無限遠のストラトス   作:葉巻

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8.3 バレットダンス③

 午後四時前――アリーナの閉館を予告するアナウンスが流れる中、生徒たちはピットへと引き返していく。俺たちも今日の特訓はお開きということで、軽く明日の打ち合わせを済ませたところだ。

「あ、シャルル。銃貸してくれてありがとな。やっぱり実物があると理解がはかどる」

「そう。一夏の役に立てたようで良かったよ」

 ニコッと屈託のない笑顔を浮かべてライフルを受け取るシャルル。その笑顔にドキッとしてしまうのは何故なんだろうね。

 ――何度も言うが、俺にそっちの気はない。これが異性相手のやり取りだったらしっくり来るんだがなあ……うーむ、どうしてこうなるのかまったく分からん。

「それじゃあ先に着替えて戻っててよ。僕はまた機体の調整があるから」

 そしてこの『先に行って』発言も謎だ。最初のうちはまあ転校生だから仕方ないと思ってたんだが、さすがに二週間も続けてこればっかりだと怪しく思えてくる。いや、本当に毎度整備しないと動かなくなるようなピーキーな機体なのかもしれないけどな。そうだとしても、一度も整備風景を見せようとしないってのはなんだかなあ。

 まさか俺と一緒に着替えるのが嫌だとか、そんなことはないよな。どうせISスーツの上から服を着込むだけなんだし、シャワーも部屋に戻ってから浴びるわけで、恥ずかしがる要素はこれっぽっちもない筈なんだが。そもそも同性と着替えて恥ずかしがる要素がどこにあるんだっていう。

「もうすぐアリーナは閉まるし、あんまりゆっくりしてられないぞ」

「大丈夫、ちょっと気になった箇所を弄るだけだから」

「それなら別に付き合っても――」

「ねえ、一夏はどうして一緒に着替えることにこだわってるの?」

「そういうお前はどうして着替えるのを嫌がってるんだ?」

 質問に質問を返して硬直する俺とシャルルを、自称コーチの三人が遠巻きに眺めている。――いやいや、そこまで気になるのかよ。

「とにかく、『リヴァイヴ・カスタム』の整備は僕がしなきゃいけないの。他人に見られると困るものだってあるし、仕方ないんだよ」

「む、そうか……」

 確かに機密情報が他人にバレるのは良くないことだ。そういう理由があるなら、俺も仕方なく引き下がらざるを得ない。

「じゃあ先行ってるぞ。何にしても熱中し過ぎて閉じ込められないようにな」

「うん、心配してくれてありがとう」

 シャルルに手を振って別れると、俺はまっすぐピットへと向かった。『白式』を格納して待機形態のガントレットに戻し、そのまま奥の更衣室へ。

 どのアリーナにも二つずつ更衣室が設置されているのだが、こうやって自主練習する時は一方を俺とシャルルだけで使うので内部はがらんとした状態だ。一応シャワーも置いてあるものの、『できるだけ使用は控えてください。後が大変なので……』と山田先生から釘を刺されているので、今のところ使ってはいない。本当はすぐにでも汗を流してしまいたいんだがなあ。

「――これでよし、と」

 考えている間に一通り身支度が済んでしまった。まあ、制服への着替えなんて重ね着だけだからあっという間だからな。髪型にしたって、女の子みたく気を遣うようなこともない。

「あ」

「あ、ちょうどいいところに」

 とりあえず外に出て待ってるか、と思ってドアを開けたところで山田先生と目が合った。小脇に書類の挟まったファイルを抱えているところを見ると、どうも用事があって来たらしい。

「織斑くん、デュノアくんはいますか?」

「まだピットで作業してると思いますけど。大事な話なら呼んできましょうか?」

「ああ、そこまでしなくてもいいですよ。それほど大切な用事でもないですから、後で織斑くんの口から伝えておいてください」

 ふむ。一体なんだろうね、用事って。

「ええとですね。先週あたりから交渉していたことですけど、ようやく決まったので話しておきますね。来月の末からは男子も浴場が使えるようになります。本当は時間帯で分けた方が織斑くんたちの都合にも合わせやすいと思ったんですけど、色々問題が起きそうだったので、個別に使用日を設ける形になりました」

「本当ですか!? いやあ、ありがとうございます!」

 いい加減風呂にも入りたいと思っていただけに、とんでもない朗報だった。やっぱりシャワーじゃ物足りないよな。毎日とはいかないまでも、温かいお湯に浸かって一日の疲れを癒すのは必要だと思うんだよ。いや、本当にありがたい。

 俺は感極まって、山田先生の手を取って感謝の言葉を続けた。

「嬉しいです。感激です。本当にありがとうございます、先生!」

「あ、あの……わ、私の仕事ですから当然ですよ……?」

「いえいえ。山田先生が交渉してくださったからこその朗報なんですから。本当に心から感謝してます」

「そ、そうですか? 織斑くんにそう言われると、なんだか照れちゃいますね」

 恥じらい気味に笑い返す先生の手を握って感激している俺。――あれ、このシチュエーションってちょっとマズい気がしてきたぞ。そこまでおかしくない筈なのに、なんでだ?

「急がないと閉館時間に間に合わなくなるかも――って、一夏? そんなところで何してるの?」

 ――わぁお。

 そういやシャルルがいることをすっかり忘れてた。今の俺と先生の状況を見て勘違いしたりしないよな……?

「ん、いや……ちょっと嬉しいことがあったからな」

「ふうん」

 普段の朗らかな口調とは打って変わって、なんだか訝しげな雰囲気だ。その原因が俺にあることはなんとなく察しがつく――というか、絶対俺のせいだ。

「シャルルさん? もしやとは思いますが、俺が先生との間にイケナイ関係を持っているなんて考えを抱いておられたりしませんよね? 自分で言うのもなんですが俺はそこまで不純な輩ではないというかですね、そのつまり――」

「あはは、それはないよ。そういうことならすぐに分かるし」

 おおう、笑顔なのに言葉が妙に刺々しい。あんまり刺激すると余計に気まずくなりそうだからこれ以上は控えておこう。

 俺は先生から手を離すと、ドアが開いていることも気に介さず制服を着込む彼に呼びかけた。

「えーっと。喜べシャルル、来月の下旬から俺たちも風呂に入れるらしいぞ」

「そう。それは良かったね」

 あっさりした答えを返して、シャルルは湿った頭をタオルで拭き始める。やっぱりご機嫌斜めというか怒ってらっしゃる。今は何を言ったとしてもまともに取り合ってはくれなさそうだ。

「ああ、そういえばもう一件用事があったんでした。織斑くん、『白式』のことでちょっと話しておきたいことがあるので、職員室まで来てもらえますか? 倉持技研の方から直接伺った方がいいと思いますし」

「分かりました」

 一体なんだろう。学園までわざわざ来るぐらいだし、かなり重要なことには違いないんだろうけど。

「――じゃあ、ちょっと行ってくる。もしかしたら長くなるかもしれないから、先にシャワー使っててもいいぞ」

「うん、ありがとう」

「それじゃ先生、行きましょうか」


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