「――ねえ、あの機体って……」
「ドイツの新型機だよ、アレ。先週の雑誌で特集やってたの見たから間違いないよ」
外野がこぞって噂を立てる中、ラウラは自身のISを展開して新任教員のクレヴィングと向かい合っていた。といっても、生徒と教員という関係はあくまでこの学園の中だけでのものだ。本来の立場は――。
『隊長。このような場で虎の子の『レーゲン』を衆目に曝すというのはいかがなものかと思われますが』
『学園とは言うが、実態は試験機を渡された代表候補生にとっての試験場だ。関係者にいくら見せたところで機密上の問題は生じない。それに、見て盗めるような代物でもないからな。――では模擬戦闘を始めるぞ、少尉』
『了解』
ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉とローゼマリー・テレージア・クレヴィング少尉。ドイツ空軍のIS運用部隊に籍を置く生え抜きのISパイロットであるふたりは、専用の秘匿回線で会話しつつ訓練を開始する。
武装の展開も、急峻な戦闘機動にも生徒たちのような躊躇は一切感じられない。一塊の水が大河を成して流れるように、一陣の風が木立の中を吹き抜けるように――。無理のない流麗な動きで戦闘をこなす彼女たちに、自主練習で訪れていた生徒たちは視線を奪われたまま立ち尽くしていた。
『少尉、先々週の模擬試合のことだが』
『毎度お尋ねになるとは、よほどお気に召しませんでしたか』
『当然だ。子供相手の遊戯とはいえ油断が過ぎたのではないか。その上『見えざる手』まで使うとは……とんだ失態だ。その体たらくでは『親鳥』にも顔向けができんだろう』
『……分かっています』
まるで机を挟んで談話に興じているような雰囲気だが、その間も双方が一切手を抜かずに立ち回っていた。
中距離からの機関砲掃射をジグザグに回避しつつ、肩アーマーの正面装甲を開放するラウラ。内部に隠されていた掌大のアンカーブレードを六つも射出すると、彼女はワイヤー越しに操りつつ巨大な砲身を振り回すクレヴィングへとそのすべてを殺到させた。
傍目には絡まりそうな複雑な挙動を見せながらも、自動制御とミリ単位の精密な操作によって掠めるほどの間隔を保ったまま飛んでくる刃。クレヴィングがバレルの先端に絡みついたそれらを振りほどこうとするが――。
『反応が遅いぞ、少尉』
『瞬時加速』を使って一瞬で間合いを詰めたラウラは、そう言って彼女へとブレードを展開した腕を振り下ろした。
「くっ……」
『練習中に装備を壊すとは……。始末書ものですね』
『知らんな。対応の遅れた貴様の過失だ』
新たに刃渡りの短い近接格闘ブレード『リヒトメッサー』を展開した彼女が攻勢に転じる中、ラウラもまた応じるように切りかかる。幾何学的な図形を描くように交錯を重ねるふたりに手加減の二文字はない。ともすれば殺傷沙汰に発展するのではと思わせるほどの激しい戦闘を繰り広げながらも、それぞれの機を駆る操縦者たちは冷静に相手の動きを分析していた。
(ほとんど隙がない。攻めるとすれば、やはり視界を封じている左側が得策か……)
(欠伸が出るほど単調な動きだ。となれば、そろそろ崩しにかかってくるな)
反転と同時にモードを切り替え、振動を始めた刀身を逆手に構えるクレヴィング。振りかぶった刃を伝うように流れる特殊なナノマシンは、差し込む陽光を浴びて緑がかった煌めきを見せていた。対するラウラは防御姿勢を取って、反撃に備えている。
『――――もらった!』
『甘いぞクレヴィングッ!』
右側から飛び込むと見せかけてサイドステップを踏んだ彼女へと、薙ぐような挙動でプラズマエッジが下ろされた。致命的な一撃を受け止めようと突き出されたブレードから火花が激しく散り、包む力場が干渉して各々の腕を外側へと押しやっていく。――と、急に力が弱まり、クレヴィングはぶつける先を失ってよろめいた。
『これで、幕引きだ』
隙だらけの顔面目がけて刺々しい拳が突き立てられ、アリーナ全体を揺さぶるほどの衝撃をもって地表へと叩きつけられる。その瞬間、彼女のシールドエネルギーが尽きてブザーが鳴り響いた。
『――さすがです、隊長』
『ふん』
ふらつく頭を押さえながら起き上がったクレヴィングに、ラウラは軽く鼻を鳴らして応える。この程度で褒めてもらっては困る、そう言いたげな反応だった。
『クレヴィング少尉。例の無人機の件はどうなっている?』
地上近くまで降りてきたラウラは彼女に問いかけた。
『交渉を試みてはいますが、依然として開示には応じない状況です。IS委員会としては、今の均衡を覆しうる事態をできる限り避けたいといったところなのでしょう』
『分からなくもない話だ。人を乗せずに動かせるとなれば女手に頼る必要もなくなるのだからな』
そうなれば、現在女性優先で成り立っている社会は崩壊してしまう。当然、既得権益が失われることを恐れている委員も少なからずいるのだろうが、それ以上に社会体制の崩壊という可能性への危機感を強く持っているに違いない。ISが防衛兵器であるという認識は、各国が遵守できる体制を維持していることを前提として成り立っているのだから。
『とはいえ、任務が与えられている以上は何らかの成果を得なければならない。それは分かっているな?』
『勿論です。『
問いただした彼女に、クレヴィングはバイザーを持ち上げて目配せしてみせた。
『――ところで、例の件はどこまで進行しているのでしょうか』
『例の件とは何だ』
ラウラは首を傾げて訊き返す。そんな風に言われても、彼女自身は皆目見当がつかないのだ。具体的に何を指しているのか明らかにしなければ、どうにも反応のしようが――。
『……言ってもよろしいのですか? 隊長は自身が敬愛しておられる織斑一夏なる人物との間で親睦を深めたいと――』
『な、なぁっ――!? 待て、やめろ! それ以上は言うな!』
『乙女ですね』
理解した途端、かあっと顔全体を真っ赤にして焦る彼女を見て、クレヴィングはくすりと小さく笑った。
『少尉。あまり上官をからかっていると始末書が増えるぞ』
『そうでしたね。申し訳ありません』
『……休憩は終わりだ。訓練を再開する』
まだほんのりと赤みの残る顔を意地悪な部下から背け、ラウラは再び機体を空へと舞い上がらせた。