「――どういうことか説明してちょうだい」
フローリングの上に正座させられた俺を仁王立ちしたふたりが睨みつける。下手なことを口にしたら命はない、と言わんばかりの威圧を纏いながら。箒に至ってはお気に入りの竹刀に手をかけている。
一瞬花畑を見て帰ってきたと思えば、怒り心頭の姉と幼なじみに追及される羽目に遭うなんて。まったく俺ってツイてない。
「どうもこうもない。何度も言うけど、1025号室は俺の部屋なんだよ」
正直に答えたというのに、ふたりは相変わらず疑念に満ちた視線を送っている。
「私も1025号室なんだけど?」
「私もだ」
どういうこっちゃ一体。
というか、さすがに二人部屋で三人もいるのは手違いか何かがあったとしか思えない。あるいは円夏と箒のどっちかが嘘をついているかだ。
俺は鍵を渡されているわけだから、本当にここの住人か事務の方で手違いがあったかのどっちかだろう。荷物もこの部屋にちゃんとあったわけだし。
「じゃあ、お前らちゃんと鍵持ってるんだよな?」
「当たり前でしょ。ほら」
そう言って、円夏は自分の鍵を俺に投げて寄越してきた。刻印されている番号は確かに『1025』だ。鍵の形状もまったく同じだった。
「ほら、箒も見せろって」
「ちょっと待て。……これでいいか」
少し躊躇いがちに渡された鍵を見比べる。刻まれている数字は――あれ、これだけシールなのか。
「ほら、ちゃんと『1025』と書いてあるだろう」
「後で貼ったりしてないよな?」
「何を言う。渡された時から貼ってあったものだ」
本当かよ。
試しに俺の鍵と合わせてみようとしたところで、その怪しげな代物は強引にひったくられてしまった。
「それじゃあついでに訊くけど、あの荷物は入った時から置いてあったんだよな?」
「そうよ。事前にまとめて送られて来た物だから、全員自分の部屋に置いてある筈だけど」
なるほど、そういうことなら手違いかもしれないな。
「……分かったよ。寮長室まで言って事情を話してくる。適当に部屋替えしてもらえば問題ないだろ?」
そう言って立ち上がろうとする俺だったが、何故か箒に引き留められた。
「そ、そこまでしなくてもいい」
いや待て、お前らは俺がここに留まるのが嫌なんじゃないのか?
同じく円夏も彼女の行動に疑問を抱いているようだった。
「その、寮長を困らせるのも良くないだろう。部屋割りが変わるまで三人暮らしというのもだな……」
「何わけわかんないこと言ってんのよ。大体、こんな状況が許されるわけないでしょ?」
「そうだろうか? 表沙汰にならなければ問題になど――」
いやいや、もう問題になってるだろうよ、と心の中で突っ込みを入れる。
あれだけ派手に騒いでおきながら周りにいた誰かが聞きつけていない、なんてことはまずあり得ない。そのうち真相を確かめようと訪ねてきたりするんじゃないか?
ほら、トントンって戸を叩く音が――ってもう来てるじゃねーか!
「すみませーん、誰かいますかー?」
誰かは知らないが、扉越しに呼びかけている。このまま無視したとしても、きっとすぐには引き下がってくれないだろう。
根も葉もない噂が飛び交っても困るし、少なくとも叫び声と物音については適当に話を繕っておいた方がいい。
「俺が出るよ」
「いや、それは――」
掴もうとする箒の手をかわして立ち上がる。
さっきから気になってるんだが、何で箒は俺のことを引き留めたがるんだろうか。別にやましいことがあるってわけでもないだろうに。
「何か用?」
ドアを開けた先にはクラスメートの鷹月さんがいた。
「あ、織斑くん。あのね、実はルームメイトがどっか行っちゃって……」
「それって、まだ帰ってきてないってだけなんじゃ?」
「ううん、それなら荷物が置いてある筈なんだけど、それもなくなっちゃってて」
そいつは大変だ。できれば捜索を手伝いたいけど、こっちも揉めてるからなあ。
「織斑くんの知り合いみたいだったから、ひょっとしたら行き先を知ってるんじゃないかなーって――」
と言いつつ、彼女は部屋の奥を覗き込んでいる。そんなことしたって失せ物探し人は見つからない気がするけど、気になるなら仕方がない――。
「――ああ!」
「な、何だよ?」
驚きのあまり思わず仰け反る。というか耳元でいきなり大声出すなよ。心臓に悪い。
「篠ノ之さん、こんなところにいたんだー!もう、荷物まで持って出て行くから心配したんだよー」
俺に答えることなく部屋に踏み込んだ鷹月さんは、気まずい表情を浮かべる箒に勢いよく抱きついた。
ん、ちょっと待てよ? 箒が鷹月さんのルームメイトってことはつまり……?
「なるほど、そういうことだったのね」
床に落ちた箒の鍵を拾い上げながら、円夏がため息をつく。爪の先でシールを剥ぎ取った下には『1037』という数字が刻まれていた。
「私も一夏も危うく騙されるところだったってわけか。まったく何考えてるんだか」
「わ、私はそんなつもりじゃ――」
「はいはい、言い訳してないで自分の部屋に帰りなさい」
円夏はそう言って、ベッドの上の私物をまとめ始めた。
うーん。気持ちは分かるが、少し薄情過ぎやしないか……?
「い、一夏――」
「す、スマン。俺にはどうすることもできん」
助け舟を出したらお仕置き(物理)よと言わんばかりの視線を送られては、こっちも手の施しようがない。
必死に助けを求めようとする箒に謝ると、彼女はがっくりと首をうなだれた。
「お邪魔しましたー」
「一夏ぁぁぁぁぁぁ……」
彼女らしさの欠片もない情けない声を上げながら、箒は荷物と一緒に引きずられていった。