――さて、何から話したらいいものやら。
ひとまず警戒心を解こうと笑いかけてみたり温かいお茶を淹れてみたりしたものの、シャルル――と呼んでいいのか迷う女の子――は俯きぎみの顔でチラリと見返してくるばかり。結局、あれから一時間近く経過したにもかかわらず、何一つとして喋ってくれないままだった。
それならどうでもいい話でもして場を和ませよう、とあれこれ話しかけてはみたのだが――。
「…………そうですか」
「…………はい」
「…………それは良かったですね」
みたいな返答しか返ってこないのでちっとも間が持たなかった。
というか、ついこの間までの記憶がさっぱりない相手に「お前って、一昨日こんなことやってたよな」なんて話しかけてもダメだよな。今さらながら自身のトークスキルの無さを思い知ってガッカリしているところだ。
とはいえこのままお互い黙りっ子というわけはいかないのも事実。何より今のシャルルの格好が他人に露呈しようもんなら、冗談抜きでえらいことになってしまう。とにかく何か話の種を見つけて進めないことには――。
「あの…………。織斑一夏、さんでしたよね」
「……ん?」
おお、ようやく喋る気になってくれたか。そう思い、俺はシャルルへと期待の眼差しを寄せる。
――あ、そこまで恥ずかしがらなくていいんだぞ。気楽に話してくれ。
「織斑さんは、どうしてこの部屋に?」
やっと口を開いたと思ったらなかなか難しい質問が飛び出したもんだ。というか、ここが何処か分かってなさそうだな……。一応その辺も説明しておかないとマズい気がする。
「えーっとだな……。ここはIS学園っていう、IS関係の勉強をする学校の寮なんだ。でもって俺はここの生徒で、この部屋の住人」
「それなら、どうしてボクはこの部屋にいるんでしょうか。もしかしてあなたが攫って……監禁?」
「いやいや、どうしてそうなるんだよ」
余りにもぶっ飛んだことを言うもんだから、テンポよく突っ込みを入れてしまった。
それはともかくとして、その
「えっと、シャルル――じゃなくてデュノアさん。君は俺と一緒の部屋だったんだよ。この学校に転校してきてから二週間、男の格好をして生活してたんだ」
「男の……格好?」
わけが分からないと言わんばかりに、彼女は目を丸くしている。まあそうだろう。俺だって、自分が知らないうちに女装していて、その時の写真を後で他人から見せられたりしたら、「恥ずかしい」とか「ふざけんなコノヤロウ」とか考える以前に理解不能なまま立ち尽くすだろう。
――ちなみに女装を体験したことは一度もない。俺の知る限りでは、多分。姉二人がそこまで性根の悪い存在でないことを祈ろう。
「ボクが男の子の格好を……。嘘じゃ、ないんですよね?」
「ああ。証拠ならいくらでもあると思うぞ。その……胸だって気付かなかったし、服とかに細工してたんじゃないか。俺は確認してないが」
訝しげな表情で訊き返すシャルルに俺はそう答えた。
仮にも女子の衣服なので、不用意に触れるわけにはいかない。でも、見せかけるためのギミックはきっと組み込まれているだろう。そうでもしなければ見た目ですぐバレてた筈だろうしな。
「多分、このスーツがそうなんじゃないでしょうか」
彼女は自分の鞄を探ると、中から自分用のISスーツを取り出して見せる。俺と同じ半袖半裾の衣装、その股の辺りがわずかに膨らみを持っていた。出っ張りがない分を詰め物で誤魔化した、といったところだろうか。胸の部分がどうなっているのかは外見からじゃ判断できないが、多分押さえつけて目立たないような構造になっているんだろう。
しかし、外見だけ整えても男子の振りはできない。保健の教科書通りなら女の子は周期的に体調の変化があるらしいから、黙っていてもそれらしい兆候は出てしまう筈だ。なのに一切気付かせなかったとなると、まだその時期が来てないか、あるいは――。
(…………いや、これ以上はよそう。証拠が無いならただの妄想でしかないし)
出かかった言葉を胸の内にしまい込んで、シャルルの顔へと視線を戻した。
「ひとまず仕掛けは分かったけど、なんでこんな変装をして学園に入ってきたんだ?」
俺は彼女にそう問いかける。
疑問が一つ消えた今、一番気になっているのは理由だ。単にIS学園へ入るだけだというのならそんな手の込んだことはしなくたっていい。編入試験が難しいとしても、シャルルほどの実力があれば苦労も無く転入できているだろう。
わざわざ男装し、話題の的になり得る状況を作ってまでここへ来た理由。それさえ知ることさえできれば、シャルルがこんな状況に陥った原因だって突き止められるかもしれない。そう思って問いただしてみたのだが――。
「ごめんなさい。その、何も分からないんです」
何も分からない、ね。本当にそうなんだろうか。
ルームメイトだけに疑いたくは無いけど、こうまで空っぽな状態だと逆に怪しく思えてきてしまう。山田先生とのやり取りを目の当たりにした腹いせでからかってるだけなんじゃないか、なんて……。
――いや、こういう時こそ相手を信じるのが友達ってもんだろ、織斑一夏。今彼女が頼れるのは俺しかいないんだ。そんな奴が真っ先に疑いを抱いてどうするんだ。
(とりあえず彼女の言い分を聞いてみるとするか……)
心が決まったところで、俺は彼女に問いかけることにした。
「――デュノアさん。君が知っている範囲でいい。ここで目覚める以前、何があったのかを包み隠さず話してくれないか?」
知らないことはいくら訊いたって答えにならない。けれど、彼女が把握していることなら、答えることはできる。
ただ、そこから疑問への解答を引き出せるかどうかは俺にも分からない。すべては彼女の返答次第、運が良ければ好転するかもといったところか。
「え、でも」
「大丈夫。どんな話が飛び出したって、俺は信じるよ。だから安心して話してほしい」
躊躇する彼女に、俺は微笑みを返した。俺は刑事じゃない。シャルルのルームメイトで、彼の――彼女にとって大切な友人だ。謎を明らかにしたいとは思っていても、尋問するつもりはない。
「…………わかりました」
俺のそんな想いを汲んでくれたのか、身の上を語ることに躊躇いを見せていた彼女は、ようやく意を決して話し始めた。