無限遠のストラトス   作:葉巻

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1.7 白一点⑦

 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、俺は初日の放課後を迎えていた。

「はあー……っ」

 疲労と憂慮の混じったため息がこぼれ出る。午前中は端末の使い方についてのレクチャーだったからまだ分かったものの、午後の基礎理論の授業となると完全にお手上げだった。

 大体、アクティブなんちゃらとか広域索敵なんとかとか、専門用語っぽい単語が何を指しているのかが分からない。分からない上に、学んでる内容が一体どんな場面で何の役に立つのかまったく察しが付かないので余計に理解できない。

 俺は授業一日目にして分からないの連鎖に陥ってしまっていた。

(これじゃISを動かす以前の問題だな……)

 考えれば考えるほど、暗澹とした気持ちばかりが膨らんでいく。

 箒に聞けば多少は知ってるから教えてくれるかもしれないが、あいつは理論よりも感覚が先に立つからなあ。あの『ドンッ』とか『シュバッ』みたいな擬音語だらけの説明を聞いたところで理解の助けになるとは到底思えない。

 ――ふう。考えても仕方ないし、とりあえず寮まで行こう。箒がダメでも円夏がいる分まだ何とかなる……気がする。

 そう思いつつ立ち上がったところで、担任の山田先生が声をかけてきた。

「あ、織斑くん。ちょうどいいところにいて助かりました」

 ほっとしたような表情で、抱えていた書類の束をどさっと机の上に置く。

 ――って、なんだこれ。

「えっとですね、織斑くんのための機体を用意することになったので、申請に必要な手続きを済ませてもらおうと思って持ってきたんですよ。ちょっとだけ時間取るけど、大丈夫かな?」

「別にいいですけど……それってつまり、専用機を用意してもらえるってことですよね?」

 そりゃ貴重な人材だったらテストのひとつやふたつはするだろうけど、よりによってそんな代物を用意するつもりなのか。これからどうなるんだ、俺。

「詳しいことは分からないんですけど、どうもIS委員会の指示らしくて。とにかく、空欄にサインしてくれればいいのでササッとお願いします」

「はあ……分かりました」

 俺は促されるまま、渡されたペンを受け取った。

 机越しに先生が見守る中、一番上から順にめくりながら氏名を書き込んでいく。いつの間にか人気のすっかりなくなった教室に、ペン先の動く音だけが淡々と響いた。

 どのくらい黙っていただろうか、不意に先生が口を開いた。

「男の子のIS操縦者って、やっぱり大変ですか?」

「ええ、まあ。報道規制がかかってるだけマシですけど、やたらと注目されるのはきついです」

 俺は正直に答える。中学時代は監視員が付いていたくらいでそこまで気にならなかったが、この学園に踏み込んでからは好奇の視線がそこら中から飛んでくるようで、まったくと言っていいほど心が落ち着かない。

 このままずっと見つめられ続けていたらいつか発狂してしまうんじゃないか、なんて不穏なことさえ考えてしまうほどだ。

「もし困ったことがあれば、すぐ相談してくださいね。助けになれるかどうか分かりませんけど……」

「あの……『頼っていいけど頼らないで』みたいな言い方されても困るんですけど」

「そ、それは……。男子生徒の面倒を見るのは初めてなので、勝手が分からないですし……。で、でも、精一杯頑張りますから、ね?」

 なぜか上目遣いで俺の方を伺ってくる先生。小柄な体つきと相まって、なんとも可愛らしい仕草だ。

 ――いやいや、何を考えてるんだ俺は。相手は教師だぞ。担任だぞ。

「……ゴホン。えーっと、全部サイン終わりましたけど」

「え? あ、はいっ! どうもご苦労さまでした」

 俺がごまかし気味に咳払いをすると、山田先生はあわてて書類をかき集めて抱え上げた。そのままペンも受け取って入り口へと駆けていく。

 ――さっきのは何だったんだろう。まあ、深く考えても仕方ないな。忘れよう。

「ああ、言い忘れていましたけど」

 去り際に思い出したのか、先生が振り返る。

「部屋数の関係でちょっと窮屈な思いをするかもしれませんけど、できるだけ早めに解消しますから我慢してくださいね」

「分かりました……?」

 はて、窮屈とは一体何のことやら。彼女の発言の意味を理解できなかった俺はひとり首を傾げた。

 


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