「――んじゃ、改めてよろしくな。シャルル」
「こちらこそよろしく、一夏」
夜の一年生寮。夕飯を終えた俺たちは食後の休憩がてら自室で緑茶を飲みつつ話していた。
新しく男性操縦者が来たという噂は昼休みの間にほとんどの生徒へと伝わっていたようで、シャルルは放課後から夕食を終えるまでひっきりなしに質問と告白を浴びせられていた。俺そっちのけで話をされるってのもなんだが、それ以上に延々と会話が続くもんだからおちおち飯も食っていられない。まったく、転校生ってのは大変だな。
「このお茶美味しいね。紅茶とはまた違った風味だけど」
「気に入ってもらえたんなら何よりだ。ところで、シャルルは抹茶とか飲んだことはあるのか?」
「ううん、抹茶風味のアイスクリームなら食べたことはあるけどね。でも、日本の伝統文化って聞いてるからなんとなく興味はあるかな。確か、畳の上に座って淹れるんでしょ?」
「形式的にやるとそんな感じだけど、最近は気軽に飲める場所も増えてるらしいな。駅前にそういう店ができたってこの前鈴が言ってた」
あと、抹茶の場合は『淹れる』んじゃなくて『点てる』らしい。茶の葉を粉にして飲んでいる分苦味も強いわけだが、その分旨みも栄養素も多く含まれているんだとか。まあ、その辺は説明しても分かりにくいし割愛してもいいだろう。
「それなら、今度駅前に行く時誘ってよ。前々から本場の抹茶っていうのを飲んでみたかったから」
「おう、いいぜ。外出許可を取らないといけないから学園の方の騒ぎが収まってからになるんだが、それでもいいか?」
「うん。嬉しいなぁ。ありがとね、一夏」
どうしてだろうか。朗らかに笑う彼を見ていると、何だか心が落ち着く気がする。別に好きだとかそういう感情が湧き起こるわけじゃないんだが、なんか妙な安心感があるというか……。
うーん、やっぱり女子ばかりの世界に暮らしていると段々と心が荒んでくるのかもしれん。いや、別に女子が嫌いだとかそういうわけじゃないぞ。ただ、男女比が違い過ぎるせいか落ち着かないんだ。それだけだぞ、本当に。
「まあ、俺も新しい店には興味があるからな。ついでってだけだ」
少なくとも嘘はついていない。抹茶オレってのも実際に飲んでみたいしな。
「そういえば二人で生活することになるんだっけか。せっかくだから色々と決めとかなきゃな」
「決めとくって?」
シャルはそう言って首を傾げた。
「たとえばシャワーの順番とか。一応共用の浴場はあるんだが、今のところ男は使えないからな。各部屋にあるシャワー室を使うしかないけど一人ずつしか洗えない」
「なるほどね。じゃあ、僕が後でいいよ。機体の調整とかで遅くなるだろうし」
「そうか? でも逆に早く上がる日だってあるだろうし、そういう時は先でもいいんだぞ?」
「そんなに気を遣わなくてもいいよ。ほら、僕ってあんまり汗かかない方だから、すぐにシャワーを浴びなくたっていいし。一夏優先で使ってよ」
うーん……。何かと俺を尊重してくれるのはいいんだけど、無理させるのも悪いしなあ。
「それなら、ありがたく使わせてもらうか。ああ、でもあんまり遠慮するなよ。無理して体調悪くなったりしても困るし」
「うん、ありがとう。でも本当に大丈夫だから」
そしてまたニッコリ笑顔を向ける。本当に太陽みたいな奴だ。キラキラ輝いてて眩しいというか、その輝きに見惚れてしまうというか。なるほど、女の子がこぞって入れ込むわけだ。
俺? 周りのガードが固いせいか知らんが、難攻不落の要塞なんて言われてるよ。
「ねえ一夏。放課後にISの特訓をしているって箒さんたちから聞いたけど」
「ああ。ほら、男の俺って女子と違って事前教育とか受けてないだろ? クラスの副代表なんてものもやってるし、それなりに格好が付かないといけないなと思ってな」
勿論理由はそれだけじゃないんだが、人に面と向かって話してしまうのもなんだしやめておこう。シャルルだって込み入った事情を知りたいわけじゃないしな。
「まあ、地道に訓練を重ねれば得るものも多いってわけだ」
「ふうん」
今日はシャルルの引越しを手伝ったり、書類の手続きに付き合ったりしていたので放課後の特訓はしなかったが、明日からはまた再開しないといけない。三日の努力は一日の怠慢で失われるというし、そう何日も休んではいられないのだ。
それに、来月の下旬には個人トーナメント戦だって控えている。時間に余裕があるとはいえ、そこまでのんびりとはしていられない。
「それなら僕も加わっていいかな? 専用機の調整もまだ残ってるし、一緒に訓練すれば何か一夏の役に立てると思うんだ」
「おお。そういうことならぜひ頼む」
意外なところで心強い味方が得られた。これなら射撃について学ぶことだってできるかもしれないな。
「うん、任せてよ」
「それじゃあ明日の放課後から――っと、電話だ。シャルルの端末じゃないか?」
シャルルは穏やかな音色を奏でる携帯端末を手に取ると、発信先をちらりと確認してから立ち上がった。
「ごめん、ちょっと外行って話してくるね」
「おう」
わざわざ外へ出る意味がいまいち分からなかったが、多分それだけ重要な話し相手なんだろう。途中で女の子に捕まったりしないといいけど……。
◇
「――すみません。少し立て込んでいたものですから」
寮の屋上で手すりにもたれながら、シャルルは通話相手に呼びかける。その顔は相変わらず柔和な笑みを湛えていたが、エメラルドの双眸だけは夜風と同じ冷たさを漂わせていた。
「ええ、今のところは順調ですよ。誰ひとりとして疑ってはいません。――もっとも、あなたの巧みな工作があってのことですが」
口許を緩ませて彼は言った。
「『彼女』のことですか? 問題はありませんよ。たまに抵抗はしていますけど、それももう少しでなくなるでしょう。――ええ、感謝しています。こうして僕が自由を謳歌できるのもあなたのおかげなのですから」
そう言って、シャルルは――『シャルル・デュノア』と名乗る存在は冷ややかに笑う。
誰も見ていない世界で。
誰にも見られることのない残酷な表情をあらわにして。
「必ずあなたの期待に応えてみせますよ。スコール」
ただひとり、主へ誓いの言葉を紡いだ。