そんなこんなで協力を取り付けた俺は、セシリアたちとの夕食を終えて部屋に戻ってきた。降りて来られないシャルルのためにと思って焼き魚定食を持って帰ってきたのだが、好き嫌いについて聞いてなかったことを今になって思い出してしまった。まさか魚が苦手だったりはしないよな。まあ、その時は代わりになりそうなおかずを取ってくればいいだけなんだが。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい。――それは?」
「シャルルの分の食事。お腹空いてるだろうと思ってな。とりあえずスプーンとフォークも取ってきたから、箸が苦手だったら使ってくれ」
彼女に答えながら、俺はテーブルの上にトレーを置いた。
しかし、アレだ。ジャージを着込んでいるとはいえ、胸の出っ張りが目立つという状況だとどうしても目のやり場に困ってしまう。男装用のISスーツが窮屈だってのは分かっているんだが、こいつはどうにかならんものかね……。
「わざわざ取ってきていただいてすみません」
「なあシャルル、そんなに改まらなくてもいいんだぞ。わざわざ名字で呼ばなくてもいいしな」
「そう……ですか?」
俺の言葉に、シャルルは困惑気味の表情で首を傾げる。もしやとは思うが、この口調がスタンダードだったりしないよな。何だか話しかけづらいし、できればもっとフレンドリーな感じでお願いしたい。
「ええっと。い、一夏……さんって、呼べばいいのかな?」
「おう、それでいいぞ。でもって恥ずかしがらずに堂々と」
若干戸惑いながらもそれらしい喋り方を試す彼女に、俺は頷いてみせる。実質同一人物ということで声音に違いはないものの、『彼』に比べるとどこか優しさのある声だ。
「いちか、いちか……。一夏、こんな感じでどうかな? ボクの言葉遣い、おかしくないよね?」
何度も呼び声を発した後でシャルルが尋ねる。赤面気味の顔を除けば、以前の『彼』と同様の雰囲気だ。――いや、それらしく真似できていたと言った方が正しいのか。
まあ、結局どっちのシャルルが本物なのかは分からないし、どっちも本物だって可能性もあるわけだから、そこまで違和感を覚えないのは当然なのかもしれない。
「オーケイだ。ちょっと大変かもしれないけど、早いとこその喋り方に慣れてくれると助かる」
「はい、頑張ります……じゃなくて、頑張るよ、一夏」
積極的に努力しているのは素晴らしいことだ。
偽装を頑張るっていうのもなんだが、ここの生徒である以上は授業に出ないといけないし、寮にいる時もどんなタイミングで他の子と出くわすか分からない。色々と窮屈だろうけど、適当な解決策が見つかるまでの辛抱ということで堪えてもらおう。
「ねえ一夏。一つ訊いてもいい、かな?」
「おう、いいけど?」
フォークで魚の身をほぐしつつ尋ねるシャルに、俺は応えを返した。いいぞ、答えられそうな質問ならドンと来い。
「一夏は、女の子と生活するのは嫌じゃないの?」
「…………別に、問題はないぞ」
現に一ヶ月ほど姉と同棲してたんだしな。
大体、物心が付いてから女の子に囲まれて暮らしてるから別段意識するようなことがない。まあ風呂上がりの裸を見てドキッとしたことは何度かあったりもしたけどな。その手の変な事態に遭遇しない限りは、なんてことのないただの同居人だ。そこに不埒なイメージを持ち込むこと自体間違っているんじゃないかと思うんだよ、俺は。
「そう。それならいいんだけど」
なんだろう、その微妙に含みのある言い方がどうも気になるんだが。
「あ、でも着替えるなら洗面所で頼むぞ」
「ももっ、勿論だよ! 大体一夏の前で着替えるなんてことできるわけないでしょ?」
「そりゃ分かってるけど、念のため確認しておこうと思ってな」
目の前で大胆に着替えられても困るし、その辺は共通の認識を持っておかないといけない。下手に騒げば周りの注目を集めかねないから気をつけないと――。
そんな風に考えての忠告だったのだが、どうも下心があるように思われてしまったらしい。
「……一夏のえっち」
顔を背けながらつぶやくシャルル。
なんて理不尽な――いや、それほどでもないのか。とにかく変な誤解を招いていることは確かだし、どうにかして俺の言わんとしたことを理解させないといけないな。
俺は妙に恥ずかしがる彼女をもう一度正面に向かい合わせると、しっかりと言い聞かせるようにして話しかけた。
「とにかく、だ。異性同士で暮らすわけだし、線引きってものはちゃんとしておかないとダメだってこと。分かるよな?」
「うん。お互いに節度を弁えてってことだね」
「そういうこと。まあ、下手に意識しない方がいいかもしれないけどな」
そう言いながらも自然と目線が降りて行きがちになるのはどうしてだろうか。別にそんなつもりはまったくないんだが――。
「…………ねえ一夏。見たいの?」
「みみみ見たいって何が!?」
何気なく掴んだ湯呑みを危うく取り落としそうになりながら、俺はシャルルに訊き返した。
「え? ええっと……その、気になるんでしょ」
視線を落とし気味に、彼女はモジモジとした様子で告げる。
うん、まあ見たくないってわけでも――ってできるか! つい先ほど一線を引こうと言った奴が飛び越えちゃったらダメだろう、いろんな意味で。
「いやいや、さすがにそれはマズい。そこまで気を遣わなくていいから」
「う、うん。ゴメン」
ぶんぶんと首を振る俺に、彼女は申し訳なさそうな調子で答えた。どちらかというと俺の方が謝るべきじゃないのかとは思ったが、あえて黙っておくことにした。
「ごちそうさまでした。えっと、トレーは――」
「あ、俺が返してくるよ」
というか、今の姿で外には出られないだろうし。
「……あ、あのっ」
空になった食器を重ねて持っていこうとしたところで、シャルルが声を上げた。
「どうした?」
「えっとね、その……ありがとう。ボクに優しくしてくれて」
振り返る俺に、彼女は少し気恥ずかしそうにしながらも言った。
「どういたしまして。同居人なんだからもっと気楽に頼ってくれてもいいんだぜ?」
「うん」
なにせ記憶が曖昧なんだ、何かと戸惑うことだって多いだろう。こういう時こそ俺がなんとかしないとな。
食器を返して戻ってくると、シャルルの奴は布団にくるまって寝息を立てていた。多分、色々なことがあって心も体も疲れてしまったんだろう。
(俺も疲れたし、今日は早めに休むか……)
就寝中の彼女を起こさないよう気をつけながら、俺は着替えを手に洗面所へと向かった。