(シャルル・デュノア……。二人目の男性操縦者と思われる少年……)
平面投影型のキーボードの上を細い指先が踊る。食堂のテーブルに作業用の端末を置いたセシリアは、相談者と他の二人を待ちつつフォルダ内の資料を読み漁っていた。
男性操縦者がそう簡単に見つかるものなのか。それも、ISに関わっている企業の御曹司が偶然そうだったなんてことが……。面と向かっては言えなかったが、彼女の中ではひとつの疑念が頭をもたげていた。そこで、使用人の中でも信頼の置ける人物にデュノア家に関する事項を洗い出させた。その返答が届いたということで、こうして確認しているのだ。
(……これは!)
送られてきたファイルの一つ――三年前の新聞の切り抜き画像を開いた瞬間、セシリアの手が止まる。『越境鉄道で事故、死傷者多数』という見出しが躍るそれには、死亡が確認された著名人の名前が追悼の言葉とともに列記されていた。イギリス、フランス、イタリア、ドイツ……。各国で財を成した資産家の名が並ぶその場所にデュノアの姓を見つけ、彼女は小さくため息をついた。
(マルスリーヌ・デュノア。多分、デュノアさんのお母様ですわね)
意外なところに自分との接点があったものだ。彼も自分も、愛する親を喪うという辛い経験を乗り越え、この学園にやって来ている。そう思うと奇妙にも親近感が湧いてくる気がしてならない。
彼女はひとり感傷に浸りながら次の画像を呼び出し――。
「あら?」
次の瞬間、思わず首を傾げた。
先の記事の続きであろう、いくつもの写真が掲載されたページ。その中央にあるのは、父親に付き添われて駅の構内を歩くひとりの少女の姿だ。
カラー刷りの彼女は金色の髪にエメラルドの瞳で、何処か見覚えのある顔立ちをしていて。そして、脇に記された説明文には『安否情報を求めて駅を訪れたジルベール・デュノア――デュノア社最高経営責任者とその娘シャルロット。二人の許へ訃報がもたらされたのは事故から一夜明けた正午過ぎのことだった』とあった。
(『シャルロット』? 『シャルル』ではなくて……?)
目を疑ったものの、写真の内容からして誤記というわけではなさそうだった。彼とは別にシャルロットという人物がいる、という可能性もある。だが、家族の一大事に直面している場面にもかかわらず『シャルル・デュノア』が一緒にいないのはどうしてだろうか。
偶然カメラの写す範囲にいなかったとも考えられるが、それではあまりにも出来過ぎているような――。
「あれ、セシリアが一番乗り? でもってあのバカはまだ来てないってワケ?」
「――え? ええ、まだ降りてきていないようですわね」
疑問を解消する間もなくやってきた鈴に応えつつ、セシリアはさっと端末を閉じた。そのまま持ってきた鞄の中へしまい込む。こうすれば、彼女だっていつものように仕事をしていたと思う筈だ。
(ひとまずこのことは秘密にしておきましょう。わたくしでは確かめようのない話ですし……)
鈴に先ほどの写真を見られていないことを願いつつ、彼女は鞄のチャックを閉めた。
◇
「――来るのが随分と遅かったですわね」
「まったくだ。女子を二時間近くも待たせるとは男の風上にもおけん」
「どーせ居眠りしてたんでしょ? カッコ付けてたってあたしには分かるんだから」
ひとり食堂まで降りてきた俺に、三羽烏ならぬ仲良し三人組は各々勝手に声をかけてきた。今しがた深刻な問題に直面してきたばかりの俺としては、自分勝手なことばっかり言いやがってチクショウと叫び返したい気分だ。まあ、わざわざ集まるよう言ったのは俺なんだけどさ。
というかお前ら、俺が知らない間に随分と親密になったよな。箒と鈴にしたって、四月の頃はもうちょっと険悪な印象だったと思うんだが。
「あれ? アンタの同居人は来てないんだ」
「ん、まあな。具合が悪いから作戦会議には出ないってさ」
実際のところは『出られない』というのが正しい。何せ今のシャルルは
ひとまず置かれている状況の把握が済むまでは知り合いと顔を合わせない方がいい、ということで、数日間は体調不良という言い訳を使って部屋に籠もってもらうことにした。その間は授業にも出られないわけだが、下手に他の生徒と接して問題が露呈するよりはいいだろう。シャルルとしても、今の立場に慣れるまでは気兼ねなく生活したいだろうしな。
「それでは、さっそく議題の発表をどうぞ、一夏さん」
「えーっと、そこまで改まった話じゃないんだけどな――」
「前置きはいいからさっさと話しなさいよ」
「分かってるから急かすなって。……実は、『白式』の武装の件で少し困ったことになってるんだ」
俺は三人に、『雪片弐型』の一部機能が使用禁止になったことを説明した。口頭で伝えられたことだったから少し曖昧な部分もあったが、おおよそは伝わっただろう。そうだと思いたい。
「なるほどね」
黙って聞いていた鈴は、一部始終を話し終えたところで納得したように頷いた。
「つまり、近接格闘で押し切るのが無理だから他の技術を教えてくれってことでしょ」
「他の技術というか射撃だけどな。いちいち近づくにしたって、今の刀一本じゃ話にならないってのは何となく分かるし」
「ふーん。一夏って意外と頭が回るのね」
『意外と』ってのは余計だ。少なくともお前が馬鹿にするほどバカじゃないぞ、俺は。
「しかし、射撃といってもこの中で心得があるのはセシリアだけだろう? 他を頼ればまだ何人かいるが、手を貸してくれるとも限らないのではないか」
腕を組みながら箒が言う。
「そうなんだよなあ。シャルルはあんなことになっちゃったし」
「あんなこと?」
「あ、いや。風邪を引いたから無理はさせられないなって意味で……」
訝しげな表情の鈴とセシリアに、俺は笑いかけながら適当にはぐらかす。
いかんいかん。疲れてるせいか、うっかり秘密を喋りそうになってしまった。
「なんか怪しいわね……」
「ま、まあ、とりあえず話を進めようぜ。シャルルがいない間、誰か代わりに教えてくれる人がいると良いんだが……」
「セシリアや円夏では不満なのか?」
「駄目ってわけじゃないけど、セシリアは狙撃がメインで円夏は二挺セットだからな。できれば俺と似た戦い方をする奴に頼みたいんだ」
そういう点から言えばシャルルは一番のコーチだったんだが、今の状況で頼るのはどう考えたって無理だ。
「それじゃあ、あたしが一夏に教えればいいんじゃ――」
「お前と箒は直感的過ぎてコーチになってないだろ。大体、銃なんて使ったことあるのかよ」
「勿論あるに決まってるじゃない。あたしは中国の代表候補生なのよ」
胸を張る鈴に一抹の不安を覚えてしまうのは何故だろうか。別に疑ってるってわけじゃない。そうじゃないんだが、勘だけで空間作用兵器を使いこなしてる奴がまともな説明をしてくれるかっていうと、ちょっとなあ。
「では私が――」
「遠慮しとく。というか、させてくださいお願いします」
「むう……。これでは私の役目というものがないではないか」
そう言って箒が不貞腐れる。
いやさ、役目も何も、お前だってそこまで上手く乗りこなせてるわけじゃない筈なんだがね。剣術はともかくとしても、優勝する気でいるのならちゃんとISの特訓を積んだ方がいいと思う。俺自身が切羽詰まってるからあえて指摘はしてないが。
「そうなると、必然的にわたくしが教えることになりますわね。正直なところ、狙撃銃以外の扱いはそれほど上手くないのですが、それでも良ければコーチを引き受けますわ」
「わざわざ手伝ってもらっちゃって悪いな」
「構いませんわ。人に教えることで得られる知識というのも少なからずありますし、ひとり黙々と打ち込むよりは愉しみがありますから」
ニコッと屈託のない笑みを浮かべ、セシリアはそう言った。その両脇で何か言いたげな二人がこっちを見つめているが、まあいつものことだから放置して――。
「そうか。そういうことなのか」
「……何が?」
すっと立ち上がった箒に尋ね返すや、切れ込みが入りそうな鋭い視線をぶつけてきた。
なあ、もしかして怒ってるのか? 確かにちょっと失礼だったかもしれないが、何もそこまで怖い顔をしなくたっていいんじゃ――。
「今の私では不足ということなのだな、一夏」
「ま、まあ、少なくとも教える側に回ってる余裕はないだろうっていうか……」
「ならば私が教えられるほど強くなればコーチに抜擢しても良い、ということになる。そうだな?」
「うん……? 確かにそうとも言えなくもないけど、一朝一夕でできるほど甘い話じゃな――」
答えを言い切る前に彼女の姿が消えていた。って、どこ行ったんだあいつは。
「さっき出て行ったわよ」
「飯も食わずにか」
「思い込んだらなんとやらって奴じゃないの。箒っていつもそうだし」
――国家代表養成ギブスでも着けて特訓するのかよ。
とはいえ、鈴が言うこともあながち間違っちゃいない。あいつは良いことにしろ悪いことにしろ、こうだと決めたらただひたすらに突っ走るのだ。その間は何を言ったって聞こうとしないし、止まろうともしない。大体それで損をしているだけに少し心配だ。
(変な誤解をしてなきゃいいんだが……。というか、ただでさえ大変な時に心労の原因を増やすなっての)