魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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(たぶん)今年最後の投稿でございます。


013

 

まだ昼過ぎにもかかわらず、校舎内は既に人の気配が薄い。

しかし、本日正午を以って憂鬱な筆記・実技を含めた全試験日程が終了した事を思えば、むしろ当然のことだろう。何が悲しくていつまでも校内に居座っていなければならないのかと、さっさと昼食を済ませて遊びに繰り出したであろう大半の生徒達の気持ちも分かる。

 

竜貴としてもそうしたいのは山々だし、実際昼食を取りながら午後の予定を話し合ったりもしていた。

だが、克人からの呼び出しとあってはあまり無碍にもできない。

先日の一件の事後処理で骨を折ってもらったし、重要参考人も無理を言って衛宮の預かりにしてもらった。前者はともかく、後者は魔法師では手が出せないという理由があったとはいえ、借りを作ったのは事実。

 

また、『アインツベルンの残骸(レムナント)』を称するノインは神秘の露見を厭わないどころか、積極的に魔法師を巻き込んでいくつもりのようだ。

その事を考えれば、魔法師側との貴重なパイプである克人との関係には一定以上の配慮が必要だろう。

 

まぁつまり、現状竜貴に克人の頼みを断るという選択肢はないに等しい訳だ。

 

(克人さんの話だと、そんなに時間がかかる内容じゃないらしいのが救いかなぁ……)

 

待っていてもらうのも悪いので、皆には先に行っていてもらい後ほど合流することになっている。

とはいえ、わざわざ生徒会室に呼び出しての話となれば、それなりに重要な内容なのだろう。

 

などと取りとめのない事を考えているうちに、生徒会室の前に着いていた。

そういえば生徒会室に来るのはこれで二度目だなぁ、と割とどうでも良い感慨を抱きつつ、インターホンを押す。

 

「一年A組の衛宮です、お待たせしました」

 

中で待っている事はわかっているので、相手の反応を待たずに名乗る。

 

『どうぞ』

「失礼します」

 

ドアロックが解除された扉を開き、室内に入る。

そこで、竜貴は思わぬ人物がいる事に僅かに驚きの色を見せた。

なぜなら、そこには会議用奈雅机の上座に座る七草真由美とその右隣りに控える十文字克人の他に……

 

「あれ、委員長さん?」

「やぁ」

 

克人の逆、真由美の左隣に座る風紀委員長である渡辺摩利がいたからだ。

彼女が生徒会室に入り浸っているのは竜貴も知っていたが、この場にいるのは予想外。

部活連執行部ではなく生徒会室に呼び出された段階で、克人の他に生徒会長である七草真由美がいる事は当然予想していたが、まさか一応は委員会の直属の上司である彼女までいるとは……。

それはつまり、別名「三巨頭」が揃い踏みという事でもある。

 

一般生徒なら、生徒会室でこの三人の視線の集中砲火に晒されれば、萎縮どころか卒倒してしまうかもしれない。

まぁ、生憎竜貴にそんな殊勝な精神はさっぱりないのだが。

 

「どうしたんですか、こんな所で」

「十文字に呼ばれてね。君が渋る様なら説得に手を貸してほしいとさ」

「そこはかとなく不安になること言わないでくださいよ。僕が渋る様な内容なんですか?」

「多分そうなんだろうね」

 

クツクツと笑いを噛み殺しながら答える摩利に、益々気が重くなる竜貴。

基本的に、できない頼み以外は二つ返事で了承する竜貴にそんな手を打ってくるという時点で、話の内容が頭の痛い物であることは間違いない。

出来ればこのままなにもなかった事にして帰ってしまいたいが、そう言うわけにもいかない以上、素直に腹を括るべきだろう。

まぁ、先ほど呼び出された時点確認された内容で、用件の大方の予想はついているのだが。

 

「ようこそ、生徒会室へ」

「あ、どうも。ご無沙汰してます」

「さ、遠慮なく掛けて」

「はい」

 

朗らかに促す真由美に従い、丁度彼女と対面する形になる下座に腰を下ろす。

ここまで克人は黙したままなので、話は基本的に真由美に任せるつもりのようだ。

あくまでも、今回の彼は摩利同様竜貴の説得要員と言う事だろう。

 

「折角試験が終わったばかりなのに、ごめんなさいね」

「いえ、それは会長さん達も同じでしょうからお気になさらず」

「本当は後日に回した方が良かったのかもしれないけど、衛宮君にも考える時間が必要でしょうし、なら早い方が良いかなって」

(つまり、考える余地くらいはくれるってことか)

 

それならまぁ、まだ親切な方だろう。

受ける受けないは別にして、先方からの強制という形でないだけマシというもの。

例え強制だったとしても、それに従う理由は竜貴にはない訳だが、波風を立てずに済むならそれに越した事はない。

竜貴は魔法師側に傾くつもりは全くなく、軍をはじめとした国家権力や十師族に着くつもりもない。

だがそれは、彼らと敵対するという事を意味するものではないのだから。

 

「それで、用件はやっぱり九校戦とやらに関してですか?」

「ええ。九校戦についてはどの程度知っているかしら?」

「さっきまで知りませんでしたが、要するに魔法科生徒のインターハイですよね」

「ん~、ちょっと違うんだけど、まぁとりあえずその認識で良いわ。注意点としては、学校対抗の色が強いってところね。各種目の成績だけじゃ無くて、総合成績も重要になるから」

「はぁ……」

 

そういえば、雫からそんな話も聞いた様な気がする、とうろ覚えの知識を引っ張り出す。

熱心な九校戦通らしい雫からすればその存在そのものを知らない事は許し難かったようで、それはそれは熱弁を振るってくれたのは記憶に新しい。だが、如何せん本人にイマイチ興味がないので、割と右から左に流し気味で、実際には要点の半分くらいしか聞いていなかったりする。

 

「それで、僕になにをしろと? 念のために言っておきますけど、出ろと言われても無理ですからね」

「ええ、もちろん衛宮君の立場はわかっているわ。魔術は原則秘匿する物で、衆目に晒す様なものじゃない。ましてや九校戦の様な公の場で使うなんて論外、よね?」

「うむ」

 

確認する様に真由美は克人に視線をやり、克人も小さく首肯を返す。

そんな二人の反応に、竜貴は小さく安堵の息を吐いた。

それをわかっていてくれるのなら、無茶な…あるいは無理な頼みをされる事はないだろう。

できないものはできないときっぱり言うつもりだが、それでも頼みを断るのは気が進まない。

それをせずに済むのだから、有り難い事だ。恐らく、克人が色々と手を回してくれたのだろう。

…………と、思っていたのだが。

 

「それでね、衛宮君」

「はい」

「九校戦に出てくれないかしら?」

「………………………………………………………………………………………………はい?」

 

おかしい、あちらはしっかりと竜貴の立場を理解してくれていた筈だ。

実際、「出られない」とあらかじめ釘をさしたら、「わかっている」と答えた。

にもかかわらず、どうしてまた話が振り出しに戻っているのか……。

 

竜貴は混乱を鎮めようとここまでの流れを反芻する。

どこにも今のセリフが出てくる余地などなかった筈なのに、これは一体。

だがその間にも、真由美は竜貴の反応を都合の良い方へと解釈する。

 

「そう、答えは『はい』ね。よかった、それじゃ運営にもそう返事を……」

「ちょ、まっ! アンタなに言ってんの! 人の話聞いてました!?」

「ええ、もちろん。『九校戦に出て』と私がお願いして、衛宮君はちょっと考えてから『はい』と答えてくれたのよね」

「その『はい』じゃねぇですから!? 肯定じゃなくて疑問形だってわかってんでしょ、アンタ!?」

 

真由美との接点はほとんどない竜貴だったが、彼はこの瞬間に理解した。

生徒会長七草真由美は「小悪魔」と囁かれているが、その噂は真実であったと。

 

「大体、仮に出たとしても僕は魔術なんて使いませんからね! そうなったら魔法を使うことになる訳ですが、僕の魔法技能がそんな大層な大会で通用するとでも? 自分で言うのもなんですが、足を引っ張り事間違い無しですよ!」

 

そう、竜貴が九校戦に出ないのは、何も立場だけが理由ではない。能力的にも出られないのだ。

彼はそんな場で絶対に魔術は使わない。そうなると魔法しかない訳だが、魔法師としての竜貴の能力は低い。

二科生の中でも底辺かそれ以下だ。そんな竜貴が出ても、恥を晒す結果にしかならないだろう。

 

「いや、そんな自信満々に力説する事か? 聞いてるこっちが悲しくなるぞ……」

「ダメよ、摩利。自虐ネタに同情したら、衛宮君には惨めさしか残らないじゃない」

「なるほど、それもそうか。すまなかったな、衛宮君。ここは笑ってやる場面だったか」

「帰らせてもらいます」

「あははは、ごめんなさい。つい……」

「悪い悪い」

「はぁ……別に良いですけど、友達が待っているので脱線は程々にしてくださいよ」

 

からかわれるのも玩具にされるのも、悪意がないのならそれならそれで別に構わない。

一族の女性陣からは割とそんな扱いだし、もうとうの昔に慣れている。

むしろ、開き直って「楽しませている」と思えば、不快感もない。

竜貴のそういう姿勢は摩利は承知の上だし、彼女と親しい真由美もその辺りは承知の上なのだろう。

ただ、TPO位は弁えてほしいとは思うが。克人も、「やれやれ」とばかりに溜め息をついていることだし。

 

「それで、九校戦に出て何をしろと? まさか、本当に恥をかけとか言う訳じゃないでしょう」

「もちろん」

「衛宮君、これは運営側からの正式な依頼なのだけど、試技(エキシビジョン)という形で出てもらえないかしら?」

「……具体的には?」

「日程はまだ決まっていないそうだけど、時間はその日の競技が終了した後……そうね、夕食後になるだろうから9時か10時くらいかしら。その時間に、九校戦関係者だけが観戦できる形にするそうよ。もちろん、マスコミや一般の入場は厳禁。先日の一件から、魔術に対する早急な対応が求められる。また、将来この国を背負って立つ若い魔法師達に、魔法の発端である魔術のなんたるかを後学のために見せてほしい、ですって」

 

最後はおどけるように、肩を竦めて締めくくられた。

竜貴にも、その仕草の意味するところはわかる。つまり、それは名目上の事でしかないのだろう。

適当に理由をつけて魔術の情報を得る。これはその為の手段・方便に過ぎない。

まぁ、一から十まで嘘だらけという訳ではないだろうが……真の狙いなど透けて見える。

 

真由美にとってもバカバカしい限りで、先ほどの様なおふざけでもしないとやっていられなかったのだろう。

特にバカらしいのは、彼女にはこの話を突っぱねる権限がない事だ。学校長ではなく真由美からこの話がされたという事は、通達は表面上はどうあれ実質的には十師族辺りからのものだろう。

その一員である彼女に、この決定を撥ね付ける事などできる筈もない。

 

「しかし、今回はまた随分とあからさまですね」

「大方、上手い名目も品切れになって来たんでしょ」

「なるほど……でも、すみません。会長さん達にしてみたら、完全にとばっちりですよね」

 

何しろ、先日の一件以来あの手この手で魔術に関する情報提供を求める要請がされてきた。

それらの要請を、竜貴は悉く突っぱね一つとして応じていない。

 

実際問題として、疑似サーヴァントに対する対策や理解は必要だろうと竜貴も思おう。

だが、それを口実に魔術方面の知識と技術を得ようとしているのは火を視るより明らかだった。

それに、キャスターをはじめとした魔術師関連の英霊が相手であれば、確かに魔術の知識を知ることに意味はあるだろうが、比率としてはそうではない英霊の方が圧倒的に多い。主に召喚されるであろう武勇に優れた英霊の場合、それらの知識はさして役に立たないのだ。

 

(いや、そもそも魔術関連の逸話を持つ英霊が相手でも、魔術の知識がどれほど役立つかわかったもんじゃない)

 

なにしろ、相手は人類史にその名を刻む超越者だ。

昨日今日身に付けた程度の知識では、気休めにもなるまい。

そう言う意味でも、魔術に関する情報提供をする事にあまり意義を感じないのだ。

 

「私の事は良いんだけど、どうする? やっぱり断る?」

(まぁ、それが最善なのは確かなんだけど……)

 

しかしそれは、あくまでも魔術師、あるいは竜貴にとってのでしかない。

これまではもっぱら文書や使者を送るなどの直接的な要請が主で、当然竜貴はそれをすべて無視。

克人を介して要請しようとした事もあったようだが、こちらは「十文字家当主代行」としてそれらを全て断ってくれた。彼が頼めば竜貴も多少の無理は聞いてくれると理解しているが故に、そのカードの切り時を慎重に見極めてくれるからありがたい。

 

ただ、それに痺れを切らして九校戦を口実に真由美を利用したのだろう。

同じ十師族の一員と言っても七草家の一員でしかない真由美と、当主代行の克人では立場も発言力も違う。

また、表面上は九校戦の運営からの通達である以上、一校の生徒代表である真由美に話がいくのは筋が通っている。これでは、克人も口出しできない。

この件で彼にできる事といえば、「真由美と共に説得に参加する」事で彼女を擁護する位だ。

そして、こうして真由美にまで迷惑をかけてしまっている事には、竜貴としても申し訳なく思う訳で。

 

(いい加減、こっちも少し折れる必要がありそうだな。これ以上突っぱねて、変に強硬的になられても困るし、克人さんだけでも心苦しいのに会長さん達にまで迷惑をかけたくないしなぁ)

 

あまり妥協し過ぎると調子に乗らせてしまうが、全てNoではいざという時にあちらの協力を得られないかもしれない。今のところ両者は敵対関係ではなく、必要な時に手を組める余地を残す必要がある。

その為には、少なくとも一度は「魔法師側の要求を呑んだ」という事実が必要だ。

それがあれば、「何を今さら」や「一方的な要求ばかり」という抗弁は抑えられる。

重要なのは、あちら側に利益を与える事ではない。利益を得る機会を得た、と思わせるだけで良い。

そう言う意味で考えれば、九校戦という場はそう悪い物ではなかった。

 

「…………………………………いくつか条件を呑んでいただけるなら、前向きに考えてもいいと思っています」

「え? い、いいの?」

「条件付きですけどね」

 

慎重に言葉を選びながら、竜貴はその条件を告げる。

 

「その前に確認ですが、今回の趣旨は『若い魔法師達に魔術を見せる』事で間違いありませんか?」

「ええ、そう聞いているわ」

「なら、試技で見せる一切の術式・道具について、こちらからは技術・知識の提供はしません。

 当然、物品もそれに含まれます。あくまでも、見て参考にしてください」

「……ふふっ、もちろん♪ 他には?」

「正直、あまりそちらを信用していないので、周囲には結界を張らせてもらいます」

「はっきり言うな」

「ま、当然の措置でしょうね。記録の方は?」

「撮るなと言って聞くとも思えませんし、チェックしきれると思えないので諦めます。

 代わりに、運営側だけで撮るようにしてください。そちらとしても、独占できた方が良いでしょ?

 あとは……」

 

その後も、いくつかの条件を提示ししていくが、真由美は特に交渉らしい交渉もせずに首肯し続ける。

彼女にその権限がない、という事もあるのだろうが、それ以上に利用してくれた大人連中への意趣返しというのが強いだろう。むしろ、竜貴が彼らを良い様に翻弄してくれることを期待すらしているらしい。

 

「わかりました。運営にはそう返事をしておくわね」

「お願いします」

「それじゃ、あとは出る種目だけど……」

「すみません、そっちはまだ全然なので後日改めてでも良いですか?」

「ええ。とはいえ、向こうへの連絡もあるから早めにお願いね」

「わかりました。それじゃ、これで失礼します」

「ああ、待て待て。ほら、パンフレットがあるから持っていけ」

「はぁ、どうも」

 

摩利の手から昨今では珍しい紙媒体のパンフレットを受け取り、生徒会室を後にしようとする。

とそこで、それまでほとんど話に参加しようとしなかった克人が口を開いた。

 

「…………すまんな」

「いつもお世話になってますから、これ位は大したことじゃありませんよ」

 

言外に、借りの返済とは別だと告げて今度こそ生徒会室を出る。

 

だが、彼らは知らない。

竜貴と克人のこの「わかり合った様な間柄」を変に曲解し、腐った妄想へと発展させ同人誌化している文化系の部活がある事を。

―――――――――――――――まぁ、知らない方が幸せな類のことかもしれないが。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

そんな事があった翌日。

竜貴は図書館にて、頭を抱えてうなっていた。

 

(ああもう、ホント不用意な事を言うもんじゃないなぁ)

 

竜貴の前に広げられているのは、昨日摩利から貰った九校戦のパンフレットと九校戦関係の資料。

あの後はとりあえず皆に合流してそのまま遊びに繰り出し、パンフレットに実際に目を通したのは夜になってから。そこで竜貴なりに各競技内容を確認し、どれならやれそうか検討してみたのだが……状況は芳しくなかった。

 

(ええっと、やれるのは女子専用の競技のミラージ・バット以外の五種目。

飛んでるクレーを撃ち落とすクレー射撃みたいな「スピード・シューティング」、ボールを相手コートに返して落ちた回数を競うテニスもどきの「クラウド・ボール」、サーフボードみないなのに乗って人工水路で速さを競う「バトル・ボード」、12本の氷柱を倒し合う「アイス・ピラーズ・ブレイク」、魔法限定で三対三でやる模擬戦っぽい「モノリス・コード」か。どうしようかなぁ……)

 

出られる種目がなくて困っているのではない。ましてや、出られる種目ばかりで選べない訳でもない。

出られるし勝算のある種目もあるにはある。問題なのは、立場上そのやり方を実行できない事にある。

 

「ぬぅ~……」

「大丈夫?」

「へ?」

 

自分の世界に沈み込んでいたせいか、不意に声を掛けられてつい間の抜けた声が漏れてしまう。

顔を挙げてみれば、すぐ目の前に北山雫の顔があった。

 

「わっ、ごめ……いたっ!?」

 

反射的に仰け反り、結果バランスを崩して椅子から転落。

強かに尻もちをついてしまう。

我ながらあまりの無様さに泣けてくるが、そこに白魚の様な手が差し伸べられる。

 

「立てる?」

「ああ…………うん、ありがとう」

 

一瞬素直に手を取りそうになるが辛うじて引っ込め、男の意地で自力で立ち上がる。

逆ならともかく、さすがに女子に手を引いて立ち上がらせてもらうのは格好がつかない。

既に十分すぎる位にカッコワルイ姿を晒している気もするが、それはそれとしてだ。

まぁ、雫の手を握るのに気恥しさを感じなかったと言えば嘘になるが。

 

「でも、雫さんどうしてここに?」

「教室でも悩んでるみたいだったから、ちょっと気になって」

「ごめん」

「別にいいよ。私が勝手に様子を見ようと思っただけだし」

「そっか……そういえば、ほのかさんは? 一緒じゃないの?」

 

話題を変えるついでに、いつもなら常に一緒にいる彼女の親友がいない事に言及する。

だが、雫はそれに無表情に……しかし、それなりに親しい者には分かる程度にやや心外そうな表情を見せた。

 

「私達、そんなにいつも一緒にいると思われてる?」

「え? まぁ、達也君と深雪さん位には」

「あの二人程じゃ……」

「いや、学校じゃほとんど別行動な事を考えると、二人以上かな?」

 

確かに、四六時中一緒にいる様に思える司波兄妹だが、実際に行動を共有している時間はそう多くない。

少なくとも、校内ではその時間は短いと言っていいだろう。

にもかかわらずそう思えないのは、あの二人の兄弟の域を些か逸脱した仲睦まじさ原因か。

あるいは、深雪が達也に向ける明らかに兄妹愛を越えた思慕の眼差しのせいか。

 

ただし、雫にとってはあの二人を引き合いに出しての比較は、少々気に障ったらしい。

 

「…………」

「えっと、雫さん」

「……………………」

「あの……」

「…………………………………………」

「……」

「……………………………………………………………………………………」

「ご、ごめんなさい」

「よろしい」

 

無言の圧力に屈し、力なく肩を落として謝罪する。

無理もあるまい。表情こそいつも通りだが、その視線の冷たさと言ったら……。

 

「で…その、ほのかさんは?」

「ほのかの事がそんなに気になるの?」

「え? まぁ、友達だし」

「ふ~ん……」

「え、えとなにか?」

「別に、ほのかは深雪達と一緒。いい加減、私がいなくても大丈夫じゃないと困る」

「あぁ、なるほど……」

 

人見知りというほどではないのだろうが、ほのかは女性陣以外とは中々普通に接する事ができずにいる。

具体的には達也を前にすると上がってしまい、レオが相手だとやや尻込みしてしまうのだ。

そこで、痺れを切らした雫は竜貴の様子を見に来る事を口実に荒療治に打って出たのだろう。

 

「それで何を悩んでたの?」

「いや、昨日克人さんに呼び出されたでしょ?」

「待って。それ、私が聞いても大丈夫な話?」

「もちろん。いくらなんでも危ないことは教えないよ」

「……そう」

(今の間が、なんか凄い気になる)

 

一体どれほど信用されていないかは、想像に任せることにしよう。

 

「なんというか、成り行きで九校戦って言うのに出ることになっちゃって……」

「詳しく!」

「へ?」

「その話、詳しく教えて!!」

「は、はい……」

 

昨日の時点では「外部には漏らせない話」と思い誰も聞いては来なかったが、そうではないとわかり……その上、熱心な九校戦通の雫にこの話題を聞き逃す事は出来ない。

そうして、昨日の出来事を竜貴に洗いざらい吐かせた後……

 

「つまり、会長達に『出る』って言っちゃったからでない訳にもいかず、でも出られそうな種目がなくて困ってるって事?」

「ん~、大体そんな感じ。まぁ、正確に言うと出られそうなのはあるんだけど、ちょっとねぇ」

「だけど、出ない訳にはいかない、と」

「出来れば、前言撤回っていうのはしたくないかな」

 

格好がつかないというのもあるが、真由美達にも迷惑をかける事になるだろう。

なので竜貴としては、一種目で良いからなんとかしたい所なのである。

 

「……良ければ、相談に乗ろうか?」

「ん?」

「九校戦は毎年観に行ってるし、ちょっとうるさいつもり」

(昨日のアレは、ちょっとではなかったような……)

「各種目のセオリーとかわかれば、少しは参考になるかも」

「ああ、なるほど」

 

確かに、竜貴が今持っている情報はあくまでも各競技の概要位な物。それもパンフレットに書かれている基本的な部分がほとんどで、図書館内で見つけた資料にはまだあまり手をつけていない。

しかし、それは所詮表面的な情報に過ぎないのだ。

九校戦の度に、各地の魔法科高校は様々な作戦を考案し実践してきた。その中には竜貴にも実践、ないし応用して使用できるものもあるかもしれない。また、各競技に設けられたルールにしても、その読み解き方によってできる事は変化する。

例えば、クラウド・ボールなら「相手のコートにボールがバウンドした回数」及び「コート内にボールが存在した時間」で得点が入っていく。つまり、相手コートでボールがバウンドした瞬間にボールを硬化魔法でその場に固定してしまえば、以降得点は継続的に入ってくる訳だ。ボールは最大九個なので、全て固定してしまえれば自動的に勝利が確定する。

まぁ、この場合魔法の発動のタイミングをはじめ実行のためには色々と技術的な障害があるので、実用的とは言い難い。だがこの様に、ルールの読み解き方次第で作戦の幅が広がる以上、九校戦に詳しい人物の助言は有り難いのだ。

 

そうして、雫が集めた約十年分のデータを元に各種目のオーソドックスな傾向と対策を教わる事に。

とはいえ、教わったからと言ってなんとかなるとも限らないのが世の常。

 

―バトル・ボード―

全競技中、恐らく最も衛宮である竜貴に向いていないので断念。

妨害ならいくつか思いつくのだが、そもそもボードを動かせなければ話にならない。

 

―クラウド・ボール―

時間制なのがネック。テニスの様にポイント制であれば、ひたすらに拾い続けて持久戦に持ち込むという実に泥臭い戦法も取れるのだが、この競技にその余地はない。どっちが根を挙げるかが勝負の様な我慢比べなら、衛宮の土俵なのに……と呟いて、雫にやや引かれたのは秘密である。

一応強化や憑依経験頼みでも芽がない訳ではないので、候補に挙げる位はしてもいいだろう。

 

―モノリス・コード―

直接攻撃の類がダメという時点でハードルが高い。

魔法を介していればいいらしいが、衛宮である竜貴が実戦レベルで使える魔術となると、得意とする系統に事実上限定されると言っていいだろう。つまり、強化・変化・投影あたりが精々だろうが、正直競技の趣旨に反し過ぎる。ガンドならそれなりに行けるかもしれないが、それ以外だとやはりチームメイト頼りになってしまう。

まぁ、友人の達也やレオに頼む手もあるということで、クラウド・ボール同様候補には残してもいいかもしれない。

 

―アイス・ピラーズ・ブレイク―

氷柱に直接斬りかかれるならいざ知らず、氷柱との間に距離が空いていては投影を使うより他にない。

あるいは攻撃範囲の広い宝具か概念武装、または魔術礼装の類を持ち出すかだが、それは些かやり過ぎな様な……。というか、宝具は下手に使うと対戦相手も諸共にしてしまうのでやはり却下だろう。

この場合投影した武装の射出が攻撃手段としては一番穏当だが、知られてはいけない類の物なのでやはりダメ。一つか二つ魔術礼装を持ちこんで、上手くやるしかない。

 

―スピード・シューティング―

別に亜音速でクレーが飛んでいる訳でもないので、普通に弓で落とせる自信はある。距離もそれほど離れていないし、よほどいやらしい飛ばし方をされない限り、曾祖父の精神性を憑依させる必要もない。見た目においても、ただ弓を射ているだけなので色々とばれにくい。そう言う意味で言えば、全競技中最も向いていると言えるだろう。

しかし、これは論外。なぜなら、衛宮は剣に関連した魔術師だと思われており、弓……ひいては超遠距離狙撃ができる事を知る者はほとんどいない。この競技で使われる距離程度なら問題ないかもしれないが、余計なヒントを与えるようなマネはしたくないというのが本音だ。狙撃の存在は、知られていない方が都合が良い。

 

だがそうなると、いよいよもって出られる競技が限られる。

 

「あ~、どうするかなぁ……」

「出来そうなのがない?」

「ない事もないんだけど、うちも色々とあるからねぇ」

 

やはりここは、アイス・ピラーズ・ブレイク…通称棒倒しに当たり障りのない礼装を使って参加するのが無難だろうか。そんな事を考えていた所で、竜貴の脳裏にある閃きが浮かぶ。

 

「あっ……そう言えばさ、アイス・ピラーズ・ブレイクって魔法で氷柱を倒すんだよね」

「うん」

「それって、魔法……っていうか、術のかかっている物で攻撃するのはあり?

 例えば、術のかかった何かをぶつけるとか」

「たぶん、大丈夫。以前には、氷柱そのものをぶつけた人もいたし」

「なるほど。それなら……うん、万が一を考えてもそのほうが良さそう。

 でも、その為には今から準備しないと間に合わないか」

 

そのまま自分の世界に入り込み、ぶつぶつと独り言を呟く竜貴。

雫は訝しそうに竜貴の顔を覗き込もうとするが、唐突に顔を挙げた彼はおもむろに雫の手を握る。

 

「ありがとう! 凄く参考になったよ!」

「それは、どうも」

「また相談するかもしれないけど、その時もお願いして良い?」

「う、うん」

「よかった、近いうちにお礼するから!」

 

そう言い残し、大急ぎで図書館を後にする。

その時の竜貴の顔は、まるで悪戯を思いついた悪童の様だったとか。

 

とはいえ、目途は立ったがその為に確認する事や用意する物が山ほどある。

実家の方にも許可を取らなければならないし、急がなければ間に合わない。

そうして急ぎアパートの自室に戻り、早速準備に取り掛かろうとした所で待ったがかかる。

 

「電話? げ、これは……」

 

意気揚々と帰宅すると、まるで待っていたかのように電話が鳴りだす。

嫌な予感を感じながら相手を確認してみれば、あまり喜ばしくない相手からの物だった。

 

「あぁ……もしもし」

『資材の調達をお願いします。可能な限り早急に、かつ状態の良い物を希望します』

「アレ、そう簡単に手に入るものじゃないんですけど。最近は数も減ってますし、こっちだってかなり命懸けなんですよ。そんな業者に頼むみたいに言われても……」

『承知しています。ですので、報酬は弾みますし、納入の期日も設けません。入手の際には可能な限り完品に近い状態で確保し、入手し次第送ってくだされば結構です』

「むしろ、そちらで作った方が……」

『なにか?』

 

底冷えのする声と共に、竜貴は地雷を踏みかけた事を理解する。

確かにこの相手なら求める資材……というか研究材料を自分で用意する事は簡単だろう。

だが、それはしない。それはこの相手の矜持に反する。その事をすっかり失念していた。

今の問いは、この相手なりの温情だろう。もし今の問いがなければ最後まで言い切っていただろうし、そうなれば高確率で殺されていた。例えどれだけ遠く離れていたとしても、相手が相手だ。安心できる要素にはならない。

それこそ、言い切った瞬間に……なんて事になりかねない、そう言う相手だ。

どれだけ理性的で合理的な人物であったとしても、決して気を抜いていい相手ではないのだから。

 

「なんでもありません。発見し次第、確保して送ります。ちなみに、生死は問いませんよね?」

『無論です。そこまで高望みするつもりはありません。生きたまま確保できるならそれに越した事はありませんが、資材の調達を最優先に。ちなみに、生きているなら報酬は倍です』

(本家の人達には知られないようにしないと……)

『当然、この事は遠坂にも伝達済みです』

「手際いいですね!?」

『とはいえ、ただ漫然と待っていても遭遇する率は低いでしょう。近く何体かの出現予想を送ります』

(つまり、そこには必ず張り込んでおけってことか……この人の場合、すんごい高確率で当たるからなぁ。

 いや、良いんだけどね。この人の研究が完成すれば、色々とあり難いし。

 ぁ……そうだ、どうせだしダメ元で頼んでみるか)

 

それは、本当に単なる思いつきだった。

そう言った事ができる事を知っていたから、物は試しにと頼んでみただけの事。

正直、どうせ断られるだろうと思っていたのだが、以外にも相手は二つ返事で了承してくれた。

まぁ、この相手にとっては片手間以下で可能な簡単な作業に過ぎないのだろう。

 

とはいえ、これにより棒倒しに続きもう一つ目途が付いた。

しかも、どの方面にも不利益・不都合にならず、なおかつ相手の思惑の裏を掛ける。

 

(まぁ、念のため雫さんに相談だけはしておこうかな)

 

ルール上問題はなさそうだが、一応詳しい人物に聞いてみた方が良いだろう。

そう考え、竜貴は早速明日にでも改めて雫に相談する事にする。

他の友人にも話すべきかと思わないでもないが、せっかくなので驚かせてやりたい。

なので、相談するのは雫一人に絞るべきだろう。特に達也は頭が切れるので、可能な限り情報漏洩は避けなければ。

 

竜貴のその判断は大いに正しいし、驚かせようと思ったのもそう悪い事ではない。

ただ、一つ思わぬ落とし穴があった。

 

クラスメイトかつ友人という事で行動を共にする事が多かったとはいえ、これまではその他の友人も交えての物だった。しかし、唐突に二人で過ごす時間が増えた事により、本人達の知らない所でそれが噂になってしまう。

そして噂とは、時に勝手に独り歩きをしだし、発展したりねじ曲がったりするものだ。

 

例えば……

――――――――そういえば、一年のあのグループ。ほら、あの目立つ連中。

――――――――ああ、あの連中か。それがどうした?

――――――――そこのEとKが最近二人でいる姿をよく見かけるらしい。

――――――――なに、他の奴らは?

――――――――近くには見当たらなかったってさ。

――――――――へぇ、女子の方は大抵2・3人で一緒にいるのに、珍しい。

――――――――私、この前図書館で手を握り合っているのを見た。

――――――――いやいや、手を握って見つめ合ってたんだよ。

――――――――おい、いつの話をしてるんだ。寝てる間にキスされて、驚いて椅子から落ちたのさ。

――――――――なに、もうそんな所まで。なら今頃は、もっと先に……。

 

という具合に尾ひれが付き、それどころか勝手に陸上に上がって闊歩し出す始末。

もちろん、名門第一高校の生徒たるものそんなうわさ話を鵜呑みにしたりはしない。

こういうのは、想像力という名の翼を羽ばたかせて面白可笑しく脚色していくから楽しいのだ。

 

まぁ、「火のない所に煙は立たない」という考えもないではない。

噂が真実になる事も、充分にあり得るのだから。




本年もありがとうございました。
来年も、遅筆ながらやっていくつもりです。
それでは、良いお年を。

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