしたいわけでもない。ただ、誰も何も得られないことが許せないから、だれか一人でも、何か一つでも得られるものがあるようにしようとしてるだけなんだ」
(普通なら幼稚な理想……で済むだろうが、その程度の現実を弁えていないほど子どもには見えない。
すべて理解して弁えた上で、なおその理想を現実にしようとしている……いや、できると考えているのか)
「でもさぁ、それでも他校にだけ力を貸すのはなんかズルくない? 何かを得られればいいんでしょ。それならこっちにも何かしたっていいじゃない」
一応奏が使用としていることには納得できたようだが、それでも他校にだけ……と言うのは不満があるのか。
エリカはどこか憮然とした様子で、やや非難がましく呟く。
とはいえ、その不満は竜貴に言わせれば少々的外れなものだが。
「あ~……それだけど、あいつ割とスパルタなんだよね」
「えっと……それはどういう事なんでしょう?」
「あいつは確かにやさしいけど、別に甘くはないんだ。むしろ、あいつが関わると物事の難易度が一気に跳ね上がって、しなくていい苦労までする羽目になるんだよねぇ。今回の場合で言えば、イージーモードだったのが強制的にハードモードかそれ以上になる様なもんだし」
うんざりするほど心当たりがある竜貴の表情は、これでもかと言わんばかりに苦い。
「言ったでしょ、奏がやろうとしているのは『試練』なんだ。
それは何も会長さんに限った話じゃない、他校の選手たち全員に言えること。
あいつはね、ただで何かをくれるほど甘くない。機会はくれてもそれをものにできるかどうかはその人次第。しかも、あいつ自身が割と積極的に楽な道より獣道に突っ込んでいく性質なもんだから、他人にもそれを求めるんだ。多分、ものすご~~~~~~っく頑張らないと、徒労に終わるんじゃないかなぁ。
まぁ、最終的には苦労した分だけの物は得られるよ。それは保証する」
ただし、それも奏が課した必要以上に難易度の高い試練を無事乗り越えられたらの話。
九校戦という舞台は確かに選手たちにとっても大きな試練の場だが、奏が関わるとさらに数段難易度が上がる。
本来なら、如何に九校戦とはいえしなくてもいいレベルの苦労をする羽目になるのだ。
頑張った分だけの報酬は得られるが、報酬を得るために求められる努力の水準が跳ね上がる。恐らく、当事者たちにとっては喜びよりも疲労感の方が大きいだろう。もし達成感が上回るような人物がいるなら、それはそれで逸材と言えるレベルに違いない。
「それって、喜んでいいのかな……」
「どうだろう? でも、素直には喜べないのは間違いないと思う」
「竜貴の表情が微妙なのはそのせいか……」
「鬼ね、あの子」
「会長、頑張ってください」
「なんだろうな、今無性に師匠に感謝したくなった」
「あの、吉田君? 大丈夫ですか、顔色が良くないですけど」
(ああ、なんか凄くわかる気がする。なにしろ、今の僕がその状態なんだよなぁ……)
現在進行形でしなくてもいいレベルの苦労をさせられている幹比古の眼尻にうっすら涙が浮かぶ。
竜貴の話によれば、本来はもっとゆっくり魔力の感触に体を慣らすところを、状況が状況とはいえ「無謀」なレベルで無理矢理慣らしているのだ。竜貴が言うには、急ぐにしてももう少しやりようがあるらしい。
とはいえ、下手をすれば割と命が危ないが、上手く乗り切れば数段飛ばしで魔力の運用技術が向上するので、大幅な時間短縮につながる。
正に竜貴の言う通り……いや、失敗すれば命が危ないあたりさらに性質が悪い。
そういう傾向があるからこそ、竜貴もこんな心配をするわけで……。
(心配なのはやり過ぎないかどうかだけど、今回はさすがに時間もないし、無茶にも限度がある……と思いたいなぁ)
何しろ、奏は“あの”遠坂の後継者だ。ここぞという時に限ってポカをやらかすうっかりの呪いのせいか、奏は時折、課す試練のレベルを計り間違う事がある。
いつもなら「しなくてもいいレベルの苦労」で済むところが、「生きるか死ぬかレベル」になったりするのだ。
今幹比古が置かれている状況がそれに近いが、奏や竜貴がフォローしてくれる分、これでもまだマシな方。
過去、竜貴が課せられた中でも特に(一番ではない)理不尽なものの中には、数日間にわたって生死の境を彷徨ったり、心身に重篤なトラウマを刻み付けられたものも少なくない。
厄介なのは、どれだけ苦労してもそれに見合うだけの報酬が得られることだ。
出来れば奏の試練は避けたい、これが本音で間違いない。
だが、奏の試練はどれほど理不尽ではあっても無意味でも無価値でもない。
むしろ、無事乗り越えることさえできればこの上なく有意義だ。
だからこそ、竜貴の心中は複雑極まりなく、その表情はどうしても微妙なものになってしまう。
まぁ今回の場合、そんなに凝っていたり無茶だったりする試練を課す余裕が、時間的にも状況的にもない。
それに、奏は試練を貸す時は常に真剣だが、本気かどうかはまた別の話。
幸いなことに、奏が本気で試練を課すには、真由美もその対戦相手たちも思い入れが足りない。
これならば、良いか悪いかはともかく精々「ものすごく苦労する」程度で済むだろう。
それが慰めになるかどうかは、誰にも分らないが。
今回出てきた「与える者」とかは独自設定です。
竜貴が「作る者」なら、生まれながらの「為政者」「支配者」である奏は「与える者」としての性質を持っています。まぁ、「試練を与える」という方向に向いているあたり、割とへそ曲がりですが。
とはいえ、鞭のあとに飴を与えるのが彼女の愛情表現でもあるのですけどね。
さぁ、次の投稿はいつになることやら……気長にお待ちください。
一応、来訪者編まではやりたいことが頭の中にはあるので……。