無限遠のストラトス   作:葉巻

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1.6 白一点⑥

「えっと……皆さん揃いましたね? 三時間目も、休憩前に続いて端末の操作について説明していきますが、その前にクラス代表を決めなきゃいけませんね」

 山田先生の発言にさっそく手が挙がった。――って、またお前か。

「はーい先生しつもーん。そのクラス代表って、学級委員みたいなものですか?」

「基本的には同じものですよ。生徒会の定例会議や委員会に出席してもらったり、文化祭などの行事で皆さんをリードしてもらうのが主なお仕事ですね。それと、来月頭に開催されるクラス対抗戦では代表選手として出場してもらいますから、できればISに乗った経験のある人にお願いしたいんですけど……」

 そう言いながら、オルコットさんに視線を向ける山田先生。専用機とやらを与えられているらしいし、人選としては適当か。

「この人にお願いしたいという意見があれば、手を挙げてくださいね」

 その一言で、俺を除いたほぼ全員の手が挙がった。あまりにも統率の取れた動きだったせいか、先生がちょっぴり引いている。

「え、ええっと……。それじゃあ鷹月さん」

 先生が困惑気味の表情で指名すると、その女子はスッと立ち上がって答えた――。

「はいっ! 織斑くんを推薦します!」

「ちょっと待てぃ!?」

 俺は思わず立ち上がっていた。いや、さっきからなんとなく嫌な予感はしていたけどさ。そして、みんなの視線が、意識が一斉に俺の方へと向けられる。くそっ、みんな揃って無責任だぞ!

「私も織斑くんがいいなー」

「織斑くんならきっとやってくれる!」

「織斑くんファイトー!」

 案の定教室に響くのは俺を支持する声ばかりだった。

 頼む、誰か俺を擁護して――じゃなかった、俺が代表に向いてないって言ってくれ。

「他に候補がいないようなので、織斑くんにお願いしてもいいですか?」

「い、いや、それは――」

 断らないでという嘆願の眼差しに当てられて返答に詰まっていると、突然横合いから手が挙がった。

「あ、はい。それじゃあオルコットさん」

 先生が指名すると、彼女はスッと立ち上がった。そして教室全体を眺めるようにゆっくりと振り返る。

「わたくしは織斑さんの選出に反対しますわ」

 喧騒に沸く教室の隅まで届くような明瞭な声。それが発せられた途端、女子たちはしんと静まり返った。向けられる疑いの視線にためらうこともなく、彼女は話を続けた。

「クラス代表という重要な役職を単なる物珍しさで選ぶのはあまり合理的ではありませんわ。確かに男性のIS操縦者というのは貴重な存在ですけれど、代表に求められるのはIS操縦者としての技量です。素人同然の織斑さんには荷が重いのではありませんこと?」

 そうだそうだ、俺を選ぶくらいならもっとISに精通してる子を選ぶべきだぞ。彼女とか、そう彼女とか。

「実力ということであれば、代表候補生のわたくしがなるのが必然。そうでなくとも、もっとこの役職に向いた生徒が他にいる筈ですわ。その方に任せた方が適当ではないかしら」

 とことん正論尽くしの彼女に反論しようとする生徒はいない。

 ちゃっかり自分がなりたいと明かしていることはさておいても、これだけまともなことを言ってくれるのはありがたかった。

 意見を終えたオルコットさんが着席する頃には、教室内は打って変わって静寂に包まれていた。

「ええっと……」

 なんて言えばいいのかわからないんです、といった調子で、山田先生が困惑気味の顔を向けてくる。

 ――あの、俺を頼りにされても困るんですけど。

「先生!」

 再び手が挙がった。誰だろうと思って振り返ると、なんと箒の奴だった。

 他の女子がやいのやいのと騒いでいる間もひとり黙り込んでいたのに、今になって急にどうしたんだ?

「実力で選ぶなら、実際に戦って決めたらどうでしょうか。学級の代表者として試合に出るのなら、候補者の実力を見て選ぶべきです」

 待て箒、その理屈はおかしい。というか、それは俺に戦えって言ってるのと変わらないんじゃ。

「えっと、篠ノ之さん。それはちょっと強引――」

「いいアイデアですわ。この国には『百聞は一見に如かず』ということわざがあるのでしょう? ここで口論を繰り広げるよりも、実際に戦ってみせた方がみなさんも納得できるのではなくて?」

 反論しようとした山田先生の声がオルコットさんの明瞭な声に掻き消される。インテリっぽく見えて意外と武闘派だったのか――ってそんなことはどうでもいい。

 もしかしなくても、俺とオルコットさんが戦うという方向に持っていかれてる気がする。頼むからそれだけはやめてくれ。お願いだから。

「あ、あのぉ――」

「ちょうど試乗の機会があるということですし、模擬戦という形で決着を付けましょう」

「一夏、そういうことでいいな?」

 全然良くないっていうか勝手に俺の代弁者になるな。

 それと、先生の話はちゃんと聞こうぜ。お前らだけで勝手に進めるせいで涙目になっちゃってるぞ。

「わかりました、わかりましたよぉ」

 山田先生が疲弊しきった声を上げる。一体何が分かったのかは謎だが、とにかく話を収めるつもりらしい。クラス全員が注視する中、先生は半泣きで箒とオルコットさんに呼びかけた。

「明後日の放課後に行えるよう先生が調整しておきますから、二人だけで進めないでください」

 ずっこけた。比喩でも何でもなく、俺はバナナの皮でも踏んづけたみたいにその場ですっ転んだ。

「俺の意向はガン無視かっ!?」

「そんなことないですよぉ。織斑くんはベストを尽くして頑張ってください」

 ベストを尽くせって、それはつまり全力で負けろってことですか先生。そりゃないぜ。

「クラス代表の選出についてはこの辺で終わりにしますね。授業を進めないといけませんから」

「ちょっ――」

「四の五の言うな、みっともないぞ」

「おいぃぃぃぃぃぃ!? こうなった原因の大半はお前だろ箒ぃぃぃぃぃぃ!!」

 怨嗟の叫びを上げる俺をよそに、先生やクラスメートたちは淡々と授業の準備を始めていた。

 ちくしょう、後で覚悟しろよ……。

 


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