「どうだ、シャルル?」
「うーん。一夏がどうしてもセシリアや鈴に勝てないのって、単純に射撃武器の特性が分かってないからじゃないかな」
「やっぱりそうなのかね……。なんとなく理解してる気にはなってたんだが」
シャルルが一組にやってきてから約二週間が経った。いつものメンバーとは放課後や休日の特訓に付き合ううちに仲良くなったようで、お互いに名前で呼び合うくらいの親密さを見せている。
指導方法にしてもそうだ。最初はセシリアや鈴と特訓しているのを見て助言するだけだったのが、今では専属コーチみたいに付きっきりになって教えてくれるようになった。おまけにとっても分かりやすいレクチャーをしてくれるので、それまでの倍は飲み込みが早くなったような気がする。そんなわけで、今日も今日とて第三アリーナで絶賛特訓中である。
「多分、一夏は知識として知っているだけになっちゃってるんじゃないかな。だから動きが中途半端になっちゃってるんだよ。さっきだって僕の
「お、仰るとおりで……。頼みの綱の『
「一夏の機体は近接戦闘に特化しているから、よけいに射撃武器の特性を把握しておかないといけないんだよ。相手がひたすら撃ってくる中で自分の間合いまで飛び込む必要があるからね。特に『瞬時加速』は直線的な機動になりがちだから、不意打ち以外では使わない方がいいんだよ」
シャルルは遠慮も何もなく思ったことをハッキリ言うので、時としてきつい言い方になることも多い。それでも素直に聞こうと思えるのは俺の長所も短所も余すことなく客観的に指摘してくれるからだろう。俺自身が気付いていなかった問題点もまとめてきっちり洗い出してくれるのは本当にありがたい。
ちなみに他の三人の説明はといえば――。
『いいか一夏、ここでこうずばーっとやるんだ。その後ぶんっと振るってくるっとやるとだな……』
『はあっ? なんで分かんないのよ。いい、こうやってこう! 何度見たら身に付くのよ』
『その体勢から上半身を五度右側に捻って、足と足の間は二十センチほど開いて――ああ、違いますわ、もう一度わたくしの指示に従って始めから――』
やたらと数値を細かく指定してくるセシリアはともかくとしても、鈴と箒の指導は何度受けても分からなかったからな。大体『ずばーっ』て何だよ。擬音が多過ぎて何やってるのかさっぱりだぞ。あと鈴は鈴で曲芸飛行過ぎて分からん。もっとゆっくり飛んでくれ。
そんなこんなで行き詰まりつつあっただけに、シャルルの親切でやさしい指導はまさしく救いだった。神様仏様と並んでシャルル様と拝みたいくらいにありがたい。
「一夏め……。あれではまるで飼い主に尻尾を振る犬ではないか」
「これだから『忠犬イチ公』は困るのよ……」
「ん、何か言ったか?」
「気のせいよ、気・の・せ・い」
なんだろう、ものすごく馬鹿にされてる気がしてならないんだが。
「そういえば」
おっと、よそ見している場合じゃなかった。今は特訓中、真面目にシャルル先生のお話を聞かないとな。
「一夏の『
「ああ。一応
「随分容量が小さいんだね。もしかして、
「その辺はよく分からないけど、多分そうなんじゃないか? 今使えるスロット以外は全部プロテクトがかけてあるし」
こうやって話している間もポンポン知識が飛び出すあたり、シャルルの優秀さが伺える。一方の俺はといえば、必死に詰め込んだ知識を駆使してなんとか話題に追いついているという状態だった。
うーむ……。これが徹底的な教育を受けた奴とそうでない奴の格差なのか。
「何か積むとしたら射撃系の武装がいいと思うけど、一スロットだとあまり大きいものは載せられないからね。使うとしてもけん制用と割り切った方がいいかも」
「そうか……。デフォルトで搭載してるのが近接ブレードの『
「銃でダメージを稼ごうとすると大型化して、格納にスロットを複数使うことになるからね。一スロットなら小口径タイプのアサルトライフルくらいが限界かな」
ふむふむ、為になる話ばかりだな。できることならどこかにメモっておきたいくらいだ。
ちなみに競技用ISの武装は全世界で規格が統一されていて、射撃武器の弾丸も決まったスケールのものを使うことになっている。アサルトライフルなら、小口径タイプと大口径タイプということで二種類用意されている、といった感じだ。散弾だと込めてある小弾の種類でもっと面倒な分類があるらしい。もっとも、銃の分類自体がそこまで厳密じゃないせいでアサルトライフルとバトルライフルの弾丸の大きさが共通だったり、そもそも決まった規格がない武装があったりと、かなりややこしいことになってるわけだが。まあ、その辺は大人の事情って奴があるんだろう。
「そうそう、連射してけん制するなら火薬式がいいよ。電磁式は反動が小さいけど、連射速度がそこまで稼げないから隙が大きくなっちゃうんだ」
「へえ、そうなのか」
「レーザータイプの銃もあるけど、エネルギー消費が激しい上に重いから選択肢からは外れるかな。ちょうど火薬式のライフルがあるから試しに持ってみようか」
そう言ってシャルルは自分の射撃武器を呼び出した。一瞬眩い光を放って現れたのは、先ほどの模擬戦でも使っていた小口径アサルトライフルの『ヴェント』だ。
「あれ、他の機体に格納した武装って使い回せないんじゃなかったか?」
「普通はそうだよ。でも所有者が
「おう」
そういや銃を持つのはクラス代表を決める時以来か。あの時はアクション映画での持ち方を参考に使ってたけどまったく掠りもしなかったな……。
「ちょっと待って」
慣れない手つきで構えようとしていると、シャルルが止めに入った。
「脇が開いてると銃身がぶれて安定しないよ。もっと締めて。それに、ライフルは両手を使って構えるのが基本だからね。ISならパワーアシストで支えられるから片手持ちもできるけど、まだ慣れてない一夏はやめた方がいいよ」
「そ、そうか……。こんな感じでいいのか?」
「うん、その姿勢で大丈夫。今の構え方をしっかり頭に叩き込んでおいて」
平均身長ジャストの俺は小柄なシャルルと結構身長に差があるんだが、常時浮遊できるというISの特性をうまく使ってカバーしている。とはいえ、ここまで自由に動けるのは彼の卓越した技能があってこそだろう。俺ならブーストの調節ができなくて左右に流されてるな、絶対。
「火薬銃は反動が大きいからビックリすると思うけど、ほとんどIS側で相殺してくれるから心配しなくてもいいよ。センサーとのリンクはできてる?」
「ちょっと待ってくれ。……よし、今リンクさせた」
ISで銃器を扱う場合は、高速で飛行しながらの射撃ということで機体とのデータリンクが必須になる。具体的には投影ディスプレイに連動して照準を表示したりとか、相手の軌道を予測してアシストをかけたりとか、そういった機能が用意されているらしい。
――今さら言うのもなんだが、あの時は補助機能があったなんて知らなかったからな。照準も適当に、とにかくブレまくる銃を必死に握って応戦していた憶えがある。そんなわけでまともに撃つのは初めてということになる。
「セシリア。標的の準備はできてるかな?」
「ええ、完璧ですわ。いつでもどうぞ」
「じゃあ、行くぞ」
二十メートルほど先にターゲットドローンを並べて応える彼女へと合図を送ると、俺はトリガーに指を添わせた。
「とりあえず撃つだけでもだいぶ違うと思うよ。難しいことは考えずやってみて」
何事も感覚を養わなくては前に進めない。加減をするにはまず基準をつくらなきゃいけないというわけだ。そういう意味では、シャルルの言うとおりなんだろう。
セシリアが退避したのを確認して、俺は人差し指をゆっくりと手前に引いた。
「うおっ!?」
電磁式とは異なる高い炸裂音を上げて、銃身全体が大きく揺れる。
驚いた、こんなにも違うものなのか。
「どう? ちゃんと構えて撃った印象は」
「お、おう……。衝撃もすごいんだが、とにかく『速い』って感じだな」
横合いから尋ねるシャルルに俺はそう答えた。
「そう。銃弾というのはとっても速いんだよ。ISも十分速いけど、それに追いついて射抜く弾丸はもっと速度がついている。小さい分空気の抵抗も受けにくいしね。だから、撃たれてから避けるのはとても難しいことなんだ」
「なるほどなあ。道理で回避が上手くいかないわけだ」
「一夏はそこまで複雑な軌道を描いて飛ばないからね。IS側の軌道予測でも十分追従できるから、銃の扱いに慣れてる人は簡単に当てられると思うよ」
た、確かに。まあ、戦闘向けの機動は最近になって習い始めたから上手く使いこなせてないってのもあるんだが。
「それに、銃弾は当たらなかったとしてもけん制になるからね。どれだけ機動力に優れた相手でも、動きを制限されれば単純な軌道で飛ばざるを得なくなるんだ。一夏が思い切って動いてるつもりでも、心のどこかでブレーキがかかっちゃうようにね」
「それで簡単に見切られるのか……」
近接バカ――と言うとまた怒られそうだが――の箒はともかく、射撃と格闘を上手く使い分ける鈴や遠距離特化のセシリア、トリガーハッピーな円夏相手にやられ放題になるのもそのせいだったのか。ようやく納得したぞ。
「まさかアンタ、本当に分かってなかったの? 信じられないほどバカね」
こらそこ、バカって言うな。そもそも認識が食い違ってたんだから仕方ないだろう……。
「せっかくだからマガジンひとつ使い切っていいよ。何度も撃った方が感覚を馴染ませられるだろうからね」
「分かった」
ひとまず落ち着いた俺は、浮遊するドローンの的目がけて二発、三発と弾丸を放つ。しっかりと構えて撃っているからか、それとも補正が利いているからなのかは分からんが、意外とあっさり中心近くを撃ち抜けるもんだな。これならもうちょっとまともに使いこなせるかもしれん。
「ところでシャルルの使ってるISって――」
「一夏、脇が開いてる。それと、武器を持ってる時に余所見するのは危険だよ」
おっと。とりあえず撃ち終わってからにした方が良さそうだな。
「――ちょっといいか?」
三十発くらい撃っただろうか。ターゲットを変えつつ練習している間に弾が切れたので、俺はマガジンを交換してもらうついでに先ほどから訊きたかったことを尋ねた。
「うん。僕に答えられることなら何でも訊いて」
「えっと……そのISって『ラファール・リヴァイヴ』なんだよな? 山田先生の機体とはかなり雰囲気が違うみたいだけど」
山田先生の専用機――というか、学校に配備されている教員用のIS――は、『
胴体を覆うアーマーにはそこまで変化はないものの、腕や足といった部位は軽量化のために一段と削り落とされているように見える。さらに腰につながっているユニットにもコンテナと補助推進器が増設されていたり、肩のコンテナに羽が追加されていたりと隅々まで手が加えられているようだ。カラーリングにしても、オリーブ色から橙色をメインに据えた明るい色彩で揃えられている。
一番分かりやすい変更点は、本来『ラファール・リヴァイヴ』に標準で搭載されている筈の物理シールドユニットがすべて取っ払われているところだろうか。左腕に手持ちの物理シールドを取り付けるためのアタッチメントが追加されているから、そっちを代わりに使うようにしているんだろう。機動力と武器の取り回しを優先した分、全体として防御性能は落ちているって感じか。
「僕のはカスタム機だから、普通の『リヴァイヴ』とはだいぶ違うよ。正式な名称は『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』。いくつか装備を削って拡張領域を倍近くに広げてあるんだ」
「倍……って、どのくらいなんだ?」
「そうだね……。元々のスロットは十基なんだけど、この子はフルでなら二十基分確保できるよ。今は
それって、ほとんど歩く火薬庫じゃないか。それだけ余裕があれば積む武器に困ることもないんだろうな。俺にも少し分けてほしいくらいだ。
「でも、そんなに沢山積んだって全部は使いこなせないんじゃないのか?」
「普通はそうだね。いちいち呼び出すのには時間がかかるし、状況によって使い分けるとしてもめったに使わないものまで入れておく必要はないから。僕の場合はちょっと変わった使い方をしてるから多めに用意してるんだよ」
変わった使い方? ――はて、一体どんな戦法があるのやら。まさかとは思うけど、容量一杯まで機雷を詰め込んでフィールド中に撒いたりなんてことはしないよな……?
「はい。訓練用の弾はまだ一杯あるから、好きなだけ練習していいよ」
「おう、助かる」
何はともあれ、こうして特訓をする時は大助かりってわけだ。『白式』も気を利かせてスロットを増やしてくれればなあ……。
《否定――現段階での拡張領域増設は不可能》
――やだ、この子怖い。
補足:レーザー兵器のエネルギーについて
レーザー兵器など発射に大量のエネルギーを必要とする装備は基本的にカートリッジから供給する形になっています。多目的動力(マルチプルエネルギー)を採用しているので変換効率は高いですが、それでも最大出力で撃てば数発でエネルギー切れを起こすくらいに貧弱です。ついでに発生器や増幅装置などでサイズも重量もかさむという欠点も抱えています。